「明るい時代」という応答は5%にとどまった。戦争へと逆戻りしている時代

2019-04-30 09:16:39 | いったいどうしていたのか?

平成の30年…自信を失った日本“非寛容の社会”に変貌
登録:2019-04-29 22:21 修正:2019-04-30 07:05


明仁天皇の年号「平成」終了カウントダウン 
文具店では平成プリントファイルを販売 
スカイツリーで日章旗照明点灯など、各種行事 
 
日本人には戦後平和の時代だったが 
世界2位の経済大国から退いた国力衰退の時期 
自信喪失は社会の保守化につながり 
安倍政権長期執権の土壌として機能


          

明仁天皇の退位を翌日に控えた29日、東京の皇居周辺で警察が通行を統制している=東京/ロイター・聯合ニュース

 明仁天皇の在位期である平成(1989年1月8日~2019年4月30日)の終わりを翌日に控えた29日、東京台東区にある大型文具店シモジマに入ると、店舗の最前面に“平成”と大きく書かれた書類保管用ファイルが陳列されていた。ファイルの裏面には、この時期に起きた主要事件が年度別にぎっしり記されていた。NHK放送はこの日、明仁天皇の一代記を扱ったドキュメンタリー『天皇 運命の物語』を4編連続放映し、新聞も過去30年を回顧する特集記事を載せた。

 平成の最後の日である30日には、各種の記念行事が開かれる。高さ634メートルの東京の名物スカイツリーでは、午後10時から「ありがとう平成」という名前で日章旗形の光を電波塔に投影する行事を行う。池袋のサンシャインシティ60ビルディングの展望台では、年号が令和に変わる深夜12時に合わせてカウントダウン行事も準備されている。天皇の退位式は午後5時に東京の皇居で開かれる。

 日本人にとっての平成期は「複雑な時代」だった。「天地、内外ともに平和が達成される」という意味にふさわしく平和が続いたが、国力はピークを経過して衰退した。NHKが昨年9~11月に成人3554人を対象に実施したアンケート調査(複数応答許容)で、79%が平成期に対して「戦争がなく平和だった」と答えた。しかし「経済的に豊かだった」という答は40%に終わった。朝日新聞の昨年3~4月のアンケート調査でも「揺れ動いた時代」という応答が42%で最も多く、「低迷した時代」(29%)が後に続いた。「明るい時代」という応答は5%にとどまった。

          

29日、東京の台東区の文具店で「平成」年号を印刷した書類ファイルを販売している=チョ・ギウォン特派員//ハンギョレ新聞社

 ある50代の日本のジャーナリストは、ハンギョレにこの時期を「平和だったが幸せなことはなかった時代」と要約した。その前の裕仁天皇の昭和期には、戦争の痛みを体験したが、1945年の敗戦以後は高度経済成長がなされた。そのために、日本人は昭和期を希望にあふれた「肯定的時代」として記憶する。日本は、戦争を否定した平和憲法の下で経済発展に重点を置き、驚くべき成果を成し遂げた。敗戦からわずか23年後の1968年、日本は国内総生産(GDP)基準で米国に次ぐ世界2位の経済大国に躍進した。

 平成期に入り経済の矛盾が一気に爆発した。バブル崩壊直前の1989年12月29日、日経指数は3万8915まで沸き騰がったが、30年が経過した29日現在は2万2000台に留まっている。経済規模は2010年に中国に押されて3位に下がった。

 日本の企業家は、平成期の経済を「敗北」という一語で整理する。経済3団体の一つである経済同友会の代表幹事を務める小林喜光氏は、雑誌「文藝春秋」4月号「日本経済 平成は『敗北』の時代だった」という文を載せた。彼はこの文で、日本は次世代通信規格の5世代(5G)通信などで米・中国企業らに負けているとし、「基幹技術を米国、欧州、中国から持って来れなければ、産業と社会の立つ場所がなくなるだろう」と警告した。人口も少子化の影響で2008年に1億2808万人でピークに達した後、10年連続で減っている。この時期は、阪神大震災(1995)、オウム真理教事件(1995)、東日本大震災(2011)などの事件・事故が起きた時期でもあった。

