知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

訂正の適否の判断事例および審決の理由不備

2008-06-15 21:51:16 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10053
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『第4 当裁判所の判断
1 本件訂正の適否について
(1) 特許法134条の2第5項で準用する同法126条3項該当性について
ア 訂正が,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができ,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができる(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号事件・平成20年5月30日判決参照)。

 以上を前提として,訂正事項1及び5について,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであるか否かを検討する。

イ ・・・

ウ 本件明細書の前記イの各記載によれば,・・・が,それぞれ記載されている(前記イ(オ))と認められる。

 すなわち,本件明細書には,①「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成」することが記載され(【請求項1】),②ワイヤの取付位置として,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」が記載され(段落【0017】,【0021】及び【0022】),③ワイヤの取付構造(方法)として,「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成」すること,この袋の内部にワイヤを挿通させることが記載されている(段落【0019】)といえる。

 そうすると,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成」して,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」にワイヤを取り付けるに当たり,「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成」し,この袋の内部にワイヤを挿通させるようにすることは,本件明細書の記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,当業者であれば,本件明細書の記載から自明である事項として,認識することができるというべきである。

 被告は,本件明細書の段落【0019】は,専ら「衣服の身頃」に関する記載である旨主張するが,上記説示に照らし,採用することができない。

(2) その余の点について
ア 本件審決は,訂正事項1及び5は,特許請求の範囲の減縮を目的にしたものでなく,かつ実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものであり,本件訂正は,訂正事項1及び5を含むから,特許法134条の2第5項で準用する同法126条4項に規定する要件を満たしていないと判断したが,そのように判断した理由を具体的に示しておらず,理由不備の違法がある

イ 念のため,上記の点について判断する。
 訂正事項1は,本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】における「衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成し」との記載を,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って,衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成し」と訂正することを内容とするものであり,「袋を形成」する箇所を,「衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁」から「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」に限定するとともに,「袋」を「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して・・・形成」したものに限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは,明らかである

 また,上記のとおり訂正することにより,発明の実施態様は限定されるものの,発明の課題ないし目的が異なるものとなるわけではなく,全く別個の発明と評価されるものではないから,実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものということはできない

・・・

ウ 上記検討したところによれば,本件審決が,本件訂正は,訂正事項1及び5を含むから,特許法134条の2第5項で準用する同法126条4項に規定する要件を満たしていないと判断したことは,誤りというべきである。』

物の発明の製造方法の記載の要否

2008-06-15 20:15:52 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10308
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『2 取消事由2(旧36条4項違反の判断の誤り)について
さらに,念のため,原告が旧36条4項違反の判断の誤りをいう点についても検討する。

(1) 旧36条4項は,「前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する(なお,現行の特許法においては,36条4項1号が明細書の発明の詳細な説明の記載につき「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」との要件に適合するものでなければならないことを規定しており,旧36条4項とほぼ同様の内容が規定されている。以下「実施可能要件」ということがある。)。

(2)・・・
 以上によれば,アークイオンプレーティング法により皮膜を形成するに際しては,その皮膜の物性の一種であるX線回折パターンにおける(200)面,(111)面のピーク強度及びその比であるIa値は,イオン衝撃電力W,堆積速度R,サブストレート(基板)温度Tの各プロセスパラメータにより影響を受けるものであって,特に,皮膜の組成の成分割合により強く影響を受け,そのIa値はその成分割合の選定により大きく変位するものであるということができる

(3) 本件明細書において,本件発明1の被覆硬質部材の製造方法については,前記1(1)エないしカ,ク及びケ(・・・)によれば,・・・ことが示されるだけであって,アークイオンプレーティング法により必要とされる製造条件につき説明するところはなく,また,サブストレート(基板)温度T等の他のプロセスパラメータにつき記載されるところもなく,さらに,その製造条件の中でも,被覆硬質部材の皮膜のIa値に強く影響する皮膜組成におけるTi成分とAl等の他成分の割合につき記載されるところはない

(4) 以上によれば,本件明細書では,被覆硬質部材の製造条件として,皮膜組成の成分割合等のIa値にとって重要であるパラメータにつきその開示を欠くものであって,その記載に係る製造条件のみでは皮膜のIa値を決定又は特定することができず,所定のIa値を保有する皮膜を製造することができないものといわざるを得ない。

