俊夫(としお)は友だちの紹介(しょうかい)で彼女ができた。まだ付き合い始めて日も浅(あさ)いので、彼女とのデートはドキドキで、自分でもワケがわからずハイテンションになっていた。逢(あ)えない日には、電話でおしゃべりをした。おもに、彼の方が聞き役(やく)に回るのだが…。
今日も、俊夫は彼女と楽しそうに電話をしていた。いつも膝(ひざ)の上で喉(のど)を鳴(な)らしている飼(か)い猫(ねこ)が、いつになく電話を気にしているようだ。おもむろに膝の上で立ち上がると――。
「ねえ、誰(だれ)と話してるのよ」
女の甘(あま)くささやくような声がした。その声は、電話の向(む)こうまで聞こえていたようで、
「俊夫さん、誰かそこにいるの?」
彼女が不審(ふしん)がるのは当然(とうぜん)の反応(はんのう)だ。でも、いちばん驚(おどろ)いていたのは俊夫の方だ。誰もいるはずがないのに、女性の声が聞こえたのだから。また、声がした。
「あたし、もう待(ま)てないわ。早くしてよ」さらに甘える声で、「お・ね・が・い」
「ねえ、聞いてるの俊夫さん。今の声は誰よ。まさか、私の他に…。もう、信じられない!」
「ちょ、待ってよ」俊夫は慌(あわ)てて言った。「誰もいるはずないだろ。僕(ぼく)は君(きみ)だけ――」
「じゃ、今のは? 女の声がしたじゃない。私、あなたがそんな人だとは思わなかったわ」
彼女は泣(な)きながら電話を切った。俊夫の頭の中では、〈なんで、なんで〉がぐるぐると駆(か)けめぐった。飼い猫はそれを見て膝の上で寝(ね)そべり、満足(まんぞく)そうに喉を鳴らし始めた。
<つぶやき>この後、どうなったんでしょ。猫がしゃべるなんて信じてもらえないよね。
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