徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:有川浩著、『キケン』(新潮文庫)

2016年07月11日 | 書評ー小説:作者ア行

ごく一般的な工科大学である成南電気工科大学のサークル「機械制御研究部」、略称【キケン】。部長*上野、副部長*大神の二人に率いられたこの集団は、日々繰り広げられる、人間の所行とは思えない事件、犯罪スレスレの実験や破壊的行為から、キケン=危険として周囲から忌み畏れられていた。これは、理系男子たちの爆発的熱量と共に駆け抜けた、その黄金時代を描く青春物語である。

…と本の背表紙に書かれたこの小説は、機研に属していた通称〔お店の子〕元山高彦が思い出話として妻に語る、という体裁が取られています。ただ、それが思い出話であることが分かるのは第1話の最後になってから。

内容紹介の「爆発的熱量」は言葉通りの意味で理解して差し支えありません。部長の上野は小学生の頃から火薬を扱い、簡易爆弾まで作ってしまった筋金入りの爆発・破壊魔だから。この人が一線を超えないようにブレーキ役を担っているのが副部長大神。ストーリは語り手元山が新入生としてこの危険な部に入るところから始まります。理系男子だけの変なノリが生き生きと温かい目で描かれています。1エピソードごとに語り手の奥さんが感想を挟むのですが、それが女性の視点代表みたいな位置づけなのでしょうか。

第1話 部長・上野直也という男:題名の通り部長の人物像を紹介しつつ新入生獲得及びそのふるい分けの様子が描かれた「爆発」エピソード。

第2話 副部長・大神宏明の悲劇:このエピソードでは大神にお嬢様大学に通う彼女ができ、付き合って3か月くらい経ってから別れるまでの経過が描かれています。私にとって一番?が多かったエピソード。特に別れに至るいきさつが酷い。彼女は週末に両親が旅行に出かけていないので、大神を家に誘い「泊ってくれてもいい」とまで言いいます。こういう誘いがあれば通常セックスまでしてよいと解釈するものです。大神も当然そのように解釈し、お風呂入って、ワイン飲んでなどとしたあと、熱烈なキスを交わし、いい雰囲気になったところで彼女を押し倒すのですが、ここでいきなり彼女が拒絶したのです。彼女はただ単に「大神さんと夜更ししたり...一目気にせずにキスとか、いちゃいちゃしたり」したかっただけだと言い、「初めて泊まりに来て最後までしちゃうのって普通なの?」と驚き、挙句の果てに「大神さん、怖い」と泣き出す始末。そして和解も何もなく、そのまま彼が謝ってその場を去っておしまい。いやいや、このお嬢さんの価値観の方がびっくりです。

第3話 三倍にしろ!前編 & 第4話 三倍にしろ!後編:機研は大学祭で毎年本格的なラーメンを出すことで有名で、売り上げも相当のものだったとか。ただし味が不安定で、たまに<奇跡の味>が出ると校内放送で宣伝し ていたという。喫茶店の息子であることから〔お店の子〕と呼ばれる元山がラーメン店の店長に任命され、売り上げ3倍のノルマを課せられます。ラーメン店はそれまでキケンの出店のみだったのに、因縁のあるPC研が嫌がらせでラーメン屋で対抗することに。売り上げを3倍にするためには味を安定させなければ、とスープの研究から始めます。売り込みの戦略を練ったり、大活躍。

第5話 勝たんまでも負けん!:キケンが校内の研究発表として2足走行ロボットを出したことが理事長に目を付けられ、○○県主催の第1回いロボット相撲大会にレベルの高い盛り上げ要員として参加するように依頼されます。

最終話 落ち着け。俺たちは今、:このエピソードでは、2回生になった元山がほんの遊び心で始めた手作り空砲のようなもので部室の壁を凹ませる競争で、部員たちが熱中し、精度をどんどん上げるうちに銃を作ろうかという段階にまで行ってしまいます。最終話の〆は奥さんと大学祭に行って、キケンのラーメンを食べて…という「現在」のエピソード。

この『キケン』はするすると一気読みできて楽しめました。同時に、色々自分の日本での大学時代を懐かしく思い出すことになりました。日本の大学では理系男子にも体育会系男子にもほとんど縁がありませんでしたが、インド哲学と言う奇妙なものを専攻するクセのある人たち(80%くらい男子)とのつきあいや、徹夜で麻雀をやったり、大学の文化祭でみんなで徹夜して変なノリになったり、なんとなく『キケン』で語られているノリに共通するものがあったと思います。
ドイツの大学ではサークル活動とかもなく、文化祭のような行事もなく、「学年」とか「x回生」とかいう概念もなく、何もかも違う大学文化でした。なので、『キケン』で思い出したのは日本の大学時代だけ。 

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ドイツ:性犯罪刑法改正~「ノーはノー」

2016年07月08日 | 社会

昨日(2016年7月7日)、ドイツ連邦議会で性犯罪刑法改正が議決されました。性犯罪刑法改正は1997年に「夫婦間における強姦罪」が加えられたのが最後で、実に約20年ぶりの改正となります。今回の改正は2011年に公示されたイスタンブール協定をドイツ国内法に反映させたものですが、なぜこんなに長い間改正されなかったのか謎です。

イスタンブール協定では「いかなる性的行為も、同意の上でなければ罰せられる」というのが原則です。「ノーはノー」の原則と俗に呼ばれています。

これまでのドイツの刑法では、犠牲者が体でもって抵抗したことや、暴力行為による性行為の強要、あるいは犠牲者が抵抗不可能な状態を利用した性行為であることなどが強姦罪が成立する前提条件でした。「いや」と言っただけだったり、相手を突き放そうとするなどの「軽い」抵抗だけだったり、弱みを握られて強迫されたり、あるいはただ単に恐怖から無抵抗になってしまったりした場合は強姦罪が成立しませんでした。それが、今回の改正によって「拒否と分かる意思表示」を無視した上で性行為に及んだ場合でも強姦罪が成立することになりました。

さらに、同意なしに相手の体に性的な意味を持って触れること(いわゆる痴漢行為)もセクハラ罪として認められることになりました。これまではそうした痴漢行為は信じられないことに刑罰の対象ではなかったのです。

