知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

引用例の誤った記載に基づいて判断した審決

2010-10-30 21:28:58 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10024
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

・・・
 以上によれば,審決が認定する技術事項Cが前記段落【0071】の記載に基づくものであるとしても,同段落の記載は,甲9の他の部分の記載や甲9記載の発明が解決しようとする課題及びその解決手段と整合しないか,又は,技術的に解決不可能な内容を含むものであって,誤った記載と解される。したがって,前記段落【0071】の記載のみから,甲9には技術事項Cが実質的に開示されていると認めることはできない。

 審決が,技術事項Cを根拠に,甲9において,「遊技制御基板199」から「払出制御回路基板152」へ伝達される信号は賞球個数信号D0~D3がすべてであるとは認定できないと判断したことは誤りである。

法126条3項の趣旨

2010-10-30 21:23:43 | 特許法126条
事件番号 平成22(行ケ)10024
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 特許法134条の2第5項により準用する同法126条3項は,訂正が許されるためには,いわゆる訂正の目的要件を充足するだけでは足りず,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であることを要するものと定めている。法が,いわゆる目的要件以外に,そのような要件を定めた理由は,訂正により特許権者の利益を確保することは,発明を保護する上で重要ではあるが,他方,新たな技術的事項が付加されることによって,第三者に不測の不利益が生じることを避けるべきであるという要請を考慮したものであって,特許権者と第三者との衡平を確保するためのものといえる

 このように,訂正が許されるためには,いわゆる目的要件を充足することの外に,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であることを要するとした趣旨が,第三者に対する不測の損害の発生を防止し,特許権者と第三者との衡平を確保する点にあることに照らすならば,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かは,訂正に係る事項が,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって導かれる技術的事項(すなわち,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項)との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日判決,同平成22年(行ケ)第10019号平成22年7月15日判決参照。)。

共同審判請求人の一人に中断事由が生じ審判手続が中断したまま審決された事例

2010-10-28 06:37:45 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10270
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第3 当裁判所の判断
 上記第2の事実に照らすと,株式会社アイ・アイ・ピーが破産手続開始決定を受けたことにより審判手続は当然に中断し(破産法46条,44条1項),また,同社と原告株式会社YCFは共同して拒絶査定不服審判請求を行ったのであるから,共同審判請求人の一人である株式会社アイ・アイ・ピーについて生じた中断は,請求人全員についてその効力を生じている(特許法132条4項)。そうすると,本件審判手続の審理を担当する審判官は,同社と原告株式会社YCFの両社について審判手続が中断したまま審決をしたものであるから,本件審決は,重大かつ明白な瑕疵があるものとして無効ということになる

 無効な審決であっても,審決が成立し,送達された外観が形成されている以上,これを排除するため,審決の取消訴訟提起が可能な場合もあり得るが,その場合であっても,株式会社アイ・アイ・ピーの財産に関する管理処分権を有しているのは破産管財人であるから,破産管財人が株式会社YCFと共同で審決取消訴訟を提起すべきである。

 しかるに,本件訴訟は,原告の一人として,破産管財人ではなく管理処分権を有しない破産会社である株式会社アイ・アイ・ピーの前代表取締役を代表者とし,当然のことながらその訴訟代理人になり得ない弁理士3名を訴訟代理人と表示して提起されたものであるから,全体として不適法であり,その不備を補正することができないものである。
 よって,口頭弁論を経ないで本件訴えを却下することとし,弁理士A,B及びCの訴訟費用の負担について民事訴訟法70条,69条2項を適用して,主文のとおり判決する。

 なお,特許庁審判官は,審理終結後であったとしても,破産管財人に審判手続を受継させて本件審決を破産管財人に送達するか,又は本件審決が無効であることを前提にして,破産管財人に審判手続の受継をさせて,新たな審決をするかを,破産管財人の意向も聴取した上で判断すべきである。

