塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

両親と花火見物をしながら脳裏によぎったこと

2018-08-07 21:45:02 | 日記
 夕食後、父が「あんちゃん、外で一緒に花火観ねえか」と誘ったので、母も加わり千曲市納涼花火大会を自宅駐車場から鑑賞しました。

 僕は幾らか酒が飲めるので、父の晩酌に付き合うことは、未婚の僕ができるせめてもの親孝行と思うためです。

 さて、花火を鑑賞しながら感じたことは

 「花火師になるにはどうしたらよいか」

 というものです。

 これから秋にかけて、進路相談が本格化するわけですが、仮に自分の子供が進学ではなく花火師になりたい、だから弟子入りしたいと言ったならば、親御さん半何とこたえるでしょうか。
 
 今、花火の打ち上げはプログラミングで綿密に計画されており、明らかに危険性は少ないと聞きましたが、やはり危険とは隣り合わせですしね。

 でも一昔前の日本サッカーもそうでした。

 キングが中学時代、進路希望の用紙に「ブラジル」と書いたことは例外でも

 「サッカー選手で生活する」
 「プロとして欧州に旅立つ」

 というのは、荒唐無稽以外の何物でもなかったはずです。

 でも、1980年代は木村和司を軸にプロの萌芽が現れた時期でもありましたが、Jリーグ以前はまさに夢物語でした。

 僕が部活で行っていた卓球も同様で、松下浩二氏が日産自動車と契約し、「レジスタード・プロ」と言う形で一日全てを卓球に捧げることができる、これは当時本当に画期的なことだったんです。

 卓球でもサッカーでも、勝利すれば勝利ボーナスが入手できますが、敗戦の厳しさはそれ以上です。

 でも、今はプロサッカー選手に限らず、監督やフロント業務を目指す人物が存在しても不可思議ではなくなりました。

 時代の移り変わりを感じる次第です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本サッカー、忘れ物があっただろうか

2018-08-07 17:07:49 | 日記
 卓球とバドミントンがこれだけ好成績を挙げられるようになったのは、地道に育成をしてきたからではないか、と想像します。

 どこかのコラムで卓球の関係者が

 「やはりサッカーは設備が行き届いていると思いました。」
 「卓球の場合、選手たちは通路で着替えることもあるくらいですから」

 と語っていたようなきがします。

 逆に言えば、プロリーグの存在、代表戦の注目度の高さ、海外リーグに挑む選手たちの増加、これらが日本サッカーを表面上は見栄えよくしており、現状は卓球とバドミントンのような「種まき」をおろそかにしていた。

 可能性がある気がします。

 卓球人気がすごいと思うのは、新しく発足するTリーグのジャージ・スポンサーをアンダー・アーマーhが手掛けることです。

 僕は卓球経験者ですから、バタフライやニッタクなど、日本企業の認知度が高いことが当時から知っていました。

 でも、Tリーグは彼らのような卓球専門ブランドではなく

 アンダー・アーマーという総合スポーツブランド
 将来、ナイキ以上のシェアを誇るかもしれない企業

 と契約したわけですからね。

 逆に日本企業が受けた衝撃は、凄く大きいと思います。

 僕の卓球の腕前は並以下で、上位進出が目指せるようなことはありませんでした。

 でも当時からドイツ・ブンデスリーガの情報は専門誌「卓球レポート」にも掲載されており、時代が今追い付いた、と言う見方もできます。

 ブンデスリーガは今後も、卓球とサッカーの両方で気になる存在と言えるでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ディアドラのバッジョモデルに対する僕なりの感想

2018-08-07 16:52:42 | 日記
 今日は休日ですので、納車となったワゴンRの運転を練習しました。

 練習したというのは不可思議かもしれませんが、これまで乗車していたスバルのステラは通常の軽自動車のため、エコ・アイドルやハイブリッドの観点が無いのですね。

 僕が購入した新型ワゴンRは

 1・エコ・アイドル搭載のため、信号待ちなどで動かないときは自動でエンジン停止となる
 2・マイルド・ハイブリッド搭載のために、発進の際に動きがスムーズすぎて注意する必要がある

 と感じたんですね。

 ですので、いつも使う道を走りながら、ハンドリングなど様々な点を確認した、というわけです。

 スマートフォンと携帯電話で大きな違いがあるように、車も8年(僕が車を購入したのが2010年秋)たつと、様変わりが大きい事が理解できました。

 ディアドラがロベルト・バッジョモデルをいくつか復刻していますが、恐らく今、実戦で用いることは難しいのではないでしょうか。

 でも、ディアドラもそう考えながら復刻したのかもしれません。

 バッシュ好きは

 「鑑賞用と街履き用」
 「箱もしっかり保管する」

 事を当然としますが、加水分解は履くことでそのリスクが軽減されます。

 僕がバッジョ好きでディアドラの復刻版を買い求めるならば、このバッシュのように鑑賞用に買い、触る、眺める形で愛でてやまないと思います。

 それは上質なイタリア製と言う商品そのものだけでなく、バッジョが歩んだ厳しい道のりが脳裏に蘇るからです。

 あれだけ多くの故障を経験し、米国大会決勝でPK失敗という痛恨の極み
 インテル、ミラン、移籍直前のユヴェントスで味わった苦渋

 は日本でもよく知られています。

 だからこそ、彼と共に歩んだディアドラは、再度契約を申し込んだのではないでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ワールドカップ出場選手の休暇をどうすべきか

2018-08-07 01:07:01 | 日記
 アンデルレヒトで背番号10を背負い、攻撃をけん引してきた森岡が、今季は出場機会を減らしていると聞きました。

 同様にヘタフェの柴﨑も試合から遠ざかっているようですが、これはワールドカップのために休暇が少ないための措置なのか、クラブが売却して利益を得ようとしてるのか、まだわかりかねますね。

 ベルギー代表のヴィッツエルがドルトムントに移籍したように、ワールドカップで活躍した選手の移籍は、迎え入れるクラブのファンは興奮して当然です。

 しかし、1年通じて試合をし続けている選手たちにとって、ウインター・ブレイクを除けば、一番羽を休めることができます。

 ですから、移籍が決まって休暇を切り上げて合流することは、監督や周囲に対してよい配慮である反面、シーズン半ばに調子を落としかねないのではないか、とも思うわけです。

 中田英寿が2001-02シーズン、ローマからパルマに移籍する際、やはり休暇を途中で切り上げてすぐにキャンプに合流したことは、凄く評価されたものです。

 彼自身はローマでどうしても先発の機会が少なく、パルマでは

 3-4-1-2の「1」のレギュラーが確約されている
 2トップを組みディ・バイオ、ミロシェビッチと早い段階で連携を深めたい

 と思ったのでしょうね。

 この年のパルマはコパ・イタリアで優勝しますが、開幕前にブフォン、チュラムをユヴェントスに売却した影響もあり、どこか脆弱な印象を与えました。

 中田、ディ・バイオ、そしてミロシェビッチで組むオフェンス・トライアングルもぎこちない形であり、もし僕が中田ならば

 「焦って休暇を短くするのではなく、しっかり気分転換をすべきだったな」
 「シーズンは長い、疲労の蓄積は良い結果を生まない」

 と思ったでしょうね。

 特にアジアカップが年頭にあるアジア諸国は、代表選手が半年で二つの国際大会に参加する国があるわけで、代表監督も選手の体調を気にしているに違いありません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする