主人(しゅじん)は苦虫(にがむし)をかみつぶしたような顔をした。妻(つま)は立ち上がりキッチンの方へ駆(か)け込んで行く。――しばしの沈黙(ちんもく)。女は何を考えているのか、窓(まど)から庭(にわ)の方を眺(なが)めていた。その時、二階から階段(かいだん)を駆け下りて来る足音(あしおと)が聞こえた。どうやら、ここの息子(むすこ)のようだ。
息子はリビングに父親(ちちおや)が立っているのを見て、思わず立ち止まった。そしてふて腐(くさ)れるように呟(つぶや)いた。「何だ、まだいたのかよ」
父親は息子に八つ当(あ)たりするように、「何だ、その言い方は! 毎日ぶらぶらして、大学(だいがく)へは行ってるのか? 今度留年(りゅうねん)したら、もう金は出してやらんぞ」
息子は、持っていた大きなバッグを床(ゆか)に放(ほう)り出して言った。
「もういいよ。俺(おれ)、この家を出て行くんだ。仕事(しごと)も自分(じぶん)で見つけたから」
「何だと…。ふん、お前みたいな怠(なま)け者を雇(やと)ってくれるところがあるとはな。出て行きたければ出てけ。せいぜいクビにならないように――」
息子はソファで背(せ)を向(む)けて座(すわ)っている女に気がついて、ちょっと驚(おどろ)いた顔をする。それを見た父親は、「お前、この女を知ってるのか?」
今まで外(そと)を見ていた女が振(ふ)り返った。その顔には慈愛(じあい)の微笑(ほほえ)みが浮(う)かんでいた。息子は女の方へ駆け寄って言った。「めぐみさん、どうしてここに?」
「あなたのことが心配(しんぱい)になってね。もう大丈夫(だいじょうぶ)よ。お父(とう)さまにちゃんとお話ししたから」
<つぶやき>この女、息子とも関係(かんけい)があるのか? 一体(いったい)これは、どうなってるんでしょう。
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