知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

商標権に基づく警告が民法709条の不法行為に当たらないとした事例

2008-06-15 09:59:16 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)2149
事件名 商標権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件
裁判年月日 平成20年06月10日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

『3 損害賠償請求について
(1) 原告は,被告のためにも訴訟を回避すべく,再三,被告に対する猶予を与え続けたにもかかわらず,被告の原告に対する度重なる警告文書の送付により訴訟提起を余儀なくされたのであって,被告のこのような行為は,原告に対する不法行為を構成すると主張する。
 しかし,被告は,被告商標に関する商標権者なのであるから,被告商標権を侵害する者に対し,その差止めを求める権利を有することは当然であり,被告による上記警告文書の送付自体は,少なくとも外形上は被告商標権に基づく権利行使というべきものであって,それ自体が直ちに権利行使を受けた者に対する不法行為を構成するということはできない

すなわち,権利行使の究極の形態ともいうべき訴えの提起は,裁判を受ける権利(憲法32条)の保障の見地から,原則として正当な権利行使として適法な行為とみるべきであって,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り,相手方に対する違法な行為となるものというべきである(最高裁昭和60年(オ)第122号同昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。訴訟提起に至らない段階での権利主張においても,上記趣旨は十分尊重されなければならず,不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為)にわたるものでない限り,上記判断基準に即してその違法性の有無を判断すべきである(本件においては,被告が上記不正競争行為を行ったものではなく,原告もその旨の主張はしていない。)。

(2) そこで,本件における被告の行為の違法性の有無について検討する。上記のとおり,被告は,被告商標に関する商標権者なのであるから,被告商標権を侵害する者に対し,その差止めを求める権利を有するところ,一般に,他人が,登録商標の一部を構成要素とする標章(結合標章)を商品又は役務に使用等する場合,それが当該登録商標と同一又は類似するものであって,その使用等が当該登録商標に係る商標権を侵害するものとして他人にその差止めを求め得るか否かの判断は,上記2(4)で説示したとおり登録商標の一部を主に商品主体識別機能を果たす要部と見得るか否かなど比較的高度な法律知識を要するものといえる。

 本件における法的評価としては,上記2(4)の説示のとおり,原告標章の使用等が被告商標権を侵害しないのであるが,原告標章は「人と地球」の文言を含むものであって,商標法に関する知識に乏しい通常人がその部分だけをみれば,原告標章が被告商標を使用するものである,すなわち原告標章の上記態様での使用が被告商標権を侵害するとみることも無理からぬところがあるというべきである。
 また,上記権利主張(商標権侵害警告)を受けた原告も,原告標章の使用が被告商標権を侵害することの主張立証責任が被告にあるとはいえ,「原告標章は被告商標とは類似せず,指定商品も異なることから,原告標章の使用は被告商標権を侵害していない」と,結論のみに等しいとも見える回答に終始しているところ,原告は,法律専門家である弁護士を代理人として被告との交渉に当たらせていたのであるから,商標権侵害の意味を誤解している疑いが強い被告に対し,原告標章の上記態様での使用が被告商標権を侵害するものではないことの具体的な根拠を本判決が上記に説示した程度に具体的に説明しておくことも可能であったと考えられる。そして,そのような対応をとっておれば,被告の応答も異なっていた可能性があったことも否定できないというべきである。

 また,被告は,原告標章の使用が被告商標権を侵害するとの主張のほかに,被告の社名も「有限会社人と地球社」というものであり,「人と地球」という文字列を含む原告標章が使用されると,原告が被告と混同されるおそれがあるとの主張もしている。これは,必ずしも法律上確たる根拠を伴う主張とはいい難いところもあるが,その趣旨自体は理解し得るものであり,それ自体権利行使に藉口した不当な営業妨害行為と評価できるものではない。

 その他,原告は,被告の警告行為は執拗である旨主張するが,・・・その回数等からすれば,被告の原告に対する警告行為が社会的相当性を逸脱するような執拗さで行われたとはいえない。また,被告の上記警告の内容,態様も特に威迫的なものではなく,比較的穏当というべきものである。
 その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,被告の上記警告行為は,権利行使に藉口した社会的相当性を逸脱する違法なものということはできず,原告にある程度の煩わしさを感じさせるものであったとしても,企業としての受忍限度の範囲内のものというべきであって,これをもって原告に対する民法709条の不法行為を構成するということはできない。』

足裏電極事件(控訴審)

2008-06-08 18:58:31 | 特許法100条
事件番号 平成20(ネ)10087
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年06月05日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

原審はここ


(当事者は、構成要件を充足するかに加えて、次のように補正制限違反についても争っていた。原審は両者に対して判示していた。)
2 控訴人の主張の要点
・ 補正制限違反について
 原判決は,本件発明(請求項14の特許発明)につき,補正制限違反により特許無効であるとする。しかし,原判決の上記認定判断は,本件発明を正しく理解しないところからくる誤ったものである。
・・・
・ 願書に添付した特許請求の範囲
 願書に添付した特許請求の範囲は,原判決が認定するとおり,請求項1ないし請求項7から成るが,請求項1は,従来公知の足裏用電極を有する脂肪計付体重計に本件出願発明の特徴的部分を成す「第2の電極」(靴,靴下の無い足上部に接触する電極)を付加・配設することによって,従来装置同様に「足裏用電極」によってインピーダンス測定を行ったり,あるいは「第2の電極」によってインピーダンス測定を行うことができるような「体内脂肪重量計」として,以下のとおりの構成を採用したものである。
 ・・・
 そして,請求項2は,第2の電極を設けるアタッチメントとして「足用アタッチメント」を,請求項3及び請求項7は,それぞれ第2の電極をインピーダンス測定装置に電気的に接続する方法として,上記○ア及び○イの二つの電気的接続方法をクレームしているのである。

 上記○アの電気的接続方法をクレームする請求項3の記載によれば「・・・」とあるように,足部に接触する第2の電極からの電気的信号は,「裏面電極」及びこれと接触できる「足裏用電極」を介してインピーダンス測定装置に送られる。
 この場合,被測定者の足部に接触して生体インピーダンスの電気的信号を得るのは「第2の電極」であり,この電気的信号をインピーダンス測定装置まで送る役割を担う「裏面電極」及び「足裏用電極」は上記電気的信号の単なる通り道となるのであるから,いわば,「裏面電極」及び「足裏用電極」は「第2の電極」と「インピーダンス測定装置」を結ぶ電気的回路の途中にある「電気的接点」又は「導線」の役割しか果たしていない


 また,上記○イの電気的接続方法をクレームしている請求項7の記載によれば,「足裏用電極と第2の電極とは切換装置で選択可能に切り換えることを特徴とする請求項1に記載の体内脂肪重量計」とあるように,切換装置によって「第2の電極」を選択した場合,従来装置である「足裏用電極」によるインピーダンス測定は行わず,「第2の電極」によってインピーダンス測定を行う外,「第2の電極」で測定された電気的信号は請求項3とは異なり,「足裏用電極」を介することなく,直接インピーダンス測定装置に送られることになる
 換言すれば,この場合,「足裏用電極」は何の役割も機能も有さない存在ということになり,いわば,輸入自認物件が行っているように,「足裏用電極」は載置台上に設けられてはいるが,その上を蓋等で覆い「足裏用電極」の存在を隠し,かつ,使用を凍結しているに等しい状態となっているのである。

 上記のとおり,本件出願発明の特徴的部分は,「靴,靴下を着用したままで」生体インピーダンスを測定するための「第2の電極」にあるのであるから,正に,「足裏用電極」の使用も存在も必要としない体内脂肪重量計の構成こそが本件出願発明を具現するものといえる。』

