
ところで「山鹿灯籠まつり」と聞くと、今日では頭上に金灯籠を戴く女性たちが踊る「山鹿灯籠踊り」をイメージする方が多いと思うが、実はそうなったのは昭和29年に「山鹿灯籠踊り」が生まれて以降のこと。それまでは、山鹿の町の衆が作った「寺社仏閣」「城郭」「屋敷」その他さまざまな物を模した紙細工の灯籠を「ハーイ、トウロウ」の掛け声とともに運び、大宮神社に奉納する「上がり灯籠」が目玉の行事だった。現在はすべて灯籠師と呼ばれる職人たちによって作られているが、昔は奉納する町の衆自らの手で作っていたという。灯籠を奉納する「山鹿灯籠まつり」とは別に、お盆には「盆踊り」も行われていたが、「山鹿灯籠踊り」として再構成され、当初は「山鹿盆踊り」という名称で行われていたという。

奉納される灯籠
▼「山鹿灯籠踊り」では次の三曲が踊られる。