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新しいことを見つけるって楽しい!

WEBで留学の準備

2006年12月28日 | アメリカ生活

私の場合、留学と言うより研究赴任でしたが、アメリカに行く前にビザのこと、向こうでの生活のこと、日本からアメリカへの引っ越しのことなど、知りたいことがいっぱいありました。で、インターネットであれこれ調べました。役に立ったのは、留学一般について書いてあるサイト、たとえばFamiNet。それから、現地の日本人ネットワーク、アメリカだったら海外リンク。私のように研究で留学する人向けなのは研究留学ネット。とくにこの研究留学ネットは、海外での話題以外に、いろいろ有用な情報が得られ、帰国した今でも、毎日チェックするサイトであります。

具体的に留学先が決まったら、現地に住む日本人をなるべく見つけていろいろ詳細を教えてもらえるととても助かります。特に最初は住居を決めるのが大変で、安全な地域についての情報があると非常に助かります。そのほか、私が最初に苦労したのは、電話会社を選ぶこと、その内容を決めること(選択肢がめちゃくちゃ多い)、医者を捜すこと、車を買うこと、その保険にはいること。子どもの学校を決めること、必要な予防接種をすること。住居に必要な一切を買うこと、アジア系の食材店を探すこと。そしてもっとも大切なのは「インターネットに接続すること」。これはたぶん、今ではもう少し楽になってるでしょう。でも、アメリカで日本語環境のメールを使うというのは、それほど単純なことではありません。

そういうもろもろを渡航前にある程度準備していけると、向こうでの生活はかなりスムーズにスタートできます。WEBサイトの利用、おすすめします。

(メリーランド州でよくみられるカーディナルが庭先に来たところ)

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私の朝ごはん

2006年12月27日 | 日々の暮らしを楽しく
私の体は食べたものからしか作られない。
ってコマーシャルを見たような気がします。食育というのが始終話題になる昨今であります。私の所属する学部も、食べ物を扱うところで、学生の皆さんは毎日「いかに食事が大切であるか」ということを聞かされているはずですよね。で、今日の話題は朝ごはん。

私は毎日朝ごはんを食べるのが楽しみです。私は早起きなので、朝6時にはおなかぺこぺこ。今日の朝ごはんは、8枚切りのトースト1枚、サワードウの堅焼きパン2切れ、サラダ(大根、水菜、レタス、キュウリ、トマト、アーモンド)、プルーン、チーズ、パイナップルとヨーグルト、ミルクティ。これで朝から10品目以上はとれています。

私はどちらかというとやせ型ですが、けっこう食べます。とくに朝食はすごく食べます。わたしのパワーの源はこの朝ごはんかもしれません。朝サラダを食べようと思うと、野菜を洗ったり切ったりする時間がないときがあります。私はいつも大量のサラダを作って、冷蔵庫に入れているので、朝はそれを出すだけです。

うちの子ども達は寝坊をして、朝ぎりぎりなので朝食を食べるのが難しいことが多いです。食べてもヨーグルトだけとか、卵だけとか。これでは午前中の一番頭を使える時間帯にパワーを発揮できません。若いときに、健康で頭が冴えて活動的であることは代え難い幸せなのに、もったいないことだなと思います。

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年末年始は実験と旅行

2006年12月26日 | アメリカ生活
アメリカにいた頃、年末年始も実験三昧のことが多かった(皆が休むので、実験機器があいていて、仕事が進めやすい)のですが、少しは休んでNY、オーランド、ジャマイカなどに旅行にも行きました。ジャマイカに行ったとき、アメリカの北部で大雪となり、交通が麻痺して「ああ、南に来ていてよかったな~」とのんびりしていたのですが、帰るときになって、北から来る飛行機が飛んでこないために南方面の便も軒並みキャンセル。予定していた飛行機に乗れず、NY経由でワシントンに帰ることになりました。NYについた時点ですでに11時を過ぎており、ワシントン行き最終便は出た後で、結局NYに宿を取りましたが、とにかく国中の人が移動するときですから、翌日の便も朝6時のしかとれないと言われ、参りました。子どもがまだ小さいときだったので、二人ともおんぶにだっこで、空港近くのホテルにチェックイン、でも翌朝5時にはチェックアウトして、早朝の飛行機に乗り込みました。こうやって書くと「大変だったけど無事帰れてよかったね」という話なんですが、キャンセル便から経由地変更、さらに乗り遅れで翌朝の便確保、そして11時を過ぎてからNYでホテルを探して電話、と「英語と根性」を試されるような旅でした。思い返すと、こういう「根性比べ」のような旅はこれ一回ではありません。我ながらよくやったなあとあきれます。しかも早朝着いた空港からいったん自宅へ帰ったものの、この日は朝からブタ5頭のサンプリングが待っていて、そのままラボへ行ったのでした、、、。
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アメリカで迎えたクリスマスの思い出

