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参加者は、スピーチしたり、折り鶴を碑にかけたり、ハーモニカで懐かしい音楽を奏でたり、記念撮影したりして思いを表しました。

2024-01-29 12:22:59 | しらなかった

2024年1月29日(月)

朝鮮人追悼碑撤去に反対

群馬県立公園 守る会会員らが集う

写真

(写真)「追悼碑」を守りたいと集まった人たち=28日、群馬県高崎市

 「きょうは抗議集会ということでなく、撤去される前に最後の追悼をするために来ました」―。朝鮮人追悼碑が建てられている群馬県立公園・群馬の森(高崎市)に28日午前、撤去に反対する「『記憶 反省 そして友好』の追悼碑を守る会」の会員らが集いました。同日午後5時半から公園が一時閉鎖され、碑が撤去されるのを前にした行動です。

 参加者は、スピーチしたり、折り鶴を碑にかけたり、ハーモニカで懐かしい音楽を奏でたり、記念撮影したりして思いを表しました。

 追悼碑には大きく「記憶 反省 そして友好」と書かれ、戦前日本が朝鮮半島を植民地支配し、多くの朝鮮人が「政府の労務動員計画」によって全国の鉱山や軍需工場に動員され少なくない人が亡くなった歴史の事実を深く記憶にとどめ、心から反省し、二度と過ちを繰り返さないと表明しています。

 「追悼碑の設置は県議会と市民の合意で決まったこと。撤去は本当に残念で、心が張り裂けそうです」と「守る会」共同代表の川口正昭さんは話します。

 同じく共同代表の宮川邦雄さんは「ここに来るのに震えが止まらなかった」と心境を吐露。藤井保仁事務局長は、碑にはめ込まれた文字やイラストが記された三つのプレートは県が会に引き渡しを認めたと報告し、今後も活動を続ける決意を表明。隣接する玉村町の石川眞男町長も参加し、「追悼碑は何もおかしいことを書いていない。道理のない理由で撤去はおかしい」と憤りました。

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韓国の出生児数は2015年以降、毎年1万~3万人ずつ減り、わずか8年で半数になったと推測される。昨年の出生児数は23万人を下回ったとみられる。

2024-01-29 11:57:56 | しらなかった
 

韓国の出生児数、わずか8年で「半数」に

登録:2024-01-29 00:35 修正:2024-01-29 06:45
 
 
ゲッティイメージバンク//ハンギョレ新聞社

 韓国の出生児数は2015年以降、毎年1万~3万人ずつ減り、わずか8年で半数になったと推測される。昨年の出生児数は23万人を下回ったとみられる。

 28日に統計庁国家統計ポータルの人口統計を確認すると、昨年1~11月の累計出生児数は21万3571人で、過去最低を記録した。そのため、昨年の年間の出生児数は23万人を超えていないと推定される。最近は各月の出生児数が2万人を下回っているうえ、例年、季節的に年末には出生児数が減るからだ。前年の2022年12月の出生児数は1万6896人だった。

 昨年の年間出生児数が23万人を下回れば、2022年の出生児数(24万9186人)と比べて2万人ほど減少することになる。実際の出生月とは多少の差がある「住民登録上の出生登録」統計も2022年は25万4628人だったが、昨年は23万5039人で約2万人減っている。

 そうなると、年間出生児数の大幅な減少は8年連続となる。出生児数は2016年(40万6243人)が前年(43万8420人)と比べて3万2177人減。さらに2017年は35万7771人で対前年比4万8472人と大きく減り、減少幅が最も大きかった。その後も2018年が3万949人、2019年が2万4146人、2020年が3万339人、2021年が1万1775人、2022年が1万1376人減少(いずれも対前年比)。毎年1万人から3万人減少し、わずか8年で事実上半数になったわけだ。年間出生児数が8年連続で減少したのも、1970年の統計開始以降初めて。

 出生児数が半数に減るまでの期間も大幅に短くなっている。1970~1971年には100万人を超えていた出生児数が半数の50万人ほど(2002年49万6911人)に減少するまでには30年あまりかかっていたが、それから25万人割れ(2015年24万9186人)までにかかった期間は13年。年間出生児数は2015年を基点として8年間も急激な減少が連続したことで、20万人割れも懸念される状況となっている。

アン・テホ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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