 したがって,TiとTi以外の周期律表4a,5a,6a族,Alの中から選ばれる2元系,ないし3元系の炭化物,窒化物,炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材の皮膜につき,そのIa値が2.3以上であると規定する本件発明1については,本件明細書に当該Ia値が2.3以上のものを得る上で特有の製造方法が記載されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成及び効果が記載されているということができず,旧36条4項に規定する要件を満たしていないことになる。
・・・

(5) もっとも,原告は,本件発明は「製造方法」の発明ではなく,「物の発明」に係るものであり,特有の製造方法は必要ないので,「本件明細書に当該Ia値が2.3以上のものを得るうえで特有の製造方法が記載されていない」として,本件明細書には当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない,とした審決の判断は誤りである旨主張する

 ところで,特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施について独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術内容を一般に開示する内容を記載しなければならないというべきであって,旧36条4項や現行特許法36条4項1号が前記のとおり規定するのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである

 そうであるから,物の発明については,その物をどのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすものとはいえないことになる。
 したがって,本件発明は,「物の発明」であるから「製造方法」の開示は必要がないとの原告の主張の見解は正当ではないことになる。

(6) また,原告は,本件発明の「物」は,公知の方法で製造可能であって,前記審決で引用した公知例においても本件発明の「物」ができている場合もあり,本件発明は,既にあった物の中から,特定の技術的目的・効果を奏するもののみを選び出しているから,実施可能要件に違反しない旨主張する

 しかしながら,前記(2)のとおり,アークイオンプレーティング技術においては,そのアークイオンプレーティングによる得られる皮膜の特性は,・・・各プロセスパラメータに依存して変位するものであるところ(乙21),本件明細書には,パラメータ選定に関する指針などの開示がないことから,当業者が,本件発明の条件に合う硬質被覆膜を得るには,膜の成形に関連する多数のパラメータの最適な値を探るために必要以上の試行錯誤を行わなければならないことになってしまうものであって,本件明細書には,本件発明が当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成及び効果が記載されているとする原告の主張は採用できない

(7) さらに,原告は,本件発明は,発明を特定する技術的条件として特許請求の範囲に「Ia値が2.3以上」を規定しており,この条件を満たしている「物」でさえあればいいのであって,審決が無効とした理由のいずれもそれに該当するものではなく,公知の製造法でもできる「物」の発明である本件特許の無効理由として「特有の製造方法の記載がない」としてされた審決は,「物」の発明である本件特許の技術内容の把握を誤っており,それに基づいてされた判断は違法である旨主張する

しかしながら,上記(5)のとおり,「物」の発明であっても,その「物」が容易に製造可能なように明細書にその「製造方法」を示す必要があるものであるから,原告の上記主張は採用できない

3 以上によれば,本件明細書の記載が,明細書のサポート要件に適合しておらず旧36条5項1号に違反し,また,実施可能要件に適合しておらず旧36条4項に違反するとの,審決の誤りをいう原告の主張は理由がないから,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことになる。』

路傍の石理論とメカニズム論(サポート要件)

2008-06-15 19:41:03 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10308
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『第5 当裁判所の判断
取消事由1(旧36条5項1号違反の判断の誤り)について
(1) 本件明細書(・・・)には,以下のアないしサの記載がある。
・・・

(2) 上記(1)によれば,審決における認定判断(16頁17行~17頁9行)のとおり,本件明細書には,・・・,⑤そのIa値が本件発明1の数値を満たさない比較例である,膜質(Ti,Al)Nで被覆され,皮膜のIa値が,それぞれ1.2〔従来例1〕,0.9〔従来例2〕,1.1〔従来例3〕,0.8〔比較例4〕,1.4〔比較例5〕及び1.0〔比較例6〕である各超硬工具については,皮膜と基体との密着性が十分でなく耐摩耗性に劣ること,が記載されているということができる。

 一方,本件明細書においては,当該被覆硬質部材の皮膜につきIa値を2.3以上とすることで,発明の課題を解決し発明の目的を達成することができることが,上記実施例の記載があることを除き,見当たらない

(3) ところで,旧36条5項は,「第3項4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定している(なお,平成6年法律第116号による改正により,同号は,同一文言のまま特許法36条6項1号として規定され,現在に至っている。以下「明細書のサポート要件」という。)。

 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである

 旧36条5項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである

 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日判決参照)。

 以下,上記の観点に立って,本件について検討する。

(4) 本件発明1の課題は,上記(1)及び(2)のとおり,・・・,皮膜の結晶配向性を最適にすることにより皮膜と基体との密着性を向上させて耐摩耗性,耐欠損性に優れた被覆硬質部材の提供を目的とするところにあると認められ,当該被覆硬質部材の皮膜につきIa値を2.3以上とすることが同目的を達成するために有効であることが客観的に開示される必要があるというべきである

