主人(しゅじん)は息子(むすこ)のえり首(くび)をつかむと言った。「お前は、この女と、どういう関(かか)わりがあるんだ」
息子はその手を振(ふ)りほどき、「あんたには関係(かんけい)ないだろ。この人は、俺(おれ)を助(たす)けてくれたんだ。真面目(まじめ)に働(はたら)けって言ってくれた。それに、借金(しゃっきん)だって肩代(かたが)わりしてくれて――」
「借金だと…、お前もか。何だってこの女に!」
女は立ち上がって、息子の背(せ)を押(お)すようにして言った。
「さあ、もう行きなさい。時間に遅(おく)れたら大変(たいへん)よ。せっかくあなたを雇(やと)ってくれたのに」
「ああ、そうだね。めぐみさんには感謝(かんしゃ)してるよ。俺、ちゃんとやり直(なお)すから」
息子はそう言うと、後ろを振り向くこともなく、バッグを抱(かか)えて家を飛(と)び出していった。主人は怒(いか)りで身体(からだ)を震(ふる)わせて女を睨(にら)みつける。女は平然(へいぜん)としてソファに座(すわ)ると、
「さあ、これでゆっくりお話しができるわ。どうぞ、お座りになって」
主人は女の前に座ると、「お前は一体(いったい)、何なんだ。何のためにこんなことを…。俺に何の恨(うら)みがあるって言うんだ。派遣(はけん)社員でうちへ来たとき、目をかけてやったのは俺だぞ。愛人(あいじん)にしたのだって、お前のほうから誘(さそ)ってきたんじゃないか。それなのに――」
「そうね。――あたし、あなたに会ったことあるのよ。もう、十年前になるかしら」
女は口元(くちもと)に微笑(ほほえ)みを浮(う)かべたが、その視線(しせん)は震(ふる)え上がるほど冷(つめ)たいものだった。
<つぶやき>この二人は過去(かこ)に何があったのでしょう。そして、この家族(かぞく)の運命(うんめい)はいかに。
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