風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

俺たちの旅

2011-02-05 19:48:13 | たまに文学・歴史・芸術も
 学生時代の友人と会って飲んで話して楽しいのは、友人との関係が、何の利害もない自由な身分の気ままな学生時代で凍結しているからです。この年齢になってこそ感じる会社生活をはじめとする人生の“しがらみ”からひととき解放され、かつて守るべき物は何も無く、未来に無限の可能性が広がっていると思い込んでいた当時のままにタイム・トリップでき、当時の空気を吸っていた友人だからこそ、共に当時の空気にひとしきり浸ることができるのが幸せです。
 青春は、失ってから気づくもの、と言われますが、成長するにつれ、だんだん世の中(の矛盾)が見えてきて、でも、うまく渡り合えず、ちょっと不器用で、恥ずかしくも傷ついていた時代であり、そうした時代を意識した時にはもはやそこにはいないことをほろ苦く悟らされる類いのものです。もう一度若くなって世の中を渡って来なければならぬと思うと、何よりも先に煩わしい思いがする、と言ったのは正宗白鳥であり、もう一度やれと言われてもお断りしたい、と言ったのは吉行淳之介でした。また、たくさんいろいろな事を考える、そして人生の問題を殆ど発見する、その後は、それに慣れて、だんだんにそれを忘れていく、と言った人もいますし、若い時、我々は学び、年をとって、我々は理解する、と言った人もいました。極めつけは太宰治の言葉で、大人とは、裏切られた青年の姿である・・・と。私たちははっきりと頭では分かっていたけれども、長い検証の時を経てそれらが胃の腑に落ちたのは歳を重ねてからのことであり、そういう意味では、無知の知が無性に懐かしい、あるいは知らない方が幸せだったと言えるかも知れません。
 なお、青春とは、人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言う、という文章で始まるサミュエル・ウルマンの有名な詩(”Youth”)は、マッカーサー元帥が座右の銘として執務室に掲げていたことから、日本でも知られるようになり、ロバート・ケネディーはエドワード・ケネディーへの弔辞にこの詩の一節を引用したそうですが、「リーダーズ・ダイジェスト」1945年12月号に掲載された時には、”How to Stay Young”と題されていたように、「青春」と言うよりは、心の「若さ」を讃美するものと言うべきです。
 こんなことをつらつら書いて来たのは、木曜日夜11時からBSジャパンで青春群像ドラマ「俺たちの旅」の再放送をやっているのをたまたま見て、懐かしい気持ちでいっぱいになったからでした。ご存知、青春ドラマの巨匠・鎌田敏夫の脚本で、1975年10月から一年間、計46回にわたって日本テレビ系で放映されたもので、その後も何度が再放送され、アマゾンによるとDVDも販売されているので、今なお根強い人気があるのでしょう。私も子供の頃に憧れ、学生時代には、あれほどの自由気ままさや、ひたむきさはなかったと思い、それは時代背景が違うからだと納得していたのですが、今、あらためて見ると、当時の自分たちのことも同様に「俺たちの旅」のような感傷に包まれて思い出します。そう、「俺たちの旅」は現実ではなくて、オトナになってから学生時代を振り返る感傷の味付けがされていたもの、それが「青春」たる所以なのでしょう。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジャスミン | トップ | 土俵際 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

たまに文学・歴史・芸術も」カテゴリの最新記事