 この点,本件発明の場合,・・・,Ia値が2.3以上の皮膜が良い性能を持つとしたものであるが,何ゆえ,そのような値であると皮膜の特性が良くなるのかにつき,因果関係,メカニズムは一切記載されておらず,またそれが当業者にとって明らかなものといえるような証拠も見当たらない

 また,「Ia値が2.3以上」といえば,その数値が(200)面と(111)面の比をいうだけのものであるから,上限なく高い値の比が想定でき,かつ,その比の値に制限があるとする特段の事情も存在しないことから,当該Ia値の数値としては,2.3を大きく超える高い数値をも含み得るものであって,実際にも,原告作成の実験結果報告書(乙18)によれば,Ia値が10を超える値の被覆も存在することが示されている

 これに対し,本件明細書では,Ia値について,本件発明の実施例として開示されたIa値は,上記(1)オの【表1】における本発明例7ないし10の2.3から3.1までという非常に限られた範囲の4例だけであり,これらの実施例をもって,上限の定まらないIa値2.3以上の全範囲にわたって,本件発明の課題を解決し目的を達成できることを裏付けているとは到底いうことができない

(5) 以上述べたところに照らせば,本件明細書に接する当業者において,本件発明1に記載される構成を採択することによって皮膜と基体との密着性を向上させて耐摩耗性,耐欠損性に優れた被覆硬質部材を提供するとの課題を解決できると認識することは,本件出願時の技術常識を参酌しても,不可能というべきであり,本件明細書における本件発明1に関する記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。

 そうすると,本件発明1の特許請求の範囲の記載を引用して構成される本件発明2についても,本件発明1と同様にサポート要件に適合していないと解すべきことになる。

(6) もっとも,原告は,通常,本件発明のような場合,実施例の数としては数例が一般的であり,それらにより発明の目的,課題解決の方向が示されておれば,実施例以外の箇所ではIa値の条件を満たされていることで十分当業者が理解できると考えられると主張する

 確かに,数例の実施例によってもサポート要件違反とされない事例も存在するであろうが,そのような事例は,明細書の特許請求の範囲に記載された発明によって課題解決若しくは目的達成等が可能となる因果関係又はメカニズムが,明細書に開示されているか又は当業者にとって明らかであるなどの場合といえる

 ところが,本件発明1の場合,上記のとおり,本件明細書には,何ゆえIa値が2.3以上であると皮膜の特性が良くなるのかにつき,因果関係,メカニズムは一切記載されておらず,また,それが当業者にとって明らかなものといえるような証拠も見当たらないものであるから,原告の上記主張は採用することはできない。

(7) また,原告は,本件明細書においてIa値の上限の記載がないことにつき,実施例に裏付けられた結果から,より特性の向上する範囲が予測できる場合には,上限の限定をすることなく記載しても何ら不明瞭ではないので,明細書の記載不備には当たらない旨主張する

ア 本件発明1の場合,明細書に開示された発明の実施例は,4例だけであるところ,これらを,前記(1)オの【表1】と同コの【表2】から摘記すると以下のとおりである。
・・・
そして,上記値においては,臨界荷重値は値が大きいほど密着性が向上して剥離強度が強まり,また切削長が長いほど耐摩耗性が高まることを意味することになるから,これを実施例を順に見ていくと,剥離強度が強い順では実施例7,10,9,8となり,耐摩耗性が高い順では実施例9,7,10,8となるが,ピーク強度比では高い順に実施例9,10,8,7とある。

 このように,ピーク強度比と臨界荷重値,切削長の関係はバラバラであって,何らかの相関関係を見い出すことはできず,明細書に開示された4つの実施例から,ピーク強度比が2.3以上のすべての範囲において本発明の課題が達成可能であると認めることはもちろん,原告の主張するピーク強度比の上限を予測することも不可能であるといわざるを得ない
・・・

(9) したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合しておらず,旧36条5項1号に違反するとした審決の判断の誤り(取消事由1)をいう原告の主張は,理由がないことになる。』