商標の使用に当たらないとされた事例

2010-10-26 22:17:53 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)25783
事件名 販売差止等請求事件
裁判年月日 平成22年10月21日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

1 争点1-1(本件商標権の侵害行為の有無)について
 原告は,被告各標章は本件登録商標の類似の商標に該当し,被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為は,登録商標に類似する商標の使用(商標法37条1号)として,本件商標権の侵害を構成する旨主張する
 これに対し被告は,被告各標章と本件登録商標とは類似せず,また,被告各標章は被告商品の包装箱,被告ウェブサイト及び被告カタログにおいて本来の商標としての使用(商標的使用)がされているとはいえないから,被告の上記各行為は,本件商標権の侵害を構成しない旨主張する

 ところで,商標の本質は,当該商標を使用された結果需用者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの(商標法3条2項)として機能すること,すなわち,商品又は役務の出所を表示し,識別する標識として機能することにあると解されるから,商標がこのような出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているといえない場合には,形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても,当該行為は,商標の「使用」に当たらないと解するのが相当である。

 そこで,本件の事案にかんがみ,まず,被告各標章が被告商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているか,すなわち,本来の商標としての「使用」(商標的使用)がされているかどうか(争点1-1(2))について判断することとする。
・・・

イ 被告商品の包装箱における被告標章1の使用態様等
・・・上記各説明文によれば,「シートクッション」の用語は,被告商品が着座して使用するクッションであることを意味するものとして用いられていることが認められる。
 しかし,このような意味を有する「シートクッション」の用語が被告商品の包装箱の説明文に用いられているからといって,被告標章1が商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられていることの根拠となるものではない。また,そもそも,商品の名称である商品名が常に当該商品の出所表示機能・出所識別機能を果たすものとは限らない

ウ 被告ウェブサイトにおける被告標章2の使用態様等
 被告ウェブサイトのうち被告商品を紹介している部分には,別紙6の写真に示すように,・・・こと(前記(4))からすると,上記③の文章は被告商品が被告が販売する商品であることを識別させるために使用されているものと認識できること,以上の①ないし⑤に照らすならば,被告ウェブサイトの上記部分に接した一般消費者においては,被告標章2について,上記②の説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すと,中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し,商品の出所を想起させるものではないものと認められる

 そうすると,被告標章2が被告商品のウェブサイトにおいて商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告商品のウェブサイトにおける被告標章2の使用は,本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。
・・・

同じ記載部分に対して特許法36条6項1号及び2号、法17条の2第3項違反を同時に認めた事例

2010-10-26 21:30:32 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10051
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

2 取消事由2(本願発明を拒絶した判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項1号及び2号違反につい
ア 第2回補正による本願発明の請求項1の記載は,「胴体部の両側にシャフトを突出した振動モーターの両端に偏重心の分銅を備え,該分銅は振動モーター胴体部の中心点を中心とし,その両側のシャフトに略対称に取り付けた振動発生器において,発生する振動幅の設定は,該胴体部と分銅間の該間隔を変えて,発生する振動の大きさを決めて,該分銅の取り付け位置を設定し,又,その間隔は軸方向の幅の二分の一以上とする事を特徴とする振動発生装置。」というものである(甲3)。

 この請求項1には,「その間隔は軸方向の幅の二分の一以上とする」とあるのみで,「軸方向の幅」が何の「軸方向の幅」を意味しているのか,明確であるとはいえない。また,本件明細書の発明の詳細な説明や図面に,「軸方向の幅」に関して参酌すべき記載もない

イ 原告は,当初明細書等の図1(c2)等の記載を根拠に「分銅の軸方向の幅」であるとも主張する
 しかし,第2回補正においては,特許請求の範囲の全文,明細書の全文及び図面の全図を変更したものであり(甲3),当初明細書等(甲9)の記載を参酌することはできない。なお,第2回補正に係る本件明細書や図面に,「軸方向の幅」に関して参酌すべき記載もない
・・・

