かすみは不思議(ふしぎ)なとら猫(ねこ)に出会(でくわ)した。毛並(けな)みから見て、きっと野良猫(のらねこ)なのだろう。その猫は逃(に)げるどころか、かすみの足にすり寄(よ)って来た。彼女は別に可愛(かわい)いと思ったわけでもないのに、猫を家に連れて帰ることにした。そういう衝動(しょうどう)にかられたのだ。
彼女の生活(せいかつ)は一変(いっぺん)した。一人暮(ぐ)らしだったので、家で猫が待(ま)っていると思うだけで、何だかウキウキした気分(きぶん)になった。そして、仕事(しごと)で嫌(いや)なことがあったり、彼と喧嘩(けんか)した時には、その猫は黙(だま)って彼女の愚痴(ぐち)を聞いてくれるのだ。
ある日のとこ、かすみは仕事でトラブルがあり、落(お)ち込(こ)んで帰って来た。もう仕事なんか辞(や)めてやる、と猫に愚痴をこぼし涙(なみだ)を流(なが)した。いつもなら黙って聞いている猫が、今日はひと声鳴(な)いて彼女の頬(ほお)をなめた。そして、こう言った。
「明日から、俺(おれ)が働(はたら)くよ」
かすみは、人の声がしたのに驚(おどろ)いた。誰(だれ)もいるはずがないのに、部屋を見回した。
「今の声は…」かすみはとら猫を見てつぶやいた。「まさか、そんなはずないわよね」
次の朝、かすみは起(お)きるのもおっくうだった。いつもなら、ベッドの横(よこ)で寝(ね)ているはずの猫がいない。仕方(しかた)なく、かすみはベッドから這(は)い出して、猫を呼(よ)んでみた。でも、部屋の中を見渡(みわた)しても、猫の姿(すがた)はなかった。きっと出かけちゃったのね、と彼女は思った。
かすみは外を見てみようと玄関(げんかん)のドアを開けた。すると、目の前に大きな、大きなネズミが一匹、転(ころ)がっている。その横で、とら猫が気持(きも)ちよさそうに顔を洗(あら)っていた。
<つぶやき>義理堅(ぎりがた)い猫もいるのです。でも、なるべく猫の手は借(か)りないようにしましょ。
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