知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

ネガとポジを反転しモノクロ化した写真の同一性保持権の侵害

2011-08-14 10:11:05 | 著作権法
事件番号 平成21(ワ)31755
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年07月29日
裁判所名 東京地方裁判所  
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 岡本岳

(3) 同一性保持権侵害の成否
本件入れ墨と本件画像とを対比すると,本件画像は,陰影が反転し,セピア色の単色に変更されていることは,上記(1)アのとおりである。
 そして,被告らは,原告に無断で,原告の著作物である本件入れ墨に上記の変更を加えて本件画像を作成し,これを本件書籍及び本件各ホームページに掲載したものであり,このような変更は著作者である原告の意に反する改変であると認められ,原告が本件入れ墨について有する同一性保持権を侵害するものである。

被告らは,本件画像は原告から無償譲渡された写真によるものであり,原告は当該写真の利用方法につき何らの制約も加えるところがなかったので,被告らが無償譲渡された写真を本件書籍に掲載する際,ネガとポジを反転し,モノクロ化したことは原告の許容した利用範囲にとどまり,原告の同一性保持権を侵害するものではないと主張する。
 しかしながら,原告が写真を譲渡したからといって,それだけで原告が上記のような改変を許容していたとは認められず,ほかにそのように認めるに足りる証拠はない。したがって,被告らの上記主張は採用することができない。

ウ 以上によれば,上記アの改変は,原告が本件入れ墨について有する同一性保持権を侵害するものであり,また,この点に関し被告らに少なくとも過失が認められることは明らかである。

仏像写真をモデルにした入れ墨の著作物性

2011-08-14 09:35:43 | 著作権法
事件番号 平成21(ワ)31755
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年07月29日
裁判所名 東京地方裁判所  
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 岡本岳


1 争点(1)(本件入れ墨の著作物性)について
・・・
 本件仏像写真(甲16の2)は,本件仏像の全身を向かって左斜め前から撮影したカラー写真であり,本件仏像の表情や黒色ないし焦げ茶色の色合いがほぼそのままに再現されている。
 これに対し,本件入れ墨(甲8の3)は,本件仏像写真をモデルにしながらも,本件仏像の胸部より上の部分に絞り,顔の向きを右向きから左向きに変え,顔の表情は,眉,目などを穏やかな表情に変えるなどの変更を加えていること,本件仏像写真は,平面での表現であり,仏像の色合いも実物そのままに表現されているのに対し,本件入れ墨は,人間の大腿部の丸味を利用した立体的な表現であり,色合いも人間の肌の色を基調としながら,墨の濃淡で独特の立体感が表現されていることなど,本件仏像写真との間には表現上の相違が見て取れる。
 そして,上記表現上の相違は,本件入れ墨の作成者である原告が,下絵の作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝らし,輪郭線の筋彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,技法を凝らして入れ墨を施したことによるものと認められ,そこには原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。したがって,本件入れ墨について,著作物性を肯定することができる。

(4) 被告らは,本件入れ墨は本件仏像写真の単なる機械的な模写又は単なる模倣にすぎないから著作物性が認められないと主張し,その理由として,
① 本件下絵は本件仏像写真の上にトレーシングペーパーを重ね,上から鉛筆で描線をトレースして作成したものにすぎないこと,
② 本件下絵から貼り絵を作成し,これを入れ墨施術部位に貼り付け,裏側のインクを皮膚に定着される過程は,全て機械的転位にすぎず,そこには創作性の入る余地はないこと,
③ 輪郭線の描写は,全て本件下絵に基づくか,本件下絵になかったとしても基となる本件仏像写真に表われているか,彫物師なら誰でも思い付く程度のもので創作性を認めるに値しないこと,
④ ぼかしについても,本件入れ墨の場合,ほぼ本件仏像写真の陰影と同一であって,これは写真の模倣にすぎず,創作性を認めることができないことを挙げる

 しかしながら,上記①は前提とする事実が誤りである。そして,原告は,本件入れ墨の制作に当たり,
① 下絵の作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝らしたこと,
② 入れ墨を施すに際しては,輪郭線の筋彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,技法を凝らしたこと,これにより本件入れ墨と本件仏像写真との間には表現上の相違があり,そこには原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができること
は上記説示のとおりであり,本件入れ墨が本件仏像写真の単なる機械的な模写又は単なる模倣にすぎないということはできず,被告らの上記主張は採用することができない。

