知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

実施可能要件の立証責任

2009-09-25 20:22:36 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10423
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 取消事由1(特許法旧36条4項及び6項2号該当性判断の誤りについて)
(1) 平成14年3月12日になされた本願に適用される特許法旧36条は,特許出願につき,その第1項で「特許を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない・・・」とし,その第2項で「願書には,明細書,必要な図面及び要約書を添付しなければならない」とし,その第3項で「前項の明細書には,次に掲げる事項を記載しなければならない。①発明の名称②図面の簡単な説明③発明の詳細な説明④特許請求の範囲」とし,その第4項で「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない」と定めている。

 上記第4項は特許出願における実施可能要件と称されているものであるが,特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的権利を付与するものであるから,明細書に記載される発明の詳細な説明は,当業者(その発明の属する分野における通常の知識を有する者)が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていることを要するとしたものであるところ,上記のような法の趣旨に鑑みると,明細書の発明の詳細な説明の欄に当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていること,ひいては当該発明が実施可能であることは,出願人が特許庁長官に対し立証する責任があると解される

具体的記載を欠く場合の数値限定の技術的意義の確定事例

2009-09-20 12:05:17 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10490
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


 しかし,本件明細書には,本件発明1における数値範囲の臨界的意義についての具体的な記載はされておらず,また,塩素原子含有量は,上限値である10ppm以下だけが記載され,下限値が特定されていないものであって,これらによれば,本件発明1における塩素原子含有量の数値限定の意義は,塩素原子がポリカーボネート樹脂中に少なければ少ないほど,塩素原子の影響による半導体ウエーハの汚染を低減でき,本件発明1の目的達成に適しているというものにすぎないといわざるを得ない。
 ・・・
 以上によると,本件発明1及び引用発明1のいずれも,被収納物である半導体ウェーハ等の薄板の汚染を低減することができるポリカーボネート樹脂から成形された収納容器を提供することを目的とするものであるところ,その解決手段として,ポリカーボネート樹脂中に残存する塩素原子含有量を低く抑えることで,成型後の収納容器に収納される半導体ウェーハ等への揮発成分からの汚染を防止しようとするものであって,その解決課題及び解決手段は同様のものであるということができる。
 そして,本件発明1におけるポリカーボネート樹脂中の塩素原子中には,塩素系有機溶媒のほかにポリマー鎖に残った微量の未反応のクロロホーメート基に由来するものが含まれるとしても,上記(1)のとおり,本件発明1はこのクロロホーメート基に特に着目しているわけではない。

 しかるところ,相違点bに係る本件発明1における「塩素原子含有量が10ppm」との構成については,塩素原子含有量がポリカーボネート樹脂中に少なければ少ないほどよいとの引用発明1と同様の技術思想を,専ら塩素系有機溶媒の残留量に着目して,かつ,上記のとおり臨界的意義が認められない最小値0を含む具体的な数値範囲でもって,単に規定したにすぎないものと解される

 したがって,当業者において,相違点bの本件発明1に係る「塩素原子含有量が10ppm以下」との構成を想到することは,引用発明1から容易であるということができる。

本願発明の重要部分に対応する引用例の解釈を変更した審決を違法とした事例

2009-09-20 10:18:02 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10433
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 このように,拒絶査定と審決とでは,「表面に吸着」する点に関し,同一性のある解釈をしていたとは認められず,むしろ,拒絶査定及び審決における各説示の文言等に照らし,前者はこれを「表面への吸着」と解釈し,後者は表面のみならず「吸収」を含む現象と解釈していることが認められる。したがって,審決は,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて判断したといわざるを得ない

 そして,前記第3で主張するとおりの原告らの解釈及び前提に立てば,この「表面に吸着」する点はまさしく本願発明の重要な部分であるところ,原告らの意見書や審判請求書における主張からすれば,「表面に吸着」する点に関し,原告らは,審判合議体とは異なる解釈をし,本願発明や引用発明を異なる前提で捉えていることが認められるのであるから,これに対して,審決が,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて,「表面に吸着し」との点について判断をしている以上,原告らに対し,意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。

 なお,審決が原告らに対し上記のような意見を述べる機会を付与しなかったとしても,その双方の場合について実質上審理が行われ,原告らが必要な意見を述べているなどの特段の事情があれば,審決のとった措置は実質上違法性がないということもできないではないが(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10538号,同20年2月21日判決の第5の1(4) 参照),本件においては,そのような特段の事情を認めることはできない。

