事件番号 平成20(行ケ)10065
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘
2 取消事由1(新規事項の追加に当たらないとした判断の誤り)について
原告は,請求項に「ただし,…を除く。」といった消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)が記載された本件補正は,法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内」における補正ということはできない旨主張するので,以下検討する。
(1) 「除くクレーム」と法17条の2第3項との関係
ア 法17条の2は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の補正に関する法文であり,その第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と定めているところ,本件補正は前記のような「除くクレーム」の形でなされているものの,法17条の2にいう補正であることに変わりはないから,その適否を判断する基準となるのは,上記法17条の2である。
ところで,特許権は発明について最初に出願した者に付与される(先願主義,法39条)のであるから,出願人が一旦なした不完全な内容の特許出願に対しその後その内容の補正を認める事実上の必要が生じたとしても,補正することができる物的範囲は上記先願主義との関係で自ら限界があり,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するため,これを法は,上記のとおり,「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と規定したものである。
そして,「明細書等に記載した事項の範囲内」か否かは,上記のような法の趣旨からすると,「明細書等に記載した事項」とは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる技術的事項のことであり,補正が,上記のようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書等に記載した事項の範囲内」であると解されることになる。
したがって,本件のように特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合,付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは,「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになる。
また,上記にいう「除くクレーム」を内容とする補正は,特許請求の範囲を減縮するという観点からみると差異はないから,先願たる第三者出願に係る発明に本願に係る発明の一部が重なる場合(法29条1項3号,29条の2違反)のみならず,本件のように同一人によりA出願とB出願とがなされ,その内容の一部に重複部分があるため法39条により両出願のいずれかの請求項を減縮する必要がある場合にも,そのまま妥当すると解される。
イ 特許庁審査官が審査する際の審査基準は,上記にいう「除くクレーム」について,下記のように定めている(甲27)が,その趣旨は基本的に上記アと同一と考えられる(ただし,本文7行目「例外的に」とする部分を除く)。
記
「(4) 除くクレーム
・・・。」
ウ (ア) 以上に対し原告は,特許庁の審査基準を挙げつつ,いわゆる「除くクレーム」による補正は,法にこれを許容する明文の規定が存しない以上,当初明細書に記載がない限り許されないと解すべきであるし,仮にこれを認めるとしても極めて限定的に解すべきである旨主張する。
しかし,上記のとおり,いわゆる「除くクレーム」による補正が許されるか否かは,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるか否かという問題であって,法の定めを超えた例外を許容するものではない。「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではないからである。
したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないというべきである。原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また原告は,知財高裁大合議判決のような法29条の2が問題とされた事案と異なり,出願人である被告自身が出願当初から先行技術との重複を知り又は知り得たような本件においては,いわゆる「除くクレーム」による補正により救済すべきでないと主張する。
しかし,前記のとおり,いわゆる「除くクレーム」による補正が許容されるのは,例外的な「救済」といった性格のものではなく,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるからである。
そうである以上,その際考慮されるべきは明細書の記載といった客観的な事情であるべきであって,出願人の認識ないしその可能性といった主観的事情により補正の可否が左右されるべきものではない。
また,同一出願人による同日出願の場合であっても,特許請求項の範囲の記載は,その後発見した公知文献や拒絶理由通知等により変化し得るものであるほか,特許請求の範囲に複数の請求項を記載する場合もあり,出願当初からそれらすべての場合を想定し,請求項の範囲の記載を重複しないようにすることは実際上困難である。さらに,法39条2項の適用があるのは必ずしも同一出願人同士の出願に限られないことや,法は29条の2と同法39条2項のいずれについても出願人の主観的事情を特許の要件とはしていないことを併せ考慮すると,法29条の2が適用される場合に比して,同一出願人間で同法39条2項の適用が問題となる場合にのみ,殊更に法17条の2第3項の要件を厳格に解釈すべき必然性を見出すことはできない。
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘
2 取消事由1(新規事項の追加に当たらないとした判断の誤り)について
原告は,請求項に「ただし,…を除く。」といった消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)が記載された本件補正は,法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内」における補正ということはできない旨主張するので,以下検討する。
(1) 「除くクレーム」と法17条の2第3項との関係
ア 法17条の2は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の補正に関する法文であり,その第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と定めているところ,本件補正は前記のような「除くクレーム」の形でなされているものの,法17条の2にいう補正であることに変わりはないから,その適否を判断する基準となるのは,上記法17条の2である。
ところで,特許権は発明について最初に出願した者に付与される(先願主義,法39条)のであるから,出願人が一旦なした不完全な内容の特許出願に対しその後その内容の補正を認める事実上の必要が生じたとしても,補正することができる物的範囲は上記先願主義との関係で自ら限界があり,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するため,これを法は,上記のとおり,「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と規定したものである。
そして,「明細書等に記載した事項の範囲内」か否かは,上記のような法の趣旨からすると,「明細書等に記載した事項」とは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる技術的事項のことであり,補正が,上記のようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書等に記載した事項の範囲内」であると解されることになる。
したがって,本件のように特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合,付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは,「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになる。
また,上記にいう「除くクレーム」を内容とする補正は,特許請求の範囲を減縮するという観点からみると差異はないから,先願たる第三者出願に係る発明に本願に係る発明の一部が重なる場合(法29条1項3号,29条の2違反)のみならず,本件のように同一人によりA出願とB出願とがなされ,その内容の一部に重複部分があるため法39条により両出願のいずれかの請求項を減縮する必要がある場合にも,そのまま妥当すると解される。
イ 特許庁審査官が審査する際の審査基準は,上記にいう「除くクレーム」について,下記のように定めている(甲27)が,その趣旨は基本的に上記アと同一と考えられる(ただし,本文7行目「例外的に」とする部分を除く)。
記
「(4) 除くクレーム
・・・。」
ウ (ア) 以上に対し原告は,特許庁の審査基準を挙げつつ,いわゆる「除くクレーム」による補正は,法にこれを許容する明文の規定が存しない以上,当初明細書に記載がない限り許されないと解すべきであるし,仮にこれを認めるとしても極めて限定的に解すべきである旨主張する。
しかし,上記のとおり,いわゆる「除くクレーム」による補正が許されるか否かは,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるか否かという問題であって,法の定めを超えた例外を許容するものではない。「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではないからである。
したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないというべきである。原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また原告は,知財高裁大合議判決のような法29条の2が問題とされた事案と異なり,出願人である被告自身が出願当初から先行技術との重複を知り又は知り得たような本件においては,いわゆる「除くクレーム」による補正により救済すべきでないと主張する。
しかし,前記のとおり,いわゆる「除くクレーム」による補正が許容されるのは,例外的な「救済」といった性格のものではなく,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるからである。
そうである以上,その際考慮されるべきは明細書の記載といった客観的な事情であるべきであって,出願人の認識ないしその可能性といった主観的事情により補正の可否が左右されるべきものではない。
また,同一出願人による同日出願の場合であっても,特許請求項の範囲の記載は,その後発見した公知文献や拒絶理由通知等により変化し得るものであるほか,特許請求の範囲に複数の請求項を記載する場合もあり,出願当初からそれらすべての場合を想定し,請求項の範囲の記載を重複しないようにすることは実際上困難である。さらに,法39条2項の適用があるのは必ずしも同一出願人同士の出願に限られないことや,法は29条の2と同法39条2項のいずれについても出願人の主観的事情を特許の要件とはしていないことを併せ考慮すると,法29条の2が適用される場合に比して,同一出願人間で同法39条2項の適用が問題となる場合にのみ,殊更に法17条の2第3項の要件を厳格に解釈すべき必然性を見出すことはできない。