(2) 法17条の2第3項違反について
ア 原告は,本件審決が第2回補正を新規事項の追加を理由に法17条の2第3項の要件違反とした判断について,「軸方向の幅」は「分銅の軸方向の幅」と理解するのが最も自然であり,「二分の一以上」とすることは,【0011】や図1(c2)の記載を含め,当初明細書等の全体から読み取り得る内容であり,当業者にも容易に理解できる旨主張する。
・・・
なるほど,原告主張のように,当初明細書等の記載事項によると,胴体部と分銅間の間隔を大きくするほど発生する振動を大きくすることができると理解できるとしても,上記間隔と「軸方向の幅」とを関係付ける技術的事項は何ら記載されておらず,しかも,その「二分の一以上」とすることが記載されているとはいえない。
 そして,図面を参照したとしても,上記「軸方向の幅」が分銅の「軸方向の幅」であることや,上記間隔がこの幅の「二分の一以上」であることを,当業者が当然に理解できるものとはいえない。

エ そうすると,「その間隔は軸方向の幅の二分の一以上とする」ことを含む第2回補正は,新たな技術的事項を導入するものであり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとはいえないから,本件審決が,第2回補正が法17条の2第3項に違反すると判断した点に誤りはない

定義のない用語を出願時に用語の有する普通の意味で理解した事例

2010-10-26 07:12:59 | 特許法70条
事件番号 平成21(ワ)5717
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年10月15日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
裁判長裁判官 岡本岳

(1) 本件特許発明の「文法辞書」について
・・・,本件特許発明の「文法辞書」とは,上記4つの内容(現代仮名遣いの文法規則,現代仮名遣いに対する漢字候補,歴史的仮名遣いの文法規則及び歴史的仮名遣いに対する漢字候補)を「統合的に登録」(その意味については,後記(2)で検討する。)し,仮名漢字変換部によって「参照」されるものである。そして,・・・,本件特許出願当時において,「辞書」とは,「ワード-プロセッサー・自動翻訳システムにおいて,漢字・熟語・文法などを登録してあるファイル」(乙38)を意味していたことからすると,本件特許発明のように仮名漢字変換をする文書作成システムの技術分野における「文法辞書」は,「ファイル」であると解される。
・・・
(4) 属否の判断
以上に認定した事実によれば,被告装置においては,・・・,品詞コードと活用語尾テーブルを併せたものが「現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則」に当たると認められる。また,ファイルα(・・・)はアプリケーションの起動時にメインメモリ上にロードされ,メインメモリ上に展開されたまま動作するため,ファイルα内に格納された「活用語尾テーブル」は,仮名漢字変換に当たり参照される際にはメインメモリ上に展開されおり,ファイルとして存在するものとは認められない。
・・・
(1)で説示したように,本件特許発明における「文法辞書」とは,現代仮名遣いの文法規則並びに歴史的仮名遣いの文法規則及び各仮名遣いに対する漢字候補を統合的に登録した「ファイル」であり,「ファイル」として仮名漢字変換部によって参照されるものであるが,被告装置における文法辞書の一部である「活用語尾テーブル」は,ファイルα(・・・)に格納されているデータではあるものの,仮名漢字変換に当たり参照される際にはメインメモリ上に展開されており,「ファイル」として存在するものではないため,被告装置の仮名漢字変換部は,「ファイル」としての「文法辞書」を参照するものと認めることはできない
 ・・・
 原告は,ファイルとはOSにおけるデータの管理単位であるが,本件明細書においてはファイル及びOSについて一切言及していないから,本件特許発明の「文法辞書」の解釈を,OSレベルの管理単位であるファイルに準拠して行うことはできないと主張する。
 しかし,本件特許出願当時の特許法施行規則24条は,「願書に添附すべき明細書は,様式第29により作成しなければならない。」と定め,様式第29の備考8は,「用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用する。ただし,特定の意味で使用しようとする場合において,その意味を定義して使用するときは,この限りでない。」と定めていたのであるから,明細書に用語の定義がない場合は,用語はその有する普通の意味で理解すべきことになる。そうすると,上記(1)で説示したように,本件特許発明は,「仮名漢字変換する文書作成システムとして普及しているワードプロセッサ,日本語文書作成ソフトウェア搭載のパーソナルコンピュータ」(本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0003】)に係る技術分野に関するものであり,本件特許出願当時において,「辞書」とは,「ワード-プロセッサー・自動翻訳システムにおいて,漢字・熟語・文法などを登録してあるファイル」を意味していたのであるから,本件特許発明における「文法辞書」は「ファイル」であると解すべきであって,原告の主張を採用することはできない。