(ところが、控訴審では補正制限違反については言及されなかった。大合議判決の基準を当てはめる格好の事例であると思うのに残念だ。)
『第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の被控訴人に対する本訴請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。

2 争点3(構成要件Bの充足)について
 当裁判所も,輸入自認物件が本件発明の構成要件Bを充足するものではないと判断する。その理由は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3「当裁判所の判断」の2のとおりであるから,これを引用する
・・・

ア 控訴人は,原判決が,
①本件発明の構成要件Bの「足用アタッチメント」は「付属品」であり,体重測定装置に取付け,取外し可能であるものを意味すると解すべきであり,
②輸入自認物件は,足首用電極支柱4が体重測定装置1の上面1 a に固定されているから構成要件Bを充足しないとしたことにつき,余りにも形式的「用語」(部材の名称)にとらわれた誤ったものであると主張する

 そして,控訴人は,本件発明における構成要件において重要なのは,靴,靴下を着用したままで生体インピーダンスを測定する非拘束性の「足用電極」(靴下の無い足上部に接触する電極)の有無であって,この電極が体重測定装置への着脱自在な「足用アタッチメント」に設けられているか,あるいは体重測定装置の上面に固定された部材上に設けられているかは,大した問題ではないなどと主張する

イ しかしながら, 「アタッチメント」とは,「器具・機械の付属品」を意味する(広辞苑第4版)ところ,本件明細書には,「足用アタッチメント」をこれと異なる意味で使用する旨の明示又は黙示の定義はされておらず,構成要件Bの「足用アタッチメント」とは,体重測定装置の使用時に,使用者が自由に着脱して使用するような「付属品」をいうものであって,これを取り付けると体重測定装置の固定的な一部材を構成することになるということはできない
・・・
5 結論
 以上のとおりであるから,その余の争点について判断するまでもなく,本件製品1ないし8が本件特許権を侵害していると認めることはできず,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,原判決は相当であって,本件控訴は理由がない

足裏電極事件(第1審)

2008-06-08 18:54:36 | 特許法104条の3
事件番号 平成20(ネ)10087
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年06月05日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳
控訴審はここ

『 (被告の主張)
(ア) 「足裏用電極」の存在しない体内脂肪重量計は,当初明細書に記載されておらず,当初明細書の記載から自明でもない
(イ) 本件発明は,「足裏用電極」を具備しない体内脂肪重量計もその技術的範囲に含む。
(ウ) よって,本件発明は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されておらず,特許法36条6項1号に違反し,本件特許は,同法123条1項4号の規定により無効とされるべきである。
(原告の主張)
被告の主張(イ)は認め,(ア)及び(ウ)は否認する。』


『第3 当裁判所の判断
・・・
3 争点6-1(補正制限違反)について
(1) 当初明細書の記載
ア まとめ
 当初明細書に記載されている内容は,イ以下のとおり,
足用アタッチメントの下部裏面の裏面電極が足裏用電極に接触することにより,電気的接続を実現しているか,
「足裏用電極」を有しているため,「切換装置」を必要とする体内脂肪重量計であると認められる。
 したがって,本件発明の構成が当初明細書に記載されていると認めることはできない
(自明か否かの点は,次の(2)で検討する。)。

イ 特許請求の範囲
 当初明細書の特許請求の範囲は,請求項1ないし7の7つの請求項により構成されているが,いずれの請求項も構成要件に「足裏用電極」を含んでいることは,当事者間に争いがない。

ウ 課題を解決するための手段及び作用
 当初明細書の発明の詳細な説明中の課題を解決するための手段及び作用の記載(【0006】~【0008】)によれば,同所には,「足裏用電極」が本件発明の構成要件として記載されていることが認められる。
・・・

オ 実施例
(ア) 実施例1及び2
 当初明細書の発明の詳細な説明中に記載された実施例1及び2が,足用アタッチメントの下部裏面の裏面電極が足裏用電極に接触することにより,電気的接続を実現しているものであること(・・・)は,原告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。

(イ) 実施例3
 当初明細書の発明の詳細な説明中の実施例3の記載(【0020】)によれば,同所には「足裏用電極」と「足用電極」とを有し,それらの「切換装置」を具備した体内脂肪重量計が記載されており,この構成においては,足裏用電極を経由することなく,嵌合部がコネクターとなり,第2の電極がインピーダンス測定装置と直接電気的に接続されていることが認められる。

カ 本件発明の課題等
 当初明細書の発明の詳細な説明中の発明が解決しようとした課題等の記載(・・・)によれば,同所には,本件発明が解決しようとした課題について,「足裏用電極」について触れずに,「抵抗の大きな靴,靴下を着用した状態でも,簡単に,正確に体内脂肪重量を推定することができる体内脂肪計付体重計を提供する事」(【0005】)であると記載されていること,効果の欄にも,同旨の記載があること(【0023】)が認められる

 しかし,【0005】の記載は,「足裏用電極」を有する従来の脂肪計付体重計の問題点を指摘した上でのものであり(【0004】),直後に続く課題を解決するための手段(【0006】及び【0007】)においては,「足裏用電極」を構成要件とする構成が記載されている。
 効果についての【0023】の記載も,「足裏用電極」を構成要件とする実施例1ないし3の効果の記載(【0022】)に続くものであるよって,【0005】又は【0023】が,「足裏用電極」を構成要件としない構成を記載していると認めることはできない

(2) 当初明細書の記載からの自明
ア 電気的接点
 原告は,足用アタッチメントの下部裏面の裏面電極が足裏用電極に接触することにより電気的接続を実現している方法においても,「足裏用電極」は単に「足用アタッチメント」の「第2の電極」と「インピーダンス測定装置」とを結ぶ電気的回路の途中に存在する「電気的接点」又は「導線」の役割しか果たしていないから,「足裏用電極」を構成要件に含まない本件発明の構成は当初明細書の記載から自明である旨主張する
 しかしながら原告が指摘する発明が, 解決しようとした課題等の記載(前記(1)カ)を併せ考慮しても,前記(1)に説示の内容を有する当初明細書の記載から「足裏用電極」を構成要件に含まない本件発明の構成が当業者に自明であると認めることはできない

イ嵌合
 次に,原告は,当初明細書には,足用アタッチメントを載置台に直接嵌合し,嵌合部がコネクターとなり第2の電極がインピーダンス測定装置と直接電気的に接続される方式の体内脂肪重量計が記載されているから(【0009】),「足裏用電極」を構成要件に含まない本件発明の構成は当初明細書の記載から自明である旨主張する

 しかしながら,前記(1)に説示のとおり,当初明細書に記載された構成は,嵌合部がコネクターとなり第2の電極がインピーダンス測定装置と直接電気的に接続される方式のものであっても「足裏用電極」を構成要件に含むものであるから,原告が指摘する発明が解決しようとした課題等の記載(前記(1)カ)を併せ考慮しても,当初明細書の記載から「足裏用電極」を構成要件に含まない本件発明の構成が当業者に自明であると認めることはできない

(3) 補正後の本件発明
 本件発明は,「足裏用電極」を具備しない体内脂肪重量計もその技術的範囲に含むことは,当事者間に争いがない(被告は,本件発明の充足論におけるクレーム解釈においては,本件発明は「足裏用電極」を具備するものに限られる旨主張するので,念のため判断すると,本件発明(請求項14)の文言上,そのような限定はないこと,「足裏用電極」を具備しない場合でも,発明が解決しようとした課題等の記載(前記(1)カ)を解決し,作用効果を奏することができることからすると,本件発明は,「足裏用電極」を具備しない体内脂肪重量計もその技術的範囲に含むものと認めるのが相当である。)。

