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社会を支える仕事人

2019年11月11日 | 仕事・研究
この間、県の保健環境センターに行き、研究のお話を聞きました(外部評価というやつです)。わたしの専門領域には「公衆衛生」という分野が含まれていて、こういう仕事もあるんです。私が若い頃に勤めていた大阪の公衆衛生研究所も、宮城県の保健環境センターと似た施設でした。県民(府民)の健康のため、いろんな検査や研究がおこなわれているのです。その中には、大流行になって大勢の人が困る感染症もあれば、ほとんどニュースにならない希少な病原体の研究もあるのですが、いずれにしても一般の人はそういうところでそういう研究がなされていることをあまり知らないのですよね。基礎研究は大学で、応用研究は企業で行われているとざっくりとらえている人が多いと思いますが、わたしたちの生活や健康に直結の検査や研究については、地方衛生研究所が大事な役割を果たしているのです。そこには水質や土壌の検査も含まれます。衛生のさまざまな分野の検査・研究がおこなわれていて、それがわたしたちの生活を支えているのです。

一般の人が全然気に留めなくても、この仕事に就いている人はもくもくと課題をとらえて掘っていき、大事が起こらないように、起こったときにはすぐ対処できるように備えています。こういう働きが社会を支えているんだよなと思った一日でした。私たちの世界は課題が山積しているわけですが、一人一人が自分の課題に向き合って解決していくことが積み重なれば、社会はどんどんよくなるわけで、たとえ地味でも目立たなくても、その責任を果たすことが社会人としての私たちの役割なんだと思います。その責務を果たしているお互いをリスペクトしあっていきたいものだなと思います。とはいえ、できれば知ってもらいたいですね、今日も私たちの生活を支えてくれている仕事人たちの仕事を。
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災害ボランティア@丸森町

2019年11月07日 | 震災・災害関連


11月3日に丸森町にボランティアに行ってきました。報告もかねて、これから行こうとしている方に参考になるように書きます。

【準備編】
ボランティアバスに申し込む。社協のサイトを見るといいです。丸森町の場合はここ。次にボランティア保険に加入する。→災害ボランティアの場合はWEBでできます。
持ち物:長靴、軍手、ゴム手袋、タオル、つばのある帽子、防じんマスク、ごみ袋、飲み物、食べ物(今回のボラバスはお弁当付きでした)、場合によっては携帯トイレ、ウエットティッシュ、消毒薬、カットバン、着替え等。最初から長靴を履いていかず、普通の靴で行き、現地で履き替えた方がいいです。→バスに泥を持ち込まないため。

【当日】
ボランティアバスに乗っていく場合は、集合時間に余裕をもって参集。仙台駅東口で受付。バスで丸森町ボランティアセンターへ。トイレを済ませて現地へ移動。現地の受付で1000円払い、持参品で足りないものをもらいました。飲水、ゴム手、マスク、タオル等が用意されていました。今回の内容は泥かき一択でした。大和町のときは「片付け・掃除」という比較的軽作業もありましたが、丸森は堆積している土砂量が半端ないので、しばらく泥かき一択と思われます。大和町でも道具が足らないということがあったのですが、今回はシャベルは足りていました。自前で持ち込むなら先がとがってない角型シャベルがいいです。あと、ねこは足りてません

今回は、重機が入れない場所の泥をかきだして山にして、重機がもっていける状態にするという作業を行いました。量が多いので、全然終わりませんでしたが、それでも作業前よりはかなり床が見えたと思います。力仕事ですので、「自分にできるかな」と思う方も多いかと思いますが、わたしもどっちかというと体はない方で(スリム)、年齢も相当いってますが何とか最後までやりおおせました。ただ、無理は厳禁です。腰と背中にきます。自分のペースでやることが大事です。ちなみに、トイレは私が入った吉田地区ではその日から仮設トイレが1台入ったという状況でしたが、男性は外でやってください的な話はありました。

10時から12時過ぎまで作業し、1時間昼休みで13時から15時過ぎまでまた作業。その後バスに乗り、ボランティアセンターに寄ってトイレ&着替えて仙台駅着が17時半くらいでした。ボランティアセンターには更衣室もあります。

昼休みに配られたお弁当がすばらしかったんですよ。ツイッターにも挙げましたが、心のこもったお弁当で、おかずの下に敷いてある水菜が新鮮でぱりぱり。お品書きがついていて、本当に心にしみました。



震災があったのにまたこんなつらい災害で胸がつぶれそうになりますが、みんなで一緒にがんばっていきましょうね。

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何かが動き出す

2019年10月30日 | その他もろもろ
昨日、無事に科研費申請書が完成して、事務に送りました。今朝起きたら「はっ。あそこをこうしたら、、、」とちょっとした修正が頭に浮かびましたが(寝ながら考えていたんだろうな)、大きなことではないのでもう忘れることにしました。昨日、区切りをつけたんだし、完成したと思っても見直せばちょっと直そうかなってなってキリがない。どこかで終わりにしないといけないんです。論文も同じですが、際限なく考えてたら終わらない。締め切りはあった方がいいんです。その時点でのベストを尽くせば、それで。