2006年12月25日 | アメリカ生活

アメリカのクリスマスで一番印象に残っているのは「もみの木」です。アメリカにもフェイクの木はあるけれど、生木を使うおうちの方が多いだろうと思います。11月末のサンクスギビングの休暇が終わると、スーパーマーケットの駐車場などに「クリスマスツリー売り場」が出現。自分の家にあわせてサイズを選んで、車に積んでもって帰ります。私も毎年のように買いに行きましたが、もみの木の種類によって香りや枝振りが異なるので、選ぶのが楽しみでした。下の方の枝をはらってもらって、それを持ち帰ってリースを作ったりもしていました。生木を家に飾ると、家中が素晴らしい香に包まれます。普通のうちでは天井に届く大きさの木を飾りますから、金銀の玉も何十個も必要です。

ワシントンDCでは、ホワイトハウスの前、それから国会議事堂の前にも巨大ツリーが飾られます。あれだけの飾りを飾るのは大変でしょうね。テロの前は、ホワイトハウスのデコレーションも見ることができましたが、今では中にはいることができなくなりました。残念です。

クリスマスと言えば子ども達がサンタさんからプレゼントをもらいますが、アメリカでは何か買っても基本的に包装はしてくれませんから、親が包装することになります。プレゼントや包装紙をこっそり買ってきて隠しておいたり、クローゼットの中に隠れて包装したり、毎年苦労したものです。

それから、クリスマス前には恵まれない子ども達にお菓子やおもちゃを寄付しましょうというのがいつもあって、スーパーなどに行くと大きな段ボール箱が設置されていて、その中にギフトを入れます。

アメリカではクリスマスが祝日ですが、他の祝日と違って、国中のお店やレストランが休みになります。クリスマスイブは教会で。そしてパーティはおうちで。そしてだんだん新年へと向かっていきます。

(生木のクリスマスツリー)
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ノロウイルスいまむかし

2006年12月20日 | 仕事・研究
私は大学を卒業してから公立の研究所に入りましたが、そこでウイルス感染症の仕事を与えられました。大学時代は繁殖の部屋にいましたから、ウイルスを扱う実験は初めてで、最初の頃はセミナーや研究会に出てもちんぷんかんぷん。でもだんだんわかってきたのは、世の中で流行する感染症は、大学で研究されているだけでなく、地方地方にある公立の研究所や試験所が流行の具合や、今流行しているウイルスの型などを詳しく調べて、社会としての対策を立てたり、世の中に啓蒙したりしているのだということでした。

今年は感染性胃腸炎が大流行しており、ノロウイルスという名前を毎日耳にします。ところで、私がウイルスの仕事を始めたころ、ノロウイルスは小型球形ウイルス(SRSV)と呼ばれ、まだ「ノロ」という名前がありませんでした。日本でノロウイルスという正式な名称が決められたのは2003年のことです。さて、今から15年位前、カキを食べて食中毒症状を起こす人がいると、一生懸命ウイルスの分離を試みている人たちが私の周りにいましたが、そのウイルスは培養がむずかしいということで、電顕写真をみてその存在を証明したりする必要があって、研究がなかなか進みませんでした。でもその仕事に取り組んでいる人たちは全国の地方衛生研究所にいて、はたでみている私にもその意気込みが伝わってきて、「なんかたのしそ~だな~」といつも思っていました。同好会とかクラブ活動のような感じでしたね。こうしてノロウイルスと立派な名前がついて、全国の皆さんに知られるようになってみると、あの頃の熱気がなつかしく思い出されます。世界にはまだ知られざるウイルスはたくさんあって、これからもどんどん新しい感染症が報告されるでしょう。見えないけれどもたくさんの人がその解明に携わっているんですよね。
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学生時代の動物当番