新しく導入された項目はさらに二つあり、どちらも大晦日の夜にケルンで起こった女性襲撃多発事件を念頭に置いた罪の定義と罰則です。一つはグループ犯罪で、グループ全員が罪に問われること。つまり集団で犠牲者に性的嫌がらせやレイプに及んだ場合、たとえそのうちの一人が具体的な行動をしていなかったとしても、その場に居合わせていれば、それだけで犠牲者の逃亡の邪魔をしていることになり、助ける義務を怠ったと見做され、実際にレイプに及んだ人たちと同様に処罰の対象になる、ということです。これには異論が多く出ています。刑法は個人の犯した罪を裁くもので、連帯責任のようなものは憲法に反する、という見方です。私自身、レイプしてないのに強姦罪に問われるのは問題だと思います。強姦幇助罪ならまだ理解できるのですが。

もう一つの項目は移民・難民が性犯罪を犯し、実刑判決を受けた場合、滞在許可取り消し・祖国送還が罰則として付け加えられたことです。これまではよほどの重犯罪でない限り、ドイツ国内で服役することになっており、祖国送還は不可能でした。「犯罪を犯すような外国人をドイツ国民の税金で刑務所で養ってやる必要はない」というような国民感情を反映したものですが、その犯罪者の【祖国】がどこであるかによってはやはり人権問題であり、ジュネーブ条約に違反することになりかねません。

今回の法改正4点のうち、最初の2点は、女性の性的自立権を認める歓迎されるべきものですが、後の2点は議論の余地があるものとなりました。

この法改正でも変わらないのは、立件の難しさです。年間約16万件の強姦事件がドイツでは届け出られますが、うち有罪判決はおよそ1000件のみです。
目撃者がいたり、犠牲者の体に明らかな痕跡が残っている場合は別ですが、それ以外は基本的に証言対証言の水掛け論になる可能性を常に孕んでいますし、暗に女性の側の自己責任があるかのように警察側が真剣に取り上げず、調書がいい加減になるという事例も少なくありません。派手な服装をしていたとか、夜暗い道を一人で歩いてたとか、クラブに出入りしていたからその気があると思われても仕方がない、とかいうような男性側の都合のよい決めつけが幅を利かせることが往々にしてあるのは何も日本に限ったことではありません。ただ、仮に犠牲者の女性が不注意だったとしても、強姦罪が成立しないというのはあまりにも理不尽な話です。例えば誰かが人通りの多いところにあるカフェに座って、テーブルの上にお財布を置いたとします。それでそのお財布を盗まれてしまったとして、確かに犠牲者側の不注意がありますが、窃盗罪が成立しないなんてことはありません。人の体よりも所有物の方が法で手厚く守られているというのが現実問題としてまだ解決されていません。

参照記事:
ZDFホイテ、2016.07.07、「性犯罪刑法厳格化:ノーはノー
南ドイツ新聞、2016.07.07、「触るのは犯罪行為」 


大晦日夜、ケルン中央駅における女性襲撃多発。性犯罪に関する刑法改正及び難民法の厳格化が議論に


ドイツ:世論調査(2016年7月8日)~ブレグジット後ドイツ人はEUにこれまでにないくらい肯定的

2016年07月08日 | 社会

ZDFの世論調査ポリートバロメーターが6月24日に発表されましたので、以下に結果を私見による解説を加えつつご紹介いたします。

まずはEU関連の質問から。

EU & Brexit

イギリスのEU離脱についてどう思いますか?:

いい 12% (+5%)
どちらでもいい 16%(-6)
悪い 70% (+1)


 

イギリスのEU離脱は70%のドイツ人は歓迎していませんが、イギリスが正式に離脱宣言をEUに出せば、いやおうなしに離脱交渉が始まります。その交渉においてEUはイギリスにあまりあるいは全く譲歩すべきではないと考える人が圧倒的多数です。

イギリスとの交渉ではEUはどの程度譲歩すべきですか?:

非常に大きな譲歩 1%
大きな譲歩 9%
それほど大きくない譲歩 49%
譲歩なし 37%
分からない 4% 

 

イギリスの離脱後のEUの将来について意見は分かれています。

イギリスの離脱後、EUの団結は?:

強くなる 20%
大して変わらない 38%
弱くなる 36% 

 

EUは今後加盟国の団結が強まればいいと半分近い49%が希望しています。37%は各国の独立性が強まればいいと思っており、12%は現状維持を希望しています。

EUの更なる団結をン望んでいるのは主に緑の党支持者(63%)とキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU/CSU)支持者(55%)です。逆に各国の独立性を望んでいるのはドイツのための選択肢(AfD)支持者(77%)と自由民主党(FDP)支持者でした。

・・・グラフはなし・・・

 

EU加盟国であることはメリット・デメリット?:

メリット 51% (6月:45%)
メリットとデメリット 37%(38%)
デメリット 10% (14%)

 
 
一体何が原因なのか皆目見当が付きませんが、ドイツではなぜかEUファンが急増しています。EUは「ドイツにメリットをもたらす」は上のグラフの緑の線で表されていますが、ご覧の通り過去最高値が出ています。逆に「EUはドイツにデメリット」を表す茶色い線は過去最低レベルになっています。
 
NATO
 
さて次はロシアとの関係が緊張する中で東欧軍配備を強化するNATOについてです。
 
ロシアはポーランドやバルト三国にとって深刻な脅威ですか?:
はい 50%(前月比+5)
いいえ 39%(前月比-4)
分からない 11% (前月比-1)
 
 
50%の人がロシアが深刻な脅威であると認めていますが、NATOの軍備強化は間違いだと思っている人も50%以上います。軍拡に軍拡で応えるのは冷戦時代を反省していない、ということのようです。日本の現政権には到底理解できないロジックでしょうね。
 
東欧のNATO加盟国を守るためのNATOの軍備強化をどう思いますか?:
正しい 38% (前月比+4)
間違い 53% (-3)
 
各政党支持者のうち、間違いと答えた人の割合:
キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU/CSU) 46%(前月比-2)
社会民主党(SPD) 50%(-5)
左翼政党 77%(-3)
緑の党 60%(変化なし)
自由民主党(FDP) 58%(-5)
ドイツのための選択肢(AfD) 65% (-5)
 
