ごく一般的な工科大学である成南電気工科大学のサークル「機械制御研究部」、略称【キケン】。部長*上野、副部長*大神の二人に率いられたこの集団は、日々繰り広げられる、人間の所行とは思えない事件、犯罪スレスレの実験や破壊的行為から、キケン=危険として周囲から忌み畏れられていた。これは、理系男子たちの爆発的熱量と共に駆け抜けた、その黄金時代を描く青春物語である。
…と本の背表紙に書かれたこの小説は、機研に属していた通称〔お店の子〕元山高彦が思い出話として妻に語る、という体裁が取られています。ただ、それが思い出話であることが分かるのは第1話の最後になってから。
内容紹介の「爆発的熱量」は言葉通りの意味で理解して差し支えありません。部長の上野は小学生の頃から火薬を扱い、簡易爆弾まで作ってしまった筋金入りの爆発・破壊魔だから。この人が一線を超えないようにブレーキ役を担っているのが副部長大神。ストーリは語り手元山が新入生としてこの危険な部に入るところから始まります。理系男子だけの変なノリが生き生きと温かい目で描かれています。1エピソードごとに語り手の奥さんが感想を挟むのですが、それが女性の視点代表みたいな位置づけなのでしょうか。
第1話 部長・上野直也という男:題名の通り部長の人物像を紹介しつつ新入生獲得及びそのふるい分けの様子が描かれた「爆発」エピソード。
第2話 副部長・大神宏明の悲劇:このエピソードでは大神にお嬢様大学に通う彼女ができ、付き合って3か月くらい経ってから別れるまでの経過が描かれています。私にとって一番?が多かったエピソード。特に別れに至るいきさつが酷い。彼女は週末に両親が旅行に出かけていないので、大神を家に誘い「泊ってくれてもいい」とまで言いいます。こういう誘いがあれば通常セックスまでしてよいと解釈するものです。大神も当然そのように解釈し、お風呂入って、ワイン飲んでなどとしたあと、熱烈なキスを交わし、いい雰囲気になったところで彼女を押し倒すのですが、ここでいきなり彼女が拒絶したのです。彼女はただ単に「大神さんと夜更ししたり...一目気にせずにキスとか、いちゃいちゃしたり」したかっただけだと言い、「初めて泊まりに来て最後までしちゃうのって普通なの?」と驚き、挙句の果てに「大神さん、怖い」と泣き出す始末。そして和解も何もなく、そのまま彼が謝ってその場を去っておしまい。いやいや、このお嬢さんの価値観の方がびっくりです。
第3話 三倍にしろ!前編 & 第4話 三倍にしろ!後編:機研は大学祭で毎年本格的なラーメンを出すことで有名で、売り上げも相当のものだったとか。ただし味が不安定で、たまに<奇跡の味>が出ると校内放送で宣伝し ていたという。喫茶店の息子であることから〔お店の子〕と呼ばれる元山がラーメン店の店長に任命され、売り上げ3倍のノルマを課せられます。ラーメン店はそれまでキケンの出店のみだったのに、因縁のあるPC研が嫌がらせでラーメン屋で対抗することに。売り上げを3倍にするためには味を安定させなければ、とスープの研究から始めます。売り込みの戦略を練ったり、大活躍。
第5話 勝たんまでも負けん!:キケンが校内の研究発表として2足走行ロボットを出したことが理事長に目を付けられ、○○県主催の第1回いロボット相撲大会にレベルの高い盛り上げ要員として参加するように依頼されます。
最終話 落ち着け。俺たちは今、:このエピソードでは、2回生になった元山がほんの遊び心で始めた手作り空砲のようなもので部室の壁を凹ませる競争で、部員たちが熱中し、精度をどんどん上げるうちに銃を作ろうかという段階にまで行ってしまいます。最終話の〆は奥さんと大学祭に行って、キケンのラーメンを食べて…という「現在」のエピソード。
この『キケン』はするすると一気読みできて楽しめました。同時に、色々自分の日本での大学時代を懐かしく思い出すことになりました。日本の大学では理系男子にも体育会系男子にもほとんど縁がありませんでしたが、インド哲学と言う奇妙なものを専攻するクセのある人たち(80%くらい男子)とのつきあいや、徹夜で麻雀をやったり、大学の文化祭でみんなで徹夜して変なノリになったり、なんとなく『キケン』で語られているノリに共通するものがあったと思います。
ドイツの大学ではサークル活動とかもなく、文化祭のような行事もなく、「学年」とか「x回生」とかいう概念もなく、何もかも違う大学文化でした。なので、『キケン』で思い出したのは日本の大学時代だけ。