晴れ。きのう、静岡の焼津に住んでいる妻の妹から鰹のたたきが届いた。大ぶりの鰹を焼いたものが氷詰めにされて送られてきた。さっそく夜、万能ネギと生姜をたっぷりかけて、酢醤油でご馳走になる。美味、さすがに焼津で作ったものだけに、こちらではめったに食べられるものでない。
ことしは鰹が豊漁と聞いているが、初鰹がわが家の食卓にのぼるのはこれが二度目である。江戸の初鰹は、初物好きの江戸っ子の垂涎の的で、その値段は女房を質に置いて買うというほど法外であった。文化9年の4月に、魚河岸に入荷した鰹は17本。その内6本は将軍家が買上げ、3本は料亭八百膳が2両1分で買い、8本を魚屋が買上げ、そのうち一本を中村歌右衛門が3両で買って、大部屋役者にふるまったという話がある。
何しろ当時の下女の1年間の給金が1両2分であったというから、初鰹の値がいかに高価だったかが分かるというものだ。落語にこんな話がある。
初鰹を奢らんと一杯しかけるところへ、近所から、「急にお目にかかりたい、ちょっと、ちょっと」と、呼びに来る。「なむさん、不意打ちだな。こりゃ、六助、このまま置いていくぞ。気をつけよ」と、いいすてて出でていく。六助も、そこら片付けているうちに、猫めが刺身を半分ほど食ってしまう。六助おどろき、猫をおしのけ、ついでだからと、残りも猫のせいにしようと、2箸3箸舌鼓。そばから猫が「ふうふう」と怒る。
ところでこの鰹のたたきだが、刺身は魚屋から下ろしたもの半身なり買ってくれば容易に食べられるが、たたきとなると簡単ではない。辰巳浜子の「料理歳時記」を開いて見る。
「鰹の胴体はつるりとした皮です。この強靭な皮を、焼くことによって食べやすくした、昔の人の知恵には頭が下がります。焼くには藁火が定石とされていますが、都会のアパート生活でそんなことをしようものなら一大事にいたります。ガス火の焔で充分です。一番強い直火でパチパチと焼きます。焼きはじめると表面に脂肪の小粒が浮き出て、それが焦げるとはじけてパチパチと音を立てます。ちょうど胡麻を散らしたような焦げ目が魅力です。焼きめつけてから、氷をたくさん氷水へとっぷりつけて急激に冷やします」
昔、水戸に3年ほど住んでいたことがある。桜の季節が過ぎ5月ともなると、魚屋には新鮮な鰹があふれていた。1尾を買って4人家族で食するのだが、子どもたちはまだ小さかったので、半分は自分が食べた。そんな食の経験が、いまなお残って、この季節になると鰹に目がいく。
目には青葉山ほととぎす初鰹 芭蕉