 

テロ
イスタンブール、バグダッド、ダッカ…とISによるものらしいテロが連続しています。ドイツではテロ対策が十分に行われていると56%の人は考えていますが(不十分と答えた人は32%)、それでも近いうちにドイツでもテロが起こると思っている人は7割近くいます。どれだけ警察や諜報機関が頑張っても未然に防ぐことは難しいということでしょう。
 
近いうちにテロが起こる?:
はい 69%
いいえ 28%
分からない 3% 
 
テロ防止のために十分な措置が取られている?:
はい 56%
いいえ 32%
分からない 11% 
 
 
テロのために今年のヴァカンスの計画を変更しましたか?:
はい 12%
いいえ 61%
ヴァカンスなし 26% 
 
 

政党・政治家評価

政治家重要度ランキング(スケールは+5から-5まで)

 

  1. フランク・ヴァルター・シュタインマイアー(外相)、2.3(前回比+0.1)
  2. ヴィルフリート・クレッチュマン(バーデン・ヴュルッテンベルク州首相、緑の党)、2.2 (変化なし)
  3. ヴォルフガング・ショイブレ(内相)、1.9(変化なし)
  4. アンゲラ・メルケル(首相)、1.7(+0.4)
  5. ウルズラ・フォン・デア・ライエン(防衛相)、0.8(+0.2)
  6. ジーグマー・ガブリエル(経済・エネルギー相)、0.8(+0.1)
  7. グレゴル・ギジー(左翼政党)、0.8(-0.1)
  8. トーマス・ドメジエール(内相)、0.8(+0,1)
  9. ホルスト・ゼーホーファー(CSU党首・バイエルン州首相)、0.4(+0,1)
  10. アンドレア・ナーレス(労働相)、0.3(-0,1)


連邦議会選挙

もし次の日曜日が議会選挙ならどの政党を選びますか?:

CDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟) 34%(変化なし)
SPD(ドイツ社会民主党)  23% (+1)
Linke(左翼政党) 9%(変化なし)
Grüne(緑の党) 13%(+1)
FDP (自由民主党) 6%(変化なし)
AfD(ドイツのための選択肢) 11%(-1) 
その他 4% (-1)


1998年10月以降の連邦議会選挙での投票先推移:


政権に対する満足度(スケールは+5から-5まで): 0.8(変化なし)

 

この世論調査はマンハイム研究グループ「ヴァーレン(選挙)」によって行われました。インタヴューは偶然に選ばれた有権者1.320人に対して2016年7月4日から7月7日に電話で実施されました。

次の世論調査は2016年7月22日ZDFで発表されます。

 

参照記事:ZDFホイテ、2016.07.08、「ポリートバロメーター



ドイツ:2015年度国外電力取引統計ー脱原発の現状

2016年07月06日 | 社会

「ドイツの脱原発はまやかし、電力の不足分を他国(たとえばフランス)から(原発で作られた)電力を買うことでまかなっている」

とか言うようなデマを5年経った今でも鵜呑みにして疑うことを知らず、そのデマを垂れ流しにして、知ると知らずとに関わらず原発推進派を支えている人が少なからずいることに驚愕しております。そこで最新のドイツの国外電力取引統計をここでご紹介させていただきます。

2014年のデータは拙ブログ「ドイツの脱原発ーその真実と虚構、現状(2)」で取り上げましたが、ここでは2015年度の数字です。

下のグラフはドイツの1990年-2015年までの電力輸入量から電力輸出量を差し引いた量がテラワット時(=10億キロワット時)という単位で表されています。ソースはドイツの統計ポータルStatistaです。プラスの値なら輸入超過、マイナスなら輸出超過です。

2011年の福島第一原発の事故を受けてドイツのメルケル政権は直ちに3ヶ月の原発モラトリアム(老朽原発の一時停止)を設け、後に8基の廃炉が決定し、稼動停止しました。さすがに一気に8基も原発が止まったので、電力不足が危惧されていましたが、その年ですら6.3テラワット時の輸出超過であったことをまず念頭においてください。
翌年の2012年には再生可能エネルギーの助成の成果もあり、23.1テラワット時という輸出超過最多記録を出しました。そしてその最多記録は4年間連続で更新されおり、2015年は50.1テラワット時の輸出超過となっています。

このデータの示す事実は、ドイツは原発8基止めた後も電力不足ではないばかりか、風力・太陽光発電が急成長したことにより、電力輸出大国になっているということです。

 

次のグラフは同じくStatistaからのものですが、2015年度の電力取引量を相手国ごとにテラワット時の単位で示したものです。太い縦線よりも右側であればドイツの輸入超過、左側であればドイツの輸出超過となります。

このグラフによると、ドイツはフランスへ輸出した電力より同国から輸入した電力が11テラワット時上回っていたことになります。対デンマーク、対スウェーデンでもドイツの輸入超過となっています。それに対して、チェコ、ルクセンブルク、ポーランド、スイス、オーストリア、オランダとの間ではドイツの電力輸出が多くなっています。オランダへの輸出超過は23.6テラワット時でここに挙げられている国の中では最大となっています。

ヨーロッパの送電網はつながっていますから、常に国境を越える電力のやり取りがあります。ですからこのデータのドイツ対フランスの部分だけを切り取って、「ドイツは原発大国であるフランスから電力を輸入している」という事実を違うコンテクストで主張すれば、あっという間に文頭に述べたようなデマが出来上がってしまいます。そこで隠蔽されている事実は「ドイツが電力不足のためにフランスから電力を輸入しているわけではない」ということです。ドイツは電力輸出大国ですからむしろ電力は余っているのです。ただ、ドイツは地理的にヨーロッパの中心に位置し、たくさんの隣国に囲まれています。そのため電力もドイツを経由して他の国へ運ばれることも当然あるわけです。フランスからドイツへ来る電力はそのままスイスやオーストリアに大半が流れる、というデータもあります。

 