2006年12月19日 | 大学でのひとこま
大学4年生の時、研究室に配属され、その週から週に2回ずつの動物当番に組み込まれました。私の所属していた研究室では、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、イヌ、羊、シバヤギを飼育しており、月曜日から金曜日まで、学生、教員、技師さんの4,5人/日で当番を組み、毎朝動物の世話をしていました。ラットがケージ数にして6~70くらい?イヌは2頭、マウス30ケージ、ハムスター30ケージ、羊3~4頭、シバヤギ10頭くらい、モルモット20匹程度だったと思います(記憶不確か)。自分が実験に使うか使わないかは関係なく、全員でやっていました。

朝9時から講義のある日は、7時半から当番が始まります。4年生の時は一週間の講義・実習が朝から晩までぎっしり詰まっていましたので、どうしても7時半の当番になります。獣医学科の実習は長時間にわたることが多く、毎日けっこうしごかれていたので、早朝の当番は大変でした。また、私たちの研究室では基本的に自分たちで動物を増やしていたのですが、ラットに関しては全員で当番を組み、継代を行っていました。常に実験に供せる数を維持し、また、兄弟同士の交配にならないよう、きちんと管理されていましたので、継代の当番は責任重大でした。

今にして思うと、あのとき、ああしていろいろな動物の世話をしていたことは、とても大事なことでした。動物の世話をするというのは大変です。時には待ったなしのこともあります。でもその中でたくさんのことを学びました。

私のいたあの研究室では、今日も誰かが動物当番やってるのかな~。
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読書の記録

2006年12月18日 | その他もろもろ
子どものころ、読書ノートをつけていました。本の題名と、作者、いつ読んだか、短い感想。いつのまにかやめてしまったのですが、今から10年位前ににふと思い立って、手帳に読書の記録を始めました。私は子どもが二人いますが、下の子が今10歳です。ですから、この記録をつけ始めた頃はとんでもなく忙しくて、自分の食事の時間さえ確保できなかった頃なんです。それでも、記録によると、その年、20冊の本を読んでいることがわかります。その後も多忙の日々が続き、一年に10冊も読んでいない年もありましたが、今年は40冊以上読めました。

今年読んだ本の中で特に印象に残っているのは、1年かけて読み終えたヒルティの「幸福論」、それから戦後の教育基本法の制定に携わった河合道について書かれた木村恵子の「河合道の生涯」、月田承一郎の「小さな小さなクローディン発見物語」。

私は子どもの頃体が弱くて、一年休まず学校に行けたことがなく、ベッドの上で本をよく読んでいました。自分では体を動かせなくても、本の中で数限りなく冒険し、想像力が養われました。読書の必要性についてはよく言われますが、私にとって本を読むということは何よりも楽しいことの一つです。知らないことを知る、最初の一歩は本を読むということだと思っています。

読書の記録をつけていると、数を増やしたいという気になって読むのがはかどりますし、他の人に勧めたい本があるときにも、すぐに作者を調べることができ、助かります。ところで、年末になると新聞に今年話題になった本の書評がまとめて出ることがあります。私はそれをよく読んで、これは読みたいと思うものをメモ書きしておき、図書館や本屋に出かけたときにもらさずチェックできるようにしています。書評によって今まで手に取ったことのない人の本を読むと、世界が広がりますよ。
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タイム・マネジメント2

2006年12月16日 | 仕事・研究
タイムマネジメントの話の続きです。

目の前に急ぐ仕事が山積みになっているとつい後回しになってしまうのが「緊急度は低いが自分にとって大事な仕事」です。私の場合は、自分の健康に関することや、家族のことや、長期的な目標は多忙を極めているとついついおろそかになってしまいます。

私がアメリカにいたとき、同僚が結婚・出産しました。彼女はコロンビア出身ですが、今は市民権をとってアメリカ人になっています。でも、市民権を取るまでは本当に大変で、とんでもない量の仕事をこなす人でした。まあそうしないとアメリカで生き残れなかったんです。で、結婚はまだよかったんですが、子供が生まれてから仕事のペースががくんと落ちて、仕事に関しては不本意な日々が続いて苦しんでいました。その時、わたしのボスが彼女に言ったのは、「ノーベル賞をねらってるんじゃないでしょ。家庭と自分の時間も大事にして人生を実り多く生きていきましょう」ということでした。私のボスは3人の子持ちの女性です。今は子ども達は皆大学生や大学院生です。でも、下の二人は双子。子ども達が小さい間は、ときどき何日間も仕事に行けなかったことがあると言っています。でも、彼女は素晴らしい研究者、そして教育者で、毎年よい論文をだくさん出しています。それだけでなく、ラボで働くメンバーの精神的な支えでもある、人格者です。

