徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (1)

2015年10月11日 | 社会
ドイツは福島の原発事故をきっかけに脱原発を決断?!

「ドイツは福島原発事故をきっかけに脱原発を決断した」というのがドイツの脱原発に関する一番大きな誤解のようです。そして、この脱原発の英断を下したメルケル独首相を礼賛する多くの日本人に出会うにつけ、苦笑を禁じ得ません。なぜなら、キリスト教民主同盟という保守党の党首であるメルケル氏はもともと原発推進派で、ドイツ社会民主党と緑の党連立政権時代に原発事業者との合意に至っていた脱原発契約(2000年6月14日)を反故にし、原発稼働期間延長を2010年10月28日に新たに決めてしまっていたからです。この方針変更に批判の声がかなり上がっていたところに311に続く福島第一原発の爆発に続くトリプルメルトダウンのニュースが入ってきたため、ドイツ世論は騒然となりました。ここでメルケルが原発稼働期間延長に固執していたとしたら、彼女の再選はあり得なかったでしょう。ドイツの選挙では比例代表選挙の比重が高く、日本に比べれば選挙に民意が反映しやすい選挙制度です。この為、世論に反する政策をとる、ということは政治家生命をかけるに等しい行為とも言えます。この為、メルケル氏は危機感を抱き、一先ず【モラトリアム】を設け、現在稼働中の原発の安全審査・ストレステストを実施し、また原子炉安全委員会と安全なエネルギー供給のための倫理委員会を招集して原子力エネルギーに関する根本的な是非を問うことにしたのです。
この倫理委員会の設置は日本ならあり得ないことだ、と小出裕章氏は10月10日の第144回小出裕章ジャーナルで述べています。ドイツに人生の半分以上いる私にとってはこの指摘の方がむしろ新鮮でした。ドイツでは宗教界の発言力がかなり高く、社会的なトップトピックには必ずと言っていいほどカトリック・プロテスタント教会やユダヤ人中央評議会、ムスリム中央評議会の代表者たちの意見が求められるからです。この為、原発問題で、こういった宗教界の代表者たちを含む倫理委員会の設置というのもむしろ自然の流れみたいなもので、特にメルケル氏が画期的なことをしたわけではありません。文化的背景の違い、と捉えるのが一番正しいと言えるでしょう。ただ、環境保護団体などからは、「脱原発は既に社会のコンセンサスだから、今更倫理委員会を設けて議論するのは無駄」という批判もありました。結局、原子力は子孫に放射性廃棄物という問題を残してしまうなど倫理的にも問題があるということで、2011年6月6日に第2次メルケル内閣は2022年までの段階的な脱原発を決議し、2010年秋に議決された稼働期間延長を取り消すことにしたのです。

とにかく、ドイツの脱原発方針は2000年、シュレーダー政権下で決められたことで、フクシマがきっかけになっているわけではありません。フクシマはメルケル独首相が再度考え直すきっかけになったことは事実で、また多くのドイツ人にとっては技術大国である日本でチェルノブイリ級の原発事故が起こったことが衝撃となり、自国の原発の安全性に疑問を持つきっかけにもなったはずです。それまではチェルノブイリから時間が経っていたこともあり、自国の技術と安全対策に過信し、原子力エネルギー自体に疑問を持たなかった人ほど、その衝撃は大きかったことでしょう。だからこそ、フクシマはシュレーダー政権下での最初の脱原発決議ではなし得なかった「2022年まで」という具体的な期間を区切ることに貢献したと言えます。

 ニーダーザクセン州グローンデ原発© Julian Stratenschulte/dpa

そして、フクシマ事故直後に安全審査が行われた結果、2011年8月6日までに次の8つの原発が稼働停止となりました:

ビブリスA
ビブリスB
ブルンスビュッテル(すでに2011年6月に停止)
イザール1
クリュンメル
ネッカーウェストハイム1
フィリプスブルク1
ウンターヴェーザー

今年の6月27日にはグラーフェンラインフェルド原発が稼働停止となりました。

残る8基の原発の停止予定は以下のとおりです:
2017年末 グントレミンゲンB
2019年末 フィリプスブルク2
2021年末 グローンデ、ブロクドルフ、グントレミンゲンC
2022年末 イザール2、ネッカーウェストハイム2、エムスラント

原発推進を目指す安倍政権下の日本で原発が検査等で一つも稼働していなかった間、脱原発のドイツではまだ9基稼働していたわけで、現在も8基稼働中なのは皮肉なことです。

原子力に反対する 100 個の十分な理由
「電力反逆者」と呼ばれる、バーデン・ヴュルッテンベルク州シェーナウという自治体は電力の地産地消で反原発派の間では知っている人も多いかと思いますが、その試みを主宰するEWS シェーナウ電力会社は、彼らのパンフレットである「原子力に反対する100個の十分な理由」を福島原発事故後に急遽日本語に翻訳しました。日本語版パンフレットの序文にその動機が記されています。

≪日本の読者の方々に
福島の原子力発電事故は、私たちにこの冊子を日本語に翻訳することを思い立たせました。
ここに記した数多くの数値やデータは、ドイツの原子力発電所に関するものですが、事実は
世界中どこでも同じです――原子力エネルギーは危険であり、非民主的で、高額で、不要
なものです。この小さな冊子が日本において、原子力に反対する市民運動に少しでも力を
与え、支持するものであれば幸いです。
日本にお住まいの方で、地震に、津波に、そして原子力災害で悲惨な目に遭われたすべて
の方々に、私たちから心からのお見舞いを申し上げます。
自然災害による脅威は、この先も私たち人間が完全に管理することはできないでしょうが、
日本において原子力は私たち人間で終りにすることができます――この道を進まれ、幸運
を心から願っています!
みなさまのことを心から想って、
ウアズラ・スラーデク(Ursula Sladek)
EWS シェーナウ電力会社代表≫

このパンフレットを読んでいただければ、原発推進派の二酸化炭素排出量がどうの、生産コストがどうのというような理屈も木っ端みじんに敗れ去るしかないことがお分かりいただけることでしょう。反原発派は感情的だという批判に対抗するためにも、まだ読んだことのない方は是非ご一読くださいませ。

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状(2)