 経済の不振が続き、日本社会は内向的に変わった。放送では、日本製品と文化の優秀性を強調する番組が流行している。ある30代の日本の会社員は「東日本大震災以後、ますます『日本はすごい』と褒め称える番組が増えた。以前は反対に海外旅行を扱った番組が多かった」と話した。

 こうした流れをリードしている人物が、2012年12月に再登場した安倍晋三首相だ。安倍首相は「日本を取り戻す」というスローガンを前面に出して再執権した後、日本のアイデンティティを強調する愛国主義教育を強化した。安倍政権に鋭い批判を向ける中野晃一上智大学教授は、ハンギョレとのインタビューで「日本の政治が過去の『利益(配分)』から『アイデンティティ』を強調する形に変わった」と診断した。それによって日本社会には『ヘイトスピーチ』に象徴される排外主義的ムードが拡散している。共同通信の先月の調査を見れば、日本人の57%が平成期を他者に対して「非寛容になった時代」と答えた。
東京/チョ・ギウォン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「企業職工基本養老保険基金の中央調整の割合を引き続き高めることに期待」が58.1%

2019-04-29 07:45:49 | 中国を知らなければ世界はわからない
中国の若者「老後」を語る 心配なのは親?それとも自分?
人民網日本語版 2019年03月15日10:46

「老後をいかに過ごすか」というのは、常に全国両会(全国人民代表大会・全国人民政治協商会議)における重要議題。国務院の李克強総理は今年の両会で政府活動報告を行った際に、「高齢者の生活を幸せなものにすれば、後に続く世代の人々も未来に期待を抱ける」とした。中国青年報が伝えた。

中国青年新聞社社会調査センターと問巻網(www.wenjuan.com)は、全国両会の開催期間中に、18歳から35歳の若者1876人を対象に、アンケート調査を実施した。

〇「90後」が最も関心を抱くのは「自分自身の老後」

回答した若者の89.3%は、老後問題について関心を抱いており、この割合は、2018年同期(87.9%)比1.4ポイント上昇した。そのうち、27.5%は、「非常に関心を抱いている」と答えた。

また回答した若者の78.8%が、「自分自身の老後を心配する」と答え、86.1%は「親の老後を心配する」と答えた。

クロス分析によると、「自分自身の老後を心配する」と答えた人の割合が最も高かったのは「90後(1990年代生まれ)」で80.6%、「80後(1980年代生まれ)」が80.0%でこれに続いた。「親の老後を心配する」人の割合が最も高かったのは「85後(1985-89年生まれ)」87.0%で、「90後」86.8%がこれに続いた。

老後をめぐる具体的な心配に関する質問には、「老人の面倒を見る時間や人手が足りない」と心配する若者が73.6%で最も多く、昨年の65.3%から大幅に増加した。

「『空の巣老人(子どもが巣立った後に残された高齢者)』に緊急の事態が生じた時、すぐに対応できない」とした若者は59.6%で、「経済面で高齢者を介護する経済的負担を今後支えられるか心配」と答えた人は52.6%にそれぞれ達した。

中国人民大学公共管理学院の董克用教授は、「今の若者が直面している問題は、おもに2つある。まず、兄弟姉妹の数が少ないため、親の面倒を見る場合、手助けできる人がいない。いわゆる『421家庭』モデルが、いま形成されている。つまり、一人っ子同士が結婚して子供を持つと、夫婦には1人の子供と4人の親がいることになり、さらにその上に祖父母までいる場合さえある。次に、若者自身の将来の老後資金の問題があり、早めに準備をしておく必要がある。現在のような高齢化が進む社会では、労働人口が減る一方で、定年退職する人の数が増加の一途を辿っている。働く世代が定年退職した人々の老後資金を負担するという現在の方式では、働く人々のプレッシャーがとても大きい」と分析した。

  〇「企業職工基本養老保険基金の中央調整の割合を引き続き高めることに期待」が58.1%

今年の両会の政府活動報告では、一連の高齢者関連対策・措置が打ち出された。このうち、若者が最も期待を抱いているのは、具体的にどのような政策なのだろうか?調査において、「企業職工基本養老保険基金の中央調整の割合を引き続き高めることに期待」と答えた若者は58.1%に達し、「養老保険の省級統一運営改革のスピーディな推進に期待」とした人は57.0%、「一部国有資本を社会保険基金に充当することを期待」は46.4%だった。