そんなわけで、今日から新しいスタート。
しかし今日はとにかく忙しかった。講義に、会議が3つ。合間に3年生にマウスのハンドリングを教え、締め切りの来てる書類を書き。そんなわけで執筆はなにもできませんでしたが、今後は、論文の仕上げに集中します。それが個人的な動き。さらに、学内の様々なことが変化する気配が出てきました。これはとてもよいこと。現状維持は停滞です。わたしは常に変化に向かっていきたい。いろんな壁にぶつかるけれど、当たって砕けろじゃなくて、いろんなやり方で突破していきたい。変化を求める限り、毎日新しいことがあって、おもしろいことが起こってくるんです。
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整理するもの・捨てるもの

2019年10月22日 | その他もろもろ
研究室・机の上は整理しておきたいので、定期的に片づけをしています。書類を横積みにしていくと崩れるし、下にあるものを見逃すので、「未処理・必読」と書いた場所に立てて並べてあります。合間時間が5分でも10分でもあれば、その場所にあるものを読んでファイルしたり、そのまま捨てたりします。翌朝来てすぐ処理するものはPC横に横置きして帰宅しますが、せいぜい2点で、とにかく机の上が散らからないようにしています。

片づけをしていると、「時間が経ったというだけで捨てられるものがけっこうあるんだな~」と実感します。執筆している間はすぐそばにおいておかないといけなかった資料も棚に移せるようになるし、時期が過ぎてしまって不要になるものもあるしで、とにかく5分でもいくつかの書類は紙ごみ箱に移動できます。

しかし、母艦の方の本棚の書類・書籍をそろそろ何とかしないといけない気がしてきました。ちょっと処分しないと新しいものが入らないです。わたしの持ってる書類とか本ってけっこう高さがあって、ラックの棚の高さを大きく取らないといけないから、スペースが限られるんですよね。

今日は祝日ですが、学生がゼミをやるというので朝から普通に仕事してましたが、せめて早く帰ろうかと思ってさっきから終い支度をしていたところです。普段よりちょっと時間に余裕があるので、いつもより余分に片づけをしたら、いろんなところがもっと気になりだし。思い切って会議資料も処分しようかな、、、。まあ、とにかく捨てるのって快感ですからね。やりたくなってしまうんですよねー。
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災害ボランティア@大和町

2019年10月21日 | 震災・災害関連
日曜日に、災害ボランティアに行ってきました。学生の引率、、、のはずでしたが、がっつり泥かきやってきました。誰か「女性には女性の仕事もあるのでぜひ」とか言ってたと思うんですが、現場に行ったらもう関係なく。若いころから長靴をはく仕事「も」してきたので、こういうときに役に立ったなと思います、、、。

さて、大和町のボランティアセンターに行きましたら、思ったより大勢集まっていましたが、現場に行ったらそんなんじゃ全然足りないということがわかりました。やはり泥かきは人手がいります。あと、道具も。昨日は30人で一軒+畑をやっと終わらせた感じ。

ニュースでは、丸森は500人集まったとか。心配していたのでよかったです。けど、あっちも災害の規模がすごいので、まだまだ人手は必要でしょう。ぜひ皆さんもよろしくお願いします。





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マチネの終わりに

2019年10月09日 | レビュー
 
この間東京に行ったときに、新幹線の時間までちょっと余裕があり、かつ、手元に本を持ってなかったので買いました。映画が公開されるというのは知らずに買ったんです。最初の方、登場人物の書き込み方や言葉の繊細さがとても気に入って読み始めたんですが、途中で展開がすっかり嫌になり、一度放り出してしまいました。でも、我慢して少しずつ読んでいったら、最後の方はどんどんおもしろくなって一気に読んでしまいました。

*過去は変えられる。今の自分次第で。
*苦しすぎる現実を見ると、自分だけ幸せになることの苦痛に耐えられなくなり、自分が不幸であればそのことに安堵するという悲しさ。
*自分が犯した罪の重さを携えて生きていく中で、誠実とか謙虚とか限りなく正しさに近いものが生まれてくる。でもそれで罪は赦されるのか?

