
ラフカディオ・ハーンは、民俗学的研究の中で、民族芸能も数多く収集しているが、今日はそれらの中で代表的な三つの芸能を掲載してみた。
♪ ライザ・ジェーン
1876年、ハーンはアメリカのシンシナティでジャーナリストとして新聞記事を書いていたが、ミシシッピー川やその支流の港湾労働者が歌っていた「ライザ・ジェーン(Liza Jane)」を採集した。この歌は南北戦争前から南部の黒人奴隷たちが歌っていた一節のフォークソングだった。他にも多くのフォークソングを収集している。
ハリー・ベラフォンテとグロリア・リンのデュエット
♪ 因幡大黒舞
明治24年(1891)の春、ラフカディオ・ハーンは、松江で最も信頼を寄せた西田千太郎とともに松江市南の「山の者」の部落を訪ねた時、「大黒舞」を見て、その民俗芸能としての価値を認識した。そしてその歌詞「俊德丸」「小栗判官」「八百屋お七」を採集し、「三つの俗謡」と題して発表している。
「大黒舞」は室町時代から江戸時代にかけて旅芸人たちが大黒天の祝舞として各地を門付けして巡り、その名残が各地に民俗芸能として残っているといわれる。音源も映像も残っていないので音楽的に近いと思われる隣の因幡国の「因幡大黒舞」を添付してみた。
立方:花童みこと・花童あやか
♪ 銚子大漁節
ハーン著「日本の古い歌(Old Japanese Songs)」の中には千葉県民謡の「銚子大漁節」の英訳が「SONG OF FISHERMAN」として紹介されている。しかし、ハーンは銚子を訪れた形跡はない。それではどうやって「銚子大漁節」を採集したのだろうかという疑問を銚子市観光商工課に問い合わせてみた。文化財担当者からの返事では、「ハーンが銚子に滞在した記録はない」というハーンの孫・小泉時氏の談話が残っているので間違いない。それではどうやって採集したかというと、明治33年にハーンが「日本の古い歌」に載せた大漁節は「十とせ」を欠いており、その2年前、明治31年に出版された大和田健樹著「日本歌謡類聚」に収録された大漁節も「十とせ」を欠いていることから、ハーンは「日本歌謡類聚」をもとに翻訳したのではないか、とのことだった。
立方:ザ・わらべ(くるみ・あやの)
地方:本條秀美社中/中村花誠と花と誠の会
地方:本條秀美社中/中村花誠と花と誠の会