[チョン・ウクシク・コラム]
2025年1月27日、韓国の女性兵士の訓練入所式=出典: 国防部ホームページ//ハンギョレ新聞社
同盟を相手に米国のトランプ政権が提示する無理な要求の中で、欠かせないのがまさに国防費増額だ。すでに北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対して、2035年までに国内総生産(GDP)の5%に防衛費を引き上げるという約束を取り付けたドナルド・トランプ政権は、アジアの同盟国に対しても同様の要求を突きつけている。これに対し、李在明(イ・ジェミョン)政権は、具体的な数値は明らかにしていないが、米国の要求を一部受け入れようとする動きを見せている。7月初旬に米国を訪問して帰ってきたウィ・ソンラク国家安保室長が「国際的な流れによって少し増やしていく方向で協議しているのは事実」だとし、「われわれの貢献が増えることもありうる」と述べたことからも、このような気流が読み取れる。
米国が具体的な数値まで提示しながら国防費引き上げを圧迫するのは、「主権の尊重」を基本とする国際ルールと合わない。限られた予算をどのように分配し、国防の需要に合わせて適正水準で国防費を策定するのは、主権国の固有の権利に当たるからだ。しかし、同盟であり拡大抑止を提供する米国の要求を切り捨てることも難しいのが現実だ。このため、国防費策定の均衡点を見出すことは、李在明政権と国会の最大の悩みの一つになるだろう。経済の環境からみれば、税収が大幅に増える可能性も低く、かといって大規模な増税を推進することもできないため、なおさらだ。
もう一つ考えなければならない問題は、国防費の基準の混乱だ。国防部によると、2025年度の国防予算は約61兆ウォン(約6兆5千万円)で、GDPの約2.3%。これは国防部所管の予算に限定したものだ。ここに国防研究開発(R&D)や兵務庁の運営など、軍関連支出を全般的に含めると、GDPの2.8%に上がる。ところが、国際的に一般的な方式は「包括的国防費」を基準とする。これを受け、米国の中央情報局(CIA)、世界銀行、英国の国際戦略問題研究所(IISS)とスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、韓国の対GDP比国防費の規模を2.6%~2.8%と評価している。米国の官僚もこれを根拠に同盟国の中で韓国の防衛費支出が「模範事例」だと取り上げもした。李在明政権と国会はこのような一般的な基準に基づいて国内的な議論と対米交渉に臨む必要がある。基準線を何にするかによって、追加すべき防衛費負担が大きく変わるためだ。
防衛費の引き上げが避けられないなら、どこに使うべきかについての議論も必要だ。まず、先端兵器と装備の導入、そして韓米日の合同訓練に重点を置くことは、注意しなければならない。李在明大統領が強調したように、韓国の軍事力が世界5位に上がった状況で、さらなる大規模戦力増強は、すでに危険水位に達している朝鮮半島の軍拡競争をさらに激化させる可能性が高い。また、韓米日の合同演習が朝鮮半島の平和プロセス再開に大きな障害となっているという点も見過ごしてはならない。あわせて、軍事部門の増大が炭素排出増加につながり気候危機を加速させているということ、防衛産業の雇用効果が教育・保健医療・新再生可能エネルギー分野に比べて大きく落ちるということも留意する必要がある。適切な水準の軍事力建設は避けられないとしても、李在明政権が標榜する他の国政目標に及ぼすネガティブな影響を最小化する知恵が必要ということだ。
では、増える国防費をどこに使うべきか。筆者は、俗に「募兵制」と呼ばれる「志願入隊制」の財源として使うことを提案したい。きちんと設計された志願入隊制は、上記で述べた問題を最小化しつつ、社会経済的両極化、青年問題、ジェンダー対立、超少子化、人口と生産可能人口の急減、内需不振、地方消滅などの国家的難題の解決に貢献できるためだ。専門化された先進国型防力を建設する上でも、現行の徴兵制よりはるかに優れている。
志願入隊制に関して、筆者の従来の提案は、正規兵力50万人を30万人に減らすことを前提にしたものだ。しかし、兵力削減に対する国民的共感の不足と国防費引き上げの不可避性を考えし、一時的に現在の兵力数の維持を前提とする志願入隊制の論議も可能だと考える。志願入隊制導入に対する最も大きな反論である「予算不足」問題を解決できるためだ。
現在、幹部を除いた約30万人の兵士の年間給与は約5兆4千億ウォン(約5700億円)。これに反して、志願入隊制を導入し30万人の兵士を全て職業軍人に切り替え、1人当たりの平均月給を400万ウォンに策定すれば、総給与は年間14兆4千億ウォン(約1兆5千億円)だ。これに加えて下士官の給与引き上げと女性軍人の施設拡充などを考慮すれば、現在より10兆ウォン程度防衛費を増やせば志願入隊制に必要な予算充当が可能だという計算が出ている。一気に志願入隊制に転換するのは不可能なため、3年程度の時間を置いて推進するならば予算の準備の現実性はより一層高まる。
義務服務兵が志願入隊兵より多い1年目には3~4兆ウォン程度を、後者が前者より多くなる2年目には6~7兆ウォン程度を、完全に志願入隊制に切り替わる3年目には10兆ウォン程度の予算編成が可能だからだ。このような純増価を反映した対GDP比国防費の比重は、現在の2.8%から毎年約0.1%ずつ増え、3年後には3.1%程度になる。このため、政府は米国との交渉で「2028年までに国防費をGDP比3%に引き上げることにする」という合意を導き出す必要がある。トランプ任期最後の年である2028年にこの程度の水準に到達すれば、韓国は米国の同盟国の中で対GDP比で最も高い水準の国防費を支出することになる。