ついでなので2015年度のドイツのエネルギーミックスのデータもご紹介します。素の数字はドイツ連邦経済・エネルギー省のサイトで公表されている表から取りました。データソースはエネルギー収支共同研究会(Arbeitsgemeinschaft Energiebilanzen eV.)で、2016年1月時点の暫定的統計だそうです。それを基に私が作成したのが下の円グラフです(出来合いのは棒グラフしかなかったので)。

緑が再生可能エネルギーのシェアで、右側の棒グラフはその内訳を表しています。エネルギー・治水産業連邦連合(BDEW)による2014年度のデータでは再生可能エネルギーの割合が26.2%でしたから、2015年度はそれより3.8 ポイント増えたことになります。増えてはいますが、成長率は明らかに鈍化しているといえます。原因は助成政策の変更です。

一方原子力(Kernenergie)の割合は15.8%から14.1%へ1.7ポイント減りました。天然ガス(Erdgas)も前年比0.7ポイント減。褐炭(Braunkohle)も前年比1.4ポイント減りましたが、石炭(Steinkohle)のシェアはなぜか増加していて、0.4ポイント上がっています。

エネルギーミックスを時間軸で見ると以下のような棒グラフになります(連邦経済・エネルギー省サイトからの転載です)。単位はTWh=テラワット時です。色分けは下(左)から順に再生可能エネルギー、石油関連製品、石炭、褐炭、天然ガス、原子力、その他となっています。

このグラフを見るとドイツの発電量の総量がさほど変わっていないことに気づきます。それなのに輸出超過が増え続けているのはひとえにドイツの電力消費量が全体的に減っているからです。ドイツでは確かに日本のように街灯を減らしたりするような目に見える形での節電はしていませんが(そもそも街灯が日本に比べて少なく、これ以上減らすと真っ暗になってしまう)、節電製品が普及し、エネルギー消費の効率化が広がっているという話です。

ドイツの全原発が停止するのは2022年。再生可能エネルギー助成に政策的なブレーキがかかったこともあり、当分はこのエネルギーミックスが大きく変わることはないでしょう。主に北ドイツで生産される風力エネルギーを最も電力を消費する南ドイツへ送電するためには送電網の拡張が喫緊の課題と言われています。送電網が完成するまでは再生可能エネルギー設備新設の助成は控えるというのが政府の方針ですが、その理由付けをまともに信じる環境保護団体はありません。送電網のメンテナンスは大切ですが、当初の拡張計画にあったような大規模なものは必要ないのです。大規模な送電網は主に石炭・褐炭発電所からの電力を輸出するためのもである疑いがあります。

太陽光や風力による発電の「むら」は逐電技術の開発が進み、天気がいい日や風の強い日などに大量に発電された電力がそのまま送電網に送り込まれるという問題はある程度の調整が可能なくらいには解決していますし、発電コストもどんどん下がっています。再生可能エネルギーはどんどん「難癖」付けにくくなっているのが現状なのですが、世の中には学ばない人も残念ながらたくさんいるので、こうした変化も知ろうとしない、あるいは認めようとしないまま、デマを垂れ流して原子力ムラを知ってか知らずか温存する手助けをしてしまっているのですね。なんとも嘆かわしい限りです。


 

ドイツ:百万年の耐久性を求めて~核のごみ最終処分場選定手続きの提案

ドイツの脱原発、核廃棄物の処理費用は結局納税者持ち~原子力委員会の提案

ドイツ:憲法裁判所で脱原発公判開始

ドイツのエネルギー法改正

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (1)

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (2)

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (3)

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (4)― 事後責任法案本日閣議決定


ドイツ:百万年の耐久性を求めて~核のごみ最終処分場選定手続きの提案

2016年07月05日 | 社会

ドイツ連邦議会の高放射性廃棄物最終処分に関する委員会(Kommission Lagerung hoch radioaktiver Abfallstoffe)は、本日(7月5日)2年間の活動結果を記した700pに及ぶ最終報告書(ドイツ語のみ)を政府に提出しました。この委員会の成果は科学的知見に基づく安全基準を含む「最終処分場選定手続き」の提案のみで、候補地の選定などは今後の課題となります。

選定手続きは3段階に分かれ2031年までに完了することになっています。

第1段階:学者らがいわゆる「白い地図」(政治的・歴史的な先入観がないという意味で「白」)の上で特定の基準に従って適切と思われる候補地を探索し、候補地リストを作成して連邦議会及び連邦参議院に提出し、承認を受ける。対象となるのは少なくとも地下300メートルにある粘土・岩塩・花崗岩層です。

第2段階:候補地を地上から検査・分析し、分析結果を連邦議会及び連邦参議院に提出し、承認を受ける。

第3段階:候補地の地下を検査・分析し、高放射性廃棄物最終処理場として最適な立地を選定し、連邦議会及び連邦参議院に提出し、承認を受ける。

その後、高放射性廃棄物最終処理場の建設が開始され、2050年から核のゴミ3万立方メートルの搬入受け入れがスタートする、というのが大まかなタイムラインです。ここまでは意外性も何もありませんが、画期的なのはこの選定手続きに大幅な市民参加が想定されていることと、その市民参加が公平に行われるかどうかを監視する付随委員会(Begleitgremium)が設けられること、そしてその付随委員会には偶然に選ばれた(!)市民らが参加することが提案されていることです。ポピュリズムだ、民衆迎合だという批判の声もありますが、全国的な対立が必至の問題であるため、市民参加抜きの問題解決はあり得ないというのが委員会のスタンスです。

この委員会には連邦議会議員や州議会議員はもちろん、各分野の科学者を始め、電力会社、労働組合、キリスト教会、環境保護団体などからも代表者が参加し、お役所仕事でなかったことがこのような画期的な提案を生んだのでしょう。具体的な活動内容や各種議事録などは連邦議会の最終処理場サイトでドイツ語のみですが見ることができます。委員会の徹底した情報公開は高く評価していいと思います。

連邦議会は既に2週間前に高放射性廃棄物最終処分場選定のための特別局と一種の顧問委員会の設置を決議しましたので、第1段階はすぐにでもスタートできるはずです。

核のごみ最終処分場候補地の基準として100万年間の地質学的な予想ができることが挙げられています。核種の半減期を基準とせず、それを抱き込むことになる地層の長期的な視点が重視されています。また、保護目標が二つあり、第一に高放射性廃棄物が地上に晒されることがないこと、第二に社会が恒久的に最終処分場を管理できることです。