引用としての利用に当たるか否かの判断

2010-10-25 22:57:46 | 著作権法
事件番号 平成22(ネ)10052
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成22年10月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 引用の適法性の要件
ア 著作権法は,著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とするものであるが(同法1条),その目的から,著作者の権利の内容として,著作者人格権(同法第2章第3節第2款),著作権(同第3款)などについて規定するだけでなく,著作権の制限(同第5款)について規定する。
その制限の1つとして,公表された著作物は,公正な慣行に合致し,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができると規定されているところ(同法32条1項),他人の著作物を引用して利用することが許されるためには,引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり,かつ,引用の目的との関係で正当な範囲内,すなわち,社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり,著作権法の上記目的をも念頭に置くと,引用としての利用に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない

イ ・・・

(2) 要件の充足性の有無
ア そこで,前記見地から,本件各鑑定証書に本件各絵画を複製した本件各コピーを添付したことが著作権法32条にいう引用としての利用として許されるか否かについて検討すると,本件各鑑定証書は,そこに本件各コピーが添付されている本件各絵画が真作であることを証する鑑定書であって,本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは,その鑑定対象である絵画を特定し,かつ,当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ,そのためには,一般的にみても,鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって,添付の必要性・有用性も認められることに加え,著作物の鑑定業務が適正に行われることは,贋作の存在を排除し,著作物の価値を高め,著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると,著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは,著作権法の規定する引用の目的に含まれといわなければならない。

 そして,本件各コピーは,いずれもホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され,表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており,本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと,本件各鑑定証書は,本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり,本件絵画と所在を共にすることが想定されており,本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと,本件各鑑定証書の作製に際して,本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは,その方法ないし態様としてみても,社会通念上,合理的な範囲内にとどまるものということができる。
 しかも,以上の方法ないし態様であれば,本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり,被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって,以上を総合考慮すれば,控訴人が,本件各鑑定証書を作製するに際して,その裏面に本件各コピーを添付したことは,著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において,その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ,かつ,その引用の目的上でも,正当な範囲内のものであるということができるというべきである

イ この点につき,被控訴人は,著作権法32条1項における引用として適法とされるためには,利用する側が著作物であることが必要であると主張するが,「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」を要件としていた旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号とは異なり,現著作権法(昭和45年法律第48号)32条1項は,引用者が自己の著作物中で他人の著作物を引用した場合を要件として規定していないだけでなく,報道,批評,研究等の目的で他人の著作物を引用する場合において,正当な範囲内で利用されるものである限り,社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されることに照らすと,同法32条1項における引用として適法とされるためには,利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解されるべきものであって,本件各鑑定証書それ自体が著作物でないとしても,そのことから本件各鑑定証書に本件各コピーを添付してこれを利用したことが引用に当たるとした前記判断が妨げられるものではなく,被控訴人の主張を採用することはできない

原審:平成20(ワ)31609 平成22年05月19日 東京地方裁判所 裁判長裁判官 清水節
複製権侵害認容 フェアユースの主張認めず

顕著な効果の立証、顕著な効果と進歩性について

2010-10-25 22:17:32 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10362
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