 被告の主張する周知技術は,著名であり,多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが,本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば,単なる引用発明の認定上の微修整,容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから,本件において,容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。
この点に関する被告の主張は失当であり,原告らの主張が正当である。

エ 以上により,審決には,上述のいずれについても,特許法159条2項で準用する同法50条に反する違法がある。

周知技術の引用が特許法50条に反するとした事例

2009-09-20 10:01:53 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10433
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

ウ さらに,審決は,拒絶理由通知においてなんら摘示されなかった公知技術(周知例1及び2)を用い,単にそれが周知技術であるという理由だけで,拒絶理由を構成していなくとも,特許法29条1,2項にいういわゆる引用発明の一つになり得るものと解しているかのようである。

 すなわち,審決は,相違点1について,・・・,相違点1に係る本願発明の発明特定事項は周知である。」と説示し,また,相違点2についても,・・・,相違点2に係る本願発明のように時間及び深さを決定することは,周知例1及び周知例3の周知技術2を勘案すれば,適宜なし得る設計的事項に過ぎないものである。」,そして,「本願発明は,引用発明,周知技術1及び周知技術2に基づいて当業者が容易に発明することができたものである」という説示をしているが,誤りである。

 被告主張のように周知技術1及び2が著名な発明として周知であるとしても,周知技術であるというだけで,拒絶理由に摘示されていなくとも,同法29条1,2項の引用発明として用いることができるといえないことは,同法29条1,2項及び50条の解釈上明らかである。

 確かに,拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても,例外的に同法29条2項の容易想到性の認定判断の中で許容されることがあるが,それは,拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や,容易性の判断の過程で補助的に用いる場合,ないし関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるのであって,周知技術でありさえすれば,拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない。

 被告の主張する周知技術は,著名であり,多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが,本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば,単なる引用発明の認定上の微修整,容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから,本件において,容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。
・・・

エ 以上により,審決には,上述のいずれについても,特許法159条2項で準用する同法50条に反する違法がある。

特許請求の範囲の用語の解釈事例-定義のない用語を一般の意味に解した事例-

2009-09-13 12:04:56 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10479
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 取消事由3(相違点の認定の誤り)について
(1) 原告は,本願発明は,スライド側コアとスライド側凹部とは,共に1面のスライド金型に形成されているのに対し,引用発明1の金型は,第1の固定金型と第2の固定金型が可動板に取り付けられているにすぎず,第1の固定金型に形成されている凸部と第2の固定金型に形成されている凸部とは1面の金型には形成されていないと主張する

(2) しかしながら,まず,本願明細書の特許請求の範囲には,「1面の」の意味について,何ら特定がないし,発明の詳細な説明にもその記載はない

(3) この点について,原告は,審査段階で「1面の」の構成を付加する手続補正をするのと同時に特許庁に提出した意見書(甲11)において,以下の記載をしていた。

ア 本願発明のスライド金型は,1面からなっている。・・・,この引用例1の固定金型は2面からなっている。したがって,イニシアルコストは高くなり,多品種・少量生産用の金型には適していない。また,面数が多くなり保守・点検のコストも嵩むと思われる。(2頁38~45行)。

イ ・・・。

(4) 原告の上記意見書の記載は,「1面の」について一体形成されるものであることを前提とするとも解されるが,「面」とは一般的に「物の外郭を成す,角だっていないひろがり。その類似物。」(広辞苑第六版)を意味すると解されるから,このような解釈を超えて本願発明の「1面の」が一体形成という意味を有すると解することはできない

(5) そして,引用発明1の第1の固定金型と第2の固定金型にはそれぞれ凸部が形成されているところ,当該凸部が形成されている面は同一面上に位置していることは,引用例1の3~5図の記載から明らかである。そうすると,引用発明1は,1つの面すなわち1面に各凸部が形成されたものとみることができるのであるから,本件審決の認定に誤りは認められない

特許前と同様な手法で特許発明を解釈した事例

2009-09-13 11:44:04 | 特許法70条
事件番号 平成20(ワ)12501
事件名 特許権侵害行為差止請求事件
裁判年月日 平成21年09月03日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

