徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

漱石「坊っちゃん」と邦楽

2022-03-05 19:07:11 | 音楽芸能
 熊本地震による災害復旧工事が進む夏目漱石内坪井旧居(熊本市中央区内坪井町)だが、当初予定の2年が過ぎた。再公開の日もそう遠くないと思われる。


夏目漱石内坪井旧居(熊本地震前)


 夏目漱石の作品には謡曲(能)や邦楽の曲名やその一節がよく登場する。漱石の芸能への造詣の深さをうかがい知ることができる。
 作品に登場する芸能を実際に見たり聞いたりしながらあらためて読み直すと、また一段と味わい深いものがある。

 例えば、「坊っちゃん」における「うらなり」の送別会のシーンを読んでみると

 向うの方で漢学のお爺さんが歯のない口を歪めて、そりゃ聞えません伝兵衛さん、お前とわたしのその中は……とまでは無事に済ましたが、それから? と芸者に聞いている。爺さんなんて物覚えのわるいものだ。一人が博物を捕らまえて近頃こないなのが、でけましたぜ、弾いてみまほうか。よう聞いて、いなはれや――花月巻、白いリボンのハイカラ頭、乗るは自転車、弾くはヴァイオリン、半可の英語でぺらぺらと、I am glad to see you と唄うと、博物はなるほど面白い、英語入りだねと感心している。


上の赤字部分が「さのさ」の一節


 山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが剣舞をやるから、三味線を弾けと号令を下した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステッキを持って来て、踏破千山万岳烟(ふみやぶるせんざんばんがくのけむり)と真中へ出て独りで隠し芸を演じている。


「踏破千山万岳烟」の吟詠は「児島高徳 桜樹に書するの図に題す」の冒頭


ところへ野だがすでに紀伊の国を済まして、かっぽれを済まして、棚の達磨さんを済して丸裸の越中褌一つになって、棕梠箒を小脇に抱い込んで、日清談判破裂して……と座敷中練りあるき出した。


﨑秀五郎さんによる「紀伊の国」


舞踊団花童による「かっぽれ」


舞踊団花童による「棚の達磨さん」