路傍の石理論は次の被告の主張から命名したもの。
『(3) 原告は,「本件発明の『物』は,公知の方法で製造可能であり,審決で引用した公知例においても本件発明の『物』ができている場合もある。すなわち,本件発明は,既にあった物の中から,特定の技術的目的,効果を奏するもののみを選び出しているのである。」と主張するが,これには何らの根拠もなく,本件明細書には原告が主張するような記載は何もされておらず,原告の主張は明細書の記載に基づかない独自の誤った見解に基づくものである。
 なお,本件発明は「既にあった物」の中にあるとの原告の主張は,本件発明は路傍の石を拾い集めるがごときのものである,というに等しいものであり,本件発明が特許保護に値する「発明」であるというにはほど遠いものであることを自認するものである。』

アクセス制限されたプログラムと顧客データの営業秘密性

2008-06-15 17:03:47 | 不正競争防止法
事件番号 平成18(ワ)5172
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次


『第4 争点に対する当裁判所の判断
1 争点(1)ア(ア)(営業秘密性)について
(1) 本件プログラムについて
・・・
イ上記事実に基づき,本件プログラムが法2条6項の「営業秘密」に当たるか否かについて検討するに,本件プログラムは,出会い系サイトの営業に使用することのできるプログラムで,有償の使用許諾もなされていたものであるから,「事業活動に有用な技術上の情報」であることが認められる。そして,本件プログラムが特に公知になっていたことも窺われないから,「公然と知られていないもの」に当たり,さらに,原告社内でもアクセスできる者が限られていたのであるから,「秘密として管理されている」ものと認められる。したがって,本件プログラムは,原告イープランニングの営業秘密であると認められる

ウ これに対し,被告らは,原告ら代表者やP2によるID及びパスワードの管理が杜撰であったと主張して,本件プログラムの秘密管理性を否定するが,被告らが主張するように,単にIDとパスワードを書いた紙片を机に入れていたとか,それらをパソコンに入れたまま離席することがあったとしても,アクセスできる従業員を制限している取扱いをしていることに変わりはないから,被告らの主張する上記事実をもって秘密管理性を否定することはできない

(2) 本件顧客データについて
・・・
イ上記事実に基づき,本件顧客データが法2条6項にいう「営業秘密」に当たるか否か検討するに,本件顧客データは,出会い系サイトに会員として登録する顧客のメールアドレスとその利用程度を知ることができる情報であるから「事業活, 動に有用な営業上の情報」に当たることが明らかである。そして,本件顧客データが特に公知になっていたことも窺われないから,「公然と知られていないもの」と認められ,さらに,本件顧客データにアクセスするためには,IDとパスワードが必要であったのであるから,「秘密として管理されている」ものと認められる。したがって,本件顧客データは,原告イープランニングの営業秘密であると認められる。

ウ 本件顧客データの秘密管理性に関して,被告らは以下のとおり種々の主張をするので,検討する。
(ア) まず被告らは,本件顧客データにアクセスできる従業員は何ら制限されていなかったから秘密管理性がないと主張する
 確かに被告らが指摘するように,本件顧客データにアクセスできる従業員の範囲と内容についての原告らの主張は変遷を重ねており,原告ら社内において原告らが主張するような系統立ったアクセス制限がとられていたのかについては疑問もある。
 しかし,一般にIDやパスワードを要求する趣旨は,それを知っている者のみを当該情報にアクセスできるようにし,それを知らない者には当該情報にアクセスできないようにする点にある。そうすると,たとえ原告ら社内において会員のデータベースにアクセスできる者が制限されておらず,全従業員が会員のデータベースにアクセスすることができたとしても,従業員にIDとパスワードが与えられ,それなしには会員のデータベースにアクセスすることができない措置がとられていた以上,従業員にとっては,原告らが,会員のデータベース中の情報をIDとパスワードを知らない者,すなわち原告らの従業員でない者に対しては秘密とする意思を有していると認識し得るだけの措置をとっていたと認めるに妨げないというべきである

(イ) また被告らは,原告ら社内では,ID及びパスワードの管理が杜撰で,原告ら代表者らもその管理について何ら注意を与えなかったから,秘密管理性がないと主張する
 しかし,IDやパスワードというものが上記(ア)で述べた趣旨のものである以上,殊更にその管理について注意を与えなかったからといって,原告らがそれによってアクセスし得る情報を秘密とする意思を有していることが,同情報にアクセスしようとする者に認識できないとはいえない

