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書評:有川浩著、『シアター!』&『シアター!2』(メディアワークス文庫)

2016年05月28日 | 書評ー小説:作者ア行

この『シアター!』&『シアター!2』(メディアワークス文庫)が、この度有川作品をまとめ買いした中の最後の作品となります。

率直な感想は「すごく面白かった」と「なんでまだ3巻が出てないの?」でした。『シアター!2』(メディアワークス文庫)の初版が2011年1月でしたので、いくらあとがきに「しばらくお待たせさせてしまいます」と書いてあったとはいえ、5年以上とは、時間が経ち過ぎているように思えます。一応1巻も2巻も単作でそれなりに一区切りついていて、もっとも緊張感の高まった一番いいところで【続く】というような終わり方はしていないので、続編が出ない欲求不満度はそれほど高くはないのですが…

さて、この『シアター!』シリーズがどういうお話かと言いますと、弱小劇団奮闘記ですね。いじめられっ子だった弟・春川巧が演劇に目覚め、大人になってから小劇団<シアターフラッグ>を主宰し、脚本・演出家として活動中していたが、声優歴10年の羽田千歳の入団を巡って分裂騒ぎが起き、今までの累積赤字をかぶっていた制作の子が持ち出し額300万円の返済を要求。ピンチに陥った巧は兄・春川司に支援を求めます。このお兄ちゃんは弟とは対照的な出来の良い工務店のやり手営業マンで、常々非生産的な演劇にずっと没頭している弟を苦々しく思っており、きっぱり諦めさせるために、借金返済の肩代わりと経理関係サポートをする代わりに、「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出します。ぐじぐじと躊躇する団員達にむかって、司は「降ってわいた借金300万、お前ら全員で頭割りしたらたかだか30万だ!いい年こいた大人が雁首揃えてそれっぽっちの金も用立てられなかったことを恥じろ!無利子で2年も猶予をやるのに返済できないならお前らに才能なんかない!二年間死にものぐるいでやれ!自分の無力を思い知って死ね!借金できりきり舞いして夢も希望も枯れ果ててしまえ!」と既に暴言と言えるような発破をかけます。こうして、ごっそりと団員が抜けた後の<シアターフラッグ>は司こと≪鉄血宰相≫の愛のムチのもと再出発するわけです。

1巻では≪鉄血宰相≫がほぼ一人で制作を担当し、諸経費の見直しや宣伝・チケット販売戦略の変更等の過程を軸に話が進んでいきます。いつも自分の劇団のための脚本を書きあげるのが遅かったという弟・巧には「時間と金は反比例」と尻を叩いて、練習時間をたっぷりとれる日程で締め切りを設定するなど、厳しいけどかなり面倒見のよいお兄ちゃんぶりを発揮します。口ではかなり突っ放した言い方をするのに、見捨てずに誠実に対応しているところなど、非常に魅力的です。また、声優歴10年でそこそこ名が売れているという羽田千歳の女優デビューの奮闘ぶりも物語のサイドラインを支えていて読み応えがあります。公演中の舞台上で通称≪うっかりスズべえ≫清水スズの「うっかり」が発動し、一同大わらわとなりますが、通称≪看板女優≫早瀬牧子と≪ディープインパクト≫羽田千歳の機転でアドリブで切り抜けるところなど、ハラハラものです。

2巻では劇団員全員がそれぞれ活発に動き出す、リアリティー溢れるドラマです。山となる大事件は旧団員による劇団公式サイト荒し、≪うっかりスズべえ≫のうっかりが劇団に多額の経済的損失を出させてしまったことから人間関係に亀裂が走ったことと≪泣き虫主催≫こと巧の家出です。カップルがそれぞれできていく(予感)も各々ドラマがあって面白いです。1巻では牽引役だった≪鉄血宰相≫こと司は2年間の期限付きでサポートしている自分が抜けた後のことを考えて、その後を切り抜けられるように裏方仕事を劇団員の適性に応じて分担させるので、自ずと「相談係」というポジションを占めるようになってきますが、みんなに頼られるお兄ちゃんぶりにはほっこりとさせられます。また意識高い系の劇場支配人や閉じた演劇界の問題点などが容赦なく描き出されていて、物語によりリアリティーを与えています。

この『シアター!』シリーズは、作者が『図書館戦争』で芝崎麻子役を演じた女優さんが属する劇団「Theatre劇団子」の公演を見に行ったことがきっかけで、インスピレーションが湧き、「Theatre劇団子」を丹念に取材して書き上げられた作品だそうです。「Theatre劇団子」との出会いから『シアター!』一巻が書きあげられるまでに要した時間はたったの3か月というから驚異的な創作力に感心するばかりです。これほど作品の題材に幅のある作家というのも稀有なのではないかと思います。私がかなり読み込んでいる作家のひとりである海棠尊は医療関係から出ることは殆どありませんし、池井戸潤にしても銀行専門というわけではないにしてもカネの流れが重要な位置を占める企業とそれにかかわる人々のドラマから外れたことはないのではないでしょうか。

何はともあれ、様々な題材で次々面白い作品を創り出している有川浩ですが、私はやはりこの人の甘々の恋愛小説が一番好きです。

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