・・・本件各実験証明書に係る膜の製造条件は,本願明細書に記載された成膜装置,成膜方法,成膜条件及び電磁波遮蔽膜の積層数とは条件が異なっていると認められるが,本件各実験証明書に記載の積層体が,本願明細書の実施例と層構造やその製造方法において相違があるとしても,本件各実験証明書における酸化ニオブ層を有する積層体の実験例は,本願補正発明6の構成を充足する実施例ということができるから,本件各実験証明書に記載の積層体の特性に基づいて,本願補正発明6の効果を主張すること自体は不当といえるものではない

 しかし,本願明細書の実施例及び本件各実験証明書記載の本願補正発明6に対応する各実験例は,本願補正発明6の構成を充足する実験例であるとはいえ,それぞれ製造条件・実験条件により測定結果が異なり,さらには同じ条件で製造した積層体においても,測定結果が異なる場合のあることが認められる(例えば,甲37実験証明書の実験例B①,②)。

 したがって,本件各実験証明書記載の各実験例は,選択された特定の条件下での特性を示しているにすぎず,このような特定条件における特性の測定結果の対比をもって,直ちに,引用発明に対する本願補正発明6の技術的範囲全体において奏する顕著な効果であると認めることはできないというべきである。
 ・・・

(ウ) 次に,原告は,前記第3,1(4) ア(ウ) のとおり,積層体全体の特性には,積層された複数の層の相互作用が関係するから,1つの層を別の層に置換した場合の,置換後の積層体全体の特性を予測することは困難であると主張する

 しかし,進歩性の判断における効果の参酌は,引用発明と比較した有利な効果が,技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである場合に,進歩性が否定されないこともあるということにとどまり,発明の効果の程度が厳密に予測できなければ直ちに進歩性を有すると認定されるわけではない。したがって,この点に関する原告の主張はその前提において失当である。

特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」とは

2010-10-21 22:42:49 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10029
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 特許法29条1項3号(新規性)適用の有無
 審決は,本願優先日前に頒布された引用例1及び2には「L612を分泌する・・・細胞系」なる記載があり,・・・,引用例1及び2にいう上記記載は本願発明を記載したことになるから特許法29条1項3号(新規性の欠如)に該当すると判断し,これに対し原告は,上記該当性を争うので,以下,検討する。

(1) 特許は,発明を社会に公開することの代償として,一定期間に限って特許権という独占権を付与するものであるから,特許を受けるには,当該発明が出願前又は優先日前に広い意味で公に知られていないこと(「新規性」があること)が必要であり,特許法29条1項は,これを表すため,「公然知られた発明」(1号)・「公然実施された発明」(2号)・「頒布された刊行物に記載された発明」等(3号)につき,それぞれ新規性がないことを定めているところ,本件は,上記のうち3号の「頒布された刊行物に記載された発明」に該当するかどうかという事案である。

 ところで,上記にいう「刊行物に記載された発明」とは,刊行物に記載されている事項又は記載されているに等しい事項から当業者(その発明が属する技術の分野における通常の知識を有する者)が把握できる発明をいう,と解するのを相当とするところ,本件においては,本願発明が「L612として同定され,アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(AmericanType Culture Collection)にATCC受入番号CRL10724として寄託されているヒトのBリンパ芽腫細胞系」であるのに,本願優先日前に刊行された引用例1及び2には「L612を分泌する細胞系」と記載されているだけで,ATCC受入番号の記載がないことから,引用例1及び2における上記記載だけで「刊行物に記載されているに等しい事項」といえるかということを検討する必要がある

