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読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

石井光太の『蛍の森』を読む

2014年11月28日 | 水彩画

◇『蛍の森』 著者:石井 光太 2013.11 新潮社 刊

  

  重苦しいテーマの本である。
  日本にはいくつかの暗い歴史的恥部がある。 ひとつは、アイヌそしてハンセン病(癩病)。
 多分まだ記憶の世界に埋もれてはいない。生まれながらにいわれなき差別と迫害に生涯苦しん
 だ人たちがどれだけいることか。

  著者はもともと国内外の貧困・医療・戦争などをテーマに取材・執筆活動を行っているノンフィ
 クションの世界を得意とする人。著者は「ハンセン病や精神病を抱える人々に対する差別をフィ
 クションとしてえがいたものです。国内外の当事者の証言をもとに、フィクションとして構成しまし
 た」と語っている。証言が元とはいえ小説という形をとるからにはそれなりの脚色も必要だろう。
 誇張とは言わないがシチュエーションや作中人物の言動に不自然な飛躍などがみられる。しかし
 それがあまり気にならないのは、私自身が同じ日本人として、こうした迫害を受けた人々に対し
 てある種の後ろめたさを感じていて、人間がかくも残酷になれるものかとただただ落ち込む気持
 ちの中で読み進んできたせいか。

  あくまでもフィクションの世界であるが、四国香川県と徳島県の県境にある寒村雲岡村。この村
 の山奥にハンセン病であるがゆえに人々からの迫害を逃れて寺を中心に生活する小さな集団が
 ある。
  その村で謎の連続失踪事件が起こる。容疑者となったのは、かつて雲岡村を追われてこの寺
 で少年期を過ごした元都議会議員水島乙彦。乙彦は10年前に殺人未遂で実刑を受けていた。
 連続失踪者の一人がその時の被害者とあって乙彦は殺人容疑者となる。
  事件のあおりで医師を辞めた乙彦の息子耕作は、黙秘したまま真相を語ろうとしない父の容疑
 の背景と事件の真相を探るために捜査担当の警部補らと雲岡村に向かう。

  そして遍路宿、黒婆、犬娘、カッタイ寺、ヘンドなど事件の背景を物語る言葉が出てくる。そして
 ハンセン病を背負った人たちとこれを嫌悪し迫害する村人たちの酷い話が続く。言語を絶する
 暴行、凌虐、放火、殺人・・・。
  事件はこのハンセン患者グループとこれを迫害しする雲岡村の住人、その子孫らの怨念と
 復讐心がもたらした結果であるが、何ともやりきれない後味が残る。
  しかし本書の終章エピローグで、生き残った乙彦の友人小春とこれから小春の面倒を見よう
 という耕作の交わす対話で救われるものがある。

  平次という、ハンセン病を発症し父親に殺されそうになった男がいる。実の父親に殺されそう
 になったという絶望的な過去をもつ彼は、寺に住むハンセン病者の集団の中で孤立し、裏切り、
 強姦、密告、殺人とありとあらゆる悪事を重ねたが、ハンセン病訴訟団の一員として注目される
 存在になり和解金を手にする。こうした平次という作中人物について著者は、「生きるために罪
 を犯さなければならない人もいたということを伝えるため」の人物設定と述べている。 

  明治42年(1907)らい予防法制定。患者の強制隔離、収容、患者撲滅を目的とした法律制定
 でハンセン病患者は偏見と差別、迫害の長い時代を送った。昭和18年(1943)特効薬プロミン
 の発見で患者は激減。1996年4月らい予防法は廃止され、1998年強制隔離の患者から訴訟
 提起、2001年ハンセン病訴訟は和解で終結した。 

                                            (以上この項終わり)

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