粘土・岩塩・花崗岩層はどれも最終処分場に適していると見做されていますが、それぞれ長所短所があるようです。現地で調査する必要があるのは、その問題となる地層の構造や厚さ、熱伝導性や透過性等の他、地下水の流れ、地震活動等々です。

こうした調査はニーダーザクセン州のゴアレーベン(Gorleben)の岩塩ドームで1979年から行われていましたが、2000年に当時のSPD・緑の党連立政権によって全ての調査活動が中断され、最終処分場選定が改めて行われることになりました。電力会社側はゴアレーベン岩塩ドームが処分場として最適と見做していますが、住民は数年来反対運動を行っています。問題は岩塩ドームに侵入する地下水にあるそうです。このゴアレーベンが候補地選定から除外されるか否かで最後まで激しい争いがありましたが、結局先入観なしの「白い地図」と決定しました。それはつまりゴアレーベンも例外ではないということです。

参照記事:
ZDFホイテ、2016.07.05、「以下次号:核のゴミをめぐる論争」 
ツァイト・オンライン、2016.07.05、「核のゴミについて争おう!」 


ドイツの脱原発、核廃棄物の処理費用は結局納税者持ち~原子力委員会の提案

ドイツ:憲法裁判所で脱原発公判開始

ドイツのエネルギー法改正

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CETA:やっぱり加盟各国の国会で審議・批准 ー 欧州委員会の妥協

2016年07月05日 | 社会

EU貿易総局長セシラ・マルムストレームは今日(7月5日)、これまでの欧州委員会の方針を曲げて、カナダとの自由貿易協定(CETA=Comprehensive Economic and Trade Agreement、総括的経済貿易協定)を「混合条約」扱いにし、加盟各国の議会で審議することを認めました。イギリスのEU離脱の悪夢も冷めていないタイミングで、欧州委員会委員長ジャン・クロード・ユンカーが「CETAはEUレベルで締結・施行可能」という見解を強調したため、加盟各国から批判が相次いで、苦渋の選択を迫られた、と見ることができます。
なぜ【苦渋の選択】なのかといえば、加盟各国の批准なしのままEUレベルで条約の締結を推し進めた場合、EUは非民主的だという非難は免れられず、各国で勢いを増している反EUの右翼ポピュリズムを益々勢いづけることになります。一方加盟各国の議会に審議をさせた場合、【条約批准マラソン】は免れませんし、CETA自体が暗礁に乗り上げて、ゆっくり死んでいくことになるリスクがあります。欧州委員会は結局後者を選び、少なくともCETAが暗礁に乗り上げた場合の責任を加盟各国に押し付けることができるようにしたわけです。

しかしマルムストレームはCETAは加盟各国の批准を待たず、各国政府及び欧州議会の承認があれば「暫定的に発効」すると釘を刺しています。この脅し(?)にどれほどの効力があるのか私には分かりかねます。一体どの国の政府が自国の議会の審議を待たずにこれほど重要な案件を「承認」するというのでしょうか?CETAやTTIP(アメリカとの自由貿易協定)は特にドイツで激しい批判が沸き上がっており、またドイツは来年に連邦議会選挙を控えていますので、ドイツ政府が議会より先に承認することはまずないでしょう。ドイツではCETAやTTIPに強い抵抗を示す緑の党が16州のうち10州で与党連立に参画していますし、SPD(ドイツ社会民主党)の中にも自由貿易協定に難色を示す勢力があります。そのため彼らが各州代表で構成される連邦参議院を通じてCETAを阻止する可能性もあります。

それでもメルケル独首相は楽観的な見方を強調しています。EU加盟各国の議会が通商条約を承認するのは初めてのことではない、とのこと。またCDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟)の議員団長フォルカー・カウダーは「EUは今後も自由貿易協定を締結していかなければならない。そうでなければ企業の域外、例えばアメリカなどへの移転が起こる恐れがある。だから理性がいくつかの信念よりも強いことを望んでいる」と発言しました。

 

そもそもCETAは2009年からEUとカナダの間で交渉され、2014年9月に1600ページに及ぶ条約として完成しました。目的は貿易障壁つまり関税を撤廃することや、様々な分野での規則やスタンダードを共有化することを目的としています。これによってヨーロッパとカナダの貿易額が中長期的に23%増大し、ヨーロッパの企業は関税撤廃と貿易簡易化により年間5億ユーロコスト削減を図ることができるとEU貿易総局は見ています。それとは別に120億ユーロのGDP増加が可能、とも主張しています。

カナダにとってヨーロッパは貿易総額の10%を占める、米国に次ぐ重要な貿易相手です。ヨーロッパ・カナダ間の貿易総額は最新統計によれば630億ユーロで、数年来増加傾向にあります。因みにドイツ・カナダ間の貿易総額は210億ユーロで、ヨーロッパ・カナダ間貿易総額の3分の1を占めます。

CETAでは相互の市場参加を簡易化するよう便宜が図られていますが、労働法の必然的規定や労働争議権、最低賃金は各国独自のものが維持されるようになっており、また、ごみ・排水処理や近距離交通や福祉事業などの公共サービスもCETAから影響を受けない、つまり民営化する必要はないという建前です。また特に批判を浴びた投資保護条項については、民間の仲裁裁判所の代わりに独立した法治国下の「投資裁判所」に変更され、企業が貿易相手国を訴える可能性を制限した、とドイツ連邦経済省は主張していますが、CETA批判派は納得しておらず、「名前を変えただけ」と揶揄しています。労働組合もCETAが消費者・労働者保護よりも投資家保護に重きを置いていると強い懸念を示しています。

