知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

商標法4条1項16号の趣旨

2008-11-30 11:33:28 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10086
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 取消事由1(商標法4条1項16号に関する判断の誤り)について
(1) 商品の品質又は役務の質(以下では,商品についてのみ述べる。)の誤認を生ずるおそれがある商標については,公益に反するとの趣旨から,商標登録を受けることができない旨規定されている(商標法4条1項16号)。同趣旨に照らすならば,商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標とは,指定商品に係る取引の実情の下で,取引者又は需要者において,当該商標が表示していると通常理解される品質と指定商品が有する品質とが異なるため,商標を付した商品の品質の誤認を生じさせるおそれがある商標を指すものというべきである。

 本件についてみると,登録第1692144号の2の商標は,別紙①のとおり,「キシリトール」及び「XYLITOL」の文字を2段に横書きしたものであるから,指定商品に係る取引の実情の下で,取引者又は需要者は,その使用される商品は,キシリトールが含まれているものと認識,理解する。
 他方,指定商品は,別紙③「指定商品目録2」記載のとおり,いずれもキシリトールを使用した商品に限定されている。したがって,同商標は,その指定商品に係る取引の実情の下で,取引者又は需要者において同商標が表示していると通常理解される品質と指定商品の有する品質とが異なることはなく,同商標を付した商品の品質の誤認を生じさせるおそれはないというべきである。


 この点について,原告らは,被告は成分の100%がキシリトールでない甘味料を添加したチューインガム等にも,登録第1692144号の2の商標を使用しているから,商標法4条1項16号に該当すると主張する
 しかし,公益に反する商標の登録を排除するという商標法4条1項16号の趣旨に照らすならば,商標法4条1項16号への該当性の有無は,商標が表示していると通常理解される品質と指定商品の有する品質とが異なり,商標を付した商品の品質の誤認を生じさせるおそれがあるか否かを基準として判断されるべきものであり,実際に商標を使用した商品がどのような品質を有しているかは,商標法4条1項16号への該当性の有無に影響を及ぼすものではない。したがって,原告らの上記主張は,その主張自体失当である。

 また,取引者又は需要者は,取引の実情の下で,登録第1692144号の2の商標が表示する品質について,キシリトールを使用した甘味料が添加されたものと認識すると解され,キシリトール100%からなる甘味料のみが添加されたものと認識することはないものと解される。
 したがって,原告らの上記主張は,この点からも失当である。

新規事項が追加された事例

2008-11-30 11:23:21 | 特許法17条の2
事件番号 平成20(行ケ)10168
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


(3) 判断(その2--新規事項の追加の有無について)
 前記(1),(2)で認定判断したとおり,本件出願当初明細書には,ケースそのものを目印として使用することの記載ないし開示はない。すなわち,ケースは,本来的には,物品などを収容するためのものであるのに対し,目印は,外部から視覚を通じて区別するための手段であるから,両者はその意義及び機能において相違するところ,本件出願当初明細書及び図面のいずれにおいても,ケースの形状や色彩等を,視覚を通じて区別する機能を有するものとして使用することを記載,示唆する記載はない。
 したがって,本件出願当初明細書及び図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項によっても,ケースそのものを目印として用いるとの事項は,新たに導入された技術的事項というべきである
したがって,本件補正は新規事項の追加に当たるとした審決の判断に誤りはない。

訂正請求による訂正の効果は請求項ごとに個別に生じるか

2008-11-30 11:09:34 | 特許法126条
事件番号 平成20(行ケ)10093
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

第5 当裁判所の判断
 本件審決には,取消事由1に係る違法が存在するものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 すなわち,昭和62年法律第27号による改正により,いわゆる改善多項制が導入され,平成5年法律第26号による改正により,無効審判における訂正請求の制度が導入され,平成11年法律第41号による改正により,特許無効審判において,無効審判請求されている請求項の訂正と無効審判請求されていない請求項の訂正を含む訂正請求の独立特許要件は,無効審判請求がされていない請求項の訂正についてのみ判断することとされた
 このような制度の下で,特許無効審判手続における特許の有効性の判断及び訂正請求による訂正の効果は,いずれも請求項ごとに生ずるものというべきである

 特許法は,2以上の請求項に係る特許について請求項ごとに特許無効審判請求をすることができるとしており(123条1項柱書),特許無効審判の被請求人は,訂正請求することができるとしているのであるから(134条の2),無効審判請求されている請求項についての訂正請求は,請求項ごとに申立てをすることができる無効審判請求に対する,特許権者側の防御手段としての実質を有するものと認められる。このような訂正請求をする特許権者は,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような各請求項ごとの個別の訂正が認められないとするならば,無効審判事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになるといえる。
 このように,無効審判請求については,各請求項ごとに個別に無効審判請求することが許されている点に鑑みると,各請求項ごとに無効審判請求の当否が個別に判断されることに対応して,無効審判請求がされている請求項についての訂正請求についても,各請求項ごとに個別に訂正請求することが許容され,その許否も各請求項ごとに個別に判断されるべきと考えるのが合理的である

 以上のとおり,特許無効審判手続における特許の有効性の判断及び訂正請求による訂正の効果は,いずれも請求項ごとに生じ,その確定時期も請求項ごとに異なるものというべきである。


