徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

2016年03月27日 | 書評ー小説:作者ア行

有川浩のデビュー作『塩の街』。『空の中』、『海の底』と合わせて『自衛隊3部作』と呼ばれていますが、相互の関連性は全く無く、唯一の共通点は異常事態が起こり、自衛隊が活躍するという点だけ。

有川浩は『図書館戦争』シリーズから入ったのですが、実はアニメが先でした。そして、アニメよりも原作、原作よりも弓きいろの漫画の方が気に入っていたりします。ヒロイン笠原郁の「王子様」にして「鬼教官」かつ「鬼上司」かつ後に「甘々夫」となる堂上篤があまりにも私好みに描かれていたので… 『図書館戦争』は実写のドラマもあるようですが、写真を見た限りでの堂上篤役が好みではなかったので見る気になれなかった、という私はちょっと偏ったファンなのかもしれません。

なにはともあれ有川浩の描くラブストーリーは好きなんですが、『自衛隊』となるとちょっと引いてしまっていたというか。『図書館戦争』ではまだ『関東図書隊』という架空の図書館防衛組織でしたので、それほど抵抗はなかったのですが、『自衛隊』は実在し、法的にも問題有りの組織で、しかも私の日常とは全く無縁の戦闘職種ということで、なかなか読もうという気にならなかったのです。でもまあ、一度気に入った作家は、概ね全作品を網羅する、というのが私のお約束なので、この度有川浩の初期作に挑戦することになった次第です。

3作品読破して思ったのですが、『自衛隊3部作』という命名が不適切なのではないかと。メインはむしろ【異常事態】の方だから。
『塩の街』では唐突に宇宙から隕石のように塩の結晶が各地に降ってきて、その直後から人間が塩化するという異常事態。『空の中』では巨大な未確認知的生物が高度2万メートルに鎮座していたことが相次ぐ飛行機事故で発覚し、「白鯨」と命名されたその知的生命体から「私の存在を認知し、今後ぶつからないようにしてほしい」とコンタクトを取ってくるという異常事態。『海の底』では怪獣映画さながらに巨大なエビが大挙して横須賀に上陸し、人間たちを食べるという異常事態。こんな異常事態が日本で起こったならば、現行制度下では自衛隊が出るのは必然なので、陸自なり空自なり海自なりがそれぞれの作品に登場する運びになるわけで、別に自衛隊そのものをテーマにしているわけではないと思うのです。

作家本人が【大人のライトノベル】を書こうと思っていた、というだけあって、それぞれの作品では大きな【異常事態】というフィクションと架空の登場人物、という点を除くすべての背景はリアリティーの積み重ねで、それゆえにスーパーヒーローが登場しないコンセプトになっています。それぞれの持ち場でそれぞれの役割と責任を果たして最善を尽くす、という当たり前のことが当たり前に書かれているので、それぞれの現場でのヒーローあるいはヒロインはたくさんいるけれど、一人がとび抜けて最前線で大活躍する的なスーパーヒーローはあり得ない、より現実に近い世界が物語の中で構築されています。その辺が「大人」の部分ですね。その一方で登場人物たちが実に魅力的に描かれていて、それぞれのその時の「役割」だけでなく、その人の過去やトラウマあるいは清算されていない思い残しや、人間関係の問題などが丁寧に書かれていて、「キャラ読み」というのでしょうか、そういうことができるようになっているところが「ライトノベル」的といえるのではないでしょうか。そして必ずと言っていいほど甘い、または甘酸っぱい、はたまた痛い恋愛エピソードが織り込まれているのも魅力です。

では以下に各作品の感想。

『塩の街』(角川文庫)は本編の他、後日談の『塩の街ーdebriefingー 旅の始まり』、『塩の街ーbriefingー 世界が変わる前と後』、『塩の街ーdebriefingー 浅き夢みし』、『塩の街ーdebriefingー 旅の終わり』4編が収録されています。上述のように、塩の結晶が地球に飛来したことで人間が塩化し、世界が死滅してゆくという荒唐無稽以外の何物でもない設定なのですが、それがどっかに吹っ飛んでしまうほど面白い話です。人間がその形を残したまま塩の彫像のようになってしまうという発想はなかなかシュールで、恐らく聖書の創世記、ロトの妻がソドムの街を脱出する際に決して振り返ってはならないと言われていたのに振り返ってしまい、塩の柱となってしまった、というエピソードからインスパイアを得たのだろうと思われます。作中でも【ロトの妻の塩柱】は引用されています。塩の結晶が落下した当日に600-700万人が塩化し(【塩害】と呼ばれる)、国会開催直前の時間でもあったため、内閣を含め殆どの国会議員は塩化し、国家はマヒ状態。そういう終末的世界となった東京で一緒に暮らす男と少女、元戦闘機パイロット秋庭高範(28)と女子高生小笠原真奈(18)のちぐはぐな取り合わせ。同居に至るいきさつは最初は謎なので、ここでは明かさないことにしますが、この二人が自分の相手を想う気持ちを自覚していく過程がもどかしくも甘酸っぱい、いい感じです。その二人の前に秋庭の高校時代の同期という入江(天才科学者)が現れ、「世界とか、救ってみたくない?」と秋庭を誘いに来るのですが、引き込む手段も救済計画も強引で倫理を逸脱している。

結論をザックリまとめると「愛は世界を救う」ではなく、「愛は愛する本人たちのついでに世界を救う」でしょうか。
本編では塩害解決の過程の方がメインになっていて、秋庭&真奈カップルの恋はサイドラインに過ぎないのですが、後日談でこの二人の結婚に至るまでの概ね甘々のラブストーリーがほほえましく描かれてます。

