読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

エリザベス・ウェイン『コードネーム・ヴェリティ』

2020年12月09日 | 読書

◇『コードネーム・ヴェリティ
(原題:Code Name Verity)

 著者:エリザベス・ウェイン(Elizabeth Wein)
  訳者:吉澤 康子   2017.3 東京創元社(創元推理文庫)

  
 
 第二次世界大戦ヨーロッパ戦線。イギリス軍特殊作戦部隊の女性将校が
ドイツ軍の捕虜になった。ナチ占領下のフランスにパラシュートで降下し
たものの車の走行が左側である英国の習慣が出て、英国人がばれてしまっ
たのである。
 彼女はドイツ親衛隊情報大尉に毛布や下着、セーターなどを与えてもら
う代わりに11の暗号情報を与えた。また尋問を止める代わりに、戦時中の
英国における民間人の協力状況について記録することにも同意した。
 彼女はフランス語とドイツ語を話せるが、友人の女性飛行士マディに仮
託し、飛行機の機種や空軍婦人補助部隊の仕組み、活動などを記述する。
 暗号や軍事機密を敵に漏らすことは重大な反逆行為となり、どうせ銃殺
となるのなら家畜列車で収容所に送られるのよりはいいと思ったのである。

 作中「わたし」はスコットランド生まれのクイーニーはスコットランド
の上流貴族の出で英国空軍婦人補助部隊の無線技術士。尋問の代わりとな
る記録は、友人のマディ(マーガレット・ブロダット。彼女とは婦人補助
部隊の寄宿舎で同室となり親交を結んだ)中心に語らせる。彼女が航空機
に興味を持ったきっかけや操縦士ライセンスを持つに至った経緯、クイー
ニーとの交流などを記述するのだが、その内容はイギリスの飛行場の位置、
電話交換手、無線技士、通信連絡部門、沿岸防衛、補助航空部隊、戦時行
政政策など多岐にわたる。

 ドイツの情報大尉アマデウス・フォン・リンデンには2週間と必要な紙
を与えられるが、情報記述とは別に自分用のメモも書いている。これが小
説の中の小説のようにヴィヴィッドに綴られていてじつに楽しい。
    尋問官も先が知りたくて「早く書け」とせっつく始末。とりわけマディ
とクイニーが尾翼の故障でなかなか着陸できなくて死に直面した場面では。

 実はクイーニーは英国特殊作戦執行部の執行部員エヴァ・ザイラーと呼
ばれている。しかし身分証に書いてある本名はレディ・ジュリア・リンジ
ー・マッケンジー・ウォレス・ポーフォート・スチュアート。
 これを知った手柄でフォン・リンデンは大いに喜ぶ。

   親衛隊フォン・リンデンは上司から最後通告を受ける。「クイーニーを
標本として収容所に送るよう勧告する。実験終了6週間後致死注射によっ
て処刑される」
「貴君がこの狡猾な嘘つき女にほんのわずかな同情を示しでもしたら、貴君
を銃殺刑に処するしかない」<1943.11.30>

 情報将校に悪態をついたクイーニーは拷問と処刑用の部屋に連れていかれ
て、フランス人の女性がギロチンで首を落とされるところを見せる。
第一部が終わる。

 そして第二部。ここからは俄然緊迫した場面が続く。
  マディはクイーニーを乗せてお得意のライサンダーでフランスへ飛ぶ。
  ここでマディが操縦する飛行機から見る光景描写が素晴らしい。満月の月と
星の夜、イギリス海峡のちらちらと光を放ちながら果てしなく延びる銀色と
青の箔入り布が広がるさま、そしてフランスはノルマンディーの崖の先に弧
を描いて銀色に輝くセーヌ川。まるで目に見えるようなのだ。
 しかしアンジェー上空で高射砲の攻撃を受けて水平尾翼と方向舵が壊れ着
陸不能となった。止む無くクイーニーをパラシュート降下させ機は不時着。
マディはレジスタンスチームに助けられる。
 操縦士マディは焼死したように見せかけ、無線機なども取り払い機は焼か
れた。マディはクイーニーの無事を祈りながら農家の納屋で救出を待つ。
 
レジスタンスグループの人々、マディを匿ってくれている農家チボー家の老
夫婦、その娘ミイトライエットとアメリ、女好きの指導者ポール、再会した
クイーニーの弟ジェィミーらと英国諜報員送還用飛行機の離着陸敵地探しを
手伝っている。

 こうした間もマディはクイーニーの安否が気になって夜も眠れない日が続
いた。ほぼ5週間。
 実はクイーニーはゲシュタポにつかまり、拷問を受けながら機密事項を吐
き出すよう強いられていたのだ。その次第は第1部にある通り。
   マディとレジスタンスらはクイーニーら捕虜を収容所に護送するバスを襲
い解放する工作に半ば成功するが、半数の7人しか助けられなかった。結局
マディは敵に殺される前にクイーニーの尊厳を守るために彼女を撃つしかな
かった。

 マディの手にクイーニーが書いた供述書が届いた。情報将校の監視員をし
ていたエンゲルが秘かに手をまわして届けてくれたのだ。紙が落ちた涙でに
じんでいてクイーニーが泣きながら書いたことが分かる。あまりにも真に迫
ったでたらめを供述していることが分かった。偽の暗号も。しかしそれはゲ
シュタポ支部が置かれた建物の重要な情報を含んでいた。マディはこれを解
読した。クイーニーはゲシュタポ支部の爆破をレジスタンスグループに伝え
ることをエンゲルに託した。

    フランスに残された捕虜らの送還飛行機が着陸に成功した。マディもその
一員として本国に送られた。そして事故調査委員会に出す報告書のための詳
細な事情聴取。無断で飛行機を飛ばした罪にも問われることもなく操縦ライ
センスも取り上げられることもなく済んだ。
 そしてゲシュタポのオルメ支部は破壊され捕虜は全員無事の知らせも届い
た。情報将校のリンデンは自殺したという。泣き虫マディは安堵で大泣きす
る。
 緊迫感に満ちた戦争小説。貴族の娘と田舎娘の数奇な出会い。固い絆がも
たらした断腸の射殺。戦争という厳しい現実の中に芽生えた友情の物語であ
る。しかも飛行機を巡る諜報・レジスタンス活動の一部始終が一気読みを迫
る。
                        (以上この項終わり)

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