 そうすると,2以上の請求項を対象とする特許無効審判の手続において,無効審判請求がされている2以上の請求項について訂正請求がされ,それが特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である場合には,訂正の対象になっている請求項ごとに個別にその許否が判断されるべきものであるから,そのうちの1つの請求項についての訂正請求が許されないことのみを理由として,他の請求項についての訂正事項を含む訂正の全部を一体として認めないとすることは許されない
 そして,この理は,特許無効審判の手続において,無効審判請求の対象とされている請求項及び無効審判請求の対象とされていない請求項の双方について訂正請求がされた場合においても同様であって,無効審判請求の対象とされていない請求項についての訂正請求が許されないことのみを理由(この場合,独立特許要件を欠くという理由も含む。)として,無効審判請求の対象とされている請求項についての訂正請求を認めないとすることは許されない

 本件においては,請求項1に係る発明についての特許について無効審判請求がされ,無効審判において,無効審判請求の対象とされている請求項1のみならず,無効審判請求の対象とされていない請求項2以下の請求項についても訂正請求がされたところ,本件審決は,無効審判請求の対象とされていない請求項2についての訂正請求が独立特許要件を欠くことのみを理由として,本件訂正は認められないとした上で,請求項1に係る発明についての特許を無効と判断したのであるから,本件審決には,上記説示した点に反する違法がある。したがって,原告主張に係る取消事由1は,理由がある。


同趣旨を判示するもの
事件番号 平成20(行ケ)10095
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
・・・
 本件においては,請求項6に係る発明についての特許について無効審判請求がされ,無効審判において,無効審判請求の対象とされている請求項6のみならず,無効審判請求の対象とされていない請求項8,9の請求項についても訂正請求がされたところ,本件審決は,無効審判請求の対象とされていない請求項8,9についての訂正請求が独立特許要件を欠くことのみを理由として,本件訂正は認められないとした上で,請求項6に係る発明についての特許を無効と判断したのであるから,本件審決には,上記説示した点に反する違法がある。

訂正審判における「一体説」と「請求項基準説」

組み合わせの動機付けと組み合わせのための改変

2008-11-30 10:28:06 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10074
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

(2) また,原告は,刊行物発明と刊行物2記載の技術とを組み合わせるには,刊行物1にフードテープの製造方法について示唆があり,かつ,刊行物2にフードテープの記載があることが最低限必要であるとした上,刊行物1にも刊行物2にもこれらの記載や示唆はないのであるから,刊行物発明と刊行物2記載の技術とを組み合わせる根拠は存在せず,刊行物発明のニッケル板7に対し刊行物2に記載の技術を適用することにより,相違点に係る技術事項を得ることは当業者が容易に想到し得たとする審決の判断が誤りであると主張する

 ・・・しかるところ,刊行物1の段落【0009】の記載によれば,刊行物発明の「低圧放電灯」は「蛍光ランプ」のことであると認められるから,結局,本願発明,刊行物発明及び刊行物2記載の技術は,いずれも放電灯(蛍光ランプ)に関するものであって,技術分野を共通にするものである。
 また,上記のとおり,刊行物発明の水銀ディスペンサはニッケル板7の全幅に亘ってZr-Ti-Hg合金が塗布されたものであり,刊行物2記載の板状部材は,全幅にわたってゲッター材92と水銀アマルガム材93とが設けられたものであるから,両者は,いずれも放電灯(蛍光ランプ)に用いられ,全幅にわたって水銀合金が塗布された,水銀合金を担持する部材である点で共通するものである。
 そうであれば,放電灯(蛍光ランプ)に関する技術分野の当業者が,刊行物1,2に接し,刊行物発明の水銀ディスペンサの製造方法を検討するに当たって,刊行物2に記載された板状部材の製造方法の適用を試みることには,十分な動機付けがあることは明らかである。

 そして,刊行物発明に刊行物2記載の製造方法を適用する場合には,水銀ディスペンサの材料であるニッケル板によって刊行物2記載の帯状部材に相当するものを形成し,これに水銀合金を所定幅で塗布した上,当該帯状部材を,これに塗布された水銀合金の所定幅方向を切断方向とし,かつ,その切断方向が切り出された部材の長手方向になるようにして切断する(そのように切断しなければ,切り出された部材が,刊行物1の図2c,dに図示された刊行物発明の「ニッケル板7の全幅に亘ってZr-Ti-Hg合金が塗布された水銀ディスペンサ」とならない。)ことによって,水銀ディスペンサ(ニッケル板7)を製造することになるが,その際,上記切断方向が帯状部材の長手方向に垂直な方向となるよう,帯状部材を形成すれば,同一形状のニッケル板7を効率よく製造し得ることは極めて容易に理解し得るところであり,当業者が通常採用する技術事項であると認められる。