(3) 争点1-2(被告製品は構成要件Cを充足するか)について
ア 原告は,被告製品における解除片35の形状が,構成要件C1の「前記下端部(スナップ片に連結された解除片の下端部のことを指す(構成要件B4参照)。)から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」に含まれると主張する

そこで,特許請求の範囲に記載された「前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」の意義について検討する

(ア) 「下端」とは,「下のほうのはし」(広辞苑第5版519頁)を,・・・を意味するものである。

(イ) そうすると,「前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」とは,言葉の通常の意味においては,・・・A・・・となる形状を意味するものということができる。

(ウ) これに対し,被告製品における解除片は,前記のとおり,連結片との結合部から単純に上方へ延びているものではなく,いったん外側下方に延び,基板接点部352(同点が一番下の部分となる。)において,鋭角状に大きく折れ曲がるような形で反転し,そこから上方に延びて,上端部(部品保持部20の側面に近接した位置)に至る形状である。
 このような被告製品における解除片の形状は,「・・・A・・・」であるとは,直ちに認め難い。

(エ) 以上のとおり,特許請求の範囲の「前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」の用語から直ちに,かかる形状に被告製品の解除片の形状が含まれると解することはできない


イ そこで,本件明細書の中の「前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」についての記載を検討する

(ア) 本件明細書には,発明の詳細な説明として,以下の記載がある(甲2)。
・・・

(イ) 上記のとおり,本件明細書では,「下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」とは具体的にどのような形状を意味するのかという点について,格別の説明はされておらず,「下端部」,「上端部」及び「若干」等の用語について,上記(2)アのような言葉の通常の意味とは異なる意味で用いる旨の,格別の定義も記載されていない

 また,本件明細書では,本件発明及び本件特許権の特許請求の範囲請求項1に係る発明の実施例として,実施例1ないし9が挙げられているが,これらは,いずれも,・・・となる形状のものであるということができ,被告製品の解除片のように,連結片との結合部から解除片がいったん外側下方に延び,基板接点部352において大きく折れ曲がるように反転した形状のものは挙げられていない

 このように,本件明細書では,本件発明における解除片が被告製品のような形状を採り得ることについて,記載も示唆もされていない。

(ウ) 被告製品における解除片の形状は前記1(2)ウのとおりであり,被告製品においてかかる形状が採られたのは,本件発明における脚片と解除片に相当する各部材とを一体化し,解除片において脚片の機能を兼ねるためであると考えられる。
 しかしながら,本件明細書では,このように解除片が脚片を兼ねる構成について,何らの記載も示唆もされていない。

(エ) したがって,本件明細書の記載からも,特許請求の範囲に記載された「前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」に被告製品の解除片のような構成を含むものであると解釈することは,困難である

ウ以上のとおりであるから,被告製品が構成要件C1を充足すると解釈することはできないというべきである。

技術的意義の主張の採用の可否

2009-09-13 10:30:58 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10354
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 ・・・

 したがって,本願明細書の記載からは,ペンタクロロチオフェノール亜鉛塩を配合することの技術的意義は理解できないといわざるを得ず,しかも,原告の上記主張は本願明細書の記載に基づかない主張であって,採用することができない。

 なお,原告は,前記第3の1(4) のとおり,意見書(甲16)に基づいて,硫黄が配合されているがペンタクロロチオフェノール亜鉛塩が配合されていない比較例を開示し,硫黄及びペンタクロロチオフェノール亜鉛塩を配合することによって得られる効果,すなわち,本願発明が従来技術と対比して有する有利な効果を根拠にして,その技術的意義を主張しているが,意見書(甲16)に記載された実験結果については,上述のとおり本願明細書に何ら記載がなく,かつ,明細書及び図面の記載の全体を総合しても予想することができないものであって,参酌すべきではないから,この点に関する原告の主張は採用するに由ない。

意匠の類否判断において考慮すべきでない特徴

2009-09-13 10:22:29 | 著作権法
事件番号 平成21(行ケ)10051
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


3 審決の理由及び本訴における被告の主張について
(1)・・・

(2) 被告は,成形ロールの分野においては,凹部の形状が,円形状でないものも存在するから,本願意匠と引用意匠とは,凹部の円形状を選択した点に共通の特徴があり,その点を重視すべきであると主張する

 しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。仮に,凹部の円形形状を選択した点に,本願意匠と引用意匠の共通点があることを前提としたとしても,そのことが,本願意匠と引用意匠との類否の判断に当たって,凹部の配列などその他の特徴点を考慮に入れるべきでないことの根拠にはならない

 また,被告は,成形ロールにおける意匠の類否は,成形ロールそのものが起こさせる全体的な美感の観点から判断すべきであり,そのような観点に照らすならば,凹部間の平坦部の差異に着目すべきではなく,凹部の集合体として観察するのが相当であると主張する

 しかし,被告のこの点の主張も失当である。
 すなわち,専ら機能的な理由により,凹部の配置が制約を受け,特定の配置,間隔しか選択できないような事情が存在するような場合には,凹部の特定の配置等に特徴があったとしても,その特徴を考慮すべきでないということができるが,本願意匠及び引用意匠において,そのような特段の事情は,主張,立証がされていないから,被告の主張は採用の限りでない。
 確かに,成型ロール等の機械の分野において,その需要者が,凹部の配置等によって惹起される美感等を重視して,当該製品を購入するか否かを決定する例は,少ないであろうことは容易に推認されるが,そのような実情があったとしても,類否の判断に当たり,成形ロールの全体の形状のみを考慮に入れるべきであって,凹部の配置,間隔,パターン等の特徴を考慮に入れるべきではないとする根拠にはならない。

手あそび歌の著作物性の判断事例

2009-09-13 10:05:23 | 著作権法
事件番号 平成20(ワ)4692
事件名 出版差止等請求事件
裁判年月日 平成21年08月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

3 個々の歌詞及び振付けの著作物性(争点3-1)について
(1) 原告は,別紙歌詞・振付け目録記載のとおり,原告書籍に掲載・収録された「いっぽんといっぽんで」,「ピクニック」,「グーチョキパーでなにつくろう」及び「さかながはねて」の各歌詞及び振付け,「キラキラぼし」の振付けは,原告の従業員が独自に創作したものであり,上記各歌詞及び振付けにおける表現は創作性を有するから,いずれも著作物に当たる旨主張するので,順次検討する。

・・・

ウ「グーチョキパーでなにつくろう」の歌詞及び振付け
(ア) まず,原告主張の「グーチョキパーでなにつくろう」の歌詞の著作物性について判断する。
 ・・・
 原告が独自に創作したと主張する歌詞は,「みぎてがグーでひだりてがパーでめだまやきめだまやき」,「みぎてがパーでひだりてもパーでおすもうさんおすもうさん」,「みぎてがグーでひだりてもグーでゴリラゴリラ」というものであり(別紙歌詞・振付け目録記載の3.),右手のグーと左手のパーを組み合わせて「めだまやきめだまやき」とした部分,既存の歌詞から左右のパーを組み合わせて表現するものを「おすもうさんおすもうさん」に置き換えた部分,左右のグーを組み合わせて「ゴリラゴリラ」とした部分に創作性があるというものである。

 そこで検討するに,原告主張の上記歌詞は,左右の手でグー・チョキ・パーの形を作り,これを組み合わせて動物等の動作を一節で表現する手あそび歌である「グーチョキパーでなにつくろう」の趣旨に沿った歌詞の一部であり,グーとパーを組み合わせて「目玉焼き」,左右のパーを組み合わせて「相撲取り」,左右のグーを組み合わせて「ゴリラ」というアイデアが決まれば,上記の歌詞のようにそれぞれ表現することは,ありふれたものであると認められる。
 また,手あそびは,元の歌詞の一部の言葉等を替えるのもあそび方の一つであり,「グーチョキパーでなにつくろう」においても,原告書籍本体の上記記載部分に「子どもたちの好きなどうぶつやたべものでうたったり,ずかんや写真を見せて自由に考えさせたりしてもよいでしょう。」との記載があるように,原告が創作性があると主張する上記部分は,表現する対象を自由に替えて遊ぶことが想定されている箇所であるといえるから,このような歌詞の一部の表現を著作物として保護するのは相当ではないものと解される。

b したがって,原告主張の上記歌詞は,創作性を有する著作物であるものと認めることはできない。

(イ) 次に,原告主張の前記(ア)の歌詞に対応する振付けの著作物性について判断する。
a そこで検討するに,原告が独自に創作したと主張する振付けは,別紙歌詞・振付け目録記載の3.(画像部分を含む。)のとおりであるが,以下のとおり,上記振付けは,いずれも誰もが思いつく,ありふれたものであると認められる。