特許法104条の3第1項の抗弁と無効審判における未確定の訂正

2011-08-10 06:47:07 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)16895
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成23年07月28日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 阿部正幸

1 被告は,前記第2の3(1)及び(2)の[被告の主張]のとおり,本件発明は新規性ないし進歩性を欠く(争点1,2)と主張して,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであると主張する。
 しかしながら,本件特許については,その無効審判事件において本件訂正の請求がされており,同訂正はいまだ確定していない状況にある。このような場合において,特許法104条の3第1項所定の「当該特許が無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」とは,当該特許についての訂正審判請求又は訂正請求に係る訂正が将来認められ,訂正の効力が確定したときにおいても,当該特許が無効審判により無効とされるべきものと認められるか否かによって判断すべきものと解するのが相当である。

 したがって,原告は,被告が,訂正前の特許請求の範囲の請求項について無効理由があると主張するのに対し,
① 当該請求項について訂正審判請求又は訂正請求をしたこと,
② 当該訂正が特許法126条又は134条の2所定の訂正要件を充たすこと,
③ 当該訂正により,当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること,
④ 被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属すること,を主張立証することができ,被告は,これに対し,
⑤ 訂正後の請求項に係る特許につき無効事由があること
を主張立証することができる
というべきである。
 本件においても,原告及び被告は本件訂正に関し,同趣旨の主張をしており,前記第2の1のとおり,原告が本件訂正請求をしていること(上記①)及び被告製品が本件訂正後の請求項1の技術的範囲に属すること(上記④)については,これを認めることができる。
 そこで,以下において,上記②,③及び⑤の点について判断する。
 ・・・

新規事項の追加を認定した事例

2011-08-10 06:10:03 | 特許法17条の2
平成23(行ケ)10057 審決取消請求事件 特許権
行政訴訟 平成23年07月27日 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 飯村敏明


1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)につい
 ・・・
 すなわち,請求項1に係る本件補正は,
「ネジ嵌合する容器の蓋であって,前記する蓋の上面に適度な幅と深さの溝穴を,前記した蓋の一方側端部から中心部を経て対向側端部に至るように溝穴を設けた構成を特徴とする溝穴付き蓋。」を
「ネジ嵌合する容器の蓋であって,前記する蓋の上面を厚くし,この上面の一方の側端部から中心部を経て対向側端部に至るように直線状に略板状体等が嵌め込める溝穴を設け,この溝穴の底部に更に幅の狭い溝穴を設け,段差状溝穴として設けたことを特徴とする溝穴付き蓋。」とするものである。
 ところで,
 別紙実施例図面のとおり,願書に最初に添付した本願明細書・・・には,所定の幅と深さの溝穴6を直線状に設ける実施例が記載されるほか,幅が異なる二つの溝穴6,6aを十字状に交差させる実施例が図示されているが,同図面からは,直線状の溝穴の底部に更に幅の狭い溝穴を設け,段差状の溝穴とする技術は,開示又は示唆はされておらず,また,
 本願明細書の段落【0016】における「上面4に設ける溝孔6,6aの幅や深さはもとより,さらに異なる幅のものを2本以上設けても構わない」と記載されているが,
同記載からは,上記段差状の溝穴を設ける技術は,開示又は示唆はされていない。したがって,本件補正により付加された事項である「直線状の溝穴の底部に更に幅の狭い溝穴を設け,段差状の溝穴とすること」は,願書に最初に添付した本願明細書に記載されておらず,当業者にとって自明の事項ともいえないというべきである。

 以上のとおりであり,本件補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないと判断した審決に誤りはない。
 この点について,原告は,「幅の異なる溝穴においてわずかに高低があること」を「段差状」と表記したのであるから,このような構成を付加して,補正をすることは許されるべきである旨主張する。しかし,補正後の特許請求の範囲(請求項1)には,「この溝穴の底部に更に幅の狭い溝穴を設け,段差状溝穴として」と明確に記載されている以上,付加した技術事項は明白であって,原告の主張は前提を欠き,採用の限りでない。

不競法2条6項所定の「公然と知られていないもの」

2011-08-07 22:42:11 | 不正競争防止法
事件番号 平成23(ネ)10023
事件名 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日 平成23年07月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 争点2(東衛産業,ディリー産業及び被控訴人は,光通風雨戸製造に関する営業秘密(不競法2条6項)を保有していたか)について
(1) 被控訴人は,本件情報2を含む光通風雨戸を構成するスラット等の部材及び部品の形状には,性能の向上のために様々な工夫が施されており,光通風雨戸の製品から新たにこれらの部材及び部品の図面を起こそうとすれば多大な費用や労力を要するから,これらの部品の形状に関する情報には非公知性があり,営業秘密(不競法2条6項)に該当する旨を主張する。