副引用例の引用の観点と適用の可否

2008-11-30 10:19:21 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10074
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物2に記載された発明において,水銀の量は,ランプの管の内径によって制約を受けることになるのに対し,本願発明は,水銀の放出量の制御・調整をフードテープの高さの選択によって行うものであり,高さ方向は管の長手方向となるため,ある程度の自由度があって,水銀の放出量の制御・調整を容易に行うことができるから,刊行物2記載の発明と本願発明とは基本的に相違するものであり,刊行物発明のニッケル板7に刊行物2に記載の技術を適用することにより,相違点に係る本願発明の技術事項を得ることができるとした審決の判断は誤りであると主張する

 しかしながら,審決の相違点についての判断において,刊行物2はいわゆる副引用例に当たるものであって,それに記載された発明の構成のうちの特定部分ないしそれに記載された特定の技術事項を引用し,主引用発明である刊行物発明に適用して,相違点に係る本願発明の構成ないし技術事項とすることが容易になし得るか否かが問題とされるものである。・・・審決は,板状部材の切断幅の方向を管の径方向に向けて取り付けることまで(したがって,切断幅を「蛍光ランプの管の内径に合わせて」所定幅Dとすることまで),刊行物2から引用するものではない

 そうすると,刊行物2に記載された発明自体において,所定幅Dに依存する水銀の量がランプの管の内径によって制約を受けることになるからといって,そのことが,刊行物2に記載された上記技術を刊行物発明のニッケル板7に適用して相違点に係る本願発明の技術事項を得ることにつき,何ら妨げとならないことは明らかであり,原告の上記主張を採用することはできない。

審決の結論に影響を及ぼさない誤り

2008-11-30 10:14:01 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10074
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

 ・・・このような認定判断の経緯に照らせば,審決が,刊行物発明につきニッケル板7が「切断」という方法によって製造されるものと認定したものではなく,ニッケル板7の製造方法は不明であるとし,この点を,担持体テープ(1)からその長手方向(LB)に直角に部品(5)を切断してフードテープを製造する本願発明との相違点として認定した上で,当該相違点につき判断をしたものであることは明らかであって,相違点の認定に係る上記「切断された部品」との記載のうち「切断された」との部分は誤記の類であることが,審決に接する者に容易に理解されるものと認められる。

 そうすると,当該誤記は,審決の重要部分に存する甚だ好ましからざるものではあるが,上記のとおり,審決に接する者に明らかな誤記と理解されるものである上,審決は,刊行物発明のニッケル板7が「切断」という方法によって製造されるとの当該誤記の内容を前提として相違点の判断をしたものではなく,ニッケル板7の製造方法は不明であるとする正しい認定を前提として相違点の判断をし,その結論に至っているのであって,当該誤記は,審決の結論に全く影響を及ぼしていないのであるから,当該誤記は,そもそも審決の認定の誤りというべき程のものではなく,仮に,誤りというべきものとしても,審決の結論に影響を及ぼす誤りということはできない。

技術思想を得た後の工夫や改変

2008-11-26 06:54:34 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10129
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(4) なお原告は,相違点についての判断全体に関する主張として,引用発明1に引用発明2を適用して本願補正発明の構成を得るためには種々の工夫や改変が必要であり,当業者が容易になしうるものではないと主張する。
 しかし,原告が主張するところの種々の工夫や改変とは,本願補正発明の構成を有する携帯電話機を実施あるいは製品化するために必要と考えられる具体的な工夫や作業等をいうものにすぎず,本願補正発明の技術思想自体を得ることの困難性をいうものではないから,原告の上記主張は採用することができない。

無効原因の存否に関する攻撃防禦に係る手続き

2008-11-25 07:02:21 | 特許法126条
事件番号 平成19(行ケ)10315
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

6 取消事由5(手続上の瑕疵)について
原告は,本件無効審判の手続に瑕疵があると主張するので,この点について検討する。
(1) 原告は,本件訂正により「第2摺動部分(12)の外周面を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定し,」という構成が新たに追加されたのに,これに対する無効理由の主張,証拠の提出の機会が与えられないまま本件無効審判の審理が終結されたのは違法であると主張する

(2) ところで,特許の無効審判の係属中に当該特許の訂正審判の審決がされ,これにより無効審判の対象に変更が生じた場合には,従前行われた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防禦について修正,補充を必要としないことが明白な格別の事情があるときを除き,審判官は,変更されたのちの審判の対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならない(最高裁第一小法廷昭和51年5月6日判決・裁判集民事117号459頁参照)。
そして,特許の無効審判の係属中に訂正請求がされた場合についても,上記と同様に解すべきである。
そこで,上記の観点から,本件無効審判の手続において従前行われた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防禦について修正,補充を必要としないことが明白な格別の事情があるかどうかについて検討する。
・・・

(4) 以上によれば,本件無効審判の手続において,原告は「隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)よりも小さい値に設定した」などの構成に対する無効理由の主張の中で,クランプロッドの外周部に形成される旋回溝の傾斜角度を15度にすることは本件特許の出願前に周知の技術である旨の主張をしていたことが認められる。

 ところで,本件訴訟において原告が訂正発明1の「第2摺動部分(12)の外周面を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定し,」という構成に対する主張として述べているのは,①甲13文献(特開平8-33932号公報)に上記構成が示されている,②旋回ストロークを小さくして旋回式クランプをコンパクトに造ることは,本件特許の出願前に周知の技術的課題であった,③甲21発明と同形式のクランプ装置のカタログ(甲40)や甲25(米国特許第4620695号明細書)に照らせば,旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲に設定することは本件特許の出願前に周知の事項であった,などというものである。