(4) まとめ
よって,第2回補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内でする補正とはいえないから,特許法17条の2第3項に違反するものであり,本件特許は,同法123条1項1号に該当し,無効とされるべきものであり,原告は,同法104条の3により,同権利の行使をすることができない。』

特許請求の範囲の記載全体からの判断

2008-06-08 18:52:00 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10300
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『2 取消事由1(訂正不可とした判断の誤り)について
(1) 原告の行った本件訂正の内容は上記第3,1(3)ア,イのとおりであり,訂正発明に係る訂正事項1は,ステップ(a’),(b’),(d’)にわたるものであるところ,審決はそのうち訂正発明のステップ(a’)にかかる「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」の記載を加える点のみについて判断し,これは明細書又は図面に記載された事項の範囲内でなされたものではなく,特許請求の範囲の減縮にも当たらないから,平成6年改正前特許法134条2項ただし書の規定に適合せず,訂正請求は認められないとした

・・・
 そうすると,「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との運転条件(・・・ )の下で「前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定」し〔訂正発明のステップ(a’)〕,「無負荷状態(・・・)において,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させる」〔訂正発明のステップ(b’)〕ことは,いずれも明細書又は図面に記載された事項の範囲内であると認められる

・・・
 そうすると,「前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,及び前記検出された電流」に基づいて制御定数を設定するとの点〔訂正発明のステップ(d’)〕についても,明細書又は図面に記載された事項の範囲内であるといえる。

・・・
(3)ア 審決は,本件明細書(甲1の1,2)の段落【0042】及び【0055】の記載は「電圧指令と周波数指令を所定値に設定するにあたって,磁束一定条件を満たすように設定することを開示するものではない。」(6頁14行~16行)とし,段落【0055】には,「上記所定値を,誘導電動機の磁束一定条件を満たすように設定するものとは記載されていない。」(6頁20行~21行)と認定した。

 しかし,訂正発明は,その特許請求の範囲の記載全体からすれば,ステップ(a’)の「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との記載は,続くステップ(b’)の「無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステップ」及びステップ(c’)の「前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ」における運転条件を限定していることは明らかといえる。

訂正発明は,ステップ(b’)及び(c’)における誘導電動機の回転が,「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」運転され,その後のステップ(d’)の「前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,及び前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステップ」において,所望の制御定数を得ることができるように,「前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定」する〔ステップ(a’)〕ものであると理解することができる。』

除くクレーム事件全体ダイジェスト

2008-06-05 07:15:12 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10563
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

1.「明細書又は図面に記載した事項」について
1.1 解釈

『すなわち,「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる
 そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。』

『・・・特許法29条の2は,・・・,同法同条に該当することを理由として,・・・特許法123条1項1号に基づいて特許が無効とされることを回避するために,無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。
 このような場合,,特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。』

1.2 本件への当てはめ
『ウ 本件へのあてはめ
上記アのとおり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるというべきところ,
 上記イによると,本件各訂正による訂正後の発明についても,成分(A)~(D)及び同(A)~(E)の組合せのうち,引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において,使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし,このようなエポキシ樹脂の粒子を感光性プレポリマーが包み込む状態となるため,感光性プレポリマーの溶解性を低下させず,エポキシ樹脂と硬化剤との反応性も低いので現像性を低下させず,露光部も現像液に侵されにくくなるとともに組成物の保存寿命も長くなるという効果を奏するものと認められ,引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。

 したがって,本件各訂正は,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。』

1.3 審査基準について
1.3.1 補正事項が明細書に明記されている場合(積極的に記載されている場合)
『そうすると,これら「基本的な考え方」の個別の記載は,いずれも上記アにおいて説示した「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言の解釈とも整合的に理解することができるものである。
 さらに,審査基準は,上記記載部分に続く「4.特許請求の範囲の補正」の「4.2 各論」の項において,「補正が許される例」として「発明特定事項の一部を限定する補正」の2つの例(「請求項の『記録又は再生装置』という記載を『ディスク記録又は再生装置』とする補正」,「請求項の『ワーク』という記載を『矩形ワーク』とする補正」)を挙げており,一定の技術的事項(「ディスク形式以外の記録又は再生装置」,「矩形以外のワーク」)を除外する補正を許容するものとしているが,これらの例のように特定の技術的事項に係る記載を追加する補正において,明細書等に補正事項そのものが記載されている場合には,特段の事情のない限り,このような補正が新規な技術的事項を導入しないものであると認めることができる。』

1.3.2 補正事項が明細書に明記されていない場合(消極的に記載されている場合)
『しかしながら,上記アにおいて説示したところに照らすと,「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない。すなわち, 「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない

 したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,最終的に,上記アにおいて説示したところに照らし,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないから,審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は,上記の限度において特許法の解釈に適合しないものであり,これと同趣旨を述べる原告の主張は相当である。』


2.特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」
2.1 技術的明確性
『(3) 特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」について
 ・・・訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるということができる。
 そして,本件訂正後の特許請求の範囲の記載には「TEPIC」という登録商標が使用されていることから,本件訂正後の特許請求の範囲の記載によって特定される本件各発明の内容が技術的に明確であるということができるかどうかが問題となる

イ 本件各訂正には,「(D)『1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物』である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製,登録商標)」との記載部分が含まれるが,上記(2)イのとおり,本件各訂正は,先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために,先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものであると認められる
 そうすると,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書に基づく特許出願時において「TEPIC」の登録商標によって特定されるすべての製品を含むものであるということができるから,その限度において,「TEPIC」との登録商標によって特定された物が技術的に明確でないということはできない。

 なお,一般に,登録商標による物の特定が必ずしも技術的に明確であるということはできず,本件各訂正における「TEPIC」が,具体的にどの「TEPIC」を指すものであるかについても,本件訂正後の本件特許に係る明細書の記載のみから明らかであるということはできないところ,上記明細書の記載に接した第三者が特許請求の範囲に記載された発明の内容を理解するためには,本件各訂正に係る「TEPIC」が先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」であることが,明細書中に明示されることが本来望ましい

 本件においてこのような明示を行うためには,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正して,先願明細書の実施例2に記載された発明を除外するために特許請求の範囲の記載が訂正された旨を明示することが必要となる。

 そして,このような訂正は,特許請求の範囲の記載の訂正に伴って,発明の詳細な説明の記載について,明りょうでない記載の釈明を目的として行うものであるということができるところ,上記(2)アにおいて説示したところに照らすと,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないということができる。

 しかしながら,前記の審査基準に依拠する特許庁の従来からの実務において,このような訂正が「明細書又は図面に記載された事項の範囲内において」するものではないとされていたことから,特許権者である被告はあえてこのような訂正を請求せず,特許請求の範囲の記載の訂正において「TEPIC」とのみ記載して除外部分を特定したものと考えられる。

 そして,上記のとおり,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものと認められることからすると,上記のとおり本来望ましい方法によらなかったことを理由として,本件訂正が不適法であるとまでいうことはできない。』