① 原告主張の上記振付けのうち「みぎてがグーでひだりてがパーでめだまやきめだまやき」の部分は,・・・左手の甲(パー)の上に右手の拳(グー)を載せるというものであり,上記歌詞に合わせて右手のグーと左手のパーを組み合わせて「目玉焼き」を表現しようとする場合に,上記のような動作で表現することは,ありふれたものであると認められる。

② 原告主張の上記振付けのうち「みぎてがパーでひだりてもパーでおすもうさんおすもうさん」の部分は,・・・左右の手のひら(パー)を交互に突き出すというものであり,上記歌詞に合わせて左右のパーを組み合わせて「相撲取り」を表現しようとする場合に,上記のように相撲取りが突っ張りをする動作で表現することは,ありふれたものであると認められる。

③ 原告主張の上記振付けのうち「みぎてがグーでひだりてもグーでゴリラゴリラ」の部分は,・・・左右の拳(グー)で交互に胸をたたくというものであり,上記歌詞に合わせて左右のグーを組み合わせて「ゴリラ」を表現しようとする場合に,上記のようにゴリラが胸をたたく動作で表現することは,ありふれたものであると認められる。

b したがって,原告主張の上記振付けは,創作性を有する著作物であるものと認めることはできない。

(ウ) 以上によれば,原告主張の「グーチョキパーでなにつくろう」の歌詞及び振付けは,著作物には当たらない。

編集著作物の複製権侵害の有無の判断事例

2009-09-13 10:04:06 | 著作権法
事件番号 平成20(ワ)4692
事件名 出版差止等請求事件
裁判年月日 平成21年08月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

2 編集著作物の複製権侵害の有無(争点2)について
(1) 原告は,被告書籍本体には原告書籍本体の手あそび歌の掲載曲63曲中35曲と同一曲名の曲が掲載され,被告DVDには原告DVDの収録曲29曲中22曲(・・・)と同一曲名の曲が収録され,また,上記掲載又は収録された曲に係る振付けもそっくりそのままのものであるから,被告書籍本体及び被告DVDには,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDにおける素材(手あそび歌の曲名及び振付け)の選択の創作的表現がそれぞれ有形的に再製され,かつ,被告書籍本体及び被告DVDは原告書籍本体及び原告DVDに依拠して作成されたものであるから,被告による被告書籍の発行は,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDの原告の複製権の侵害に当たる旨主張する

 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

ア 前記前提事実(3)ウのとおり,原告書籍本体の掲載曲(全63曲)と被告書籍本体の掲載曲(全63曲)との重複曲(曲名が同一のもの)は35曲,原告DVDの収録曲(全29曲)及び被告DVDの収録曲(全44曲)との重複曲(曲名が同一のもの)は21曲である(別紙曲名一覧の着色部分参照)。
 ・・・

イ 原告書籍本体及び原告DVDは,それぞれ掲載曲(全63曲)及び収録曲(全29曲)の曲名及び振付けの選択において創作性を有する編集著作物に当たることは,前記1(1)イ認定のとおりである。

 このことは,上記曲名及び振付けの選択の創作的表現は,前記1(1)イ認定の編集方針に基づいて選択された結果としての原告書籍本体における掲載曲全曲の曲名及び振付けの選択,原告DVDにおける収録曲全曲の曲名及び振付けの選択において顕れていることを意味するものである。

 そうすると,原告書籍本体の掲載曲(全63曲)の一部である35曲と同一の曲名の曲が被告書籍本体に掲載され,原告DVDの収録曲(全29曲)の一部である21曲と同一の曲名の曲が被告DVDに収録されているからといって,原告書籍本体及び原告DVDにおける上記曲名の選択の創作的表現が被告書籍本体及び被告DVDに再製されていると直ちに認めることはできない