というようなことを考えました。著者が投げかける思考が、明確に伝わる文章でした。ラストシーンが印象的かつ映像的。映画だとどうなるのか。見に行きたいと思うけど、途中のしんどさがあるのと、文章のち密さを堪能したので、見ない方がいいかなという気もします。



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ホームカミングデー2019

2019年10月08日 | 大学でのひとこま
10月6日、ホームカミングデーを大学祭と同時開催しました。久しぶりにいろいろな話ができてよかったです。社会に出たら悩みはつきませんが、みな成長して頼もしい限り。時々はこうして母校(母港)に帰ってきて、同級生や先輩後輩、先生たちと話してまた元気いっぱいに出帆していってほしいですね。仕事の話でコラボできたり、解決策をシェアできたり。新商品をアピールしたり、自分の店を宣伝したり。いろんなことにこのつながりを使ってもらいたいなと思います。


講演会は5期生がスピーカーを務めてくれました。

懇親会にて

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終わりなき旅

2019年10月02日 | その他もろもろ
ミスチルの曲の中で「終わりなき旅」が一番好きです。が、今日は歌の話じゃなくて。仕事が終わらず「終わりなき旅」を走ってるという話。

昨日、東京出張で最終のはやぶさで仙台に戻り、日付が変わる頃帰宅。今朝は1限から講義があったので、8時に出勤。その後、先月学会で出席できなかった研究倫理の研修会に出て、さらにその後会議。その合間に学生の面談、そして締め切りが迫ってたり過ぎてたりする書類を作成。メールの返事も山ほど。

でもやっぱり終わらないんです。
が、帰って家族のごはんも作らないといけないのでもう帰ります。帰宅時間を誤ると、結局翌日に悪影響が出るので、もうタイムリミット。けど、終わってない感が強いので、一日の達成感がないー。

実はこの間、話題の「一日一生」を読んだんですよね。
 毎日がそれぞれ一生だ、と思って生きていく。
今日のことは今日で終わり、明日はまた明日で生きていこう。そういう本なんですが、今日のやるべきことが終わらないと、ちょっと気持ちにゆがみが。でもそれがだめなのかな。明日に持ち越すってのがいけないかもね。今日は終わらなかったけど、気持ちはここに置いて、とにかく帰って、おいしいものを一心に作って食べて、そしてしあわせに寝よう、ってのが大事なのかもしれないな、と思って気を取り直して、さて帰ります。
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新しい学期

2019年09月25日 | ネコの話
後期になって、2年生の講義が始まりました。やっと専門科目の開始です。今日はいろんなことをしゃべったけど、あとでちゃんと自分でも勉強して整理して、しっかり自分の知識にしてもらいたいです。教えていて、いつも残念に思うのが、こんなに時間をかけて講義を聞いているのに、多くの場合「知識の蓄積」になっていかないってこと。ひとつずつ積み上げていかないといけないのに、端から忘れていく。なんでこんなに忘れてしまうんだろうっていうくらい、忘れてしまう。私が教えているのは生理学だから、自分の体で日々おこってること。そういうイメージ持てると、たぶんもっと実感をもって考えられるから、もうちょっと自分の体のすごさに気持ちを寄せてもらえるといいなあ。体の不思議に疑問を持てれば、探求の気持ちも起こってくると思うけど、不思議とも思わずにいたら、このすごさに気が付かないだろうなあと思います。日々生きている、生命活動のこのすごさ。当たり前に細胞は活動してくれてるけど、ほんとよくやってると思いませんか。

講義って単位のために取るのかもしれないけど、それだけじゃあかなり残念。自分の毎日の多くの時間を取られるのだから、有意義な時間にしないともったいない。どうせその時間教室の中に座ってなきゃいけないんだから、その分きちんと得るものがあり、その結果自分が変わっていくんだと考えられるといいですね。
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平和を作り出すひと

2019年08月19日 | その他もろもろ
8月は歴史や平和について思いをはせることの多い月です。わたしは1964年に生まれました。前回の東京オリンピックの年で、わたしが成長した時代は社会も成長の時代でした。わたしの古い記憶は4歳くらいから始まっていますが、新しいものがどんどん生まれていることを実感していました。住宅地が造成され、新幹線が通り、お店もどんどんできて、という活気がありました。私は自分が育った時代のちょっと前に戦争があったとは全く思いもしないで子供時代を過ごしていました。もう少し大きくなって、私が生まれる19年前に戦争が終わったんだと聞いても、ものすごく前の話と思っていたのです。

でも、今は違う思いを持っています。わたしは阪神淡路大震災を体験しましたが、それから20年が過ぎたとき、「えっ。この間のことのようなのに。」と思いました。東北の震災も、まだ8年ですけれども、20年たった時に昔のこと、、とは到底思えないでしょう。

だから私の周りの大人たちは戦争があったことを自分のこととして覚えている時代だったのだと思います。また、わたしの一番古い記憶、4歳の頃というのは50年以上も前の話になるわけですが、1964年の50年前は大正時代です。つまり、明治や大正を生きた人たちが、まだ壮健だったということです。そういうことを考えると、自分の生きてきた時代は、先人の絶え間ない努力の末に生まれた平和と成長の時代であったのだということが実感として迫ってきます。今の私たちの豊かさ(ちょっとすでにピークを過ぎて失われつつはありますが)は、多くの名もなき人々が道を切り開いてきてくれた結果なのだということ。

平和というのは、一人一人が作り出すものだと思います。私たちも名もなき一人ではありますが、この社会の未来に道が残っていくのです。失われた命を想い、今できる最善を尽くすということを絶え間なく続けていくことが、未来を作っていくのだということを覚え、日々を悔いなく生きていきたいと願います。


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