しかるに,本件無効審判の手続において原告が主張した内容は,甲13文献,甲21文献,甲25等を引用した上で,旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲に設定することが周知の事項であり,旋回ストロークを小さくすることが周知の課題であったことを述べるものであり,特に甲13文献については,図1,図2の記載を参照しつつ螺旋溝の傾斜角度について具体的に言及しているものである

 そうすると,本件無効審判の審理が終結された時点においては,旋回溝の傾斜角度の点を含め,無効理由につき十分な主張,立証が尽くされていたものと認めることができるから,本件無効審判の手続においては,従前行われた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防禦について修正,補充を必要としないことが明白な格別の事情があるというべきである。

技術的事項の深い理解に基づいた証拠調べ

2008-11-14 22:26:44 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10035
事件名 補償金請求控訴事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

原判決60頁10行目から61頁8行目までを次のとおり改める。
「ア前記1で認定したとおり,電電公社発明は,被告が本件プロジェクトを開始する前に,既に,A及びBによってほぼ完成されており,原告及びCは,電電公社発明に係る技術の開示を受け,同構成を基に,テレフォンカード式公衆電話機用のカードリーダの開発を進め,本件発明の構成に想到したものである。前記2で判示したとおり,本件発明は,電電公社発明とは,偽造悪用防止のために保護膜を設けた点において共通する

 しかし,前記判示のとおり,本件発明は,電電公社発明とは技術思想を異にし,次の点で大きな特徴を有する。すなわち,本件発明は,磁気記録媒体の記録用の磁性膜の上に設けられた保護膜の,再生ヘッドの磁気ギャップ直下の部分を磁気飽和させ,他の部分を磁気ヨークとして磁気が通る状態にしておくことにより,磁性膜の磁化による磁束を磁気ヘッドに取り出すことを特徴とする磁気記録再生装置であり,その再生用ヘッドにバイアス電流を印加するだけで上記状態にすることができるものである。原告及びCは,電電公社発明を単に改良したのではなく,同発明とは異なる記録再生原理に基づいて本件発明に想到し,上記原理によって初めて磁気記録再生装置の実用化が可能になったものと評価できる。
 これらの事情を総合考慮すると,本件発明の完成に対する,A及びBの貢献割合の合計は30パーセントであり,原告及びCの貢献割合の合計は70パーセントと解するのが相当である。

・・・

原判決61頁24行目から65頁20行目までを次のとおり改める。
「イ 被告は,本件発明は紙幣識別用磁気ヘッドの開発の経験を有するCが,同技術を応用して本件発明を完成させたと主張し,Cの陳述書(乙17)にもこれに沿う記載がある
 しかし,Cの上記陳述書の記載部分は信用できず,被告の上記主張は採用できない。すなわち,紙幣識別用磁気ヘッドに関する特開52-50790号公報(乙19)によれば,紙幣識別装置は,磁石の直下に2つの磁気抵抗素子を並置したものを1つの筐体に収めて磁気ヘッドを構成し,磁気ヘッドの直下に紙幣を置いた場合,紙幣の模様に含まれる磁性材料の分布により,2つの磁気抵抗素子を貫通する磁束の間に差が生じ,その差によって生じた電気抵抗の差を信号として取り出して,紙幣が真正か否かを判別するものであると認められる。この場合,上記のとおり磁気抵抗素子は,それ自体は磁界を発生させるものではなく,通過する磁束により電気抵抗が変化するのみであり,両者の間に磁界が生じるものではなく,磁気飽和とも無関係である。したがって,上記紙幣識別用磁気ヘッドに関する技術と本件発明とは,その解決原理が異なり,相互の関係は認められない。
 そうすると,紙幣識別用磁気ヘッドの開発経験に基づいて本件発明を完成させたとのCの供述部分は,極めて不自然であって,到底信用することはできない

ウ 以上の事情を総合考慮すると,本件発明は,専ら原告が着想し,完成させたものであり,Cは原告の指示にしたがって実験を行なったにとどまり,その独自の着想等を認めることができない。 そして,前記認定事実によれば,原告は被告提出の文書の中でCを「実験補助者」と記載しているし,出願過程においてCが作成した文書も原告作成の文書を参考にしている。以上に照らせば,本件発明の完成に対する原告とCとの間の貢献割合は,原告が95パーセント,Cが5パーセントと解するのが相当である。


増項補正が違法とされなかった事例

2008-11-10 07:25:50 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10335
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(2) 審決のうち増項違反に係る判断部分の当否
ア 原告は,本件各補正において追加された請求項13及び14は,いずれも,請求項1を引用するとともに,請求項1に記載された発明特定事項を更に限定するものであって,その限定の仕方は,請求項1と同13との関係においても,請求項1と同14との関係においても,産業上の利用分野を変更するものではないことは明らかであり,また,解決しようとする課題を変更するものでもないことは明らかであるから,請求項13及び14は,旧特許法17条の2第4項2号によって許容されるところの特許請求の範囲の減縮を目的として補正された請求項に該当すると主張する