 また,手あそび歌の書籍に掲載する曲として定番の曲や人気の高い曲を選択することは普通に思い着く着想であり,そのような着想に基づいて曲を選択すれば,手あそび歌の類書間の掲載曲に定番の曲や人気の高い曲の重複が生じることは避けられない事態であるというべきところ,前記1(1)イ認定のとおり,原告書籍本体では,定番の曲を外さず,幼稚園で人気が高く,よく遊ばれているものを選択することを基本とし,また,原告DVDの収録曲については,原告書籍本体の掲載曲のうち,幼稚園の教諭の意見を取り入れて子供たちがより喜ぶ人気曲を選択する方針とされたことに照らすならば,原告書籍本体及び被告書籍本体の掲載曲の重複曲,原告DVD及び被告DVDの収録曲との重複曲の中にも,定番の曲や人気の高い曲が相当程度含まれているものとうかがわれる。
 この点からも原告書籍本体の掲載曲の一部及び原告DVDの収録曲の一部が重複するからといって原告書籍本体及び原告DVDにおける上記曲名の選択の創作的表現が被告書籍本体及び被告DVDに再製されているものと直ちに認めることはできない

 しかるに,本件において,原告は,原告書籍本体及び被告書籍本体の掲載曲の重複曲の選択,原告DVD及び被告DVDの収録曲との重複曲の選択において創作性を有することの主張立証を行うことなく,単に一部の重複の事実をもって原告書籍本体及び原告DVDにおける手あそび歌の曲名の選択の創作的表現が有形的に再製されていると主張するにとどまっている
 したがって,被告書籍本体及び被告DVDにおいて原告書籍本体及び原告DVDにおける手あそび歌の曲名の選択の創作的表現が有形的に再製されているものと認めることができないから,当該曲名に対応する各曲の振付けが同一であるかどうかを検討するまでもなく,被告書籍本体及び被告DVDにおいて原告書籍本体及び原告DVDにおける素材(手あそび歌の曲名及び振付け)の選択の創作的表現が有形的に再製されているものと認めることはできない。

数値限定を特定する技術的意義の十分な記載

2009-09-06 17:32:02 | 特許法36条4項
事件番号 平成21(行ケ)10004
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月03日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 取消事由2(特許法36条4項1号違反との判断の誤り)について
 なお,本件審決は,本件発明1における「ベールの頂面における内接矩形内に位置する部分の少なくとも90%が,平坦な板から約40mm以下離間する程度に,前記ベールの頂面および底面が平坦であり」「,少なくともベールが梱包された後に,外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」との発明特定事項につき,特定の数値限定を伴うものであり,このような限定を付した構成を採用することにより,本件発明1の課題を解決するものと解されるが,発明の課題解決との関係が明らかであるというためには,数値限定を付した場合の効果(実施例)と,このような数値限定を満足しない場合の効果(比較例)とを十分に記載しておき,技術上の意義を明確にしておくこと等が必要と考えられるところ,本件明細書の発明の詳細な説明をみても,このような記載は見当たらず,してみると,このような数値限定を伴う本件発明1において,かかる数値限定を特定する技術的意義が十分に記載されているとはいえないことから,特許法36条4項1号の規定に適合するものとはいえず,また,本件発明1を引用する本件発明2ないし26についても同様であるとする

 しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には・・・との記載があり,これらによると,本件明細書には,・・・してしまうという課題があったことについての記載があることが認められる。

そして,本件明細書の発明の詳細な説明には・・との記載がある。
 これに対し,本件明細書には,上記課題を解決するための手段として,・・・,ベールの頂面及び底面が平面であるようにすること,・・・負圧がベールにかかっている状態にすること,負圧の制御方法の記載があることが認められるのであって,本件発明1につき,当業者において,本件明細書の記載により,その課題との関係での数値限定を付した技術的意義を理解できるものと解され,そうすると,数値限定を付した場合の効果(実施例)と,このような数値限定を満足しない場合の効果(比較例)との十分な記載がないから,本件発明1の技術的意義が十分に記載されているとはいえないとの理由のみで,本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし26が特許法36条4項1号の規定に適合しないとした本件審決の判断も首肯し得ないものといわなければならない。

個別の請求項ごとの訂正許否の判断の要否

2009-09-06 17:13:40 | 特許法126条
事件番号 平成21(行ケ)10004
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月03日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