彼女を見ていて、人生には大事なことがたくさんあって、目前の多忙に気を取られてそれらをおいてけぼりにしちゃいけないんだなと思います。しゃかりきに「時間をセーブしよう」としていると、ミヒャエルエンデの「モモ」に出てくる時間泥棒に時間をとられるだけで、何にも残らないのかもしれません。

大事なことは目に見えない。とは星の王子さまの言葉。
忙しい日本ですが、大事なことを見失わないようにしたいです。
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タイム・マネジメント

2006年12月15日 | 仕事・研究
私は知る人ぞ知る「早寝早起き」です。
普段は朝4時から起きています。

私が早起きをはじめたのは中学生の時で、定期試験前に勉強がはかどらずにぐずぐず言っていたら、母に「もう寝て、明日の朝早く起きてやったら」と言われたのがきっかけです。最初は5時とかに起きていたような気がしますが、だんだん高じて大学受験の頃は2時とか2時半に起きていました。9時には寝ていたんだろうと思いますが、不思議と「寝る時間」は覚えていないんです。

朝起きると静かで集中できるので、勉強がはかどります。それで、長いこと「早朝」は勉強する時間でした。大人になると他にやることがいろいろあって、勉強ばかりしていられません。学生時代は恵まれていたなと思いますが、今は自分の勝手にならない時間が大きいので、時間のありがたみは前よりよくわかっています。

優先順位と集中力。それが仕事や勉強のタイムマネジメントの極意かなと思います。あと、川本裕子さん(早稲田大学大学院教授)が言ってましたが、「時間の総量規制」が大事です。「あれもこれも」と思うと「睡眠時間を削ればできるかな?」とか「無理すればこなせるはず」とか思ってしまいますが、私のもっている時間は1日24時間。時間を積み上げてはパンクするんです。時間の枠に「自分のやりたいこと、やるべきこと」をはめていくようにしなければなりません。

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免疫学会に行ってきました

2006年12月14日 | 仕事・研究

大阪で免疫学会があり、参加してきました。大阪の国際会議場であったのですが、とにかく不便なところです。どこの駅も遠い。隣にロイヤルホテルがあります(写真)。私が発表したのは、フラボノイドの一種をマウスに投与すると、アレルギーなどに関与するサイトカインの発現を抑制するというものです。日本の免疫学会は非常に活気があり、ポスター発表の会場も満員。私のポスターもたくさんの人が見に来てくれて、質問もたくさん受けました。どのワークショップも立ち見が出るほどの盛況で、新しい情報満載だったし、とにかく楽しい二日間でした。

私がはじめて学会に参加したのは修士の2年の時です。畜産研究会で「早期妊娠因子」について発表しました。確か名古屋大学で行われたのですが、普通の教室で「スライド」を使って発表しました。スライドは自作の図を自分で撮影し、現像も反転も自分でやるのです。今のようにパワーポイントを使って発表するようになったのは最近のことで、以前は発表のずいぶん前から準備をしないと間に合いませんでした。せっかく作ったスライドでも、先生の前で「予演会」をするたびに「もっと図を大きくして」とか「ここはこう変えて」とすぐ修正が入るので、そのたびに撮影し直していたものです。

今はもうパワーポイントですから修正は楽々ですが、人の前で発表するには、十分な準備が必要なのはかわりありません。発表時間も限られています。私がアメリカにいたとき、隣のラボのプロフェッサーが、「研究の発表はセールスと一緒だよ。自分の実験結果を売り込むつもりで考えてごらん。まず最初に相手の興味をぐっとつかむ図を見せる。それがいかに魅力的なことなのかをしっかりトークでアピールするんだよ。」と言ってましたが、これは大事なことです。発表の準備をするときには、ぜひ思い出したい言葉です。

さて久しぶりの大阪で、昔いっしょに仕事をしていた人と会いました。学会出張は懐かしい人にも会える、楽しい時間です。研究内容のディスカッションもできました。さてこれからまたがんばらなくちゃね。

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