イ そこで,検討するに,旧特許法17条の2第4項は,審判請求に伴って行われる場合における特許請求の範囲についてする補正は,同項1号ないし4号に掲げる事項を目的とするものに限ると規定しているもので,請求項を増加させる補正は,原則として,同項で補正の目的とし得る事項として規定された「請求項の削除」(1号),「特許請求の範囲の減縮」(2号),「誤記の訂正」(3号)及び「明りょうでない記載の釈明」(4号)のいずれにも該当しないものと解するのが相当である。
 そして,同項2号は,「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定しており,同括弧書きの文言によれば,2号において補正が認められる特許請求の範囲の減縮といえるためには,補正後の請求項が補正前の請求項に記載された発明を限定する関係にあること,並びに,補正前の請求項と補正後の請求項との間において,発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることを必要とするとしたものである。そうすると,この「限定する」ものであるかどうか,「同一である」かどうかは,いずれも,特許請求の範囲に記載された当該請求項について,その補正の前後を比較して判断すべきものであり,補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっていることを当然の前提としているといえる。
 したがって,同号の規定は,請求項の発明特定事項を限定して,これを減縮補正することによって,当該請求項がそのままその補正後の請求項として維持されるという態様による補正を定めたものとみるのが相当であって,増項による補正は,補正後の各請求項の記載により特定された発明が,全体として,補正前の請求項の記載により特定される発明よりも限定されたものとなっているとしても,上記のような対応関係がない限り,同号にいう「特許請求の範囲の減縮」には該当しないことになる。
 また,特許出願の審査は,請求項ごとに行われ,拒絶理由の通知も請求項ごとに記載されるものであるところ,審判請求に伴ってする補正につき,出願人の便宜と迅速,的確かつ公平な審査の実現等の調整という観点から,既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正を認めることとした旧特許法17条の2第4項の制度趣旨に照らすならば,1つの請求項を複数の請求項に分割するような態様による補正は,特段の事情がない限り,認められないとする上記の解釈は是認されるものといえる。

 もっとも,①多数項引用形式で記載された一つの請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,②構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項を,その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合のように,補正前の請求項が実質的に複数の請求項を含むものであるときに,補正に際し,これを独立の請求項とすることにより,請求項の数が増加することになるとしても,それは,実質的に新たな請求項を追加するものとはいえず,実質的には,補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっているということができるから,このような補正についてまで否定されるものではない。

ウ 以上の見解に基づいて,本件を検討することとする。
 本件各補正のうち増項に係る部分は,いずれも,請求項の数を,補正前の12から補正後の14に補正するというものであり,実質的にみても,増項によって生じた請求項が補正前の請求項の従属項であるとしても,請求項の数を増加させるものであるこことに変わりはない。そして,この増加は,①多数項引用形式で記載された1つの請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,②構成要件が択一的なものとして記載された1つの請求項を,その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合でもない。
 そして,本件各補正の増項に係る部分は,特許請求の範囲を全体として拡張するものではないものの,これを減縮するものでもないことは明らかであり,また,誤記の訂正であるということも,明りょうでない記載の釈明であるということも,困難であるから,旧特許法17条の2第4項2号ないし4号のいずれにも該当しないといわざるを得ない。
 したがって,本件各補正のうち増項に係る部分は,旧特許法17条の2第4項の規定に違反するものであり,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下される場合に該当し,これと同旨の審決の判断は,その限りにおいて誤りということはできない

(3) 本件各補正を却下した審決の措置の当否
ア 審決が判断した本件各補正のうち増項に係る部分については,上述のとおり誤りではないが,審決は,前記(1)で摘示したように,本件各補正のうち請求項13及び14を増項した部分の違法を指摘したのみで,原告のした本件各補正の全体を却下すべきものとした。このため,審決は,その余の請求項についてされた本件各補正の可否について何ら判断することなく,本件各補正前の請求項に基づいて実体判断をして,結局本願発明には進歩性が認められないとして,原告の審判請求を不成立としたものである。
しかしながら,審決の上記措置は是認することができない。その理由は,次に判示するとおりである。

イ 確かに,補正は,複数の請求項にまたがり多数の補正事項を含んでいるとしても,基本的には,補正全体が不可分一体性を有するものとし,出願人のした補正がその一部についてでも補正の要件を満たさないときは,その余の補正について審理判断することなく,全体としてこれを却下することができるとされることは,被告の主張するとおりであるが,本件手続においては,上記(1)に認定したところに基づいて検討すると,以下のとおりである

(ア) まず,補正事項の不可分一体性は,補正事項がその内容自体から相互に関連し合って分離することが不可能又は困難である場合があること,出願人が補正事項の全体又は枢要な事項を是認されるのでない限りその補正の目的を達しない場合があるなど,多くの場合にこれを肯定せざるを得ないが,その反面,補正事項の中には,他の補正事項と容易に分離することが可能である場合もあるところ,増項補正は,他の補正事項と,違反事由として目的・要件等が明らかに異なり,截然と区別することが比較的容易である場合もある。本件各補正における増項も,その内容においても,増項補正がされた時期においても,他の補正事項と容易に区別することができることが認められる。

