徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:有川浩著、『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮文庫)

2016年05月26日 | 書評ー小説:作者ア行

『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮文庫)には表題作と『ヒア・カムズ・ザ・サンParallel』の2作が収録されていますが、どちらもたった7行の粗筋から生まれた物語です。その粗筋とは:

真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。
彼は幼いころから、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。
強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。
ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。
カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。
父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。
しかし、真也の眼には、全く違う景色が見えた…。

この7行の粗筋から劇団キャラメルボックスの成井豊氏は舞台を作り、有川浩は小説を書いたそうです。同時収録されたパラレルのほうはキャラメルボックスの舞台に着想を得て執筆されたものだそうですが、単なる「舞台のノベライズ」ではなく、人名や物語の大枠は共有している別物となっているとか。舞台の方は知らないのすが。

さて、表題作では雑誌『ポラリス』の編集者古川真也のサイコメトラーとしての苦悩が掘り下げて描かれています。大場カオルは同期の同僚でライバル。彼女の父白石晴男がアメリカで人気のサスペンス映画『ダブル』シリーズの脚本をHALというペンネームで手掛けており、『ダブル』シリーズを制作側から切り込んで『ポラリス』で特集を組もうということになり、HALの帰国に合わせて空港に迎えに行き、インタヴューを取ることに。成田には真也、カオル、そしてカオルの母輝子が迎えに行き、4人で編集部へ。ネタバレになってしまいますが、実はこの帰国したHALは榊宗一といい、白石晴男の学生時代からの親友で、本当の白石晴男は10年前に亡くなっており、彼の遺作を少々アレンジしたものが『ダブル』シリーズ三部作だったという。晴男と輝子はデキ婚で、結婚後は夫婦・家族としての交流は創作に没頭する晴男のせいでかなり制限され、彼の代行として榊が挨拶に行ったり、プレゼントを渡したりしていましたが、晴男が自分の力作が正当に評価されなかったことを恨んで渡米する際に、ついに結婚生活は破綻して、離婚。実は榊は輝子に惹かれていたのだけど、結局友情を取って渡米。榊の晴男への友情と輝子への愛情の狭間で葛藤する様や、彼から見た晴男の抗いがたい魅力などが細やかに描写されています。娘のカオルは折々に顔を出す榊の方を父と認識していて、晴男のことはほとんど知らないままだったというのもちょっぴり苦い状況ですね。この作品はどちらかと言えば男二人、古川真也と榊宗一の内面に重点があり、メランコリックな部分がかなりありますが、最後は自身の思い込みから解放されて幸せの予感を感じるくらいにちょっと成長します。

『ヒア・カムズ・ザ・サンParallel』では、古川真也と大場カオルは元同僚で、結婚を前提にした恋人という設定。カオルの父は売れない脚本家だったが、娘には見栄を張って、見え透いた嘘を重ねます。最初は父を信じていたカオルも嘘を見抜くようになり、嘘つきの父親を拒絶。ついにテレビ局でも脚本家として抱えていられないと切られ、ADとして再就職を奨められた晴男はそのオファーを蹴って、大した当てもないのに渡米することに。妻輝子はついて行けないと離婚を突き付けます。彼はアメリカでも鳴かず飛ばずで、いろんなバイトや映画監督のアシスタントと言う体のいい使い走りなどをしていましたが、元妻・娘には「うまくいってる」的な手紙ばかり。ある事故の後遺症でどんどん視力を失い、失明が避けられないことが分かってから元妻・娘に会うために帰国。このいきさつは彼本人が語ったわけではなく、真也がサイコメトリーで知り得たこと。真也は何とかして嘘つき父親をかたくなに拒絶するカオルを執り成して、きちんとした親子の対話を実現させようとします。真也とカオルの諍いは真也の上司でポラリス編集長の知るところとなります。彼は元上司の立場からカオルに「親も単なる人間だ。人間は迷うし間違うし卑しい。親だって迷うし間違うし卑しい。そういうもんだ、諦めろ」と諭します。これはグサッときました。確かに私自身も30そこそこの頃はカオルのように親に対して諦めきれないわだかまりのようなものがあり、自分が大人になり切れずにいました。それだけにカオルの心情がよく分かるような気がしました。ですが、それよりももっと「周りの人がいたたまれなくなるような見え透いた見栄を張る親父の悲哀」の方が強く胸に突き刺さりました。

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