志願入隊制の最大の魅力は、韓国の複合・多重危機を緩和するのに大きく寄与するという点にある。まず、中間階級層を厚くすることができる。これは統計的にも確認できる。
2025年に政府が発表した「基準中位所得」は3人世帯基準で月500万ウォン(約53万円)程度であり、経済協力開発機構(OECD)は中産階級の基準を中位所得の75~200%に設定している。このような基準によれば、志願入隊制を導入して職業兵士に月平均400万ウォンの給与を支給すれば、これらの軍人が属した世帯は大半が中産階級になりうる。今後中位所得の基準が上がり志願入隊制導入の時期によっては変わる可能性もあるが、兵士の給与だけでも中位所得の75%に迫るためだ。これはちゃんと設計された志願入隊制が低所得層には「機会のはしご」となり、従来の中産階級には比較的安定的に維持できる方法になりうるということを統計的にも示している。
国と社会の健康性と持続可能性を評価する時、中産階級は非常に重要な位置を占める。中産階級がしっかりしているほど、政治的安定性、内需経済の安定性、社会統合と階層移動、税収と国家財政の安定性などを高めることができるからだ。いずれも韓国が抱えている問題であり、解決しなければならない宿題だ。韓国の中産階級が急速に減った現実を考えると、志願入隊制はこのような傾向を逆転できる最も効果的な案と言える。
志願入隊制に反対する最も大きな論拠の一つは「貧しい人だけが軍隊に行く」という懸念にある。しかし、米国などの事例から分かるように、きちんと設計された志願入隊制は中産階級以上にも「魅力的な選択肢」になりうる。たとえ低所得層出身が多数を占めても、彼らに「相対的剥奪感」よりは「新しい機会」を提供することができる。つまり、「貧しい青年が軍隊に行く現象」は不平等の反映だろうが、結果的には不平等を大きく緩和できるという意味だ。若者の貧困と社会経済的不平等の治癒策としてこれより良い代案が他にあるだろうか。
志願入隊制のメリットはこれにとどまらない。周知のように、韓国の特殊合計出生率は世界で最も低く、平均出産年齢は最も高い。2024年にも特殊合計出生率は0.75にとどまり、平均出産年齢は33.7歳だった。平均初婚年齢も男性33.9歳、女性31.6歳と高くなり続けている。婚姻を忌避する現象も、ジェンダー対立も、一部の青年男性の極右化現象も深刻だ。志願入隊制はこのような傾向を変えるのにも役立つ。
まず、男性だけが徴集される兵役制度が、性別にかかわらず希望する人が志願できる構造に変われば、ジェンダー対立が緩和されるという点は優に予想できる。青年および青少年男性の「根源的な不満」を解決できるためだ。これだけではない。現行の徴兵制によって、18カ月の軍服務期間と入隊準備および除隊後の適応などを考慮すると、男性の社会進出の時期は2年ほど遅れる。これは逆に、志願入隊制を導入すれば、民間人の社会進出の時期が2年ほど繰り上げられることを意味する。また、除隊を選択する人もまとまった資金を持って学業・就職・創業に乗り出すことができるようになり、社会経済的状況が良くなった状態で社会に進出できるようになる。このような青年たちの生活の質が変化が韓国社会の直面したさまざまな危機を緩和するのに、どのようにまたどれほど寄与できるかは検討してみる価値があるだろう。
志願入隊制運営は、軍部隊の近隣の地方で加速化している「地域消滅危機」を緩和する策とも連係しうる。通勤を望む職業軍人に宿舎を提供しなければならない政府の負担を、部隊近隣の村の再生事業と連係してはどうかということだ。空き家をリモデリングして「軍人宿舎」にする案、高齢者が住んでいる家を対象に「軍人の一人暮らしおよび下宿」を運営する案などが考えられるということだ。該当する村への人口流入も期待できる。軍隊に勤める子どもと一緒に暮らすことを望む家族がいるはずだからだ。このような家庭を対象に空き家をリモデリングして低価格で提供し、これを地方自治体の帰村・帰農事業と連結する案もありうるだろう。
このように、志願入隊制は韓米同盟の大きな懸案となっている国防費増額問題に賢く対処し、専門化された先進軍隊の建設と韓国社会のさまざまな危機の緩和に寄与することができる。もちろん、志願入隊が低調になるという懸念はある。しかし、職業兵士は同年代に比べて高所得であり、性別と関係なく志願入隊が可能になったことで入隊志願者が現在より2倍増え、青少年の好む職業として軍人が上位を占めている。志願者が少ないという憂慮は杞憂という意味だ。補完策として、在隊軍人のうち希望者を対象に再入隊制度を運営する案も考慮できる。また、副士官の処遇を改善しながら職業兵士の勤務を終えた人々の割合を高め、専門性と熟練度を高め、兵士に将校の門戸も開放する必要がある。さらに、米国のように「選抜徴兵制(Selective Service System)」を導入し、有事の際に一定年齢の成人を動員することで、国防はすべての国民の義務という憲法精神を維持することもできる。
今は「選択的変化」が切実に要求される時だ。李在明政権と国会が国民的議論を経て、任期内に志願入隊制の導入を推進することを願う。
チョン・ウクシク|ハンギョレ平和研究所長兼平和ネットワーク代表 wooksik@gmail.com