(イ) 原告は,本件各補正において初めて増項補正を試みたものであり,増項補正の可否は,それまでの手続で全く問題にされていなかった(もっとも,審査時補正においても,上記(1)で認定説示したように,一部の請求項について増項補正ともみることのできる補正がされているが,審査官は,基本的に請求項1についてのみ判断したため,増項補正であることを何ら問題視していない。)。
しかるに,審判官は,原告がした本件各補正について,拒絶理由通知書等により増項違反を指摘することなく,審決において,増項違反を重視し,これのみを理由に,本件各補正を却下したものである。

(ウ) 弁論の全趣旨によれば,審判官が増項違反を本件各補正却下の唯一の理由とすることを何らかの機会に何らかの方法で提示又は示唆していさえすれば,本件各補正のうち増項に係る請求項が大きな危険をおかして行うべきものであるとは考えにくいことを考えると,原告は,審決の前にこれを撤回する蓋然性は高かったものと推察される。

 しかも,請求項13,14の増項については,審判請求を行った後の平成17年1月13日にA 審査官にファクス送信された「手続補正書(請求範囲の補正)の素案」に記載され,また,同時にファクス送信された「手続補正書(審判請求書の請求の理由)の素案」には「更に請求項1の従属項である請求項13,14を追加しております。」とも記載されており,A 審査官は,これらの書類を見ていたにもかかわらず,面接記録によれば,A 審査官は,増項の点をとがめることなく,請求項1,5,11,12,14について,武川弁理士らに対し,新規事項ありとの拒絶理由のあることは伝えているが,増項違反に何ら言及せず,かえって,面接記録の「面接内容」の「c.」欄の「提示された補正案等」及び「満たしている」との部分に丸印を付けて,全体として「c.提示された補正案等は,補正の要件を満たしている旨の心証を得た。」との記載を完成させており,そうすると,原告としては,本件第1補正については,特に言及された点以外については問題がないとの認識を示されたと判断する状況であったと認めるのが相当である。

(エ) A 審査官が原告代理人との面接の際に伝えた,増項に係る「請求項14についての新規事項」が具体的にいかなるものであるかは明らかではないものの,同じく増項に係る請求項13に新規事項があるとの指摘がされなかったことを考えると,A 審査官が原告代理人との面接の際に伝えた請求項14についての違反事由に,増項違反を含んではいないことが認められ,これらの経緯等によれば,A 審査官は,増項の点を全く問題視しておらず,むしろ容認していたものと認めるのが相当である。

(オ) A 審査官が原告代理人に渡した上記「面接記録(出頭者用)」には,「審査官は,この面接の終了後に新事実又は新証拠を発見した等の理由により,上記面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合は,その旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知する。」との記載があったにもかかわらず,審査官又は審判官等から原告に対して増項補正に問題があるなどの通知は全くされないままで,審決がされたものであった。

ウ 本件における以上のような手続の経緯を考えると,担当審査官が,前置審査という最終局面まで増項以外の補正事項について新規事項を理由に補正が却下されることのあることを説明しながら,増項補正の点は全く問題視せず,しかも面接において,面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合はその旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知すると告げていたなどという本件の状況の下で,審決において,増項補正の違法のみを理由に補正請求全体を却下し,これによって,補正後の請求項に何ら言及することなく補正前の請求項に基づいて判断をしたことは,あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか,又は,そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し,併せて,その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり,そのいずれもしなかったことには違法があるものといわざるを得ず,審決は,違法として取消しを免れない
 本件の上記手続の経緯に照らすならば,審決が増項違反のみを理由に本件各補正を却下した措置について,原告は,実質的にみても,防御・反論等を何らしていないものであり,増項補正を撤回することを含め,防御する機会を与えられていないものと認められる。
 被告が主張する増項補正が許される例外的な場合(上記(2)イ①②の場合)は,増項補正が許される典型的な場合を例示したにすぎず,法解釈上は,それに限られるわけではない。原告がした本件の増項補正は,補正前の特定の請求項にいわゆる従属項を追加したものというのであるから,少なくとも従前の特許請求の範囲を全体として拡張するものではないということができ,特許請求の範囲の減縮には文言上該当しないとしても,法解釈論として成り立ち得ない見解といえず,明らかに違法な補正であると断じ得るものでもなく,本件のような従属項を追加する補正が一般的に違法であるとする裁判例がないではないが,少なくとも,実務上,周知確立していた取扱いであるとは認められない。現に,A 審査官は,本件の増項補正が問題であるという認識がなかったものと認められることは,上記指摘のとおりである。
 したがって,原告がした本件の増項補正は,権利範囲の拡張や変更を伴わない補正であり,明らかに違法な補正であるとか,到底却下を免れない暴挙ともいうべき補正であるなどということはできず,原告ないしその担当代理人が本件の手続において増項補正が許容されるものと推断したとしても,一概に不合理なものと断ずることはできない

