友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

バラ園造り

2018年11月14日 17時43分59秒 | Weblog

  随分と陽が傾くのが早くなった。我が家からほぼ真西に、養老山脈の北の縁と伊吹山との谷間が見える。関ケ原である。この前まで、太陽はこの辺りに沈んでいたのに、今はもう養老山脈の南の端へ移動している。カミさんのお父さんが我が家に来た時、「あの辺りが関ケ原ですよ」と説明すると、大地をにらみつけ、「高いところに立つと、天下を取った気分になるな」と感無量の趣だった。

 私はこの西向きのバルコニーに小さな庭園を造ろうと思った。洋画には、バルコニーに植木鉢を置き、お茶を飲んだりおしゃべりをしたり、時には恋をするそんな場面が出てくる。そこで1鉢また1鉢と植木鉢を持ち込み、土を買ってきて花を植えた。バルコニーの南半分を、春はチューリップ、夏から秋はサルビア、北半分はバラを主に、アジサイと金木犀と椿である。バラ園にしようと思ったのは、小学校からの帰り道で見たバラ園が見事だったからだ。

 私は校区外から通学していたので、ひとり気ままにあちらこちらと見ながら帰った。医院の庭にバラが何本も植わっていた。春と秋はこの庭を覗くのが楽しみだった。中学生になって、我が家の北側の崖下に、柿木が3本あるだけの荒れた畑があったので、父に頼んでそこを貸してもらい、バラ園造りを始めた。お金がなかったので何本も買えなかったし、肥料が要ることも知らなかったので見事な庭園にはならなかった。

 姜尚中さんの『母の教え』にはいくつもの花の話がある。彼はバラを「男たちを狂わせ、破滅させる美貌の女王」と感じ、「その意味で、世界の伝説的な美女をかき集めてくれば、バラの、虚実交々のイメージが出来上がるに違いない」と考えていた。ところが、「高原では有名なバラの名所、レイクガーデンで、私は、バラの魅力に籠絡されてしまった」。「できれば、イングリッシュガーデンを造ってみたい」と、早速ツルバラを垣根に植え込み、今では見事に成長しているようだ。

 我が家ではツルバラも冬には短く選定する。冬の強烈な北風に倒れないためで、バラの土の入れ替えもしている。手間暇かけなければ応えてくれない。かなり世話をしているつもりでも、寿命なのか、枯れそうなバラが1本ある。春に芽が出てこなければ諦めるしかない。

コメント
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