『空の中』(角川文庫)は本編が長く、同時収録されているのは特別書下ろしの「仁淀の神様」一編のみです。ストーリー展開は2方向。謎の航空機事故に端を発して、謎の生命体にファーストコンタクトしたメーカーの担当者春名高巳(はるなたかみ)と事故にあった機と一緒に演習参加していた自衛隊パイロット武田光稀(たけだみき)のコンビと、事故死した自衛隊パイロットの息子であり、事故当日に謎の生き物を見つけた斎木舜とその幼馴染の天野佳江。その大人と子供のカップルが「白鯨」と命名された謎の生命体マターで交錯していきます。
大人組とコンタクトを取った白鯨は「ディック」。メルヴィルの作品に登場する巨大白鯨「モービー・ディック」が転じた愛称。しかし、その大きさは巨大白鯨どころではなく、全長数十キロにも及ぶ。一応人間の言葉を理解し、短期間で日本語も流ちょうに操るようにはなりますが、やはり人間とは違う生き物なのでなかなか話が通じず、うまくコミュニケーションを取れるのは対策本部の中でもメーカーの担当者春名高巳のみ。パイロットの武田光稀もファーストコンタクトを取った相手としてディックに信頼を寄せられているのですが、パイロットの短気さからか、コミュニケーションはあまりうまく取れない。そのちぐはぐな対話が詳細に描かれていて、そこにSF的かつ哲学的な面白さもあります。
一方子供組が接触した謎の生命体は最初海に落ちて漂っていたためかクラゲのようだったので、クラゲもどきという意味で「フェイク」と命名されて、斎木舜に懐きます。こちらの方はわずか1mほどの個体で、自分が何者なのかという自覚は全くありません。こちらは情緒不安定な高校生とペットの関係のようで、危うさがそこここにみられます。

その主要4人の個性もさることながら、その他の登場人物も実に生き生きとして魅力にあふれていたり、素敵に狡猾だったり。未知の生命体を巡るSF的研究的要素もあれば、政治的な駆け引きもあり、多感で傷ついた少年・少女の成長物語でもあり、大人なのに微妙にもどかしい進展しかしない恋愛物語でもあり、と、様々な要素が満載の贅沢でエンタメ性の高い小説です。

『海の底』(角川文庫)は『海の底・前夜祭』という番外編が収録されています。本編は上述のように、不気味な巨大エビが何万体といきなり横須賀に上陸して人間を狩って食べだします。おりしも横須賀基地の「桜まつり」とやらで、通常よりずっと人出が多く、現場は混乱を極めます。停泊中の海上自衛隊潜水艦≪きりしお≫は突然出港命令を受け、また出港できなければ全員艦を捨てて避難せよ、という。出港を試みたものの何物かが引っかかって動けなかったため、艦を出て避難を試みます。もちろん逃げ惑う民間人を助けながら。その過程で、基地を出る道を塞がれてしまった13人の子どもたちを海自隊員が何とか停泊中の潜水艦に連れ戻って、巨大エビに囲まれた中、潜水艦に立てこもることに。
こういう怪獣ものではいかにも自衛隊が前面に出て活躍しそうなのに、最初の潜水艦艦長の殉職以降、残された若い自衛官2人冬原春臣と夏木大和三尉(どちらも問題児)の活躍は「子守り」だけ。しかもかなり厄介なガキどもの相手。年長者で唯一の女の子森生望(17)。男所帯に女の子のためのものなどないので、それだけでハプニングは不可避。彼女の弟翔(かける、12)は心因性の唖。その姉弟になぜかひどく突っかかる絵にかいたような悪ガキ遠藤圭介(15)。潜水艦の中は主に子どもたちのやり取りと起こす問題、それに振り回され気味とはいえ一生懸命対処する若い自衛官二人を中心に展開します。救出は市街地の混乱を制圧することが優先されたことと、潜水艦が米軍敷地内に停泊していたために政治的に面倒な手続きを要したことで、すぐには不可能な状態なので、立てこもりは一日では済まされない。。。
もう一つのドラマの舞台は救出する側の警察機動隊。「警備の神様」という異名を持つ警察の問題児明石警部と、派遣幕僚団団長に就任し、対策本部入りする警察庁警部参事官、烏丸俊哉警視正の2人が階級の差を超えて問題の本質を見抜くことで意気投合し、絶妙なコンビを組み、いかに早く自衛隊の『防衛出動』あるいは「災害特例」で武器使用可能にさせるか様々な対策を練ります。この二人の情報源として軍事オタクのネットコミュニティーも少なからず貢献します。そのリアリティーがこの怪獣ものをぐっと面白いお話にしていると思います。問題解決に有効な装備を持っているはずの自衛隊が法的制約と腰の引けた政治家たちの決断力のなさのために動けずに、後方支援に回っているというリアル。その中でどうやって最善を尽くすか。そういう部分が「大人のライトノベル」たらしめているのではないでしょうか。


このお話では恋愛関係は始まらず、森生望(17)が最初は口が悪くて怖かった夏木大和三尉に少しずつ惹かれていき、恋心を自覚するまでの微妙な乙女心の動きが描かれています。彼女だけではなく、潜水艦に閉じ込められた子どもたちはそれぞれ大なり小なりの成長を遂げます。変わらずにはいられないような極限状態の大事件なので、もっともな話です。けれど、これほど細やかに多感な少年少女の心の動きを描いた怪獣ものはかつてなかったのではないでしょうか。しかも彼らはヒーローではなく、要救出者。それなのにただ「救われるべき子供たち」という役割の平たい存在ではなく、彼らには彼らの思うところがあり、事情があり、異常な状況を受け止め、消化しようと模索する姿が描かれているのもこの作品のもう一つの大きな魅力だと思います。3部作の中で私が最も気に入った作品です。怪獣ものもどきなのに。。。

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