今朝は6時前から起き、庭に出て、昨日の作業の続きをする。ところが午前7時半、天気予報よりも早く雨が降り出してきた。部屋に戻って朝食を取っていると、友だちからメールが届いた。「暇?生憎の雨。室内活動に限ります。時間があれば、県立陶磁器資料館に行かない?」。雨降りではどうしようもないから、お誘いを受けて一緒に出かけた。それにしても、朝8時にメールとは驚いた。でも考えてみれば、中学の同級生の女性だって午後11時を過ぎにメールしてきた。このメールは発信元が分らなかったから初めは「何?誰?」って思った。
メールは便利だ。孫娘などは母親との連絡にメールを使っているが、孫娘が寝入ってからでもメールが来ることがある。先日などは「寝ぼけていて、なんて打ったのか覚えがない」と言いながら、送信記録を調べていた。そうそう、今日はメールの話ではなく、それで、友だちと二人で県立陶磁器資料館に出かけた話だ。彼が車で迎えに来てくれ、そのまま高速を利用して資料館へ向かった。万博の跡地公園へ行く車は多かったけれど、さすがに資料館に向かう車は少なかった。
長久手・瀬戸・多治見とつながる尾張丘陵地帯は新緑が真っ盛りだ。この地方にだけ見られるというナンジャモンジャは本当に雪が積もっているように見える。アカシアの白い花も咲いている。なだらかな小さな緑は豊かに続いている。この先にあり、万博会場にされそうになった「海上の森」はこの上なく美しい季節を迎えていることだろう。尾張平野と違って、こちらは雑木林ばかりの丘陵地だから、全く先のことも考えずに開発されてしまった。点在する大学はいつまでここに留まるのだろう。再び都心への移転が始まっているが。
陶磁器資料館は『窯変の美』と題して、鎌倉・室町時代の焼き物を展示していた。愛知での焼き物の歴史は古く、瀬戸から渥美・常滑、そして美濃へと広がっていったようだ。縄文土器を「芸術だ!」と言ったのは岡本太郎だが、生活用具であった土器はデザインも芸術性も意識されたものではなかった。あくまでも生活用具としての使いやすさを意識して作られたはずだ。茶の湯が始まり、器の意味が大きく変わった。それまでの土器の文様は、初めは土をなじませるためであったものが、次第に地域や窯あるいは作り手を現すものに変わっていったと思う。
小ぶりの壷は火葬した骨を収めるのに用いたようだ。甕と壷は、もともとは水や油あるいは穀物などの入れ物であったらしい。その区別を尋ねると、「口の大きさで、大きいものを甕、小さいものを壷と呼ぶようです」と教えていただいた。茶の湯は日本人のセンスというか芸術性を磨き上げ、生き方に結びつけたものだが、それ以前の生活用品としての土器もなかなか味わいがあるとこの展示で教えられた。
入り口でいただいた飲み物50円引きの券を使ってコーヒーを飲む。利用者が少ないためか少々苦い。庭を眺めると幾組かのカップルが相合傘で歩いている。連休の中日、ほほえましい光景だった。
メールは便利だ。孫娘などは母親との連絡にメールを使っているが、孫娘が寝入ってからでもメールが来ることがある。先日などは「寝ぼけていて、なんて打ったのか覚えがない」と言いながら、送信記録を調べていた。そうそう、今日はメールの話ではなく、それで、友だちと二人で県立陶磁器資料館に出かけた話だ。彼が車で迎えに来てくれ、そのまま高速を利用して資料館へ向かった。万博の跡地公園へ行く車は多かったけれど、さすがに資料館に向かう車は少なかった。
長久手・瀬戸・多治見とつながる尾張丘陵地帯は新緑が真っ盛りだ。この地方にだけ見られるというナンジャモンジャは本当に雪が積もっているように見える。アカシアの白い花も咲いている。なだらかな小さな緑は豊かに続いている。この先にあり、万博会場にされそうになった「海上の森」はこの上なく美しい季節を迎えていることだろう。尾張平野と違って、こちらは雑木林ばかりの丘陵地だから、全く先のことも考えずに開発されてしまった。点在する大学はいつまでここに留まるのだろう。再び都心への移転が始まっているが。
陶磁器資料館は『窯変の美』と題して、鎌倉・室町時代の焼き物を展示していた。愛知での焼き物の歴史は古く、瀬戸から渥美・常滑、そして美濃へと広がっていったようだ。縄文土器を「芸術だ!」と言ったのは岡本太郎だが、生活用具であった土器はデザインも芸術性も意識されたものではなかった。あくまでも生活用具としての使いやすさを意識して作られたはずだ。茶の湯が始まり、器の意味が大きく変わった。それまでの土器の文様は、初めは土をなじませるためであったものが、次第に地域や窯あるいは作り手を現すものに変わっていったと思う。
小ぶりの壷は火葬した骨を収めるのに用いたようだ。甕と壷は、もともとは水や油あるいは穀物などの入れ物であったらしい。その区別を尋ねると、「口の大きさで、大きいものを甕、小さいものを壷と呼ぶようです」と教えていただいた。茶の湯は日本人のセンスというか芸術性を磨き上げ、生き方に結びつけたものだが、それ以前の生活用品としての土器もなかなか味わいがあるとこの展示で教えられた。
入り口でいただいた飲み物50円引きの券を使ってコーヒーを飲む。利用者が少ないためか少々苦い。庭を眺めると幾組かのカップルが相合傘で歩いている。連休の中日、ほほえましい光景だった。