◇ 『強襲』(原題:THE BOLD THING) 著者:マ―ク・ダニエル(Mark Daniel)
訳者:山田久美子
1998.4 新潮社 刊(新潮文庫)
競馬を主題とした小説の作家と言えば、ディック・フランシスが余りにも有名だが、図書館で日本語版
題名『強襲』という文庫本を見つけ、しかも表紙に馬が描かれていたので、もしかしてディック・フランシス
の作品ではないかと手に取ってみたら、マーク・ダイエルという、私には初めての作家の作品だった。
(ディック・フランシスの作品は翻訳担当の菊池光氏か出版社早川書房の発案か知らないが44に及ぶ
作品の題名は常に二文字になっているのが特徴である(尤も原題自体が常に短い)。)
舞台はアイルランド。厩舎「バリシーナン」の嫡子としてに生まれ育ったミッキー・ブレナンは、何不自由
なく育ち、英国のプレップ・スクールに進んだ。しかしミッキーが16歳のときに父親は財産を失いバリシ
ーナンもアイルランド系アメリカ人キャシー・クレーマーの手に渡ることになった。
ミッキーは一応学校は出たものの働くしかなく、調教師の道に進むことになる。だが悪質な飲酒運転で
事故を起こし、2年間実刑で刑務所に入ることになる。出所したもののかつての知り合いも冷たい視線。
再び競馬の世界に足を踏み入れることもならず、性に合わないセールスの仕事にあえいでいたころ、幼
馴染のチャールスがかつての我が厩舎「バリシーナン」の持ち主キャシーが厩舎の経営を任せたいとい
う話を持って来てくれる。
懐かしいバリシーナンの現在の所有者キャシーは身体が不自由で車椅子生活。姪のジェニーはかつて
アメリカの音楽業界で働いていた。競馬の世界はほとんど素人だが、厩務員のスクリーチなどの助けを
借りて厩舎再建にとり組む。バリシーナンの最大の資産は、名馬「サンソヴィーノ」。一回の種付料は9千
ポンドで1シーズンに40~50頭と働く。
ところでご存知の通り北アイルランドはイギリスと永年にわたって血みどろの争いを続けているところ。
アイルランドが19世紀初頭、独立を模索し始めたところカトリック支配を懸念するプロテスタント系住民
(特にアルスターなど北アイルランド諸州)は独立反対、英国支配反対を叫び、テロ、誘拐、脅迫に走る
ことになった。IRA(アイルランド共和軍)、RUC(王立アルスター警察隊)、UVF(アルスター義勇軍)な
どが入り乱れてお互いをたたき合っているという悲劇が続いている。
さて、こうした中でキャシーに対し共和国のために9千ポンド払えという強迫が舞い込む。なぜなら種
牡馬(しゅぼぼ)のあげる収益には課税しないという制度があるため。その一部をアイルランド共和国民
に払えというわけだ。
キャシーはアメリカ・ボストンの生まれなので、筋の通らない金はびた一文払う気はないと突っぱねる
が、このグループは厩舎の牝馬や種牡馬などを傷付けたり、火を付けたりと嫌がらせを始める。ミッキー
も正義漢ながらこれくらいは払うしかないかと思っているが、頑ななキャシーのために競馬の仕組みを
巧みに使い、莫大な儲けを生み出し、脅迫グループにも儲けさせることで彼らをなだめることを企む。
ジェニーやスクリーチ、友人のチャーリー、騎手のジョージなどと共に、水も漏らさぬ仕掛けを作ったの
だが…。意外なところから水が漏れてしまう。
男の慾と思いあがりそして一途な愛、女の功利・浅知恵と理想主義、さまざまな魂胆や思惑が錯綜す
るがついにチャーリーはサンソヴィーノを救い出し、ジェニーとの結婚にこぎつける。競走馬の出産場面
や障害レースでの騎手の興奮と緊張などなどがリアルに描かれ、競馬ファンでなくとも結構わくわくさせ
る競馬サスペンスである。
巻末で山本一生という競馬史研究家が解説を書いてるがこれがまた素晴らしい。いかに馬を愛して
いるかが良く伝わってくる。
(以上この項終わり)