1 取消事由1(個別の請求項ごとに訂正の許否を判断しなかった誤り)につい

(1) 無効審判における複数の請求項に係る訂正の請求
 昭和62年法律第27号による特許法の改正によりいわゆる改善多項制が,そして,平成5年法律第26号による特許法の改正により無効審判における訂正請求の制度がそれぞれ導入され,特許無効審判の請求については,2以上の請求項に係るものについては請求項ごとにその請求をすることができ(特許法123条1項柱書き後段),請求項ごとに可分的な取扱いが認められているところ,特許無効審判の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は,この請求項ごとに請求をすることができる特許無効審判請求に対する防御手段としての実質を有するものであるから,このような訂正請求をする特許権者は,請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような請求項ごとの個別の訂正が認められないと,特許無効審判事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになることに照らすと,特許無効審判請求がされている請求項についての特許無効の範囲の減縮を目的とする訂正請求は,請求項ごとに個別に行うことが許容され,その許否も請求項ごとに個別に判断されることになる(前掲最高裁平成20年7月10日判決参照)。

 そして,特許無効審判の請求がされている請求項についての訂正請求は,請求書に請求人が記載する訂正の目的が,特許請求の範囲の減縮ではなく,明りょうでない記載の釈明であったとしても,その実質が,特許無効審判請求に対する防御手段としてのものであるならば,このような訂正請求をする特許権者は,請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような請求項ごとの個別の訂正が認められないと,特許無効審判事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになることからして,請求項ごとに個別に訂正請求をすることが許容され,その許否も請求項ごとに個別に判断されるべきものである。

(2) これを本件についてみるに,特許無効審判請求に係る本件審判において,請求人である被告は,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が不明確であるなどとの無効理由を主張したこと(甲20),これに対し,被請求人である原告は,被告主張の無効理由を回避するために,特許無効審判における訂正の請求として,本件特許の請求項1ないし3,5,9ないし13,18,19,21ないし25につき本件訂正請求を行ったこと(甲18,22)が認められ,本件訂正請求は,特許無効審判請求に対する防御手段としてされたものであることが明らかである。

(3) そうすると,本件訂正請求は,請求項ごとに個別に行われたものであった以上,その許否も請求項ごとに個別に判断されるべきものといわなければならない。
 そして,本件訂正請求は,直接的には本件特許に係る請求項のうち1ないし3,5,9ないし13,18,19,21ないし25の訂正を求めるものであるが,前記第2の2のとおり,本件特許は,請求項1ないし26から成り,請求項2ないし26はいずれも請求項1を直接的又は間接的に引用する従属項であるから,請求項1について訂正を求める本件訂正は,請求項1を介してその余の請求項2ないし26についても訂正を求めるものと解さなければならない

「その物」の全体について実施できる程度の記載を要するとした事例

2009-09-06 16:13:15 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10272
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月02日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
(1) 本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断の誤り
ア 原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件では抗体)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。

 旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。特許権は,公開することの代償として,物の発明であれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に記載されていなければならないのは当然であって,「その物」の一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。したがって,原告の上記主張はその前提において失当である。

イ 原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する

 確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。

 新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。
 しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない

 すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。

次の判決も同趣旨。
平成20(行ケ)10273
平成20(行ケ)10274
平成20(行ケ)10275

請求項の用語を制限的に解すべきでないとした審決を否定した事例

2009-09-06 15:47:49 | 特許法17条の2
事件番号 平成20(行ケ)10329
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月01日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


『〔被告の主張〕
(1) 目的要件の充足性
ア 原告は,・・・,上記記載に係る補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると主張する。

イ しかしながら,特許請求の範囲の記載に用いられる用語は,権利範囲を確定するために用いられるものであるから,制限的に解されるべきものではないところ,当初明細書に記載のない「印刷データの言語の種類と関係がない」との表現が用いられれば,対角的な「印刷データの言語の種類と関係がある」との意味内容も問題となり得る。
 そうすると,これらの意味内容の別を明記していない当初明細書の記載から,「印刷データの言語の種類と関係がない」との表現の追加により特定される内容がいかなるものかを把握することはできない
というべきである』

