息をするように本を読む

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一絃の琴

2013-01-31 10:30:02 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

絃がたった一本だけ、余分なものが一切ない究極の楽器が一絃琴だ。
原業平の兄・行平が須磨に流罪となったとき、海岸の流木と
冠の糸で作ったものがはじまりとされている。
あの坂本龍馬も弾いたと言われている。

この素朴な楽器を芸術の域まで高めたのが、門田宇平の門下である島田勝子と
その娘寿子、そして勝子の弟子・秋沢久寿栄である。

一部と二部は島田勝子をモデルとした苗が、三部からは秋沢久寿栄がモデルの
蘭子が主役となる。

芸事というのは、どんなものも心構えと努力が必要だ。
そしてそれをするだけの環境も不可欠だ。
何もかも捨てて芸に賭けるか、もしくは潤沢な費用をかける道楽として楽しむか。
蘭子のライバルとして雅美という少女が出てくる。彼女は貧しく生まれながらも、
賢く清らかで、素晴らしい才能に恵まれており、一絃琴をこよなく愛していた。
一時は蘭子と争うほどに技を高めるが、あるとき突然姿を消す。
貧しい家の娘が、結婚してから稽古事をする余裕のある家に嫁げるはずもなく、
娘時代の華やかな夢として、忘れるしかないのだ。

蘭子のように豊かな家に生まれ、家族からの理解を得、本人に才能もそれを磨く力もある、
というのは稀有な存在だ。
それでも、蘭子は苗の後継者となることはできず、失意の中一度は琴を捨てる。

その恨みを捨てられないままに一絃琴への想いを再燃させた蘭子。
華やかな良家の妻たちの社交の場で一絃琴は花開く。
地味な一絃琴が光り輝いている時代である。
これは蘭子なしではあり得なかったことであろう。

悪役になってしまっている蘭子であるが、のちに人間国宝となった人。
その情熱や努力が半端なものではなかったはずだ。
それなのに、この感情のしがらみから逃れなかったとすれば、本当に切ない。

ひとつのことを突き詰める厳しさと美しさと。
そして土佐を舞台にした季節の移り変わりと。
小さな琴の音色にのせて堪能できる物語だ。

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