◇ 『カナリア殺人事件』(原題:THE CANARY MURDER CASE)
著者: S.S. Van Dine
訳者: 日暮 雅通 2018.4 東京創元社 刊(創元推理文庫)
1927年、名探偵ファイロ・ヴァンスが登場するヴァン・ダインの『カナリア殺人事件』の
新訳版。
ニューヨークのブロードウェイ、奔放な高級娼婦「カナリア」ことマーガレット・オウエルが
自宅で殺害された。地方検事ジョン・マーカムと友人の素人探偵ファイロ・ヴァンスが事件の犯
人探しと事件解決に導いた一部始終をヴァンスの顧問弁護士ヴァン・ダインが記録したスタイル
になっている。
中途半端な密室殺人事件であるが、犯人探しに証拠を重視するマーカムと心理的要素の重要性
を主張し、独特の分析的手法で捜査の軌道修正をするヴァンスのやり取りが面白い。とりわけ犯
人がかなり絞られた段階で容疑者を呼んでポーカー・ゲームを仕組み、ゲームへの対応ぶりから
犯人を割り出すという手法は奇抜ではある。
元女優の「カナリア」は類まれな美貌であり、彼女の恋人はもちろん元税務署長、毛皮貿易商、
医師などが彼女の魅力に翻弄されたびたび部屋を訪れているため容疑者となる。また窃盗前科者
も疑われる。直接証拠はなく、状況証拠も決め手を欠くし、それぞれアリバイを主張するので捜
査は難航する。
密室殺人であるから作品には殺人現場の見取り図がついている。建物の配置が犯人探しに重要
な意味を持っているので欠かせないかもしれない。また、ポーカーゲームのプレーヤーの位置図
までついているのも以下同文である。
事件の時代背景はと言えばマンハッタン島に移民が押し寄せて人口が急増し、活気に満ちてい
ながらも貧富の差も激しい時代であった。作品中にもちょっとで毛来るが20世紀初頭と言えば、
まだガス灯が幅を利かせていた時代であった。しかし新訳のせいか、こうした時代性をあまり感
じさせない読み易い推理小説となっている。
素人探偵のヴァンスは博識であるがペダンティック(衒学的)で比喩・引用が多く、フランス
語なども多用するので周囲は閉口していたのではないだろうか。したがってこの作品は注釈(原
注・訳注)が多い。
(以上この項終わり)
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