 また被告らは,原告ら社内でのID及びパスワード管理の杜撰さの例として,①複数のアルバイト従業員で1つのID及びパスワードを共有していたこと,②ID及びパスワードを記載した紙を入力用のパソコンのところに貼って使用していたこと,③入力担当のアルバイト従業員で退職者が出たにもかかわらず,その際にID及びパスワードが変更されることがなかったことを指摘する
 しかし,①については,そのことをもってパスワードの管理が杜撰であったとはいえない。また, ②及び③については,仮にそのようなことがあったとしても,原告ら社内でどの程度そのようなことが行われていたのか不明であり(少なくとも③については,同趣旨の被告Y4の供述によっても,一度そういうことがあったというにすぎない。),それらが常態化し,かつ原告ら代表者らがそれを知りながら放置し,結果として原告ら社内におけるIDやパスワードの趣旨が有名無実化していたというような事情があればともかく,そのような事情が認められない限り,なお秘密管理性を認めるに妨げはないというべきである。そして,本件ではそのような事情は認められない

(ウ) 以上のとおり,本件顧客データの営業秘密性(秘密管理性)を否定する被告らの上記各主張は採用できない。』

特許請求の範囲の明確性を欠く用語の解釈の事例

2008-06-15 11:31:39 | 特許法17条の2
事件番号 平成19(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)について
(1) 本件補正は,特許請求の範囲の請求項1について,補正前の「それら(判決注:支持部材に属する「天井部,対向側面及び前面」)が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との記載を,「それら(判決注:上記補正前の記載と同じ。)が骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載にする補正を含むものである

 しかるところ,審決は,上記部分の補正につき,「支持部材により力を集中させる対象として,仙骨の『上方部分』と『上部分』が並列的に記載されているのであるから,『上部分』が仙骨上の何れかの部分を意味するとしても『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえず,また,『上部分』が仙骨の上下方向の中央よりも上の部分を意味するとしても『上方部分』がそれと同じ部分を意味すると考えるのは不自然であるから,やはり『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえない。」と判断した。
 すなわち,審決は,「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上」との記載を,骨盤内の腰骨稜間にあり,かつ,仙骨上ではない仙骨よりも上方の部分(例として,骨盤内の腰骨稜間に存在する腰椎脊椎骨を挙げている。)を意味するものと捉え,このことを前提として,本件補正が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当せず,かつ,その余の補正の目的に当たるものでもないと判断したものである

(2) そこで,検討するに,一般に「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分という意味で普通に用いられることは確かである。しかし,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央より上の部分という意味で用いられることも頻繁にあり,上記「仙骨の上方部分」との文言のみでは,そのいずれを意味するのか,一義的に明らかではないといわざるを得ない
 もっとも,この点につき,審決は,上記部分の補正において,「上方部分」との文言と「上部分」との文言が並列的に記載されており,このうち「上部分」との文言が,「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば,「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,このことを,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であると解する根拠としている。

 しかしながら,上記部分の補正に係る,「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は,「上方部分」に付加された「上」との文言と「上部分」に付加された「に沿って」との文言とが対応して用いられていると考えられるから,「『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上部分に沿って力を集中させる』」という趣旨であると考えることができ,そうであれば, 「上方部分」及び「上部分」が,それ自体は同じ部分(仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)を意味するとしても,力を集中させる対象である部位としては,前者は,仙骨自体を,後者は,仙骨の近傍をそれぞれ意味するものと理解することができるから,上記両表現が意味するところは異なることとなって,格別不自然ということはできない(なお,原告は,「上部分」が「上方部分」の誤記であると主張するところ,そうであれば,このことはより明確であるが,仮に,「上部分」が「上方部分」の誤記であるとは認められないとしても,上記のように考えることの妨げとはならない。)。
したがって,「上部分」との文言が,「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば,「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であるとする審決の判断は,直ちに是認できるものではない

(3) そこで,発明の詳細な説明の記載を参酌するに,・・・
 ・・・
 そうすると,かかる発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,請求項1についての上記(2)の部分の補正に係る「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は,
「『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方領域(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の上記仙骨の上方領域に沿って力を集中させる』」という趣旨であるものと,
 すなわち,「仙骨の上方部分」も仙骨の「上部分」も,ともに仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分を意味するものと理解されることは明らかである

 他方,上記部分の補正に係る補正前の記載は,「それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」というものであり,この記載も同様に,「『それらが仙骨上に力を集中させる』又は『それらが仙骨に沿って力を集中させる』」との趣旨であると考えることができるから,補正後の記載は,力を集中させる部位を,「仙骨上」から「仙骨の上方部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)上」に,又は「仙骨に沿った」部位から「仙骨の上部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に沿った」部位に,それぞれ限定したものであり,したがって,この部分の補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものというべきである。

 そうすると,審決が,上記「上方部分」が,仙骨上ではない,それよりも上方の部分を意味すると解し,これを前提として,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しないと判断したことは,誤りであって,本件補正は,審決の示した理由によっては,これを却下することはできないものといわざるを得ない。』