(2) これにつき,審決は,引用例1及び2に記載されたL612細胞系は,第三者から分譲を請求された場合には分譲され得る状態にあったと推定できると認定判断したのに対し,原告はA 博士の宣誓供述書の提出等により,上記の認定判断を争っている。
 ・・・

b 上記記載によれば,細胞系のような生物学的研究材料について論文等で発表した著者は,希望する研究者に対し,同材料を提供することが学術研究の社会における慣習であることが認められる。また,この点についても,当事者間に特段争いがない。ただし,こうした学術研究の社会における慣習についても,論文等で発表した著者に対し,第三者による生物学的研究材料の分譲の要求に応じることを強制するものとまでは認められない。そうすると,論文等で発表した著者が上記の慣習に従うか否かは,基本的に各著者の意思に依存するものというほかはない
 ・・・
 そこで,引用例1及び2の著者が,L612細胞系について,本願優先日前に,第三者から分譲の要求があったときに同要求に応じる意思があったか否かについて,検討する。
 ・・・

b 以上のとおり,甲15には,引用例1の(A 博士以外の)4人の共同著者は,・・・L612細胞を第三者に頒布するためにはA博士の許可を得なければならなかったこと,A 博士は,・・・その許可を与える意図はなかったことが記載され,甲23には,本願優先日前,A 博士自身も,仮に第三者からL612細胞系の提供を要求されても提供する意図はなかったことが記載されている。また,甲16には,引用例2の(A 博士以外の)6人の共同著者は,・・・L612細胞を第三者に頒布するためにはA 博士の許可を得なければならなかったこと,A 博士は,・・・その許可を与える意図はなかったことが記載され,甲24には,本願優先日前,A 博士自身も,仮に第三者からL612細胞系の提供を要求されても提供する意図はなかったことが記載されている

 そして,本訴において,A 博士の上記各宣誓供述の信用性を疑わせるに足る事情はないため,同供述は信用できるものということができ,その結果,本願優先日前,L612細胞系は,第三者である当業者にとって入手可能ではなかったものと認められる。

明確性要件の判断事例

2010-10-03 10:11:32 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10353
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

5 取消事由6(法36条6項2号についての判断の誤り)について
 審決は,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との記載について,「引っ張る力に上限がなければ,いかなるチーズでも,結着部分がはがれてしまう。そして,「結着部分から引っ張」る力の大きさがどの程度であるかについて,当業者であっても共通の認識を有しているとは認められない。」として,当業者であっても「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断することができないから,本件発明1及び本件発明2は明確でなく,法36条6項2号の要件を満たさないと判断する。

 しかし,審決の上記判断は,以下のとおり,失当である。

 すなわち,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」記載部分は,チーズが,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に至っていることを,ごく通常に理解されるものとして特定したというべきである。すなわち,本件発明1及び本件発明2のようなカマンベールチーズ製品及びその製造方法において,チーズの結着部分以外の部分であっても,仮に,一定以上の強い力を加えて引っ張れば,表皮は裂けるし,そのような強い力を加えなければ,表皮がはがれることはない。

 上記構成は,チーズの結着部分について,チーズの結着部分以外の部分における結着の強さと同じような状態にあることを示すために,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との構成によって特定したと理解するのが合理的である。また,上記記載部分をそのように解したからといって,特許請求の範囲の記載に基づいて行動する第三者を害するおそれはないといえる。

したがって,上記記載が不明確であって法36条6項2号の要件を満たさないとした審決の判断は,誤りである。

「送達」が適法にされたか否かの判断は厳格になされるべきとした事例

2010-10-03 10:01:19 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10078
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 審判請求書副本送達の瑕疵(取消事由1)について
 ・・・
 「送達」とは,特定の名宛人に対して,書類の内容を了知する機会を付与するために,法の定める特定の方式に従って行われる通知行為である。法が,特定の書類を通知するに当たり,法の定める送達によらなければならないとしたのは,
① 送達を受けるべき者に対して,当該書類の内容を確実に知らしめて,その者の手続上及び実体上の利益を確保し,
② 法に従った通知行為がされた以上,送達を受けるべき者が,現実に書類の内容を了知したか否かにかかわらず,通知が有効に行われたものとして,法所定の法的効果を付与し,手続を進行させることによって,迅速かつ円滑な手続を確保し,
③ 通知が所定の方式によって行われ,かつ,その事実を公証することによって,所定の手続上及び実体上の効果が争われることを防止して手続等の安定を確保する等の趣旨・目的が存在するからである。

