知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許請求の範囲の明確性を欠く用語の解釈の事例

2008-06-15 11:31:39 | 特許法17条の2
事件番号 平成19(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)について
(1) 本件補正は,特許請求の範囲の請求項1について,補正前の「それら(判決注:支持部材に属する「天井部,対向側面及び前面」)が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との記載を,「それら(判決注:上記補正前の記載と同じ。)が骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載にする補正を含むものである

 しかるところ,審決は,上記部分の補正につき,「支持部材により力を集中させる対象として,仙骨の『上方部分』と『上部分』が並列的に記載されているのであるから,『上部分』が仙骨上の何れかの部分を意味するとしても『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえず,また,『上部分』が仙骨の上下方向の中央よりも上の部分を意味するとしても『上方部分』がそれと同じ部分を意味すると考えるのは不自然であるから,やはり『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえない。」と判断した。
 すなわち,審決は,「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上」との記載を,骨盤内の腰骨稜間にあり,かつ,仙骨上ではない仙骨よりも上方の部分(例として,骨盤内の腰骨稜間に存在する腰椎脊椎骨を挙げている。)を意味するものと捉え,このことを前提として,本件補正が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当せず,かつ,その余の補正の目的に当たるものでもないと判断したものである

(2) そこで,検討するに,一般に「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分という意味で普通に用いられることは確かである。しかし,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央より上の部分という意味で用いられることも頻繁にあり,上記「仙骨の上方部分」との文言のみでは,そのいずれを意味するのか,一義的に明らかではないといわざるを得ない
 もっとも,この点につき,審決は,上記部分の補正において,「上方部分」との文言と「上部分」との文言が並列的に記載されており,このうち「上部分」との文言が,「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば,「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,このことを,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であると解する根拠としている。

 しかしながら,上記部分の補正に係る,「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は,「上方部分」に付加された「上」との文言と「上部分」に付加された「に沿って」との文言とが対応して用いられていると考えられるから,「『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上部分に沿って力を集中させる』」という趣旨であると考えることができ,そうであれば, 「上方部分」及び「上部分」が,それ自体は同じ部分(仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)を意味するとしても,力を集中させる対象である部位としては,前者は,仙骨自体を,後者は,仙骨の近傍をそれぞれ意味するものと理解することができるから,上記両表現が意味するところは異なることとなって,格別不自然ということはできない(なお,原告は,「上部分」が「上方部分」の誤記であると主張するところ,そうであれば,このことはより明確であるが,仮に,「上部分」が「上方部分」の誤記であるとは認められないとしても,上記のように考えることの妨げとはならない。)。
したがって,「上部分」との文言が,「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば,「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であるとする審決の判断は,直ちに是認できるものではない

(3) そこで,発明の詳細な説明の記載を参酌するに,・・・
 ・・・
 そうすると,かかる発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,請求項1についての上記(2)の部分の補正に係る「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は,
「『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方領域(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の上記仙骨の上方領域に沿って力を集中させる』」という趣旨であるものと,
 すなわち,「仙骨の上方部分」も仙骨の「上部分」も,ともに仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分を意味するものと理解されることは明らかである

 他方,上記部分の補正に係る補正前の記載は,「それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」というものであり,この記載も同様に,「『それらが仙骨上に力を集中させる』又は『それらが仙骨に沿って力を集中させる』」との趣旨であると考えることができるから,補正後の記載は,力を集中させる部位を,「仙骨上」から「仙骨の上方部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)上」に,又は「仙骨に沿った」部位から「仙骨の上部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に沿った」部位に,それぞれ限定したものであり,したがって,この部分の補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものというべきである。

 そうすると,審決が,上記「上方部分」が,仙骨上ではない,それよりも上方の部分を意味すると解し,これを前提として,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しないと判断したことは,誤りであって,本件補正は,審決の示した理由によっては,これを却下することはできないものといわざるを得ない。』

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