商標権に基づく警告が民法709条の不法行為に当たらないとした事例

2008-06-15 09:59:16 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)2149
事件名 商標権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件
裁判年月日 平成20年06月10日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

『3 損害賠償請求について
(1) 原告は,被告のためにも訴訟を回避すべく,再三,被告に対する猶予を与え続けたにもかかわらず,被告の原告に対する度重なる警告文書の送付により訴訟提起を余儀なくされたのであって,被告のこのような行為は,原告に対する不法行為を構成すると主張する。
 しかし,被告は,被告商標に関する商標権者なのであるから,被告商標権を侵害する者に対し,その差止めを求める権利を有することは当然であり,被告による上記警告文書の送付自体は,少なくとも外形上は被告商標権に基づく権利行使というべきものであって,それ自体が直ちに権利行使を受けた者に対する不法行為を構成するということはできない

すなわち,権利行使の究極の形態ともいうべき訴えの提起は,裁判を受ける権利(憲法32条)の保障の見地から,原則として正当な権利行使として適法な行為とみるべきであって,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り,相手方に対する違法な行為となるものというべきである(最高裁昭和60年(オ)第122号同昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。訴訟提起に至らない段階での権利主張においても,上記趣旨は十分尊重されなければならず,不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為)にわたるものでない限り,上記判断基準に即してその違法性の有無を判断すべきである(本件においては,被告が上記不正競争行為を行ったものではなく,原告もその旨の主張はしていない。)。

(2) そこで,本件における被告の行為の違法性の有無について検討する。上記のとおり,被告は,被告商標に関する商標権者なのであるから,被告商標権を侵害する者に対し,その差止めを求める権利を有するところ,一般に,他人が,登録商標の一部を構成要素とする標章(結合標章)を商品又は役務に使用等する場合,それが当該登録商標と同一又は類似するものであって,その使用等が当該登録商標に係る商標権を侵害するものとして他人にその差止めを求め得るか否かの判断は,上記2(4)で説示したとおり登録商標の一部を主に商品主体識別機能を果たす要部と見得るか否かなど比較的高度な法律知識を要するものといえる。

 本件における法的評価としては,上記2(4)の説示のとおり,原告標章の使用等が被告商標権を侵害しないのであるが,原告標章は「人と地球」の文言を含むものであって,商標法に関する知識に乏しい通常人がその部分だけをみれば,原告標章が被告商標を使用するものである,すなわち原告標章の上記態様での使用が被告商標権を侵害するとみることも無理からぬところがあるというべきである。
 また,上記権利主張(商標権侵害警告)を受けた原告も,原告標章の使用が被告商標権を侵害することの主張立証責任が被告にあるとはいえ,「原告標章は被告商標とは類似せず,指定商品も異なることから,原告標章の使用は被告商標権を侵害していない」と,結論のみに等しいとも見える回答に終始しているところ,原告は,法律専門家である弁護士を代理人として被告との交渉に当たらせていたのであるから,商標権侵害の意味を誤解している疑いが強い被告に対し,原告標章の上記態様での使用が被告商標権を侵害するものではないことの具体的な根拠を本判決が上記に説示した程度に具体的に説明しておくことも可能であったと考えられる。そして,そのような対応をとっておれば,被告の応答も異なっていた可能性があったことも否定できないというべきである。

 また,被告は,原告標章の使用が被告商標権を侵害するとの主張のほかに,被告の社名も「有限会社人と地球社」というものであり,「人と地球」という文字列を含む原告標章が使用されると,原告が被告と混同されるおそれがあるとの主張もしている。これは,必ずしも法律上確たる根拠を伴う主張とはいい難いところもあるが,その趣旨自体は理解し得るものであり,それ自体権利行使に藉口した不当な営業妨害行為と評価できるものではない。

 その他,原告は,被告の警告行為は執拗である旨主張するが,・・・その回数等からすれば,被告の原告に対する警告行為が社会的相当性を逸脱するような執拗さで行われたとはいえない。また,被告の上記警告の内容,態様も特に威迫的なものではなく,比較的穏当というべきものである。
 その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,被告の上記警告行為は,権利行使に藉口した社会的相当性を逸脱する違法なものということはできず,原告にある程度の煩わしさを感じさせるものであったとしても,企業としての受忍限度の範囲内のものというべきであって,これをもって原告に対する民法709条の不法行為を構成するということはできない。』