 しかしながら,市場で流通している製品から容易に取得できる情報は,不競法2条6項所定の「公然と知られていないもの」ということができないところ,本件製造販売契約に関連して東衛産業又はディリー産業から控訴人夢工房に対して交付された図面等は,本件情報2に係る部品に関するものに限られ,かつ,当該部品は,いずれも,光通風雨戸を組み立てるに当たって使用される補助的な部品で,前記2(2)及び(3)にも認定のとおり,一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものであるから,本件情報2は,不競法2条6項所定の「公然と知られていないもの」ということはできない

法36条5項2号の判断事例

2011-08-07 18:25:34 | 特許法36条6項
事件番号 平成22(行ケ)10372
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年07月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(イ) 原告の主張に対する判断
 原告は,法36条5項2号に基づけば,本来,特許請求の範囲には特許を受けるべき発明の構成に欠くことができない事項のすべてを記載すべきであるところ,本件発明1においては「中空に一体成形されたプラスチック板体1に流動体Wを給入および排出可能な給排口2を内空部に連通して形成する」ことが特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項であることが明らかであるのに,本件特許の請求項1には,発明の詳細な説明に繰り返し記載されている「流動体Wを給入および排出可能な給排口2」という最も重要な構成要件が欠けているから,法36条5項2号の要件を満たしていない旨主張する。

 しかし,本件明細書の全体の記載を考慮すれば,本件特許における技術的課題である前記①ないし③の各課題は,それらの課題が発明の完成のために全て必須であるというものではなく,①ないし③の課題それぞれに対応した課題解決のための手段が記載され,それぞれの手段に対応した発明の効果が別個に記載されているから,そのうちの前記②の課題解決のための手段が記載されていないとしても,請求項の記載が他の課題を解決する手段とそれに対応する効果を奏するような構成になっている限り,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されているというべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。

<判決注> 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条・・・の規定は,次のとおりである。
法36条(特許出願)
 ・・・
5項: 第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。
1 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
2 特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること。

法36条5項1号の判断事例

2011-08-07 17:19:37 | 特許法36条6項
事件番号 平成22(行ケ)10372
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年07月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

イ 本件発明1に係る特許出願の法36条5項1号該当性について
(ア) 本件明細書(乙1)の段落【0012】の第1実施例には・・・
 ・・・
 上記記載によれば,本件特許の請求項1の構成要件は全て上記第1施例に記載されていると認められるから,本件発明1は「発明の詳細な説明に記載されたもの」であるということができる。
したがって,本件発明1は法36条5項1号の要件を充足していると認められる。

(イ) 原告の主張に対する判断
 原告は,本件特許の請求項1には,発明の課題解決のために採用した手段である「中空に一体成形されたプラスチック板体1に流動体Wを給入および排出可能な給排口2を内空部に連通して形成する」という記載が存在せず,標示器の安定設置という発明の目的及び効果を達成することができないから,本件発明1は「発明の詳細な説明に記載したもの」とはいえない旨主張する。

 しかし,法36条5項1号の規定は,特許を受けようとする発明が明細書の発明の詳細な説明に記載した発明を超えた部分について記載するものであってはならないという趣旨であって,発明の詳細な説明に記載された全ての目的及び効果について記載しなければならないと規定したものではなく,発明の詳細な説明に記載した発明の一部のみを特許請求の範囲に記載した場合であっても,その請求項の記載が発明として完結している限り,同号違反になるものではないと解するのが相当である。

 そして,前記(1)イのとおり,本件特許の請求項1には,本件特許の技術的課題のうち①及び③の課題を解決する構成が記載されていて,それによって,「極めて軽量になり,運搬時および設置時における現場作業者の負担が大幅に軽減される」こと,及び「保管スペースなどを大幅に削減することができ,その結果経済的負担が低減される」という段落【0016】に記載された効果を奏することができるのであって,本件特許の請求項1の記載は発明として完結しているものと認められる。


<判決注> 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条・・・の規定は,次のとおりである。
法36条(特許出願)
 ・・・
5項: 第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。
1 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
2 特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること。