何日か前の晩、妻と二人テレビで映画を観た。
山田洋次監督「日本映画100選」の最終回、「男はつらいよ」初回作品。
はじまりのバックミュージックが流れはじめると、とたんに寅さんの
世界に入ってしまうのを感じる。ファンなのだ、熱いファンなのだ。
初回を観たのは、新宿の深夜映画じゃなかったかなあ。
ときどき映画館で夜を過ごした、あの時代が蘇る。学生運動に陰りが
みえたころだったかなあ。なにをやっても不如意でさいごの最後は
じぶん一人という感傷に浸っていた。
あの柴又の商店街、だんご屋さん、そこのおじさん夫婦、店の裏の
庭、印刷屋の工場、職工さん、タコ社長。じぶんが育ってきた商店街や
そのなかのガラス屋の光景が重なってくる。
映画のなかのお店、茶の間、街の風景、小道具もこころにくいほど
さり気なく、暮らしのありのままを感じさせてくれる。
渥美清の寅さんには、妻と二人、ほとんどは笑っていた。
前田吟とさくらの結婚式のとき、志村喬演じる父の挨拶ではつい泣い
てしまった。
好きなのだ。この映画も、渥美清も、登場人物みんな、行き届いた
舞台背景、どれも。
だいいち、寅さんとぼくは、気持ちが通い合う感じもあった。
それが、40歳ごろ、痩せぎすのカラダが太りはじめた、
だれか、「寅さんに似ている」と言う人がいて、「そういえばそうね」と
いう人もいて、とうとうたくさんの人が集まってくる舞台で寅さんを
演じることになった。
演じるといっても、あの帽子とブレザー、腹巻、それに皮の
ケースをもって舞台を歩くだけ。それだけで、なんだか受けていた。
寅さんのセリフをひとこと言っただけで大爆笑。
あれって不思議。舞台に立つ前は、照れて緊張して、いざ出てしまっ
ても足がガタガタ震えていたのに、みんなのリアクションにはうれしい
気持ちになる。
よーく、ぼくの内面まで知っている人は、「ほんにんが固くなっている
ので、面白くない」とかいわれたが・・・
どうしてそんなことしようとしたか、分からないことってある。
小学生3、4年ごろだったか、仲間と遊ぶだけでなく、一人、ラジオの
前で落語を聞く楽しみがあった。新聞の番組欄に落語があると赤えんぴつ
で印をしておき、その時間にはラジオの前でクスクス笑っていた。
小学校6年のころ、じぶんがシナリオを書いて、友だちと漫才をやった
記憶がある。人を笑わせるのがおもしろい、とおもっていたかなあ、
とまでは覚えている。でも、なんで人を笑わせたいとおもったのか、
これはわからない。
「男はつらいよ」はさまざまなことをおもいださせてくれる。
今回観て、あとでふと出てきたこと。
寅さんとさくらの両親は、映画ではイメージすら出てこない。
それなのに、寅さんやさくらを立ち居振る舞いを観ていると、この兄弟
のなかに、どこかにやさしい母のまなざしがしっかり根付いているのでは
ないか。
舞台の背景や登場人物一人ひとりに行き届いた心配りがされている、
山田洋次監督のまなざし、それも感じた。