民間企業で働く「80後」の張厳輝さんは、山西省出身で、現在は西蔵(チベット)自治区の拉薩(ラサ)で働いている。そのため山西に帰省できるのは、せいぜい2、3カ月に1度という。一人っ子である張さんは、一人っ子を対象とした「実家に戻り親の面倒を見る」ための休暇に対して深い関心を抱いており、「できるだけ早急に全面的な実施を始め、若い人がこの休暇を確実に利用できる政策が整うことを期待している」と話した。

今回の調査に回答した若者の年齢別にみてみると、「00後(2000年以降生まれ)」が2.0%、「95後(1995年から2000年生まれ)」が8.5%、「90後」が38.0%、「85後(1985年から1990年生まれ)が32.8%、「80後」が18.7%。居住地別では、「一線都市」が25.6%、「二線都市」が46.5%、「三線・四線都市」が23.4%、「城鎮・県城(県政府所在地)」が3.9%、「農村」が0.6%だった。(編集KM)

「人民網日本語版」2019年3月15日
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

滅び行く都市を蘇らせたスペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館のように、大邱澗松美術館も沈滞に陥った大邱の都市ブランドを引き上げられると信じる

2019-04-28 10:57:10 | 韓国文化
澗松美術館、2022年に大邱へ
登録:2019-03-26 20:45 修正:2019-03-27 08:29


40億円投じ大邱澗松美術館を建設 
国宝・宝物など320点を常設展示

          

国宝135号に指定された申潤福の『風俗画帖』中の「溪邊佳話」=大邱市提供//ハンギョレ新聞社

 澗松(カンソン)美術館の所蔵美術品を、大邱(テグ)に移して展示する「大邱澗松美術館」が2021年末に完工する。

 大邱市は26日「大邱澗松美術館の設計を公募している。今年下半期に設計が終われば、来年に工事を始め、2021年末に完工する計画」と明らかにした。大邱澗松美術館は、大邱市寿城区(スソング)三徳洞(サムドクトン)の大邱美術館の隣に地下1階、地上3階、延床面積8300平方メートル規模で作られる。

          

          国宝270号「青磁母子猿形硯滴」=大邱市提供//ハンギョレ新聞社

 大邱市は2022年6月、大邱澗松美術館開館記念展示会で、国宝第70号で世界記録遺産の「訓民正音解例本」など澗松美術館の国宝級美術品を披露する計画だ。大邱澗松美術館の常設展示場は、開館展示が終わる2022年下半期に開場する。ここでは、澗松美術館の国宝12点中9点、宝物32点中14点など、320点余りを展示する予定だ。年間を通じて常設展示される美術品は、申潤福(シン・ユンボク)の『風俗画帖』(国宝135号)、金得臣(キム・トクシン)の『風俗図画帖』(宝物1987号)、鄭ソン(チョン・ソン)の『海嶽伝神帖』(宝物1949号)、『青磁麒麟形蓋香爐』(国宝65号)、『金銅三尊仏龕』(国宝73号)、『青磁母子猿形硯滴』(国宝270号)などだ。毎年2回、3カ月間の企画展示も開かれる。

 パン・イルソプ大邱市文化施設チーム長は「常設展示から抜けている申潤福の『美人図』など人気の美術品を企画展示では観覧できる」と話した。

          

          国宝73号『金銅三尊仏龕』=大邱市提供//ハンギョレ新聞社

 大邱市は、澗松美術館の所蔵品を移して大邱澗松美術館で展示する代わりに、澗松美術館に年間50億ウォン(約5億円)を支払い、運営を委託する予定だ。澗松美術館は、大邱で職員10人余りを採用し大邱澗松美術館の常設展示美術品の保管・管理・展示にあたる方針だ。

 キム・ホソプ大邱市文化体育観光局長は「滅び行く都市を蘇らせたスペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館のように、大邱澗松美術館も沈滞に陥った大邱の都市ブランドを引き上げられると信じる」と話した。1938年に澗松 全ヒョン弼(チョン・ヒョンピル 1906~1962)が建てたソウル市城北区(ソンブクク)城北洞の澗松美術館は、韓国初の私立美術館であり、国宝や宝物など美術品4千点余りが所蔵されている。
ク・テソン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「今日は空の星でも取ったかのようにわくわくする」

