風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

コロナ禍対応と法整備

2020-02-22 01:03:57 | 時事放談
 二週間ほど前だったか、元大阪府知事の橋下徹さんが、新型肺炎対応のために安倍首相が行った数々の政治決断について、「法律の根拠が曖昧な点は残るけれども、それらを断固支持する。そしてそのような安倍首相の決断に対してそれをしっかりとバックアップしなかった、与野党含めての政治家に対して、日本の政治はほんとダメだなと失望した」と述べておられた。というのも、「感染症対応に使えそうな法律である感染症法、検疫法、出入国管理法・・・(中略)・・・は、患者や症状のある『個人』(一部は症状がなくてもウイルスを持っている個人)に対して、政府が対応することになっている」に過ぎず、「本来、感染症対応の原理原則は、『症状の有無にかかわらず』『感染地域からの流入者全般』に対して大きく網をかける対応をすることであるのに、現在の法律はそうなっていない」からだという。
 豪華クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号における感染防止策を巡っては、英紙サンが「疫病船」と呼んで、「隔離計画にしくじって、中国本土以外で最大の感染拡大を引き起こした」と日本の対応を非難したのをはじめ、英ガーディアンや米WSJやブルームバーグ通信など、名だたる海外メディアから批判が噴出した。しかし、騒いでいるのはメディアだけで、しかも批判するばかりで解決策を示すわけではない。何より各国政府筋は沈黙を保っている(ロシアを除いて・・・そのくせロシアは自国民を保護するべくチャーター機を出すわけでもない)。というのも、ダイヤモンド・プリンセス号の船籍は英国なので英国法の管轄下にあり、公海上の船舶の保護は、旗国(船籍国)たる英国の責任で行う「旗国主義」の考え方があり、しかも運航会社はプリンセス・クルーズという米国の会社であって、本来、日本国政府に国際法上の義務があるわけではないからだ。ただ千人を超える日本人乗客を放っておくわけにはいかず、寄港国として言わば道義的な支援を申し出たのだった。かかる状況で、日本国政府としては各国政府と事前に協議していないわけがない。実際、河野防衛相のツイッターによれば、米国政府は、当初、日本政府に対し、「14日間の検疫期間を船上で過ごすことがウイルス感染の拡大を防ぐ最良の方法であるとの米衛生当局の判断に基づき、早期に下船・出国させる考えはない」と説明し、チャーター機派遣時には「日本政府の対応に感謝している」と伝えたらしい。
 こうした状況を受けてか、日経は、「政府は感染拡大の防止を最優先として、現行法の枠内でぎりぎりの政治判断を重ねている」と、必ずしも緊急事態に対処するべき法整備が十分ではない中での政府の対応を弁護するような記事を配信している。政府の対応が生ぬるいと感じるのは、国家権力を行使して個人の権利を一時的にせよ制限し全体の安全を確保する、といった根拠となる法が十分に整備されていないせいなのかも知れない。そういえば憲法改正の論議の中でも、9条改正もさることながら、普通の国の憲法にはあって然るべき「緊急事態条項」が我が国の憲法にないのはおかしいといった議論があった。野党やリベラルなマスコミの方々は「桜」を追及しても、この議論を避けているかのように見えるのは、国家権力をまるで信用せず、彼らにとって立憲主義とは、専ら権力の行使を憲法で縛るという一面的な理解でしかないことと無縁ではないのだろう。
 この際、防衛・安全保障と同じく、法整備状況を検証し、将来のパンデミック・リスクに備えることこそ肝要だと思う。日本人は戦後、いくら戦前の全体主義的な状況への反省に立つとは言え、また分野によっては本質的な議論が苦手とは言え、国家の安全保障を米国に頼って以来、自立的に危機を管理する力(あるいはその意識)すらも弱くなったような気がするのは私だけではないだろう・・・。

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