一子(いちこ)はベッドに座(すわ)って電話を掛(か)けていた。やっとつながったらしく、彼女はまくしたてるようにしゃべり始めた。「ねえ、聞いてよ。あのね、陽介(ようすけ)のやつ、浮気(うわき)してるのよ。もう、ひどいと思わない――」
相手(あいて)の声が、「その話、長くなるかな…。今、手が離(はな)せなくて、ごめん」
唐突(とうとつ)に電話が切られた。これで、四人目だ。友達(ともだち)の誰(だれ)一人、彼女の話を親身(しんみ)になって聞いてくれる人はいなかった。一子は泣(な)きそうになった。
その時だ。突然(とつぜん)、携帯(けいたい)が鳴(な)り出した。彼女は反射的(はんしゃてき)に電話に出た。電話の向こうからは聞き憶(おぼ)えのない男の声が、「あの、私でよかったら、お話、お聞きしますよ」
一子は一瞬(いっしゅん)、息(いき)を呑(の)んだ。「あなた…、どなたですか? おかけ間違(まちが)えじゃ…」
「いえ、ちょっと聞こえちゃったもんですから。彼、浮気してるんですか?」
「ど、どうして…。あなた、まさか…、ストーカー? 盗聴(とうちょう)してるの!」
彼女は部屋の中を見回(みまわ)した。電話の声は、「違(ちが)いますよ。盗聴なんか…。申(もう)し遅(おく)れましたが、私、あなた方に電波(でんぱ)と呼(よ)ばれているものです。今、あなたの携帯の中に――」
一子は携帯を投(な)げ捨(す)てた。でも、彼女の頭の中に男の声が、
「ひどいなぁ。――もしよかったら、彼のことお調(しら)べしましょうか? もちろん、これは無料(むりょう)サービスになっております。ぜひ、ご利用(りよう)ください」
<つぶやき>あなたは利用しますか? でも電波が相手じゃ、何をされるか分かりません。
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