知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

手続違背とされた事例

2008-06-20 05:45:17 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10244
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第3 審決取消事由の要点
・・・
取消事由1(手続違背)
(1)ア 特許庁審査官(・・・)は,原告に対し,平成14年9月27日付け拒絶理由通知書(・・・)をもって,本願に係る拒絶理由を通知した(・・・)ところ,本件拒絶理由通知書の記載(「・・・」)に照らせば,本願に係る拒絶理由は,本願発明が引用発明と同一であり,新規性を欠くことを理由としたものといえる
・・・
オところが,特許庁審判合議体(以下,単に「審判合議体」という。)は,新たに拒絶理由を通知することなく,平成19年2月27日,前記第2,3のとおり,本願発明と引用発明との相違点を認定した上,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨の審決をした。』


『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(手続違背)について
・・・
(2) 審決は,前記第2,3のとおり,本願発明と引用発明との相違点を「・・・。」と認定した上,本願発明の相違点に係る構成のうち,「・・・」は「本願前周知のこと」であり,「当業者が適宜選択し,採用し得ることである。」などとして,「本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断し,引用発明及び周知技術を根拠に,本願発明が特許法29条2項の規定に該当することを,本件拒絶査定不服審判請求不成立の理由としたものである

(3)ア 特許法159条2項は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には同法50条の規定を準用するものと定めている。

 これを本件についてみると,前記のとおり,審決は,本願発明は引用発明及び周知技術から容易に想到することができたものであり,特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審査段階において上記理由が通知されていることが必要となり,これを欠くときは改めて拒絶理由を通知しなければならないこととなる。
 そこで,この点について検討すると,前記(1)イによれば,本件拒絶理由通知書には,引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項に該当する旨の記載があり,また,同(1)エによれば,本件拒絶査定においては,本件拒絶理由通知書に記載した上記理由により特許法29条2項に該当するとしたものであるから,以上によれば,結局,審決前に告知された具体的な拒絶理由は引用例の指摘だけであり,その余は特許法29条2項の条文を摘示したに止まるものといわざるを得ない

 ところで,特許法50条が拒絶の理由を通知すべきものと定めている趣旨は,通知後に特許出願人に意見書提出の機会を保障していることをも併せ鑑みると,拒絶理由を明確化するとともに,これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものと解するのが相当であり,このような趣旨からすると,通知すべき理由の程度は,原則として,特許出願人において,出願に係る発明に即して,拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要というべきである

 これを特許法29条2項の場合についてみると,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,原則として,出願に係る発明と対比する引用発明の内容,対比判断の結果である一致点及び相違点,相違点に係る出願発明の構成が容易に想到し得るとする根拠について具体的に記載することが要請されているものというべきである。

 これを本件についてみると,前記のとおり,本件においては,引用例の指摘こそあるものの,一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての具体的言及は全くないのであるから,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしているものとは到底いえないものといわざるを得ない。

イ 進んで,上記特段の事情の存否について検討するに,被告は,原告は引用例を熟知していたのであるから,本件拒絶理由通知を受けた原告としては,当然,本願当初発明と引用発明との間に相違する事項が存在すること及びその内容を正確に理解し,また,『本願当初発明には,引用発明と相違する事項はあるが,その相違点は容易である』と審査官が判断していることを理解していたといえる。」,「原告は,審査官及び審判合議体が,理由4により本願を拒絶すべきものとしていることを十分に理解し,認識していたといえる。」などと主張する

 確かに,上記(1)ウ及びオの本件意見書及び審判請求の理由の各記載によれば,原告は,引用例の技術内容を熟知しており,本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に審決が認定したのと同一の相違点が存在することを認識していたものと認められるし,本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定に拒絶の理由として理由4(進歩性の欠如)が記載されていたのであるから,その具体的理由は不明であるものの,審査官が,当該相違点に係る構成について当業者が容易に想到し得るものと判断したこと自体は理解することができたものと推認することができ,そうであるとすれば,この限度で拒絶理由通知を不要とする特段の事情があったものと一応いうことができる。

しかしながら,上記のとおり,本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定には,当業者が,引用発明との相違点に係る本願当初発明又は本願発明の構成を容易に想到し得たとする具体的理由については,それが周知技術を根拠とする点も含めて全く述べられていない上,当該容易想到性の存在が当業者にとって根拠を示すまでもなく自明であるものと認めるに足りる証拠もないから,原告において,本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に相違点が存在することを認識し,かつ,審査官が当該相違点の構成について当業者が容易に想到し得るものと判断していることを理解することができたからといって,そのことをもって,原告が,本願当初発明又は本願発明が引用発明を根拠に特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由の通知を受けたものと評価することはできない

そして,審査官において,原告は引用発明を熟知しており,本願発明との相違点も理解し得たはずであるとの認識であったとするならば,本願発明の相違点に係る構成の容易想到性こそが最も重要な論点であり,原告においてもその具体的根拠を知りたいと考えるであろうことは明らかであるから,何よりもこの点について審査官の考え方を根拠と共に示して原告の意見を聴取することが重要であったはずであるのに,審査官は,この点に関する具体的見解及びその根拠を何ら示していないことは前示のとおりである。』