『第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1) 目的要件の充足性
 本件審決は,本件補正における「前記拡張装置は,印刷データの言語の種類に依存しない,自動原稿給送装置,ソータ装置,両面印刷ユニット,ペーパーカセット,フィニッシャ及びスキャナのうちの少なくともいずれかである」との記載を追加する補正事項のうち,「印刷データの言語の種類に依存しない」との記載は,「本件の出願当初の明細書又は図面になく,如何なることを意味するのか,その内容が明確ではない…から,本件補正後の特許請求の範囲(請求項1,16)の記載は明りようでなく,特許請求の範囲の減縮に当たるか否かを判断することすらできない。」(12頁15~29行)とし,本件補正は目的要件を充足しないと判断した。

 しかしながら,上記補正事項のうち,「拡張装置」については,「自動原稿給送装置,ソータ装置,両面印刷ユニット,ペーパーカセット,フィニッシャ及びスキャナのうちの少なくともいずれか」と特定され,証拠(甲7,33~39)によると,本件特許出願時の当業者の技術常識として,これらの特定された拡張装置がいかなるものであるかは明らかであり,かつ,それらの機構や機能に照らし,上記拡張装置はいずれも印刷データを記述する言語の種類に影響を受けないことも明らかであると認められる。
 そして,本件補正の内容が上記第2の2(2)のとおりであることを併せ考えると,本件補正は,補正前の請求項に記載された認識手段による拡張装置の接続状態の認識について,記録装置の電源が投入された場合に,拡張装置と繰り返し通信することにより,繰り返して行われるものに限定し,「第一のデバイスID」及び「第二のデバイスID」については,情報処理装置においてプリンタドライバを使用可能とするために用いられるものであることを明示して,そのようなものに限定するとともに,「拡張装置」については,自動原稿給送装置,ソータ装置,両面印刷ユニット,ペーパーカセット,フイニッシャ及びスキャナのうちの少なくともいずれかのものに限定した上,これらが印刷データを記述する言語の種類に影響を受けないものに明示的に限定したものであるということができる。

 また,上記「認識手段」,「第一のデバイスID」,「第二のデバイスID」及び「拡張装置」はいずれも本件補正前の特許請求の範囲の請求項1記載の発明を特定するために必要な事項であって,本件補正発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が本件補正前の発明と同一であることは明らかである。

 そうすると,本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものというべきであるから,本件補正が目的要件を充足しないとの本件審決の判断は誤りである。』

課題解決に向けてあえてしようとする場合の動機付け

2009-09-06 13:43:06 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10405
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月01日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


(2) 課題を解決する手段としての「近傍に配置すること」
 位置決めの際に,位置決めが必要となる部材同士の組(相違点にいう「接続電極部」)と位置決め部材の組(同「位置決め部」)を互いに近傍に配置することにより,位置ずれが小さくなることは当業者にとって自明の事項であると認められる。
 しかしながら,本件相違点は,上記第2の3のとおりであり,引用発明に基づいて本件補正発明の相違点に係る構成とするためには,位置決め部について,本件補正発明における「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」との構成を採用する必要があるから,本件審決による相違点についての判断の適否を検討するに当たっては,「近傍に配置すること」によって,このような構成を実現することができるかどうかについて検討しなければならない。

(3) 「近傍に配置すること」と本件相違点に係る構成
 引用例の記載によると,引用発明におけるインクカートリッジは,インクカートリッジホルダに接合する面が長方形であるものを想定していると認められるところ,その長方形の内部において,インク導入口のような他の必要な部材と共に回路基板及び開口穴を配置しようとする場合,これらの部材をスペースに余裕のある長手方向に配列しようとするのが自然な発想であり,あえて短手方向に複数の部材を配置しようとするには,何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けを必要とするというべきである。
 したがって,引用発明において,回路基板と開口穴とを近傍に配置しようとしたからといって,必ずしも本件補正発明の相違点に係る構成を採用することとなるわけではない。

 これに対し,本願明細書の記載によると,本件補正発明において,本件相違点に係る構成が採用されたのは,接続電極部における位置ずれを極めて小さくし,製造のばらつきによる位置決め部を中心とする上下の回動による影響も最小限に抑えようとの動機に基づくものであると認められるところ,上記(1)のとおり,そもそも引用発明が課題として製造のばらつきを意識したものであるとは認められないし,引用例における位置決め機構に関する上記3の記載や他の記載において,本件相違点に係る構成を示唆する記載が存在するとは認められない。
 そうすると,引用発明に基づいて,本件補正発明との本件相違点に係る構成を採用することは,当業者にとって単なる設計事項であるということはできないというべきである。