2019-04-27 11:00:02 | 国民の暮らし向上最優先!
市場化の風に乗って…平壌にタクシーやサービ車走る
登録:2019-04-25 08:46 修正:2019-04-26 08:25

私たちが知らなかった北朝鮮 10) 交通・運輸 

電車・バスよりはるかに高いタクシー 
2016年1500台から6000台に 
10~30人乗りの個人バスも盛業 
「資本主義的個人」の出現を予告 
 
遠距離交通網の中枢である列車は 
あまりにも遅く、商品も載せられない 
個人投資の長距離市外バス  
コンテナ車両に需要が殺到 
「交通『ブラウン運動』のように拡散」

          

昨年5月31日、ロシアのタス通信が撮影した平壌市内のタクシー=平壌/タス・聯合ニュース

 「人民が古い大衆交通手段に不便を感じている一方、街にはタクシーがだんだん増えるのを見るたびにいつも気が重かったが……」

 金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は昨年8月、平壌(ピョンヤン)無軌道電車工場やバス修理工場、松山(ソンサン)軌道電車事業所を現地指導する際、こう述べたという(「労働新聞」2018年8月4日付1、2面)。「労働新聞」が伝えた金委員長の発言は、異例といえるほど率直なものだ。

 国営の平壌無軌道電車料金は、北朝鮮の金で5ウォンだ。5ウォンは「道に捨ててもいいほどのはした金」だ(平壌出身の20代の脱北者)。一方、事実上私営のタクシーは、初乗り運賃が2ドルだ。500メートルごとに49セント(0.49ドル)が追加される。1ドルは公式の為替レートでは北朝鮮の金で100~110ウォン程度だが、市場の為替レートは8千ウォン前後だ。タクシーの初乗り運賃があれば、無軌道電車を3200回は乗ることができる。目眩がするほどの格差だ。金委員長が新しく作った軌道電車を見て、「今日は空の星でも取ったかのようにわくわくする」と述べたのも、そのためだ。

 金委員長の喜びをよそに、「友人たちは歩いて足が痛くなると、タクシーに乗った」と平壌出身の20代の脱北者は大したことでもないように振り返った。彼は平壌にいる時、携帯電話を3台所有し、商売でかなり稼いでいた頭のいい青年だ。しかし、北朝鮮の都市部以外に居住するほとんどの人民にとって、タクシーという乗り物は、自分たちと何の関係もない別世界の話だ。

 平壌の大衆交通需要は10路線78キロメートルに達する無軌道電車網を根幹に、軌道電車4路線(平壌駅から万景台、楽浪~紋繍、平壌駅~西平壌、松新~大同橋)、地下鉄2路線(千里馬線と革新線)、市内バス33~36路線が支えている。300万人を超える平壌市民の交通需要に応えるにはかなり不十分だ。このような国営交通手段は、料金は安いものの、「列がすごく長い。だから少し金がある人たちは個人バスに乗る」(平壌出身の20代の男性)。「サービ車」(サービス車の略語)または「稼ぎバス」と呼ばれる個人運営の10~30人乗り小型バスだ。通勤時間だけ、無軌道電車と同じコースを運行するが、料金ははるかに高い。機関や企業所の名前を借りてバスを運行する実所有者の一部は、運転手や車長を直接雇用し、ガソリン補充や修理も自分で行う。「中小資本家」に近い。北朝鮮で個人事業のために人を雇うのは不法である。にもかかわらず、ここ数年間、このような事例が増えている。

          

北朝鮮の金正恩国務委員長が平壌無軌道電車工場とバス修理工場を視察し、新型無軌道電車などを観察したと「朝鮮中央通信」が昨年8月4日付で報道した/朝鮮中央通信・聯合ニュース

 現在平壌では最大6千台前後のタクシーが運行されているものと推定される(キム・ヨンチョル統一部長官、3月26日の国会人事聴聞会での答弁)。2000年代後半、数十台から出発し、2016年3月に1500台(中国「新華網」)だったことに比べると、急激に増えている。「黎明」(内閣所属)や「KKG」(軍部所属)、「高麗航空」(高麗航空社運営)などのブランドをつけたタクシー会社が5~6社にのぼる。平壌のタクシーの運営主体は表向きには内閣や軍部、国営企業などだ。実際、自分の金でタクシーを買って会社所属に登録した後、直接運転して、納入金を除いた残りを稼ぐ個人もいるという。南側の「(車両)持ち込みタクシー」と類似している。