 なお,本件において,当裁判所は,増項補正の違反を含む補正の場合に,常に増項に関わらない補正事項についてまで判断すべきであるという見解を示しているのではない。本件の事実関係の下においては,審決が請求項1~12について新規事項の存否について判断しないで,増項補正に係る部分が違法であると判断しただけで,本件各補正の全体を却下するとした措置の違法を指摘したにとどまるものである。・・・。
したがって,本件が審判手続に戻った場合は,被告(審判官)が原告(請求人)に対し,本件各補正のうち増項補正部分を維持するか否かの検討を求めることとなるが,原告が増項補正部分の撤回をしないときは,原則に戻って,増項補正の違法のみを理由に本件各補正の全体を却下することは許されるものというべきである(この場合,原告は,審決取消訴訟で増項補正の適法性を主張することとなる。)。

オ 以上のとおりであるから,原告の取消事由1ないし3の主張は,審決の上記措置の違法をいうものと解する限りにおいて,理由があるというべきである

36条6項1号および2号の判断事例

2008-11-09 22:10:00 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10116
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

3 36条6項1号に関する判断の誤り(取消事由3)について
 原告は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件特許発明の「残部」は,シートを折り曲げたときに残部が互いに当接することがないように,残部の水平方向の厚さが薄いことが必要であり,残部の大部分が当接してしまうような水平方向に厚い残部は,これに含まれないとして,「残部」という要件を含む請求項1ないし5に記載された発明は,発明の効果を奏する範囲を超えた不当に広い技術的範囲となっており,発明の詳細な説明に記載されたものではないと主張する(前記第3,3)。
 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

(1) 本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
 ・・・
(2) 判断
 ・・・
 そうすると,【0010】の「互いに当接することもなく」ということは,折曲線を挟んだ残部が全面的に当接するものでないことを意味するにとどまり,まったく当接しないことを意味するものと解すべきではない。そして,残部が有意に傾斜していれば,当接する部分が存在するとしても,当接しない部分も必然的に生じ,その当接しない部分が折り曲げ易さに貢献するといえるので,発明の詳細な説明に記載された「残部が当接しない」ことによる効果は生じるものである。また,【0013】に記載されたように,折曲部形成方向Yに対する傾斜角度や残部の肉厚等は,シートの肉厚及び材質,並びにシートの用途に応じて適宜決定されるべきものであり,一義的な特定はできないものと認められる。

 これらの事情を考慮すると,発明の詳細な説明には,残部が傾斜していることによる効果が記載されている。その効果を生ずるための最低限の構成は,残部の境界線が,(有意に)傾斜していることであると理解できる
 そして,「(有意に)傾斜した境界線」の構成が請求項に特定されていれば,請求項に係る発明と,発明の詳細な説明に記載された効果を生ずるものが対応しているといえるので,更にそれに加えて「残部の肉厚」等を請求項で特定していないとしても,請求項に記載された発明は発明の詳細な説明に記載されたものであると認められる。

 請求項1ないし5には,境界線(請求項1ないし4。ただし,請求項4は請求項1ないし3を引用する。)又は壁部(請求項5。後記4(2)イのとおり,壁部について「傾斜」という概念を用いることはできる。)が傾斜していることが記載されているから,請求項1ないし5に記載された発明(本件特許発明)は発明の詳細な説明に記載されたものであると認められ,36条6項1号を充足しているものと認められる。
したがって,原告の前記主張は採用することができず,取消事由3は理由がない。


4 36条6項2号に関する判断の誤り(取消事由4)について
 原告は,本件特許発明の「境界線」の意味が不明確である旨主張する(前記第3,4(1))。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(1) 特許請求の範囲の記載,発明の詳細な説明の記載
・・・
(2) 判断
ア 上記のように,本件特許発明1における凹部は,形成刃が押圧されてシートに入り込むことにより形成されることが想定されているから,形成刃が入り込んだ,多少でもくぼんだ部位が凹部であるとみるのが相当である。そして,形成刃が入り込んでいない部分は,元のシート厚がそのまま残っているから,本来のシート厚に相当するシートの最も厚い部分が残部で,シートの厚みが減少し始める部位が,残部における端縁ということになり,平面視の場合,この端縁が残部と凹部の境界線として認識されることになる
 そうすると,残部はシート厚がそのまま維持されている部分であり,凹部と残部の境界線は,シートの厚みが多少でも減少し始める箇所の線分を意味すると認められる。

 なお,本件訂正明細書には,「つまり,残部16は,シートの厚みをそのまま残存させるものに限定されるものでなく,例えば図4に示すように凹部14より浅い凹みを有し,凹部14よりもシートの厚みが残存されているものも本発明の意図する範囲である。・・・」(【0028】)と記載されており,シート厚より残部が薄いことも排除されていない。したがって,残部がシート厚と必ずしも同じ厚みである必要はなく,平面視において,残部の最も厚い部分からシートの厚みが減少し始める箇所の線分が境界線になるとするのが相当である。

 以上によれば,本件特許発明1(請求項1)の「境界線」の意義は明確であるものと認められる。

引用発明の認定に本願明細書に記載の先行技術を参照できるか

2008-11-09 20:40:53 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10017
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

イ 原告らは,本願明細書(甲2,3)の図と引用例(甲1)の図を比較してみると,本願明細書(甲2,3)の先行技術1を示す図3は,歯ブラシ毛の直径「0.2」mmの記入の有無を除いて,引用例(甲1)の図3とほとんど同一であり,本願明細書の【0006】の記載からみても,本願明細書(甲2,3)に記載された先行技術1とは,引用例(甲1)の【0010】に記載された技術にほかならないことになると主張する。

