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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

熱い日の出来事

2009-05-12 | 仕事
自分が若かった日々が、懐かしくもあり、愛おしい。
私は、熱く烈火を噴く活火山だった。
遠い遠い、過ぎ去りし日・・・


ある夏の暑い日、私は仕事で、ある人のお話を伺いに出かけた。
その人は、だんじり作りの職人さん。
年は、40歳ぐらいだろうか。
当時の私より、おそらく5、6歳ほど年上かと思われた。
私は慣れない仕事に、緊張していた。

薄暗い作業所で、その人は、黙々とケヤキを彫っていた。
名刺を差し出し、お話を伺う手順を踏む。
職人さんという職業そのままの、朴とつとしたしたその人は、
無口で、人と喋るのはあまり得意ではなさそうだった。

薄暗さに目が慣れ、彼の顔とまともに向き合った瞬間、
彼の目から発する光が刺さるのを感じた。
一瞬にして私は、その光を全身で受け止めた。

ピンと張り詰めたまま、細い、しかし強い光を放ち続ける彼と私は見つめ合った。
最初は閃光だったが、しばらくして視線が絡みついた。
それは、彼の瞳から、私の瞳へ、そして眼球の底を通って身体の隅々まで絡め取るように、
微妙な強弱、ジグザグを繰り返し、行ったり来たりした。

動物が獲物を見つけた時に発する、天性の武器にも似たその光は、
私の頭の奥を、鈍く痺れさせた。
力強い粘りや、濃度の濃いヌメリが混ざり合ったような質感を持っていた。
ラングドシャ(猫の舌)のような、ざらつき感も練りこまれていた。
私は、得体の知れないものが自分の中に、
生物が動いたような、どくっと脈打ったような、そんな気がした。
彼の浅黒い顔は、脂と汗が混じった様相で黒光りし、艶を放ち
筋肉質でがっしりした骨格、地道にもくもくと働く忍耐強さ、逞しさを持っていた。

独特の光の持つ魔力に、私は、ぐいぐい惹き込まれて行った。

ちゃんとお話を伺わなくては・・・
いったいどれぐらいの時間が経っているのだろう・・・
そんな目で見つめられると、どうにかなってしまう。
どうしてそんな濃厚な眼差しで、私を引き込むのか・・・。

ぬめぬめと、沼の奥に引きずりこまれそうになった。
絡め取られるその時まで、いつまでも引っ張り続けられそうだった。
一向に力を失わない光を放つ、その人の目を私は見続けた。


私は、本来、知的な紳士が好きなのだ。
学問や知識が、頭にぎっしり詰まった、そういう人が好き。
そして高尚な趣味を持つ人格者、崇高な人に憧れる。
ちょっと青白い、細長い繊細な指を持つ、スリムな人が好き、・・・なはずだった。
その逆に、ダイッキライなのは、無学で、弁の立たない、野卑な人。
汗とも埃とも区別がつかないような、黒くギラリと光る、
彼は、私の、理想とするタイプとは正反対だった。


情緒とか、品性とか、気配りとか、優しさとか・・・
そういう優等生的「女性らしさ」は、すべて、どこかに吹き飛んだ。
理性より、感覚的な五感でフルに、その空気を感じていた。
頭は、空っぽ、ということだろう。
彼を感覚だけで嗅ぎ取っていた。


あのとき、私はギリギリの崖っぷちのところに立ち、一触即発だったのだが、
なにしろ仕事の枠の中。
彼も私も、仕事を媒介に、向かい合っている。
もし、仕事でなければ、状況が違っていれば、
あの人が、ほんのひと触れでもしていたら、・・・・・


クールに冷静を保つ自分が好きだから、
特に恋愛は、男性に対して、自分が優位に立つポジションが好きだから、
今まで抑え込んできたもの、
一瞬にしてそれを崩すと、あとが修羅場になる。

幸か不幸か、チープな官能小説にあるような展開には、ならなかったので、
今日、こういうことを書けるわけだが・・・。
その時の、あの仕事は、今も思い出に強く残っている。
あの一瞬は、短くもあり、長くもあり、
もう一人の、別の自分の存在を知った瞬間でもあった。


私は今は、かなりの中古品。
多少の修理をしても、なかなか元には戻らない。
部品の在庫もなく、廃盤かも知れない。
知らぬは、自分ばかりなのかも知れない。