風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

人を動かすメッセージ

2020-05-27 01:15:49 | 時事放談
 昨日、ようやく緊急事態宣言が全面解除された。そうは言っても、コロナ禍のリスクがなくなったわけではないので、人出が急に元に戻るわけではなさそうで、当面、テレワークを続ける企業もあるようだ(私の会社もその一つ)。このように、コロナ禍は一種のショック療法で、テレワークを半ば強要し、少なからぬ日本人にとって意外なことに大抵のことはオフィスに行かなくても済んでしまうことが分かり、テレワークへの評価を高めた一方で、この間のコロナ禍との戦い・・・死への恐怖であったり、生活の糧を失う不安であったり、行動自粛によるストレスであったり・・・が人々の心に残した傷跡は小さくない。最近、SNSが良くも悪くも話題で、誹謗中傷や罵詈雑言が若い女子プロレスラーの死を招いたとされる痛ましい事件があったのも、また、キョンキョンをはじめとする所謂ツイッター・デモが、安倍政権をして検察庁法改正案を断念させるに至る快挙(?)があったのも、緊急事態宣言下での精神的ストレス抜きには考えられないように思える(だからと言って、それぞれの事態そのものを軽視するものではないが)。
 結果として日本は、欧米と比べて、桁違いの緩さの中で、桁違いのレベルで新型コロナウイルスを抑え込み、桁違いの再開基準を設定しクリアしたという現象だけ見れば、成功したと言えなくはない。同時に、医療体制(特にICUなどの緊急医療)や医療用品(マスクや防護服など)のサプライチェーンは意外にも脆弱だったことが判明し、この医療体制の制約のために、欧米諸国よりも被害が桁違いに大きくない段階で、緊急事態宣言を出さざるを得なかった側面もある。反省すべきだろう。そして、その内実は、当初のクルーズ船対応で欧米の評価は低かったし、PCR検査数は少ないし、Social Distancingは中途半端だし、政権への評価は高くないし、やることなすこと全て間違いのようでありながら、死亡率の低さだけは厳然たる事実として認めないわけには行かず、Foreign Policy誌が「奇妙な成功」と呼ぶしかなかったのは、分からなくはない。
 とりわけ政権への批判は、精神的ストレスのスケープ・ゴートにされたかの如く、凄まじかった(苦笑)。行動自粛のため報道すべきスポーツがなくなったスポーツ新聞までもが参戦し、二重三重に拡散されてうんざりするほどだった(微笑)。あるコミュニケーション・ストラテジストを名乗る方は、緊急事態宣言の記者会見に関して、「命令ではなく『自粛』要請によって人々の行動を変え、感染を止めようとするならば、頼みの綱となるのはコミュニケーションであるはずで、最後は、言葉の力に頼るしかない」(というのは道理だろう)、それなのに、安倍さんの会見と来たら、「安心も希望も恐怖も感じない」「感情の心電図はフラットのまま」だと酷評されていた。そしてこの方は、安倍さんに対してかねて次のような提言をされていたという。

□ 揺るぎのない強さとやさしさを持って、正面から国民に向き合ってほしい。
□ 原稿など読まずに、前を向いて、自分の言葉で話してほしい。
□ 迅速に決断をし、徹底した情報開示をしてほしい。
□ 国民の不安、恐怖、怒り、心配に自分ごとのように心の底から共感し、寄り添う姿勢を見せてほしい。
□ 間違いがあれば、素直に認めて、謝ってほしい。
□ 責任は自分にあることを明確に示してほしい。
□ 国民のために身をていして、この困難を乗り越えるべく粉骨砕身、取り組む姿を見せてほしい。
□ 具体的な展望を示し、未来に希望の灯をともしてほしい。

 気持ちは分からなくはないが、誤解や誤認や思い込みがあるように思うし、いくらかかるご時世とは言え、やや感情的に傾き過ぎ、コミュニケーション・ストラテジストを自任する割りには、人格批判に踏み込み過ぎ、ではなかろうか(発表したメディアの性格にも影響されているかも知れない)。ただ、日本の政治家全般の限界だろうと思うが、自分の言葉で語るわけではなく、官僚が用意した原稿を(心を込めて、と本人は思っているだろうが)棒読みするだけとする批判は、見当外れとは言えない。
 この点で、対照的とも言えるNY州のアンドリュー・クオモ知事などの記者会見を分析したハーバード・ビジネスレビュー誌の記事がなかなか面白かった。危機的状況の中で、聞き手の注目と信頼を得るためには言葉がいかに重要かを示しているとして、スピーチの模範として、その特徴を4つに纏めている。

(1)長い単語を短い単語に置き換える・・・集中力が持続せず、騒音が多い危機の際にこそ、シンプルな言葉が有効だとして、ツイッターのメッセージ「Stay Home. Stop the Spread. Save Lives.」を称賛。次のような(官僚が用意しそうな 笑)メッセージと比較してみよ、と言う。「公衆衛生と安全を守るために、重要なインフラに影響を与える必須の活動に従事していないすべての居住者に対し、新型コロナウイルスの蔓延を緩和し、罹患率と死亡率を最小限に抑えるため住居にとどまるよう、ここに命令する」 なお、「stay」「home」「lives」などのアングロサクソン系の単語は、ラテン語に由来する単語に比べ、単音節から成り、具体的で、理解しやすい傾向があるそうだ。
(2)アナロジー(類推)を用いる・・・神経科学者によれば、私たちの脳は、新しい物や未知の物を、馴染みのある物と結びつけて、この世界を処理しているのだそうで、例えば新しいアイデアが提示されると、脳は「これは何?」と聞くのではなく、「これはどのような物?」と尋ねるのだという。かつてF.D.ルーズベルト大統領が英国に武器貸与する際に用いた「消防ホース」のアナロジー(近所の火災を消火するためにホースを無償で貸与するのは、自らに火災が降りかかるのを予防するため)を引き合いに出し、オレゴン州がニューヨーク州に人工呼吸器140台を貸与したのが、なぜオレゴン州にとって得策なのかを説明したという。
(3)危機を個人的なものにする・・・ハラリの『サピエンス全史』によれば、私たちの高度な言語能力、特にストーリーを通して互いにつながる能力は、他の種にはできない方法で協力することを可能にしたということだ。ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策調整官のデボラ・バークス博士は、祖母が1918年のスペイン風邪の際に感染し、免疫不全疾患を患っていた母親にうつして死に至らしめた話を次のように締めくくった。「祖母は88年間、それを背負って生きた。これは空論ではない。現実だ」
(4)3の法則に従う・・・人は多過ぎず少な過ぎず3つにまとめられたものを好むとはよく言われるが、危機の中では、数は少ないが具体的な指示を与えるリーダーほど人々を動かすという。国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は、米国がソーシャル・ディスタンシングの指針を緩和できるのは「検査、隔離、感染者追跡」という3つが可能になったときだと述べ、国民は次の3つの行動によって他者との距離を確保すべしとして、「6フィート(約1.8メートル)離れる、集まりは10人以下にする、レストランやバー、劇場などでの多人数の交流を避ける」と言ったという。

 日本の「三密を避ける」というのはなかなかのものだと思うが、安倍さんのスピーチは、もうひと踏ん張り、いやふた踏ん張りくらい必要だろうか。
 なお、シンプルということで言うと、トランプ大統領の英語は小学5年生レベルと揶揄されるのは、カーネギー・メロン大学付属言語科学研究所が歴代大統領のスピーチを分析した結果によるものだそうで、より正確には、文法的に小学5年生、語彙に至っては小学4年生レベルなのだそうだ。因みにレーガン大統領、クリントン大統領、オバマ大統領は文法的には中学2年生レベルだったそうで、程度の差は大きいような気もするし、それほど大きくないような気もしないではない(笑)

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