2.2 商標の使用について
『ウ また,平成2年通商産業省令第41号による改正前の特許法施行規則24条は,明細書の様式に関し,「願書に添附すべき明細書は,様式第十六により作成しなければならない。」と定めており,様式16は,明細書の記載の様式について,「登録商標は,当該登録商標を使用しなければ当該物を表示することができない場合に限り使用し,この場合は,登録商標である旨を記載する。」としているところ,その趣旨は,商標登録制度においては,登録商標とこれによって特定される物の性状や組成の対応関係が担保されておらず,登録商標による物の特定は必ずしも一義的に明確であるとはいえないことから,一般に,明細書の記載における登録商標の使用について,極めて例外的な場合に限定して許容されるものと位置づけることにあるということができる。
 本件各訂正の内容は,上記(2)イのとおり,本件訂正前の各発明から引用発明と同一の部分を除外するために,除外の対象となる部分である引用発明の内容を,本件訂正前発明1及び2の成分であって,これらのいずれについても多種の物質又は製品が該当し得るところの成分(A)~(D)及び同(A)~(E)ごとに分説し,先願明細書の実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら,消極的な表現形式(いわゆる「除くクレーム」の形式)によって特定しているものであり,引用発明と同一の部分を過不足なく除外するためには,このような方法によるほかないと考えられることから,本件各訂正において,引用発明を特定する要素となっている「TEPIC」との商標の記載を使用して除外部分を表示したことが,上記規則24条に反するものということはできない。』


特許請求の範囲における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」について(除くクレーム事件)

2008-06-04 07:29:16 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10563
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『(3) 特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」について
ア 平成6年改正前の特許法134条2項ただし書は,訂正は「特許請求の範囲の減縮」,「誤記の訂正」又は「明りようでない記載の釈明」を目的とする場合に限って許容される旨を定めているところ,訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるということができる。
 そして,本件訂正後の特許請求の範囲の記載には「TEPIC」という登録商標が使用されていることから,本件訂正後の特許請求の範囲の記載によって特定される本件各発明の内容が技術的に明確であるということができるかどうかが問題となる。

イ 本件各訂正には,「(D)『1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物』である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製,登録商標)」との記載部分が含まれるが,上記(2)イのとおり,本件各訂正は,先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために,先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものであると認められる

 そうすると,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書に基づく特許出願時において「TEPIC」の登録商標によって特定されるすべての製品を含むものであるということができるから,その限度において,「TEPIC」との登録商標によって特定された物が技術的に明確でないということはできない。

 なお,一般に,登録商標による物の特定が必ずしも技術的に明確であるということはできず,本件各訂正における「TEPIC」が,具体的にどの「TEPIC」を指すものであるかについても,本件訂正後の本件特許に係る明細書の記載のみから明らかであるということはできないところ,上記明細書の記載に接した第三者が特許請求の範囲に記載された発明の内容を理解するためには,本件各訂正に係る「TEPIC」が先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」であることが,明細書中に明示されることが本来望ましい

 本件においてこのような明示を行うためには,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正して,先願明細書の実施例2に記載された発明を除外するために特許請求の範囲の記載が訂正された旨を明示することが必要となる
 そして,このような訂正は,特許請求の範囲の記載の訂正に伴って,発明の詳細な説明の記載について,明りょうでない記載の釈明を目的として行うものであるということができるところ,上記(2)アにおいて説示したところに照らすと,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないということができる。
 しかしながら,前記の審査基準に依拠する特許庁の従来からの実務において,このような訂正が「明細書又は図面に記載された事項の範囲内において」するものではないとされていたことから,特許権者である被告はあえてこのような訂正を請求せず,特許請求の範囲の記載の訂正において「TEPIC」とのみ記載して除外部分を特定したものと考えられる
 そして,上記のとおり,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものと認められることからすると,上記のとおり本来望ましい方法によらなかったことを理由として,本件訂正が不適法であるとまでいうことはできない

ウ また,平成2年通商産業省令第41号による改正前の特許法施行規則24条は,明細書の様式に関し,「願書に添附すべき明細書は,様式第十六により作成しなければならない。」と定めており,様式16は,明細書の記載の様式について,「登録商標は,当該登録商標を使用しなければ当該物を表示することができない場合に限り使用し,この場合は,登録商標である旨を記載する。」としているところ,その趣旨は,商標登録制度においては,登録商標とこれによって特定される物の性状や組成の対応関係が担保されておらず,登録商標による物の特定は必ずしも一義的に明確であるとはいえないことから,一般に,明細書の記載における登録商標の使用について,極めて例外的な場合に限定して許容されるものと位置づけることにあるということができる。

 本件各訂正の内容は,上記(2)イのとおり,本件訂正前の各発明から引用発明と同一の部分を除外するために,除外の対象となる部分である引用発明の内容を,本件訂正前発明1及び2の成分であって,これらのいずれについても多種の物質又は製品が該当し得るところの成分(A)~(D)及び同(A)~(E)ごとに分説し,先願明細書の実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら,消極的な表現形式(いわゆる「除くクレーム」の形式)によって特定しているものであり,引用発明と同一の部分を過不足なく除外するためには,このような方法によるほかないと考えられることから,本件各訂正において,引用発明を特定する要素となっている「TEPIC」との商標の記載を使用して除外部分を表示したことが,上記規則24条に反するものということはできない。』

補正が明細書等に記載した事項の範囲内かどうかの判断基準(除くクレーム事件)

2008-06-04 07:18:28 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10563
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『ア 上記規定の沿革及び趣旨並びに解釈
平成6年改正前の特許法17条2項は,「前項本文の規定により明細書又は図面について補正をするときは,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,
・・・
すなわち,「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

 そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。』

『ところで,平成6年法律第116号附則8条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下「平成6年改正前」という。)の特許法29条の2は,特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるときは,その発明については特許を受けることができない旨定めているところ,同法同条に該当することを理由として,平成5年法律第26号附則2条4項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法123条1項1号に基づいて特許が無効とされることを回避するために,無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある

 このような場合,特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである



『審査基準(特許法180条の2に基づく意見書添付の参考資料2)の「第Ⅲ部明細書又は図面の補正」,「第Ⅰ節新規事項」,「3.基本的な考え方」の項には,次のように記載されている。
・・・
 そして,同(2)~(5)は明細書等に記載された技術的事項を認定する際に留意すべき点を記載したものであり,明示的な記載の有無にかかわらず,当業者によって明細書等に記載された情報を総合して導かれる事項は「記載した事項」ということができることを示していると理解することができる。
 そうすると,これら「基本的な考え方」の個別の記載は,いずれも上記アにおいて説示した「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言の解釈とも整合的に理解することができるものである。
 さらに,審査基準は,上記記載部分に続く「4.特許請求の範囲の補正」の「4.2 各論」の項において,「補正が許される例」として「発明特定事項の一部を限定する補正」の2つの例(「請求項の『記録又は再生装置』という記載を『ディスク記録又は再生装置』とする補正」, 「請求項の『ワーク』という記載を『矩形ワーク』とする補正」)を挙げており,一定の技術的事項(「ディスク形式以外の記録又は再生装置」,「矩形以外のワーク」)を除外する補正を許容するものとしているが,これらの例のように特定の技術的事項に係る記載を追加する補正において,明細書等に補正事項そのものが記載されている場合には,特段の事情のない限り,このような補正が新規な技術的事項を導入しないものであると認めることができる。』

『他方,審査基準の「第Ⅲ部明細書又は図面の補正」,「第Ⅰ節新規事項」,「4特許請求の範囲の補正」,「4.2 各論」,「(4) 除くクレーム」の項には,次のような記載がある。
 ・・・
 審査基準の上記記載は,「除くクレーム」とする補正について,「例外的に」明細書等に記載した事項の範囲内においてする補正と取り扱うことができる場合について説明されたものであるが,「例外的」とする趣旨は,上記「基本的な考え方」に示された考え方との関係において「例外的」なものと位置付けられるというものであると認められる。
 しかしながら,上記アにおいて説示したところに照らすと,「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない。すなわち,「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない

 したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,最終的に,上記アにおいて説示したところに照らし,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないから,審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は,上記の限度において特許法の解釈に適合しないものであり,これと同趣旨を述べる原告の主張は相当である。』



商標法4条1項11号および15号該当性

2008-06-02 07:08:06 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10428
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性)について
(1) 本件商標と本件引用商標1ないし3の類否について検討する。
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるかどうかによって決めるべきであり,そのためには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によつて取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得るかぎり,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきである。』


『2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性)について
(1) 本件商標は,その指定商品(第18類,25類)について他人(原告)の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標であるといえるか否かについて,検討する。

 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品等に使用したときに,当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品等が他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれがある商標を含むものと解するのが相当である。
 そして,「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである。』

商標法4条1項10号所定の「需要者」

2008-06-02 06:20:17 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10041
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『イ 以上を総合すると,引用商標は,被告の業務に係る「岩手県産キャベツ」を表す商標として,本件商標の出願時(平成16年6月8日)には,岩手県内におけるキャベツの生産農家や取引業者のみならず,少なくとも東北地方から関東地方にかけてのこの種農産物の取引業者の間においても広く認識され,登録査定時(平成17年3月18日)まで継続していたものということができる。
 なお,商標法4条1項10号所定の「需要者」とは,最終消費者という意味での需要者に限定されるものではなく,取引者又は需要者も含まれるというべきであり,特に,本件のような取引態様においては,取引者(卸売業者,仲卸業者,スーパー等の小売店)を含むものと解するのが相当である。のみならず,最終消費者という意味での需要者についても,岩手県内はもちろん,首都圏内でもスーパーでの販売等により相当程度知られたものということができる。』

立体商標が3条2項に該当するかどうかの判断基準

2008-06-01 19:43:50 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10215
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について
(1) 立体商標における商品等の形状
ア 商標法は,商標登録を受けようとする商標が,立体的形状(文字,図形,記号若しくは色彩又はこれらの結合との結合を含む。)からなる場合についても,所定の要件を満たす限り,登録を受けることができる旨規定する(商標法2条1項,5条2項参照)。

 ところで,商標法は,
 3条1項3号で「その商品の産地,販売地,品質,原材料,効能,用途,数量,形状(包装の形状を含む。),価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途,数量,態様,価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は,商標登録を受けることができない旨を,
 同条2項で「前項3号から5号までに該当する商標であっても,使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては,同項の規定にかかわらず,商標登録を受けることができる」旨を,
 4条1項18号で「商品又は商品の包装の形状であって,その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」は,同法3条の規定にかかわらず商標登録を受けることができない旨を,
 26条1項5号で「商品又は商品の包装の形状であって,その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」に対しては,商標権の効力は及ばない旨を,それぞれ規定している。

 このように,商標法は,商品等の立体的形状の登録の適格性について,平面的に表示される標章における一般的な原則を変更するものではないが,同法4条1項18号において,商品及び商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標については,登録を受けられないものとし,同法3条2項の適用を排除していること等に照らすと,商品等の立体的形状のうち,その機能を確保するために不可欠な立体的形状については,特定の者に独占させることを許さないとしているものと理解される

 そうすると,商品等の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない形状については,商品等の機能を効果的に発揮させ,商品等の美感を追求する目的により選択される形状であっても,商品・役務の出所を表示し,自他商品・役務を識別する標識として用いられるものであれば,立体商標として登録される可能性が一律的に否定されると解すべきではなく(もっとも,以下のイで述べるように,識別機能が肯定されるためには厳格な基準を充たす必要があることはいうまでもない。),また,出願に係る立体商標を使用した結果,その形状が自他商品識別力を獲得することになれば,商標登録の対象とされ得ることに格別の支障はないというべきである。』

『イ 以上を前提として,まず,立体商標における商品等の立体的形状が商標法3条1項3号に該当するか否かについて考察する。

(ア) 商品等の形状は,多くの場合,商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり,商品等の美感をより優れたものとするなどの目的で選択されるものであって,商品・役務の出所を表示し,自他商品・役務を識別する標識として用いられるものは少ないといえる。
 このように,商品等の製造者,供給者の観点からすれば,商品等の形状は,多くの場合,それ自体において出所表示機能ないし自他商品識別機能を有するもの,すなわち,商標としての機能を有するものとして採用するものではないといえる。また,商品等の形状を見る需要者の観点からしても,商品等の形状は,文字,図形,記号等により平面的に表示される標章とは異なり,商品の機能や美感を際立たせるために選択されたものと認識し,出所表示識別のために選択されたものとは認識しない場合が多いといえる。

 そうすると,商品等の形状は,多くの場合に,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されるものであり,客観的に見て,そのような目的のために採用されると認められる形状は,特段の事情のない限り,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,同号に該当すると解するのが相当である。

(イ) また,商品等の具体的形状は,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されるが,一方で,当該商品の用途,性質等に基づく制約の下で,通常は,ある程度の選択の幅があるといえる。
 しかし,同種の商品等について,機能又は美感上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状として,同号に該当するものというべきである。

 けだし,商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状は,同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから,先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定の者に独占させることは,公益上の観点から適切でないからである。

(ウ) さらに,需要者において予測し得ないような斬新な形状の商品等であったとしても,当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるときには,商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば,商標法3条1項3号に該当するというべきである

 けだし,商品等が同種の商品等に見られない独特の形状を有する場合に,商品等の機能の観点からは発明ないし考案として,商品等の美感の観点からは意匠として,それぞれ特許法・実用新案法ないし意匠法の定める要件を備えれば,その限りおいて独占権が付与されることがあり得るが,これらの法の保護の対象になり得る形状について,商標権によって保護を与えることは,商標権は存続期間の更新を繰り返すことにより半永久的に保有することができる点を踏まえると,商品等の形状について,特許法,意匠法等による権利の存続期間を超えて半永久的に特定の者に独占権を認める結果を生じさせることになり,自由競争の不当な制限に当たり公益に反するからである。


(2) 本願商標の商標法3条1項3号該当性
・・・
ウ 判断
 前記ア及びイによれば,本願商標の前記ア(ア)の立体的形状のうち,特徴点aは,液体であるコーラ飲料を収納し,これを取り出すという容器の基本的な形状であって,このうち口部の形状はスクリューキャップの着脱という機能に関連するものであり,特徴点b及びcは,容器の握り易さに資するとともに,容器の輪郭に美感を与えるものであり,特徴点dは,容器の美感を維持しつつ,ラベルの貼付を容易にすることに資するものであり,特徴点e及びfは,容器の輪郭に美感を与えるものであことが認められる。また,本願商標に係る立体的形状は,飲料の容器において通常採用されている,前記イ①ないし④のような形状を組み合わせた範囲を大きく超えるものとは認められない。
 そうすると,本願商標の立体的形状は,審決時(平成19年2月6日)を基準として,客観的に見れば,コーラ飲料の容器の機能又は美感を効果的に高めるために採用されるものと認められ,また,コーラ飲料の容器の形状として,需要者において予測可能な範囲内のものというべきである

エ 原告の主張に対し
(ア) 原告は,本願商標の特徴的形状について,美感や機能を高めるためではなく,同形状に自他商品識別力を持たせることを目的として原告が開発・採用した斬新な形状であり,技術的観点あるいは機能的観点から,取引業界において容易に採用されるものではないと主張する

 しかし,原告の主観的な意図が,美感や機能を高めるためではなく,同形状に自他商品識別力を持たせることを目的とするものであったとしても,そのことにより,本願商標の立体的形状が有する客観的な性質に関する判断が左右されるものではない。また,需要者において予測し得ないような斬新な形状であるか否かは,原告が当該形状を採用した時点ではなく,審決時を基準として判断すべきであり,原告以外の同業者が当該形状を現実に採用していないとしても,そのことから直ちに同形状が予測し得る範囲を超えるということはできない。したがって,原告の上記主張は失当である。

(イ) 原告は,他の同業者が,原告による本願商標に係る立体的形状の事実上の独占使用を許容していると主張する。
 しかし,現時点において,本願商標に係る立体的形状を使用することを欲する原告以外の第三者が顕在していないとしても,そのことから直ちに,当該形状を独占させることが公益に反しないすることはできない。したがって,原告の上記主張は失当である。

(3) 小括
 以上検討したところによれば,本願商標は,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,商標法3条1項3号に該当するとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。』

『2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について
(1) 立体商標における使用による自他商品識別力の獲得
 前記1(1)アのとおり,商標法3条2項は,商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができることを規定している(商品及び商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標を除く。同法4条1項18号)。

 立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは,当該商標ないし商品等の形状,使用開始時期及び使用期間,使用地域,商品の販売数量,広告宣伝のされた期間・地域及び規模,当該形状に類似した他の商品等の存否などの事情を総合考慮して判断するのが相当である
 そして,使用に係る商標ないし商品等の形状は,原則として,出願に係る商標と実質的に同一であり,指定商品に属する商品であることを要する

 もっとも,商品等は,その製造,販売等を継続するに当たって,その出所たる企業等の名称や記号・文字等からなる標章などが付されるのが通常であり,また,技術の進展や社会環境,取引慣行の変化等に応じて,品質や機能を維持するために形状を変更することも通常であることに照らすならば,使用に係る商品等の立体的形状において,企業等の名称や記号・文字が付されたこと,又は,ごく僅かに形状変更がされたことのみによって,直ちに使用に係る商標が自他商品識別力を獲得し得ないとするのは妥当ではなく,使用に係る商標ないし商品等に当該名称・標章が付されていることやごく僅かな形状の相違が存在してもなお,立体的形状が需要者の目につき易く,強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で,立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである

(2) 本願商標の商標法3条2項該当性
そこで,上記の観点から,本願商標が使用により自他商品識別力を備えるに至っているかどうかを判断する。以下, 「使用商標の使用の実情」,「使用商標と本願商標との対比」の順で認定,判断をする。

 ・・・

 以上の事実によれば,リターナブル瓶入りの原告商品は,昭和32年に,我が国での販売が開始されて以来,驚異的な販売実績を残しその形状を変更することなく,長期間にわたり販売が続けられ,その形状の特徴を印象付ける広告宣伝が積み重ねられたため,遅くとも審決時(平成19年2月6日)までには,リターナブル瓶入りの原告商品の立体的形状は,需要者において,他社商品とを区別する指標として認識されるに至ったものと認めるのが相当である。』

法4条1項15号の総合考慮における周知性の考慮の方向

2008-06-01 18:38:55 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10383
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『(3) ところで,「商標法4条1項15号にいう『他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標』には,当該商標をその指定商品又は指定役務(以下『指定商品等』という。)に使用したときに,当該商品等が他人の商品又は役務(以下『商品等』という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(以下『広義の混同を生ずるおそれ』という。)がある商標を含むものと解するのが相当である。」
「そして,『混同を生ずるおそれ』の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである
。」(前記最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決)。

 これを本件についてみるに,上記(1),(2)の事実等及び前記1の認定判断によれば,
①本件商標から生ずる「ルネッサンス」との称呼,観念は,申立人商標「RENAISSANCE」又は「ルネッサンス」及び申立人商標3から生ずる「RENAISSANCE」と称呼,観念が同一であること,
②本件商標の指定役務は「宿泊施設の提供」であるのに対し,申立人商標の指定役務は「宿泊施設の提供」等であり,また,申立人はホテル業者であって,その取引者,需要者に共通性があることが認められるが,他方,
③我が国において,「RENAISSANCE」及び「ルネッサンス」の語は極めて一般的な語であり,類似の「ルネサンス」等も含め,法人名その他の固有名詞等において,単独又は他の語と組み合わせて多数使用されており,その自他識別機能,出所表示機能は弱いといわざるを得ないこと,
④本件商標の登録出願時である平成16年及び登録査定時である平成17年時点において,申立人が経営にかかわる「ルネッサンスホテル」は全国に散在する5軒しかなく,我が国における「ルネッサンスホテル」の紹介も,海外旅行者向けの出版物等が中心であって,国内所在の「ルネッサンスホテル」に係る全国規模の出版物やウェブページでの紹介等もそれほど一般的で多いものであったとはいえず,国内所在の申立人関与による「ルネッサンスホテル」の「RENAISSANCE」又は「ルネッサンス」との名を付しての営業期間が平成16年時点までで約17年から約9年というもので長い歴史を有するというほどのものではなかったことなどに照らすと,そもそも,国内に散在した上記5軒のホテルにつき,同一グループに関連するものであるとして広く理解されていたとは考えにくく,国内旅行者等において,申立人が経営にかかわるホテルについての「RENAISSANCE」又は「ルネッサンス」の標章が相当程度認識されていたとまではいえない状況にあったものであること,以上の事情等が認められる。

 そうすると,本件商標の登録出願時である平成16年9月29日及びその登録査定時である17年12月26日時点において,本件商標を「宿泊施設の提供」に使用することにより,その取引者,需要者である国内旅行者等において,原告の「宿泊施設の提供」という役務が,申立人の「宿泊施設の提供」等という役務と緊密な営業上の関係又は同一の表示による事業を営むグループに属する営業主の業務に係る役務であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)があったものということはできない。』

複数の訂正事項の不可分処理の根拠と射程

2008-06-01 12:21:56 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10163
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『エ ところで,原告のなした本件特許の訂正の申立ては,訂正の拒否が異議事由の有無と一体として審理される特許異議申立ての手続中の訂正請求(平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第2項)ではなく,特許法126条に基づく訂正審判請求である。

 そして上記訂正審判請求は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる」(126条1項本文)・「訂正審判を請求するときは,請求書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面を添付しなければならない」(131条3項)・「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の審決が確定したときは,その訂正後における明細書,特許請求の範囲又は図面により特許出願,出願公開,特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定登録がされたものとみなす」(128条)等とされていることから明らかなとおり,特許出願に準じた法的性質を有するうえ,特許法には請求項ごとに訂正の可否を決すべき旨の規定もないから,訂正審判において一部の訂正を許す審決をすることの可否を論じた最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決(民集34巻3号431頁。前述した昭和55年最高裁判決)は,いわゆる改善多項制を導入した昭和62年の特許法改正後においてもそのまま妥当すると解される

 したがって,本件訂正審判請求のように,原明細書等の記載を複数個所にわたって訂正するものであるときは,原則として,これを一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべきであり,これを請求人において複数箇所の訂正を各訂正箇所ごとの独立した複数の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解するのは妥当でない

 上記のような不可分処理は客観的・画一的審理判断をむねとする特許庁における訂正審判制度の要請から導かれる結論であるから,客観的・画一的処理の要請に反しない場合,例えば上記昭和55年最高裁判決も明言するように,①訂正が誤記の訂正のような形式的なものであるとき,②請求人において複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは,それぞれ可分的内容の訂正審判請求があるとして審理判断をする必要があると解される

