塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

アディダス・プレデターが選手から支持され続けています

2022-01-24 21:04:49 | 日記
 群雄割拠のスパイク世界において、アディダスが常にプレデターを製造、販売していることは素直に凄いと思います。

 プレデターが初登場した1994年米国ワールドカップ、甲の突起物をつけるという大胆な案は、米国という新しい市場を見据え

 「サッカーはこんなに素晴らしい競技だよ」
 「同時に用具もバスケットボール・シューズに劣らないくらい人気なんだ」

 という印象を与えたかったのかもしれません。

 米国ワールドカップ招致に大きな貢献を果たしたキッシンジャーは、ドイツにゆかりある人物でしたしね。

 恐らくアディダスは、ドイツ代表のトーマス・へスラーに代表される、フリーキックと得意とする選手が、鮮やかに弧を描く軌道をモチーフに開発したと思います。

 また、この時代は従来のカンガルーレザーの時代であり、ディアドラが一部カラースパイクを製造している程度で、なおの事新しいデザインと機能が求められた時代でした。

 以後、プレデターは
 
 「アディダス・スパイクの代名詞」
 「アディダスの革新を象徴する一足」

 であり続けています・

 またアディダスはミズノの「リビルディング」同様に、過去の名品を復刻する頻度が多いことも特徴です。

 F50も復刻しましたが、プレデターパルスも復刻しています。

 アディダスはこれまでネメシズ、ナイトロチャージ。コパ・センスなど近年多様なスパイクを開発、流通させてきましたがお役御免と判断したのか、既に製造を終えているラインアップも多いと言えます。

 その中でもプレデターがラインアップから消えないのは、それだけアディダスの思い入れが強いこともあるでしょうが、同時に契約選手からの評判が良いのでしょうね。

 米国ワールドカップにプレデターを投入したのは、本格化するナイキのサッカー参入を見越しての形だったようにも思えますから。
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勝利の混迷という事実があらわに

2022-01-24 20:49:47 | 日記
 塩野七生の代表作「ローマ人の物語」

 新潮文庫から刊行されている文庫の6巻と7巻は「勝者の混迷」という題名で、ポエニ戦背で難敵のカルタゴを下し、地中海世界の覇者となったローマが、勝者だからこそ苦悩する例を挙げています。

 グラックス兄弟における農地改革
 為政者マリウスによる職業軍人の誕生
 そのマリウスと敵対するスッラの対決

 など、ある意味でこの時代のローマは完全に地盤が固まっていなかったのです。

 だからこそ内乱や足の引っ張り合いが起きたわけですが、現在のFCバルセロナの混沌としたクラブ情勢は、勝ち続けていた2010年代にあると思います、

 2012年に退団したグアルディオラの後任に指名したティト・ビラノバの指名までは問題ありませんが、バルセロナにとって痛恨だったのは、ビラノバが病死してしまったことです。

 キケ・セティエンやロナルド・クーマンも短期政権、しかも途中で解雇されていますが、2014年のタタ・マルティーノも在任期間はわずか1年でした。

 マルティーノの後任はレアル・マドリードからの移籍でありながら、ファンから喝さいを浴びたルイス・エンリケで、彼は2015年クラブを3冠に導きます。

 少なくともこの年を境に、FCバルセロナがUEFAチャンピオンズ・リーグで優勝することはなく、レアル・マドリードがジネディーヌ・ジダン政権で3連覇を果たす姿とは対照的です。

 ただラ・リーガの優勝は果たしているものの

 エンリケがクラブの伝統であるマイボールとパスワークを丁寧にという形ではなく、効率を重要視する展開を求める
 指揮官バルベルデは4-3-3よりも4-4-2を機軸にする

 という事もありました。

 ただ、バルベルデからすればネイマールが去ったあとの左翼でこれだけトラブルが続くのであれば、ウイングを置かない2トップにすべきだ、と考えたことを責められませんよね。

 近年急激に財務が傾き、指揮官を短期で交代させている印象の強いバルセロナですが、僕は2010年代中期、ある意味勝利したことが問題を隠していた、ように思えてならないのですがどうでしょうか。
 
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主役でなければいられない、という感情

2022-01-24 20:36:11 | 日記
 ポルトガル代表のジョアン・フェリックスは、主演男優賞では決して満足できない、常に主役であり続けることに意義があると感じているようです。

 彼のように契約解除金が10代で既に100億円を超える存在は、それくらいの自我、言い換えれば自分にやってやれないことなど無い、という自覚が必要でしょうし、両肩にその金額は常に乗っかっている形ですからね。

 僕は脇役、助演でも全く構いませんが、主演でなくてはならない選手が一度でも自分の思うようにならない出来事があると、むしろ脆さが現れるのかもしれません。

 婦女暴行事件で最高裁から執行猶予無し、懲役9年の判決を受けたロビーニョ・

 彼の躓き、つまり暴行事件は2013年、ACミラン在籍時に起きたでわけですが、5年前の2008年にあったように感じます。

 在籍するレアル・マドリードでは先発が確約されそうで確約されない日々に、ロビーニョの心は荒んでいたのでしょうか。

 実はこの年、チェルシーの指揮官に就任したルイス・フェリペ。スコラ―リがチェルシーの指揮官に就任し、ロビーニョの獲得を強く希望し、彼もマドリードからロンドンへ移ろうとしますが、フロントと指揮官であるベルント・シェスターは移籍を認めません。

 ただ、レアル・マドリードも補強が上手くいかず、既にチェルシーとの契約を諦め、マンチェスター・シティ(この時代はまだタイの首相経験を持つ、タクシンの資本下でした)に移籍する旨が決定していたロビーニョを必死になだめ、残留させようとします。

 存在に扱っていたシェスターも

 「ロビーニョは私の息子のような存在だ」

 と語るも、彼はシティに移籍し、初年度は14得点を挙げるも、結果はそれだけになってしまいました。

 ACミラン退団後も古巣のサントスを含めて移籍を繰り返しますが、主役を張り続けることは稀な事例であることが、ロビーニョの移籍劇が知らしめています。

 そしてサントスのファンも、彼の行為に憤慨しているといいますからね。
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