カナダが環境保護で世界的に有名になったことがないことを考えれば、環境保護の観点からもCETAは危険であることが自ずとわかるかと思います。

「自由貿易がいい」というのは新自由主義という名の一種の信仰だと私は考えています。国力がほぼ拮抗している国々の間で行われるのはそれほど経済的ダメージも生じず、価値観の共有があればそれなりにメリットもあることは否めませんが、国力の差が大きい場合は国力の小さい方が明らかにダメージを受ける不平等条約になります。本来発展途上国は保護主義で国際競争力の弱い自国産業を守った方が国益に叶うことなのです。しかし欧米列強は発展途上国を自国産業のための市場としか見ておらず、市場開放を迫り、自国産業の商機を作って来たのです。それを「グローバル化」と言います。いわゆる「トリクルダウン」(富が豊かなところから貧しいほうへ零れ落ちること)は起こらず、勝ち組と負け組を国内国外双方で作り、勝ち組だけがどんどん富を蓄積する構造を作り上げてきた実績があります。だから欧州委員会がいくら「貿易総額が増える、コスト削減ができる」と言っても、「それで得する人たちは限られている」し、「新たな負け組みができる」と多くの人たちが既に理解しているため、そんな数字に惑わされなくなっているのです。だから、CETAは批准されなくていいし、TTIPは交渉中断になればよいと私も考えています。

 

参照記事:
ツァイト・オンライン、2016.07.05、「加盟各国の議会はCETAに口をはさんでもいい」 
ZDFホイテ、2016.07.05、「CETA:ハードルは更に高くなった」 


英EU離脱から何も学ばないEU—CETA&TTIP及びグリホサート



英EU離脱から何も学ばないEU—CETA&TTIP及びグリホサート

2016年07月04日 | 社会

現在欧州委員会委員長であるジャン・クロード・ユンカーがカナダとEUの自由貿易協定(CETA=Comprehensive Trade and Investment Agreement、総括的経済貿易協定)を各国の議会による承認・批准なしにEUレベルのみで推し進めようとしています。CETAはEUマターであり、各国議会の承認は不要である、という見方に基づいているとのことですが、実際は28か国の議会の承認を求めた場合、1国でも反対すれば条約が無に帰してしまうことを怖れているのです。

CETAはアメリカとEUの自由貿易協定(TTIP=Transatlantic Trade and Investment Partnership、大西洋横断貿易投資パートナーシップ)と共に烈しい議論の的になっており、EU市民からの反発も非常に強く、数百万筆もの反対署名も集まっていました。特に交渉内容の秘密主義や、グローバル企業を優遇し、国内法あるいはヨーロッパ法規制をないがしろにし、民主主義を空洞化させる恐れのある投資家保護条項に批判が集中していました。こうした反対運動を受けて条約の内容が少なくとも一部公開され、投資家保護条項も若干改定されましたが、裁判所の名称が変わっただけと揶揄されています。

ユンカーの推し進めるスピード手続きは各方面から批判が溢れています。ジグマー・ガブリエル独経済・エネルギー相は「(そのやり方は)ナンセンスだ」といい、クリスチャン・ケルン墺首相は「ユンカーは一つの法人を代弁している。各国議会を参加させることは高度に政治的な問題。それをスピード手続きで押し通そうとすることは欧州連合の信用をかなり失うことになる」と批判しました。欧州議会の方からは「軽はずみな越権行為」、「欧州委員会のエゴトリップはEU懐疑派のいい餌にしかならない」等の批判が出ました。

CETAの交渉自体は2014年9月に終了しています。CETAが発効するためにはいずれにせよ欧州議会及び加盟各国政府がそれを批准する必要があります。しかしその批准がなくてもEUの閣僚理事会は条約を「暫定的に適用」することができます。この「暫定適用」にもかなりの批判があります。
現在議論の的となっているのはこの条約が加盟各国それぞれに批准される必要があるか否か、いわゆる混合条約であるかどうかが争点となっています。加盟各国が条約を批准する場合、通常は各国議会の決議を擁します。ユンカーはもちろん「CETAはEUマターである」というスタンスで法的にもEUの管轄部分にしか触れないと主張していますが、多数の加盟国は自国議会での審議と批准を以前から求めています。条約を確実に「混合条約」にするためには閣僚理事会による全会一致の決議が必要です。「全会一致」は長いこと確実と目されていましたが、5月末にイタリア経済相カルロ・カレンダがユンカーに宛てた手紙でイタリアはそこから外れる意図があることを記したので、決議が危うくなっています。残る方策は多数決によってCETA全てをブロックすることだけです。その場合の「過半数」とは28加盟国のうちの16か国かつEU人口の65%以上が含まれることを指します。

CETAは日本にとってのTTP同様、通商のみならず国民の日常生活全般に大きな影響を与えます。消費者保護や環境保護のための規制が「障壁」と認知されれば、これを取り除いたりまたは緩和させたりすることがCETAの投資家保護条項によって可能になるからです。Compact!などの市民団体はCETAやTTIPに関して憲法裁判所で訴訟する準備をしています。

 

それにしても、ユンカーがCETAを早急にEUレベルのみで批准させる計画を発表したタイミングは最悪としか言いようがありません。イギリスのEU離脱国民投票で離脱派が勝利してから1週間も経っていないうちに加盟国の主権を踏みにじるような形で大企業にばかり有利なCETAを推し進めようとしたのですから、イギリス国民の反EU的心情、「Take back control(主権を取り戻そう)」という離脱派のスローガンなどをEUへの警鐘と受け止めず、何も反省せずにこれまで通りEUを運営していこうとしていることは明らかです。

また同時に、WHOの外部組織である国際がん研究機関が「恐らく発がん性がある」と評価した殺虫剤グリホサートのEU認可が6月に終了するため、グリホサート再認可がこの数か月議論の的になっていましたが、環境保護団体などから多くの反対署名が提出されたにもかかわらず、認可が18か月延長されることに決定しました。欧州委員会において数年単位のグリホサートの認可にも全面禁止にも必要な過半数が得られず、このような中途半端な期間の認可が下りた次第です。

こうした事例が、EUがグローバル企業のロビー活動に多大な影響を受け、消費者利益をないがしろにする傾向を端的に示しています。イギリスのEU離脱を受け、ドミノ現象を阻止するためにEUの民主化と福祉の強化を求める政治家や市民団体が現在多くなっています。

