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口蹄疫の報道に涙

2010年05月19日 | 仕事・研究
口蹄疫は、家畜衛生学で毎年必ず教える項目でありながら、私自身は一度も体験したことのない疾患です。しかし、数日前から報道を見るのもつらくなってきて、今朝などはあるキャスターが「政府の後手後手が悪いんですよ、沖縄の基地問題と同じでね、、、」としたり顔で話すのに思わずTVのスイッチを切りました。

口蹄疫。

一般の人がどれだけこの疾患について知っていたでしょうか。
牛肉の輸出入にもっとも影響を与えてきた疾患。
しかしヒトにうつらないということで普通の人はその存在さえほとんど知らない疾患。
今回最初に報道されたとき、たった数行の新聞記事に、わたしは愕然としました。その後もずっと扱いは小さく、しかも報道は毎日されていたわけでもありません。ようやく一面トップになったのが、おとついくらいじゃないでしょうか。

家畜の病気には感染力が強くて、大量に殺処分をしなければならなくなる悪性の感染症がいくつもありますが、ワクチンがあってもあえて使わない疾患もいくつもあります。口蹄疫もそのひとつ。「ワクチンがあるのにあえて使わない」という理由も、普通の人にはなかなか理解されないと思います。ヒトの場合、ワクチンがあっても使わないとしたら「副反応が心配」とか「効果がいまひとつ」とかそういう理由であると思います。でも、家畜では、ワクチンによる抗体を持っていること自体が問題になる場合があるのです。

日本は口蹄疫については「散発的に発生するが、基本的に清浄国」という位置づけでこれまできました。清浄国か汚染国かという認定が輸出入に大きく影響します。ワクチンを打てば、もう清浄国とはみなされません。今回のこれほどの大流行は、明治までさかのぼっても見たことのない流行です。おそらくワクチンを使わざるを得ないだろう、と授業でも話していましたが、いよいよその決定が下されました。ニュース報道で言われるように、たしかに遅すぎる判断でしょうが、これまで一度も使ったことのないワクチンを使う、今後しばらく清浄国にはもどれない、という決断をするのは、誰にとってもむずかしかったでしょう。

3月に家畜保健所が立ち入り検査をしていたのに、診断できずに見逃した、という批判的な報道もありますが、とにかく口蹄疫を診たことのある獣医師というのは、10年前に経験したほんとにわずかな人だけなんです。日本中の獣医師のほとんどが、診たことのない疾患なのです。今、政府の対策が後手だの、最初に見逃したのが悪いだのというようなことを言うのは簡単ですが、現場のことを想像してもらいたいのです。

家畜の生産は、物をつくるのとは違います。
どれだけ苦労して育ててきたか、それを全部殺処分なのですから、どれほどの痛手か、想像しなければ。そして、今、現地の家畜保健所、獣医師がどんな状態にあるのか少しでも想像できたら、第三者的批評などしているときではないとわかると思うのですが。

私たちは日々畜産物を食べていますが、でも食肉生産・流通の現状を知らなすぎます。九州は日本の畜産を支えている土地です。今、それが壊滅状態にあります。「遠い土地のこと」「自分に関係ないこと」「政府がやるべきこと」という視点ですませないで、今回の惨事を深く深く考えたいと思います。これから10年は大変な年月になるはずです。

コメント (8)
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