オ そこで,以上の見地に立って本件事案について検討する。

・・・

(3) 上記(1)及び(2)によれば,原告からなされた平成18年9月13日付けの本件訂正審判請求(甲4)は,旧請求項1~7を新請求項1~7等に訂正しようとしたものであるところ,その後原告から平成19年1月15日付けでなされた上記訂正審判請求書の補正(甲7)の内容は新請求項3・5・7を削除しようとするものであり,同じく原告の平成19年1月15日付け意見書(甲6)にも新請求項1・2・4・6の訂正は認容し新請求項3・5・7の訂正は棄却するとの判断を示すべきであるとの記載もあることから,審判請求書の補正として適法かどうかはともかく,原告は,残部である新請求項1・2・4・6についての訂正を求める趣旨を特に明示したときに該当すると認めるのが相当である。
 本件における上記のような扱いは,原告が削除を求めた新請求項3・5・7は,その他の請求項とは異なる実施例(「本発明の異なる形態」,「実施例2」)に基づく一群の発明であり,発明の詳細な説明も他の請求項に関する記載とは截然と区別されており,仮に原告が上記手続補正書で削除を求めた部分を削除したとしても,残余の部分は訂正後の請求項1・2・4・6とその説明,実施例の記載として欠けるところがないことからも裏付けられる
というべきである。

 そうすると,本件訂正に関しては,請求人(原告)が先願との関係でこれを除く意思を明示しかつ発明の内容として一体として把握でき判断することが可能な新請求項3・5・7に関する訂正事項と,新請求項1・2・4・6に係わるものとでは,少なくともこれを分けて判断すべきであったものであり,これをせず,原告が削除しようとした新請求項3・5・7についてだけ独立特許要件の有無を判断して,新請求項1・2・4・6について何らの判断を示さなかった審決の手続は誤りで,その誤りは審決の結論に影響を及ぼす違法なものというほかない。』

構成部分の一部だけによって簡略に称呼,観念される事例

2008-06-01 11:22:03 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10411
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『2 取消事由1(本件商標と引用商標1及び2の類似性に関する判断の誤り)について
(1) 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
 そして,商標は,その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから,みだりに,商標構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定することは許されないが,他方,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においては,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は,常に必ずしもその構成部分全体の名称によって称呼,観念されず,その一部だけによって簡略に称呼,観念され,1個の商標から2個以上の称呼,観念が生ずることがあるのは,経験則の教えるところである。
 そしてこの場合,一つの称呼,観念が他人の商標の称呼,観念と同一又は類似であるとはいえないとしても,他の称呼,観念が他人のそれと類似するときは,両商標はなお類似するものと解するのが相当である(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁参照)。また,外観についてもその一部が他人のそれと類似することによって,両商標が類似すると解することができる場合がある。』


『(2) 本件商標の内容
ア本件商標は,前記のとおり,上段に,「トリートメントチャージ」と間隔を空けずに同一書体かつ同一の大きさで表記し,下段に,「TREATMENT CHARGE」と間隔を空けて同一書体かつ同一の大きさで表記したものである。
・・・
d 以上によると,「チャージ」は,日本語としても広く用いられている言葉で,本件商標の指定商品である「化粧品,せっけん類」に関しては,「補給する」,「蓄える」などといった意味の言葉として用いられることがあるものと認められる。
「チャージ」は,「CHARGE」に由来する外来語であるから,「CHARGE」の語義も,上記「チャージ」と同様のものであると認められる。
 そうすると,「チャージ」及び「CHARGE」は,本件商標の指定商品である「化粧品,せっけん類」に使用された場合には,特に識別力が高い言葉であるとまでいうことはできないものの,上記(ア)で述べた「トリートメント」及び「TREATMENT」よりは識別力が高いことは明らかである
・・・

ウ次に,本件商標が,「トリートメント」と「チャージ」,「TREATMENT」と「CHARGE」に分離して印象されるかどうかについて検討する。
・・・

(ウ) したがって,本件商標は,「トリートメント」と「チャージ」,「TREATMENT」と「CHARGE」に分離して印象されるものであって,全体を一連,一体の商標として把握することができるというものではない。』


『(4) 本件商標と引用商標1及び2の類否
ア 以上の(2)及び(3)で述べたところに照らして,本件商標と引用商標1及び2とを対比すると,本件商標と引用商標1及び2とは,外観において「チャージ」及び「CHARGE」又は「Charge」の文字を含む点が共通しており,称呼においても「チャージ」の称呼を生ずる点が共通している。また観念においても前記(2)イ(イ)認定の観念が生ずる点が共通しているということができる。
 このように,本件商標は,外観,呼称及び観念において引用商標1及び2と共通しているのであるから,本件商標は引用商標1及び2と類似するものと認められる。』

ロゴマークに相当する構成態様の評価

2008-06-01 11:00:20 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10402
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

『ウ共通点及び差異点の評価
 審決は,上記ア,イの共通点及び差異点の認定を前提として,本件意匠と引用意匠1は,基本的構成態様において相違するとともに,各部の具体的構成態様における差異点が相俟って異なった意匠的効果があり,差異点が共通点を凌駕して,意匠全体として異なる美感を起こさせるものであると評価したものである

 しかるところ,当該評価においては,
 差異点のうち,・・・点が,3辺枠か4辺枠かという両意匠の基本的構成態様に係り,かつ,大きな割合を占める底辺部全体の構成態様における差異であって,看者の注意を引くものであると判断され,
 他方,本件意匠と引用意匠1に共通する構成態様である,・・・構成態様(以下「5本の略帯状部に係る構成態様」という。)は公知意匠(7)~(13)により,ぞれぞれ引用意匠1の公知日以前から広く知られた構成態様であり,新規な創作性があるものではないから,格別看者の注意を引くものではないと判断されている。

・・・

(3) ところで,意匠法にいう「意匠」とは,物品(物品の部分を含む。)の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものをいうのであり(意匠法2条1項),同法3条1項3号が,同項1,2号の意匠(公知意匠)と並んで,これに類似する意匠についても意匠登録を受けることができない旨規定しているのは,公知意匠に係る物品と同一又は類似の物品につき,公知意匠に類似する美感を起こさせるような意匠については,独占的実施権である意匠権を付与するに値しないと考えられるからであり,意匠権の効力が,登録意匠に類似する意匠,すなわち,登録意匠に係る物品と同一又は類似の物品につき,登録意匠と類似の美感を起こさせる意匠について及ぶものとされている(同法23条)ことと裏腹の関係にあるものである。

 したがって,同法3条1項3号に係る意匠の類否判断とは,同号該当の有無が問題とされている意匠と公知意匠のそれぞれから生ずる美感の類否についての判断をいうものであり,その判断は,意匠に係る物品の全体(部分意匠については当該部分の全体)に係る構成態様及び各部の構成態様について認定した共通点及び差異点を,それらが類否判断に与える影響を各々評価した上で,それらを総合して行うべきものである。
 そして,その場合に,共通点又は差異点の認定に係る構成態様がよく知られたものであるときは,そのような構成態様は通常ありふれたものであるから,一般に看者の注意を引き難くなり,そのような構成態様に係る共通点又は差異点が類否判断に及ぼす影響も相対的に小さいことが多く,したがって,両意匠の共通点をなす構成態様がよく知られたものであるときは,当該共通点によって両意匠が類似と判断される度合いは低くなることが多いということはできる

 しかしながら,ある物品に係る特定の製造販売者が,その製造販売に係る当該物品の特定の部位に,特定の構成態様からなる意匠を施し,そのような意匠が施された物品が,当該特定の製造販売者の製造販売に係る商品として,長年にわたり,多量に市場に流通してきたため,当該意匠の態様が,その製造販売者を表示するいわばロゴマークに相当するものとして,需要者に広く知られるに至ったような場合においては,当該物品に関する限り,そのような意匠の態様は,広く知られているからといって,看者の注意を引き難くなるものではなく,むしろ,広く知られているために,かえって,その注意を引くものであることは明らかであり,そうであれば,そのような構成態様が共通する場合においては,その共通点が意匠の類否判断に及ぼす影響は,相対的に大きいものとなるというべきである