私自身、大企業ばかり優遇する新自由主義的政策を取り続け、そうかと思えばくだらない些末事におかしな「基準」を設けたり(バナナの婉曲度とか)、その一方で若年失業や難民対策に全く有効な政策を取ろうとせずに問題を先送りばかりするEUには失望しています。イギリスのEU離脱が改革のいいきっかけになるのではとちょっぴり期待していましたが、それも数日で見事に裏切られました。これから加盟各国の巻き返しがあるのかも知れませんが、先行きはイギリスのEU離脱も含めて極めて不透明です。

 

参照記事:
Compact!、「CETAとTTIP:連邦議会の無力化反対
シュピーゲル、2016.06.29.、「カナダとの通商条約:ユンカー計画に戦慄」 
ZDFホイテ、2016.06.29.、「EUはグリホサート使用の期間を延長する」 


書評:日経ビジネス・アソシエ編、『保存版 10分でわかる!ビジネス教養』(日経BP社)

2016年07月03日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

ビジネス関連書の割引セールで買ったものの一つ『保存版 10分でわかる!ビジネス教養』。日本語でこの類のものを読むのは実は初めてです。日本ではどんなものが【ビジネス教養】と見られているのか興味があって手に取ってみました。

まずは目次から。

【特別講義】 教養の極意
【PART1】 3分で分かる ビジネス古典 (ドラッカー、コトラー、シュンペーター、孔子)
【PART2】 ビジネスに必須! 5大教養学科(経済学、経営学、心理学、統計学、倫理学)
【PART3】 日本人としての教養(日本文化、禅、日本酒、日本の世界遺産)
【PART4】 東西の「カリスマ経営者」に学ぶ“仕事術”(稲盛和夫、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ)

【特別講義】にはライフネット生命保険会長兼CEO出口治明氏と解剖学者養老孟司氏のインタビューが掲載されており、興味深い。

【PART1】のビジネス古典はこれまで経済を勉強したことがない人にはよくまとまった「とっかかり」で、経済・経営学を勉強したことある人には良い復習になると思います。本当に骨格というか、最重要エッセンスのみですので、イメージを掴む程度にしかなりませんが、イメージすら浮かばないよりはましということもあるでしょう。

【PART2】では5大教養学科として掲げられている学科を一つにつき3pくらいで、ビジネスの日常にすぐに応用がききそうな重要トピックが簡単に解説されています。経済学の予備知識がない人には分かり易い入門だと思います。PART1同様イメージがつかめる程度。私自身にとっては要点復習のようなものでしたが。面白かったのは「ニュースで身につける教養」というおまけ記事二つで、イスラム法ハラルについてや、高級ファッションブランド・ルイヴィトンのビジネス戦略などのトリビアでした。特にイスラム教徒が安心して食べられるものを提供するレストランやスーパーとすぐに分かる「ハラル認証」は知っていると国際的ビジネスを展開するうえで便利ですね。

【PART3】は私にとっては一番興味深い章ですが、真新しかったのは「日本酒」についてくらいでしょうか。国際的異文化コミュニケーションの際に必ず「ネタ」となるのがそれぞれの国の食文化や有名な世界遺産やその他の文化的特徴についてですから、自国の文化と歴史をきちんと押さえるのは重要です。私がドイツに来たばかりの時は若干21歳で、そうした教養は身についておらず、結構恥ずかしい思いをしたものです。自分が全く関心をもっていなかったものに外国人が興味を持っていて、日本人だからということで私にその話題をふるわけですが、全然知らないので会話が続かないことがしばしばありました。SONYやTOYOTAの製品や食べ物の話くらいならともかく、黒沢映画やら「おしん」(イランで人気が出たというドラマ)やらの話題をふられた時は困ったものでした。

尤も、日本ネタをふられてある程度答えられるように知識を身につけるのはわるいことではありませんが、相手の国のことも少なくとも「とっかかり」を押さえておいて、相手にそのことについて詳しく語ってもらうのもスモールトーク、ビジネストークには欠かせないですね。

【PART4】で個人的に興味深かったのはやはり日本人経営者稲盛和夫の「稲盛経営学」ですね。全然知りませんでしたので。本田宗一郎や松下幸之助等の「昭和の経営の神様」くらいは知ってましたけど、稲盛氏は初見です。彼のいわゆる『アメーバ経営』という部門ごとの独立採算性を追求する仕組みは欧米にも似たようなモデルがあるので、命名を除けば特に真新しいとは感じなかったのですが、経営哲学を社員一人一人に行き渡らせようとするのは独特かも知れません。

ただ私の会社でも「社員一人一人が経営者的思考をせよ」というスローガンがあるので、全く異質というわけでもないと思いました。実践段階での違いは大いにあると思いますが。うちの会社のはお題目だけですから(笑)

全体的に割と軽く読み流せて、そこそこ役に立つ読み物としてお薦めですね。


書評:日経ウーマン、『言いにくいことの上手な伝え方』(日経BP社)


書評:奥田英朗著、『沈黙の町で』(朝日文庫)

2016年07月02日 | 書評ー小説:作者ア行

『沈黙の町で』は571pに及ぶ大作です。北関東の小さな町の桑畑市立第二中学の国語教師飯島浩志が部室棟の近くで中二の生徒名倉祐一の死体を発見するところから始まります。事故なのか自殺なのか殺人事件なのか真相を詳らかにする過程で死んだ生徒がいじめられていた事実が浮き彫りになり、同じテニス部のうちの14歳になった二人が逮捕され、まだ13歳の二人が傷害容疑で児童保護所に送管されます。容疑者同士の口裏合わせを防ぐための警察による強硬措置でした。

物語の前半部は主に大人たちの苦労や苦悩や身勝手さや狡さなどが重点的に描かれていきます。いじめの行き過ぎによる殺人事件かもしれない事案を不起訴で終わらせたくない警察、いじめの事実を認識していなかった教師たちの後悔、容疑をかけられた生徒たちの心配をする教師たち、保身に走る教師たち。事実を知りたがり、個人情報保護や少年法の壁によって蚊帳の外に置かれていると苛立つが、故人の不名誉な事実は認めず、逆ギレするような遺族たち。我が子大事で、我が子の無実を信じ、悪いのは他の子たちと決めつけ、亡くなった子に対する同情も大してしない親たち。地縁血縁で絡めとられている地元メディア等々、様々な立場の様々な大人たちの考えや行動が繊細かつ詳細に描き出される大人の群像劇。