 しかし,引用例(甲1)の図3と,本願明細書(甲2,3)の先行技術1を示す図3とがほとんど同一であったとしても,歯ブラシ毛を硫酸溶液に浸漬した長さという重要な技術事項につき,本願明細書(甲2,3)の【0006】には記載がないのであるから,引用例(甲1)の【0010】に記載された約8~9㎜という長さと一致するかどうか比較することができない。したがって,原告らが指摘する事項をもってしても,両者につき,当然に,同一技術に関する同じ事実について記載されたものということはできない

・・・

カ 原告らは,引用例(甲1)に記載された事項について,出願後に頒布された別の刊行物の記載を参酌して事実を認定することは許され,裁判例にも,出願時以降の刊行物中に出願前の技術に関する記述があるという理由により,これを出願前の技術水準を認定する資料とした事例もある,本願明細書(甲2,3)に記載された先行技術1は,引用発明に関するものであるから,引用発明の認定に際して,これを参酌することは許されると主張する。

 しかし,前記イ,ウに説示したとおり,引用発明の内容は,あくまで引用例(甲1)の記載から把握される技術内容に従って認定されるべきであり,これを本願明細書(甲2,3)の内容を参酌して認定できるとすれば,本願明細書(甲2,3)の記載内容のみから本願発明の進歩性を判断できることにもなりかねず,さらに,そもそも本願明細書(甲2,3)に記載された先行技術1と引用発明とを当然に同一の技術ということはできないにもかかわらず,引用例に開示される引用発明の内容を,本願発明(甲2,3)の先行技術1の記載を参酌して認定することもできないのであって,このことと,出願時以降の刊行物中に出願前の技術に関する記述がある場合にこれを出願前の技術水準を認定する資料とすることとは全く別の事項である。

誤記のある公開公報の引用

2008-11-09 20:37:52 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10017
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(3) 原告らの主張について
ア 原告らは,引用例(甲1)には誤記があり,引用発明については,本願発明の優先日である平成13年2月23日より1年8月後の平成14年10月25日に手続補正書が提出され,明細書全文を対象として補正がなされているが,審決で引用された引用例(甲1)は,本願発明の優先日前の平成11年10月26日に出願公開された公開公報である,と主張する

 しかし,引用例(甲1)が本願発明の優先日以降に補正される前の内容を記載した公開公報であったとしても,かかる補正前の公開公報に記載の開示内容から引用発明を認定することができないということにはならないから,原告らの上記主張は主張自体失当である。


商標の使用の事実の主張立証責任

2008-11-09 17:06:54 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10308
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 なお,本件商標の商標権者である被告,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが,本件審判の予告登録がされた平成19年5月29日より前3年以内に,日本国内において,本件審判の請求に係る指定商品(第5類「薬剤」)について,本件商標の使用をしているとの事実は,被告において主張立証責任を負担する事項であるが(商標法50条2項),被告は,同事項について,何らの主張立証をしない。

 したがって,本件審決が認定した「被告は,本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において,本件商標を請求に係る指定商品中の『薬剤』について使用した」との事実は,これを認定することができない。

次の判決も同趣旨
事件番号 平成20(行ケ)10314
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟

特許法36条6項2号の要件の判断

2008-11-09 16:59:47 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10107
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 なお,審決が特許法36条6項2号該当性の有無について判断した点について付言する。

 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載において,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許発明の技術的範囲,すなわち,特許によって付与された独占の範囲が不明となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあるので,そのような不都合な結果を防止することにある
 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである

 ところで,審決は,請求項1(1)についての「コード番号を付してコード化し」,「暗号化し」,「転送する」などの記載,請求項1(2)についての「平文化できる範囲を設定し」などの記載,請求項1(3)についての「顧客個人情報を登録し」,「再暗号化して登録する」,「階層別に管理する」などの記載,請求項1(5)についての「登録してデーターベース化し」などの記載が,「人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さず自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でないから,特許法36条6項2号に規定する要件を満たさない」と判断した。

 しかし,審決の上記判断は,その判断それ自体に矛盾があり,特許法36条6項2号の解釈,適用を誤ったものといえる。
 すなわち,審決は,本願発明の請求項1における上記各記載について,「人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さず自動的に行う処理であるとも解することができ(る)」との確定的な解釈ができるとしているのであるから,そうである以上,「そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でない」とすることとは矛盾する。のみならず,審決のした解釈を前提としても,特許請求の範囲の記載は,第三者に不測の不利益を招くほどに不明確であるということはできない

 むしろ,審決においては,自らがした広義の解釈(それが正しい解釈であるか否かはさておき)を基礎として,特許請求の範囲に記載された本願発明が,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものといえるか否か(特許法2条1項),産業上利用することができる発明に当たるか否か(29条1項柱書)等の特許要件を含めて,その充足性の有無に関する実質的な判断をすべきであって,特許法36条6項2号の要件を充足しているか否かの形式的な判断をすべきではない。前記のとおり,その判断の結果にも誤りがあるといえる。