 北朝鮮は当初、自宅と職場の距離を最大限に狭める「職住近接」の原則によって空間を区分けし、社会を組織した。それだけに交通需要が少なかった。なお、鉄道を主軸にバスが補助する「主鉄縦道」の原則に基づき、交通政策を展開してきた。バスは当初30キロメートル以内の区間を運行していたが、1980年代以降、200~300キロメートル距離の都市間の運行も一部行うようになった。2010年代には平城(ピョンソン)~清津(チョンジン)間の700キロメートルの長距離路線を運行する市外バスも登場した。出入りが制限されている平壌の関門都市であり、流通の中心地である平城市の市外バスターミナルでは、全国主要都市を結ぶ50前後の路線が運営されている。事実上全国交通網であり、この市外バス路線の実際の運営者は、金持ちの個人だ。形式上、人民保安省傘下の「雲林運送合弁会社」も、平壌や新義州(シンウィジュ)、咸興(ハムン)など全国の主要都市をつなぐ長距離バス路線を運営しているが、国家の承認の下、北京運輸会社と北朝鮮の個人資本投資により設立・運営されている。

 「職住近接」と「主鉄縦道」という社会組織原理を根本から揺るがす力は、「苦難の行軍」時期の副産物である急速な市場化だ。遠距離交通網の核心である列車は、安価で大量運送が可能だが、致命的な弱点がある。列車は遅すぎる。清津のスナム市場では、平城の玉田市場まで10トンコンテナ車で物品を運ぶのに運送費が1000ドルもかかるにもかかわらず需要が集中するのもそのためだ。このような車も大概は個人が実際の所有者だが、名目上は機関に所属している。

 市場化は「家と職場だけを行き来していた人民の振り子運動式の交通需要を、四方八方に広げるブラウン運動に質的転換を起こした」(アン・ビョンミン交通研究院先任研究委員)。ブラウン運動は液体と機体の中の微小粒子の不規則運動で、煙や水に落としたインクの拡散を連想すればよい。何よりも、より早くどこでも行ける運送手段に対する需要の拡散は、北朝鮮ではなじみのない“時は金なり”という「資本主義的観念」の拡散とあいまっている。特に、タクシー利用者の出現と拡散は、「一心団結」を生命線としてきた集体社会である北朝鮮に、新主体すなわち“個人”の出現を予告する。
イ・ジェフン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/891236.html
韓国語原文入力:2019-04-24 19:22
訳H.J
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金委員長は「戦略的かつ伝統的な朝ロ親善関係を新たな世紀の要求に合わせて絶えず強化、発展させていく・・・

2019-04-26 07:03:53 | 朝鮮・ロシア首脳会談
金正恩氏 プーチン氏と「虚心坦懐に対話」

【ソウル聯合ニュース】ロシアを訪問している北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党委員長)は25日、極東ウラジオストクで開かれたプーチン大統領との首脳会談後の夕食会で、「プーチン大統領と朝ロ親善関係の発展、朝鮮半島と地域の平和・安全保障のための問題、そして共同の国際的問題について虚心坦懐(たんかい)に意味ある対話を交わした」と述べた。

金委員長はプーチン大統領と初の首脳会談を行った=25日、ウラジオストク(ロイター=聯合ニュース)

 金委員長は「戦略的かつ伝統的な朝ロ親善関係を新たな世紀の要求に合わせて絶えず強化、発展させていくことは私と共和国政府の確固不動の立場であり、戦略的方針だ」と強調した。

 ロシアとの関係について「両国の人民は過去の世紀の抗日大戦の共同闘争で、戦友の情で団結し、将兵たちは朝鮮の解放のために自身の血を惜しまずにささげた」と述べた。

 また「わが人民は年代と世紀が変わっても朝鮮解放の聖なる栄光のために高貴な生命をささげたロシア人民の息子・娘たちを永遠に忘れない」と述べた。

hjc@yna.co.kr
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする