【折々の花だより】

”季節の花だより”
花たちとの出会いを楽しんでます

村屋坐彌冨都比賣神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)

2020-06-11 | デジカメ紀行
村屋坐彌冨都比賣神社は奈良県磯城郡田原本町にあり、縁結びの神、家内安全の神、商売繁盛の神として信仰されています。
大物主(おおものぬし)と三穂津姫(みほつひめ)の夫婦神を祭る「縁結びの神」「内助の功の神」で知られ、大神神社(おおみわじんじゃ)の妃神(きさきがみ)を祀っていることから大神神社の別宮ともいわれ、大神神社を詣っただけでは片詣り、両方詣ってさらにご利益が増すといわれています。
境内の森には、町の木である「イチイガシ」などの木が茂り、県の天然記念物に指定されています。

5月25日訪れました。

境内図


一の鳥居


二の鳥居




鳥居の横に




参道を進みます。



物部神社(もののべじんじゃ)






宮司家の祖先にあたる物部守屋など物部氏の祖神を祀っています。
祭神 御炊屋姫命、宇麻志摩遲命 
この神社は堀で囲われ、池に浮かぶ島のように見えることから弁天信仰が起こり、
市杵島姫神社(弁天さん)とも呼ばれているそうです。

見えてきました。



手水舎


拝殿


拝殿前の狛犬
  


拝殿横に
久須々美神社(くすずみじんじゃ) 別名:恵比須神社


倭鍛冶の祖と商売繁盛の神を祀っています。
祭神 天之久之比神(アメノクシヒノカミ)、事代主神(コトシロヌシノカミ)
大国主神の子、事代主神であることから、若宮とも呼びます。
天之久之比神は、天津彦根命の御子で天目一箇命(アメノマヒトツノミコト)の別名。


本殿


向かって右が三穂津姫命、左が大物主命。
建築年代を示す棟札・修理札などはありませんが、文久2年(1862年)新築願いの古文書、本殿裏面の「明治十丑二月」の落書きから幕末には建築されていたものと思われます。
桁行16.0尺(4.86m)、梁行6.1尺(1.85m)の南面した三間社流造で、極彩色が施されています。


本殿の左に
服部神社(はとりじんじゃ)


繊維染織、服飾全般を司る神。
祭神 天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、天之御鉾神(アメノミホコノカミ)


本殿の右手に
村屋神社(むらやじんじゃ)


壬申の乱で大海人皇子軍に神託を授け勝利に導いた神
祭神 経津主神(フツヌシノカミ)、武甕槌神(タケミカヅチノカミ)、
室屋大連神(ムロヤオオムラジノカミ)、大伴健持大連神(オオトモノカケモチオオムラジノカミ)

経津主、武甕槌二神は春日四神の内の二神であることから、春日神社とも言う。
大連二神は壬申の乱(672)に、吉野軍の将として活躍し、功績が高かったため、
天武5年に合祀される。

御朱印を頂きに社務所へ。





アマビエの御朱印

公式サイトより

姿を描いて流布すると疫病が退散すると伝わる妖怪「アマビエ」。
デザイナーでもある禰宜(ねぎ)の守屋裕史さんが原画を作成されたそうです。
「アマビエ」を描いた御朱印は新型コロナウイルスが収束するまで期間限定で授与されています。

マンホール

田原本町唐古・鍵遺跡のシンボルタワー「桜閣」と、町の花「すいせん」をデザイン化したものです。


説明文は公式サイトを参考にしました。

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