読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ロバート・ゴダードの『リオノーラの肖像』

2020年12月05日 | 水彩画

◇『リオノーラの肖像』(原題:In Pale Battalions)

          著者:ロバート・ゴダード(Robert Godard)
          訳者:加地 美和子    
 

 読み始めての印象はと言えば、まるで逆シンデレラ物語かと思った。
 主人公のリオノーラはイギリス貴族パワーストック家の正統な孫娘で
あるが、なぜか当主の後妻にないがしろにされ、雇人同然の扱いを受け
ている。同居している母方の祖父も後ろ盾にはなってくれない。どうし
てなのだろうか。

 リオノーラの父はヨーロッパ戦線で戦死した。母はその後リオノーラ
を出産したのち亡くなった。
 祖父エドワード卿が亡くなった。遺言では遺産はリオノーラには一銭
も渡らないという。リオノーラは当然権利がある筈と主張するが、後妻
のオリヴィアは「あなたには権利がない」と冷たくあしらわれる。どう
やら出生に疑いがあるらしい。
 リオノーラの誕生は父親の出征後ずいぶん経ってからのことで不義の
子だというのである。

    両親のお記憶がほとんどないリオノーラは長ずるにしたがって従い自
分の出生の秘密とパワーストック家の穏やかならざる雰囲気の秘密を明
かそうと謎を追いかけることになる。
 希代のストーリーテラーゴダードらしい、巧妙に構築されたストーリ
ーと時代の雰囲気を色濃く映しだしたミステリアスで重厚な雰囲気が小
説の醍醐味を堪能させてくれる。
 
 祖母オリヴィアが亡くなった或る日、亡き父の部下であったという元
兵士が訪れ「ぜひお話ししたいことがある」という。
 テンポよく進んできたストーリーはここからの一人称の語りになるが、
この第2部が興味津々の展開で、死んだはずのジョンが実は生きていた
ということなど話は思わぬ方向へ向かうために、油断がならない。

 第2部はジョンの部下だったトム・フランクリン少尉の語り。イギリス
では田舎の裕福な邸宅で傷病将校のリハビリを受け入れる習慣があり、
トムはたまたまパワーストック家に割り当てられたのだ。
 リオノーラ・ギャロウェイの母リオノーラ・ハロッズに会ったトムは
次第に彼女に惹かれていく。リオノーラもトムに心を寄せていく。
トムは邸内を包む不協和音に気付く。

 パワーストック卿生存前からラルフ・モンペッソンというアメリカ人の
実業家が出入りしていて、明らかにオリヴィアと密通している。にもかか
わらず彼はリオノーラに言い寄り結婚を持ちかける。なぜかリオノーラは
これを受けざるを得ないというのだ。トムはその真意を疑い悩む。ところ
がその後まもなくモンペッソンは殺される。犯人は誰なのか。

 トムの調べで分かったこと。戦死したはずのジョンは生きていて、実家
に姿を現しリオノーラと会っていた姿をモンペッソンに見られていた。世
間に知られれば脱走兵として捕らわれる。リオノーラは脅しに屈するしか
ないと覚悟したのであった。
 ジョンと交わって妊娠したリオノーラは友人のグレイス・フォザリンガ
ムの元に身を寄せ女児を出産したが、直後肺炎のため亡くなった。フォザ
リンガムは母親と同じリオノーラと名付けた。そのうちどうしたことかオ
リヴィアが強引に引き取りを申し出て結婚するまでパワーストック家で育
てられたのだ。まるで召使の如く。

 トムと再会したジョンはもう生きていくつもりはない、君と入れ替わり、
自分がフランクリンとして戦地に赴くから、君はジョン・ウィリスとして
生きてくれという。

 そして第3部。リオノーラ(ギャロウェイ)はウィリスの語った母を巡
る驚愕の事実に圧倒されたが、自身の出生の秘密が明らかになったことで
心が晴れたものの、母方の祖父チャーターに駅頭で手を振っていた色白の
女性の正体が依然明らかになっていないことが気になり、自分を育ててく
れた母の友人グレイス・フォザリンガムを探しに出る。

 大英帝国戦没者教会でトマス・フランクリン中尉(実は父親ジョン)が
25歳で戦死していたことを確かめた。
 そして50歳を迎えたリオノーラはジョン・ウィリスの遺言執行人から遺
産として彼の住んでいた家屋を、中身ごと遺贈されたことを知らされる。
 彼が残した絵に手掛かりがあるのではと売れ先を探し求めたところリオ
ノーラの育ての親フォザリンガムであったことが判明、モデルの女性は母
のリオノーラだったことを知る。

 最後の最後。オリヴィアが今わの際にリオノーラ・ギャロウェイの夫に
明かした告白が生々しい。女としての魅力を自認する彼女は義理の息子ジ
ョンに惹かれ誘惑を図った。しかし彼もオリヴィアに惹かれながらもリオ
ノーラ・パウエルと結婚した。オリヴィアは彼女の清純、貞節に嫉妬し憎
んだ。オリヴィアは自分以外はだれ一人愛したことはなかった。
 オリヴィアはモンペッソンと組みパワーストック乗っ取りを謀ったが、
ジョンに彼は殺された。リオノーラが産んだ子供を引き取ったのは、ジョ
ンがきっと現れると踏んだから。しかし彼は現れなかった。リオノーラへ
のいじわるはその母への復讐のため。
彼女は救いようがないほど奸知に長けた邪悪な女だった。

 リオノーラは夫からオリヴィアの告白つまりジョンがモンペッソンを殺
したと聞いたが、フォリンザムからジョンの母方の祖父チャーターが「モ
ンペッソンを殺したのはわしじゃ」と語ったことを知り、なぜか納得する。

 第1次世界大戦の悲惨な戦場光景、肉体的に、精神的に病んだ兵士たち、
何十万何百万という戦没者。戦争がもたらしたす悲劇の数々は時代を超え
て、戦争というものの愚かさをいかに我々に思い知らせることか。
                      (以上この項終わり)

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