 しかるところ,上記(2)の認定事実に,甲第4~第6,第15,第16,第18号証及び弁論の全趣旨を総合すれば,5本の略帯状部に係る構成態様は,原告がその製造販売する運動靴(スニーカー)の側面に施してきたものであって,かかる意匠を施した運動靴が,原告の製造販売する商品として,長年にわたり,多量に市場に流通してきたために,本件意匠の登録出願日前までに,かかる5本の略帯状部に係る構成態様は,原告を表示するいわばロゴマークに相当するものとして,需要者に広く知られるに至っていたものと認めることができる。そして,略変形台形状の外周形状について必ずしも明確に認識することのできない公知意匠(10)の1例が存在するのみでは,かかる認定を覆すに足りず,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

 そうすると,5本の略帯状部に係る構成態様が,広く知られているものであるゆえに格別看者の注意を引くものでないとした審決の評価は誤りといわざるを得ず,かかる構成態様は逆に看者の注意を引くものというべきである

・・・

 そうすると,その余の差異点も含め,本件意匠と引用意匠1との差異点は,上記のとおり,両意匠の最も特徴的な部分であり,看者の注意を強く引くものであると認められる,略変形台形状の外周形状枠内を5等分して,メッシュ地よりなる同幅の略帯状凹部を5本形成し,その各略帯状凹部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させた構成態様における共通点を凌駕するものとはいえず,両意匠が意匠全体として異なる美感を起こさせるものと認めることはできないから,両意匠は類似すると認めるのが相当である。』

29条の発明の要旨の認定手法の参考事例

2008-06-01 10:10:42 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10319
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年05月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『イ 既に検討したとおり,本件発明1は,その特許請求の範囲に記載されたように①シリコンアルコキシド,②非水溶媒,③多孔質シリカ微粉末とを含有する低屈折率膜形成用塗料であるところ,これにより形成される膜自体の屈折率は規定されておらず,③の多孔質シリカの平均粒子系径及び屈折率によって規定されている。

 そして,この多孔質シリカの屈折率(1.2~1.4)の点についての本件明細書の記載をみると,まず「シリカの屈折率は1.46」(段落【0011】)とあるのは上記シリカの屈折率はシリカ一般の屈折率にすぎないところ,本件発明1の多孔質シリカ微粉末の屈折率「1.2~1.4」はこれよりも低い数値である。そしてその屈折率の数値については,段落【0011】,【0012】にこの屈折率の多孔質シリカ微粉末を用いるとの記載はあるものの,上記で該当段落を摘示したとおり,その屈折率の多孔質シリカ微粉末を用いると記載されているだけで,その屈折率に関する技術的ないし臨界的意義に関しては何らの記載もない
 加えて,本件明細書に記載された実施例1~3のうち,多孔質シリカ微粉末の屈折率についての記載があるのは実施例2(段落【0043】~【0048】。そのうち実施例2に用いた低屈折率膜形成用塗料の作製に関する記載は段落【0043】)のみであるところ,そこにも「屈折率1.25の多孔質シリカを得た。」(段落【0043】)との記載があるだけである。この屈折率1.25の多孔質シリカを得るに当たっては,低屈折率膜形成用塗料の原料として段落【0040】にあげられたテトラメトキシシランとメタノールを用いて多孔質シリカを得たとされているものの,「この多孔質シリカ/バインダーの量比を変化させて反射防止膜を作製し,その時の屈折率と多孔質シリカ濃度との関係から,多孔質シリカ100%の値を外挿し,屈折率が1.25の多孔質シリカを得た。」とするのみで,具体的に屈折率が1.2~1.4の多孔質シリカ微粉末を用いることに関する記載はない
 なお,「帯電防止・高屈折率膜は,n=1.6~2.0…上記の帯電防止・高屈折率膜の上に屈折率差0.1以上」(段落【0031】~【0032】)という数値についての記載,及び低屈折率膜につき帯電防止・高屈折率膜との屈折率との差を0.1以上とすることの記載はあるものの,多孔質シリカ微粉末の屈折率との関係についての記載はない。

 そうすると,本件発明1の低屈折率膜形成用塗料は,所定成分を配合することにより低屈折率の塗膜を形成できるものであって,分散含有される多孔質シリカ微粉末については,シリカゾルから形成される従来のシリカ(屈折率1.46)よりも低い屈折率物質であることを特定したものであると解されるにとどまるというべきである。』

『イ 上記甲1の【0198】~【0207】には,屈折率の異なる2種類の粒子を混合し,その混合比を変えて屈折率が異なる2層の膜をガラス基板上に形成した実施例が記載されている。具体的には,・・・である。
 これらの記載によれば,甲1には,低屈折率の粒子を混合することによって,シリカ(SiO2)単独の膜よりも低屈折率の膜を形成する手段が開示されているといえる。
 そして,上記低屈折率膜を形成するMgF2粒子の屈折率1.38は,本件発明1の多孔質シリカ微粉末の屈折率(1.2~1.4)の範囲内の数値である。

(6) そうすると,甲1発明の低屈折率膜形成用塗料において,低屈折率膜を形成する手段として多孔質シリカ微粉末をシリカよりも低屈折率のものとすることは当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到し得る事項であり,上記(4),(5)のように多孔質シリカは中実(孔のない)のシリカよりも屈折率が小さいこと,(中実の)シリカの屈折率が1.46であることを考慮すれば,甲1発明の多孔質シリカ微粉末の屈折率を,「1.46」より低い数値範囲の「1.2~1.4」とすることに格別の困難性は認められないというべきである。

 さらに多孔質シリカ微粉末を分散含有したことによる本件発明1の効果については,本件明細書(甲24)に「この塗料中に多孔質シリカ微粉末を分散含有させるので,十分に反射防止機能を有する低屈折率膜を製造でき,これを用いて帯電防止・反射防止膜の反射防止機能を向上させることができる。」(段落【0054)】)と記載されているとおり,低屈折率膜の形成により反射防止効果を向上させるという,低屈折率膜から予想できる程度の効果にすぎず,格別顕著なものとは認められない。

(9) 被告の主張に対する補足的判断
ア 被告は,本件発明1と甲1発明とは反射防止原理が異なると主張する
 しかし,本件発明1は,低屈折率膜形成用塗料の発明であり,相違点(b)の多孔質シリカ微粉末を分散含有させる目的は,低屈折率のシリカ膜を形成する塗料を提供することにある(本件明細書の段落【0005】)。

 被告が主張する反射防止原理は,本件明細書の段落【0032】記載のように,帯電防止・高屈折率膜の上に低屈折率膜を形成して反射防止する場合を前提としており,本件発明1は第二層目の低屈折率膜形成用塗料に関する発明であり,被告主張の積層構造は本件発明1の塗料の用途における適用例にすぎない

 したがって,反射防止原理の違いは上記認定を左右するものではない。

イ また被告は,甲5は膜そのものを多孔質としたことに関する文献であり,膜中に微粒子を含有させることを特徴とする本件発明1とは思想及び構成が異なると主張する。
 しかし,甲5には多孔質化による物質密度の低下にともない,物質の屈折率が小さくなることが記載されており,そのような多孔質と屈折率との関係については,物質が膜形状であっても分散含有させる粒子形状であっても異なるところはないから,被告の上記主張は採用することができない。』