徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

夏目漱石「草枕」の風景

2024-08-15 21:21:13 | 文芸
 だいぶ前から見たいと思ってはいたが、何分にも長尺なのでついつい先延ばしにしていた動画を今日やっと見た。それは令和4年度五高記念館文化講座における五高記念館の村田由美客員准教授による講座「夏目漱石『草枕』を読み解く」の録画映像である。
 「山路を登りながら、こう考えた。」この有名な冒頭からはじまる「草枕」は、いつからどのようにして小天温泉(現在の熊本県玉名市)が舞台と言われることになったのか。その漱石の旅の背景や、漱石にとってこの小説がどんな位置付けだったのかなどについて語っておられる。
 「草枕」の題材となった熊本市内から小天温泉までの通称「草枕の道」約16kmを家内と二人で歩いてからもう15年の歳月が流れた。その後も区間を限って歩いたことも何度かある。「草枕の道」を進みながら思うのは、見える風景が小説のどこかに書いてあったかなということだ。しかし、実際には「これだ!」という風景には出会わなかった。
 今回見た映像の中で、村田先生は極めて興味深い話をしておられる。たしかに漱石がこの「草枕の道」を歩いたであろうことを裏付ける絵画があるという。それは甲斐青萍という熊本の画家が描いた「金峰山遠望」という1枚の絵である。描かれたのは漱石が歩いた時期に近いという。


 「京町台から見た金峰山」というこの絵の金峰山の手前に描かれている一本松の山が「石神山」だという。そして「草枕」の第1章にはこんな描写がある。

--立ち上がる時に向うを見ると、路から左の方にバケツを伏せたような峰が聳えている。杉か檜か分からないが根元から頂までことごとく蒼黒い中に、山桜が薄赤くだんだらに棚引いて、続き目が確と見えぬくらい靄が濃い。少し手前に禿山が一つ、群をぬきんでて眉に逼まる。禿げた側面は巨人の斧で削り去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底に埋めている。天辺に一本見えるのは赤松だろう。--

 このことからも漱石がこの絵と同じような風景を見ながら歩いたことはほぼ間違いないという。

 僕はこの絵は初めて見たのだが、甲斐青萍が描いたポイント(金峰山町のどこか)に立って一度確認してみたい。絵が描かれた当時とはすっかり風景が変わっているとは思うが。