 「送達」が適法に行われると,上記のような趣旨目的に即した効力が付与され,手続を進行させることができるが,他方,当事者の実体上及び手続上の権利・利益に重大な影響を及ぼすおそれがあるため,「送達」が適法にされたか否かの判断は,上記の観点に照らして,厳格にされる必要がある

 本件について,この観点から検討する。

 ・・・
審判長は,平成21年6月22日,原告に対して,航空扱いとした書留郵便に付して,本件取消審判請求書の副本を発送したこと,同副本は,「ABC」に宛ててされたこと,原告は,そのころ既に住所を変更しており,上記住所から,現在の住所である「DEF」に移転していたこと・・・が認められる。
 ・・・

(2) 判断
 上記認定した事実に基づいて,本件における送達が適法であるか否かを検討する。

 本件取消審判請求の副本の送達は,原告が,日本国内に営業所を持たない法人であり,上記登録手続から審決までの間,日本において,いわゆる商標管理人を置いていなかったことを理由として,審判長により,航空扱いとした書留郵便に付して,国際登録に記載された原告の住所地に宛てて発送されているので,法の要求する要件を,一応備えているといえる。
 しかし,前記のとおり,「送達」は,送達を受けるべき者が,現実に書類の内容を了知したか否かにかかわらず,手続を進行させることを可能とさせるものであり,当事者の実体上及び手続上の権利・利益に重大な影響を及ぼすおそれがある手続であることに照らすならば,送達が適法であるか否かについては,送達を受けるべき者にとって,防御の機会が十分に確保されていたか否かを基準として判断すべきであるそのような観点に照らすならば,航空扱いとした書留郵便に付してされた送達が,適法なものとして扱われるためには,特段の事情の存在しない限り,送達を受けるべき当事者の真の住所に宛ててされた場合であることを要すると解するのが相当である。

技術的意義等の考慮は発明の要旨の認定の問題ではなく、容易相当性判断の問題であるとした事例

2010-10-03 08:24:53 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10020
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年09月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(3) 相違点1の認定の是非
ア 原告は,本件審決の相違点1の認定の誤りとして,本件補正発明1の傾斜面の上縁部と下縁部の高低差を本件審決が「15mm」と認定した点について,「少なくとも15mm以上」であって15mmに限定されるものではない旨を主張する。

イ しかるところ,本件補正発明1の特許請求の範囲には,前記の点について,「傾斜面の上縁部と下縁部との高低差を少なくとも15mm以上」と記載されおり,この記載自体に不明確な部分は存在しない。そして,本件補正明細書を参照しても,請求項1の上記記載を「15mm」と限定して解釈すべき理由は見当たらない

 この点について,被告は,「15mm」との認定について,「少なくとも」及び「以上」との点には格別の技術的意義はなく,また,仮に技術的意義があるとしても,本件審決は,原告の主張を踏まえて判断しているのであって,「15mm」に限定して判断しているものではないなどと主張する
 しかしながら,「少なくとも」及び「以上」の点にいかなる技術的意義が存するか及び原告の主張をいかに踏まえるかは,いずれも容易想到性判断の問題であって,発明の要旨の認定の問題ではなく,被告の主張は採用し得ない

ウ したがって,本件審決が本件補正発明1の特許請求の範囲中の上記の点を「15mm」と限定的に認定したのは不適切であり,本件補正発明1の容易想到性を判断するに当たって,上記の点は「少なくとも15mm以上」と認定した上で行うべきである。

 ・・・

(イ) したがって,傾斜面の高低差を「少なくとも15mm以上」と限定することは,当業者が適宜決定し得る設計的事項であるにすぎず,本件補正発明1の相違点1のうち,高低差は,引用例に基づいても容易に想到し得るものというべきである。