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読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

清冽な歴史ロマン『野いばら』に感動

2012年03月01日 | 読書

◇ 『野いばら』 著者: 梶村 啓二
          2011.12 日本経済新聞出版社刊

   

  清々しい読後感の小説である。見事な構成力と力強い文章力が印象的である。日本経済新聞が
 ジャンルを問わず対象として始めた日経小説大賞第3回受賞作品である。選考委員会全員一致
 の授賞はうなづける。作者は大阪外語大出身のサラリーマン経験者。今後の活躍が大いに期待さ
 れる。

  最近妻と別れた一人のビジネスマンが、英国の田舎町コッツウォルズで車が故障し、偶然知り合
 った女性に一冊の手記を託される。100年以上も前に亡くなった一族の手記で、100年後まで開
 封するなという注意書きがあるという。しかも「できれば日本人に読んで欲しい」と付記されていた。

  手記を託された縣和彦は、花の種苗会社の企業買収担当としてオランダを主にヨーロッパで仕事
 をしている。
  手記を書いたのはエバンズという海軍少佐。突然起きた横浜の生麦事件で急遽政治・軍事情報
 を収集のために日本に派遣された。そこで情報収集と日本語習得のために雇った成瀬由紀という
 女性と出会う。野いばらが大好きという由紀は、清楚・可憐でありながら武家の女として機敏・沈着
 ・大胆さと知的な美貌を持つ。日本語の講義を続ける中で二人は次第に惹かれ合う仲となる。
  横浜外国人居留地のエバンズは幕府の警護を受けながらも由紀と地元の「菊比べ」に出掛けた
 り、英国公使館を案内したりするが、由紀の周囲に不審な浪人らの影を感じ始める。由紀はかつて
 水戸藩士に嫁ぎながら不義の疑いを掛けられ離縁された過去を持つ。品川御殿山公使館襲撃の
 犯行は水戸藩ゆかりの攘夷派浪士の仕業とされている。由紀は彼らのまわし者ではないのか。
 エバンズは由紀への恋情と疑惑の板挟みになって苦悩に身もだえる。

  やがて英公使館に生麦事件に関し英国政府からの訓令が届く。事件発生後6カ月である。幕府
 には謝罪と償金11万ポンド。薩摩藩には犯人の即時逮捕と死刑執行、謝罪と償金2.5万ポンドと
 いう過酷な内容だった。これになかなか回答しない幕府・薩摩藩と英国との間の緊迫は一気に高
 まる。

  水戸浪士(と思われる)の追跡を避ける二人は、野いばらが咲き乱れる裏山に逃れる。由紀はそ
 こでエバンズに永遠の別れを告げる。「私と一緒に逃げよう」と迫るエバンズに由紀は問う。
 「どこへ?」
 「どこへ逃げるのでございますか?」
 由紀は懐剣で野いばらの花をひと房切り取り、葉をすべて取り去り、白い花だけを無言のままエバ
 ンズのフロックコートの胸ポケットに挿すと・・・峠道を駆け上がり、白い花の壁の向こうに吸い込
 まれるように消えた。

  横浜での日英戦は回避された。しかしユキは永遠に戻らなかった。

   ホテルのベッドでエバンズの手記を一気に読み終えた縣は、アムステルダムでの仕事を終え
 再び英国コッツウォルズの女性を訪ねる。
 「野いばらが見たい」という縣は、彼女に連れられて広々とした丘の頂に上る。そこには野いばらの
 群落が尾根を覆って広がり、清々しい香りが縣の全身を包んだ。

  ところで、観賞花の女王として世界に君臨している薔薇は、原種が日本原産の「野いばら」であり、
 およそ150年前にアジア・日本からヨーロッパに伝わったとされている。
  エバンズの手記には成瀬由紀がこよなく愛した「野いばら」を英国に持ち帰ったという記述はな
 かったことになっている。しかしコッツウォルズの丘に群生する野いばらを見せることによって、二人
 の悲恋が彼岸において成就した安らぎを読者にもたらす。巧みな構成である。

   由紀が一度は嫁ぎ、のちに攘夷派浪士の手引きをすることになった(と思われる)水戸藩。後の
 茨城県の県花が「ノイバラ」であることを著者はご存知であっただろうか(一般的に茨城県花はバラ
 とされるが、茨城県に自生していたと言われるノイバラ・テリハノイバラなどが元とする向きが少なく
 ない。)

  (以上この項終わり)