物語の後半部は主に子どもたちのフラッシュバックを交えていよいよ真相が明らかにされていきます。「中学生は鳥の群れのようなもので、皆が飛ぶ方に自然と体が反応し、考えもなくついていく」し、「命の尊さも、人生の意義も、人の気持ちも、自分の気持ちさえも、ちゃんとわかってはいない」未完成な人間の群像劇が色鮮やかに生き生きと展開されています。彼らの不安定で未完成ゆえの残酷さも包み隠さず描き出され、それでいて押しつけがましいモラルがどこにもないので、読者の解釈の余地が大きくなっています。ただ、様々な人にスポットライトを当ててその人の立場や視点から見た現実、感情の動き、時には悪意や中傷も含めて誠実に浮き彫りにされているので、特定の人物に感情移入したり、特定の立場を取るのは難しくなっていると思います。ある意味、【神の視点】のような感じがしないでもありません。

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書評:奥田英朗著、『イン・ザ・プール』(文春文庫)

書評:奥田英朗著、『空中ブランコ』(文春文庫)~第131回直木賞受賞作品

書評:奥田英朗著、『町長選挙』(文春文庫)


書評:海棠尊著、『ランクA病院の愉悦』(新潮文庫)

2016年07月01日 | 書評ー小説:作者カ行

『ランクA病院の愉悦』は海棠尊には珍しい短編集で、ほろ苦いユーモアにあふれた短編が5本収録されています。表題作は本のラストを飾っています。その他の作品は、『健康増進モデル事業』、『緑剥樹の下で』、『ガンコロリン』、『被災地の空へ』です。

この本のあとがき「作家十年目、おまけのあとがき」で作者はこの短編集について次のように語っています。

私は愛国者なので日本にワクチンを打っておきたいと考えている。この短編集もそんなワクチンの一冊である。ここに書かれた物語はフィクションだが絵空事ではない。そう思って心して読んでほしい。

実際『健康増進モデル事業』、『ガンコロリン』、『ランクA病院の愉悦』の三作は日本のあり得る近未来の姿が描き出されており、現在の私たちへ向けて警鐘を鳴らしているように理解できます。

『健康増進モデル事業』では厚生省医療健康推進室のプロジェクトで選ばれたモデル3人が日本一の健康優良成人を目指すというお話。名前こそ出てきませんが、室長で、部下にこのプロジェクトの責任を押し付けた人はかの田口&白鳥シリーズの白鳥圭介のようです。それ以外には他作品との関連性はありません。主人公木佐誠一がそのプロジェクトのモデルに選ばれ、数奇な体験をする羽目になります。個人の健康をエゴイスティックに追求するあまりに周りとのバランスを崩してとんでもない事態になる事例。そもそもそんな「モデル事業」に税金を使うな!と義憤を感じる事例でもあるのですが。海棠作品の『イノセントゲリラの祝祭』のようなストレートな医療行政批判ではなく、一ひねりしたシニカルな面白さのある作品です。

『ガンコロリン』は癌予防兼特効薬『ガンコロリン』が発明され、一世を風靡するお話。外科手術を必要とする患者が激減したため、外科医の活動領域は救急医療に限られるようになり、外科医自体が絶滅危惧種に。そして20年経ちガンコロリンに耐性を持つ癌が発生。話はそこで終わるのですが、この作品には医療行政を自由市場経済的論理で行うことに対する警告が含まれているように思います。

『ランクA病院の愉悦』ではTTP導入後の世界における医療格差が描かれています。TPP参加と共に自由診療へ移行する際に前払いかクレジット決済が条件となり、病院は係る医療費に応じてA、B、Cにランク分けされます。ランクA病院は一回の支払いが10万円以上、ランクB病院は1万円以上10万円未満、ランクC病院は1万円未満。別格扱いのランクQ病院は救急病院で、経済的裏付けがなくても対応するお情け的病院。主人公の終田千粒(ついた・せんりゅう)はツイッターで下手な川柳をアップする売れない作家で、ある日ランクA病院とランクC病院の診療実態について記事を書く依頼を受けることになります。売れない作家の彼は偏頭痛持ちでランクC病院の常連。そこでは医師はおらず、ロボットの≪トロイカ君≫が患者を問診して無難な処方箋を出しています。トロイカ君の診察を受けるには先に契約書に同意しなければならないのですが、その条文には診断ミスがあっても訴えないとか、処方された薬を服用して副作用が出ても病院側は責任を持たないなどの項目が含まれており、噴飯ものです。このようなことになったのは、国民が自由診療に反対した日本医師会ではなく、政権べったりで、日本医師会は既得権益を守るためだけに自由診療に反対していると医師会批判をしたマスメディアを信じたせいで、その結果騙された(特に貧しい)国民が一番困ることになったという。この近未来像は特にリアルですね。

『緑剥樹の下で』は海棠尊のデビュー作『チーム・バチスタの栄光』の番外編で、バチスタ手術を受けるために南アフリカの紛争国ノルガ王国から東城大附属病院へ運ばれてきた少年のそこに至るまでのいきさつが語られています。とは言えその少年が登場するのは最後の方だけで、主人公はトカイという医者で、村の長老と迷信に医学の合理性を持って戦いを挑むのがメインなのですが。

『被災地の空へ』では『ジェネラル・ルージュの凱旋』や『極北ラプソディー』などでお馴染の唯我独尊救急医”将軍”速水が登場します。彼を含む救急災害派遣隊(英語名を略してDMAT)がかの東日本大震災の被災地へ駆けつけるお話。現場では何が何でも命を救うジェネラルの出番はなく、遺体検案やドクターヘリでの搬送業務に携わることに。ちょっとしたジェネラルの成長エピソードです。唯我独尊のジェネラルを諭すみちのく大救急の岸村はなまりのある温かい言葉を語る魅力的な人物です。その人柄でジェネラルに「たまには自分の中にない声に従ってみるのもいい」と思わせてしまうところが凄いところ。

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書評:海棠尊著、『新装版 ナイチンゲールの沈黙』(宝島社文庫)