知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

人の精神活動等が含まれる発明の成立性の判断

2008-06-29 17:07:48 | 特許法29条柱書
事件番号 平成19(行ケ)10369
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『第5 当裁判所の判断
・・・
ウ ところで,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり(特許法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである
 したがって,人の精神活動それ自体は,「発明」ではなく,特許の対象とならないといえる。しかしながら,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,「発明」に当たらないということもできない。けだし,どのような技術的手段であっても,人により生み出され,精神活動を含む人の活動に役立ち,これを助け,又はこれに置き換わる手段を提供するものであり,人の活動と必ず何らかの関連性を有するからである。

 そうすると,請求項に何らかの技術的手段が提示されているとしても,請求項に記載された内容を全体として考察した結果,発明の本質が,精神活動それ自体に向けられている場合は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当するとはいえない。他方,人の精神活動による行為が含まれている,又は精神活動に関連する場合であっても,発明の本質が,人の精神活動を支援する,又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は,「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではないということができる

エ これを本願発明1について検討するに,請求項1における「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」という記載だけでは,どの範囲でコンピュータに基づくものなのか特定することができず,また,「システム」という言葉の本来の意味から見ても,必ずしも,その要素として人が排除されるというものではないことから,上記「判定する手段」,「策定する手段」には,人による行為,精神活動が含まれると解することができる。さらに,そもそも,最終的に,「要求される歯科修復を判定」し,「治療計画を策定」するのは人であるから,本願発明1は,少なくとも人の精神活動に関連するものであるということができる

 しかし,上記ウのとおり,請求項に記載された内容につき,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,特許の対象から排除されるものではないから,さらに,本願発明1の本質について検討することになる

(ア) 本願発明の明細書には,次の記載がある。
・・・
(イ) 以上の記載を参酌すると,本願発明は,・・・,近年,新しい材料及び技術が開発され,処置の選択が劇的に増大した結果,歯科医師が個々のケースについて最適の材料及び治療方法を選択するための情報が過多となったという課題認識の下,歯科医師と歯科技工士が歯科治療計画及び最適な修復歯科治療計画を作成し,最適な材料を使用することを支援する方法及びシステムを提供するものであり,従来歯科医師や歯科技工士が行っていた行為の一部を支援する手段を提供するものであることが理解できる。

 そして,データベースには,歯科補綴材の材料,処理方法及びプレパラートに関する情報が蓄積され,ネットワークサーバには,歯科補綴材の材料や処理方法についてデータベースを照会することを可能にするプログラムが備えられ,診療室又は歯科技工室には,人間が読み取れる形式で表示する端末が置かれ,コンピュータを使用して歯科補綴材の材料若しくは処理方法を確認,確立,修正又は評価し,この照会に対するデータベースからの回答を受信するように構成されている。さらに,歯及び歯のプレパラートのカラー画像を分析する手段を有し,歯科補綴材の色を患者の歯に最も近く整合させるために必要なデジタル画像を表示できるようにされている。


(ウ) 本願発明の明細書には,「発明の詳細」として,更に次の記載等がある。
・・・

(エ) 以上のうち,・・・の記載によれば,初期治療計画は歯等のデジタル画像を含むものであり,そのデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料,処理方法,加工デザイン等が選択され,その選択に必要なデータはデータベースに蓄積されており,策定された初期治療計画はネットワークを介して診療室と歯科技工室とで通信されるものと理解することができる。そして,画像の取得,選択,材料等の選択には歯科医師の行為が必要になると考えられるが,これらはネットワークに接続された画像の表示のできる端末により行うものと理解できる。

 また,・・・の記載によれば,本願発明は,スキャナを備え,歯又は歯のプレパラートをスキャンしてデータを入力し,データベースに蓄積されている仕様と比較することによって,治療計画の修正が必要かどうかが確認できるものであることが理解できる。もっとも,実際の確認の作業は,人が行うものと考えられる。

カ 以上によれば,請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には,人の行為により実現される要素が含まれ,また,本願発明1を実施するためには,評価,判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの
 明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと,本願発明1は,精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く,全体としてみると,むしろ,「データベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」,「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え,コンピュータに基づいて機能する,歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる

キ したがって,本願発明1は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ,本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。』


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