海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「これほどの規模のテロは、予想されなかった」と題する『ツァイト・オンライン』の記事

2008年11月29日 | テロリズム
想 ~new love new world~(初回限定盤A)(DVD付)
福山雅治,福山雅治,井上鑑
UNIVERSAL J(P)(M)

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ツァイト紙:最近のインドでのテロに関して、テロの新しい質が、問題になっています。このテロはどこが他のテロと違うのでしょうか?
クルスチャン・ワーグナー:新しい質は、われわれが初めて外国人と観光客とに対する攻撃を見たという点にあります。もう一つは、多分のテロを実行したのが土着のインド人モスレムという点です。「デカン・ムジャヒディン」というグループは、これまで存在しませんでした。私の推測では、彼らは、最近、数週間、数ヶ月間にデリーなどで一連の小さなテロ攻撃を行ったインド人聖戦士の周囲に所属しています。テロリストがインド人モスレムだとすると、彼らが国際的なテロ組織とつながりを持っていると推測されます。準備・実行・武器の入手法・組織は、われわれの相手が経験を積んだテロ・グループだということを示しています。恐らく、アルカイダやパキスタンのイスラム主義グループと関連があるでしょう。
ツァイト紙:アルカイダが背後にいるという証拠はありますか?
ワーグナー:第一に、外国人と観光客がねらわれたということが証拠になります。アルカイダは、数年前に、インドに対して宣戦布告しました。カシミール地方をインドから解放し、インド連盟をイスラム化しようとしてます。ここでは、しかし、西欧の観光客をねらった点がアルカイダの特徴を示しているでしょう。
ツァイト紙:インド出身のテロリストというのは、どういう人たちですか。
ワーグナー:それは大きな問題です。インド政府は、インド国外にある痕跡を示唆しています。実行の仕方に関して言えば、それは当たっているかもしれません。しかし、インド在住のモスレムが際だって過激化しており、特に、モスレムの若い世代には大きな不満があるいるというインド国内の議論があります。この予備軍から戦士を募集することに戦闘的な集団が成功したとすると、テロの新しい質が問題になります。(以下省略)
[訳者の感想]私はあのテロリストはパキスタンから来たのだと思っていましたが、どうもインド生まれのインド育ちのモスレムが中心のようです。インドの経済発展から取り残された人たちでしょうか。ヒンヅー・ナショナリズムに刺激されて、それに抵抗するのであれば、外国人をねらう必要はないように思いますが。まさか、「ムガール帝国」を再興しようというのではないでしょうね。

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「イラクの女性が自爆テロリストになる理由」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年07月30日 | テロリズム
外国人テロリストが、イラクで女性を自爆テロリストとしてリクルートする例がますます増えている。絶望と貧困と復讐の願望とが女性を過激派のテロ攻撃に参加するように仕向けていると、イラク軍と駐留米軍の代表者は述べた。月曜日にバグダッドで三人の女性テロリストが自爆し、25人を殺した。先週の木曜日には、バクバの自爆テロで、8人が死んだ。
女たちが自分と他人とを殺す覚悟がある理由の一つは、復讐したいという欲求であると、バクバに駐留している米軍の司令官ケヴィン・ライアンは述べた。「しばしば、彼女たちは兄弟や子供を戦闘で失った。イラク軍のアリ・アル・カルチによると、彼女たちの復讐したいという欲求を、テロ集団は利用している。彼女の親族の死に責任がある人々を攻撃するように、女たちを説得することは容易である。
 アル・カルチは、バクバの南方30キロにあるチャン・バニ・サードの治安に責任を持っている。この地域は、現在、イラクで最も危険な地域である。「昨年、ある集団に近い女性が、自分の子供5人がイラク警察によって殺された後で、自爆テロを遂行し、30名の市民と15人の警察官を殺した。」
 教育を受けていない女性、知恵遅れの女性は、ライアン司令官によると、過激派の格好の標的となる。「アルカイダは、このタイプの女性を探し出し、教え込む」と彼は言った。
 彼女たちは部屋に閉じ込められ、自爆テロを行えば天国にいけると教え込まれる。しかし、彼女らの死後、家族に金をやると金でつる場合もある。
 女性自爆テロリストの格好の標的は、イラク人警官、兵士、2007年の初頭以来、米軍の財政的支援の下で、アルカイダと戦っている「アル・サフア委員会」の家族である。バクバ西方の「アル・サフア・グループ」の長であるアブ・サラは、彼が数ヶ月前に免れたある女性自爆テロを思い出す。彼女は、全身を覆うオーバーのように長いアバヤを着ていた。「彼女は、17-8才に見えた。彼女は助けてほしいと言い、アブ・サラに会いたいと言った。」彼は、彼女の目の前にいたが、結婚式に出るために、彼女を警護人に任せた。「彼女はマントを開いて自爆した」とサラは言う。3人が死に、別の2人が負傷した。このような女性の投入をサラは、バクバにいるアルカイダの臆病さと弱さの証拠だとみなしている。彼らが女性をテロリストにする理由は、彼らの時代がここでは終わったからである。安全に対する心配から、イラク駐留の米軍兵士は、アバヤを着た女性には近づかない。
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「アルカイダ、自分の戦士に裏切られる」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年07月21日 | テロリズム
桑田佳祐作品集
ソニー・ミュージック・オーケストラ
ソニーレコード

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どのイデオロギーも自分の陣営から懐疑者や批判者を生み出す。イスラム主義も例外ではない。たとえば、ノマン・ベントマンは、「リビア・イスラム戦闘集団」の指導者として、何年間もムハンマール・カダフィ大佐の政権を転覆し、イスラム主義的な政権を樹立しようとしてきた。雑誌『ニュー・リパブリック』によると、彼は今日、2000年にすでにオサマ・ビン・ラディンに対して、聖戦主義者の運動は失敗だったと告げたと述べている。
ベントマンは、特に90年代のアルジェリアにおける内戦を指している。それは、10万人の犠牲者を産んだが、ジハード主義者は、民衆の支持を失った。今日、ベントマンは、リビア政府と自分のかっての戦士仲間との間を仲介しているが、目標は、自分の仲間が武装闘争とアルカイダに別れを告げることである。
戦闘的イスラム主義の創始者であるサイード・イマム・アル・シャリフは、2007年にアルカイダに反対した。「ファドル博士」として知られたこのエジプト人は、20年前に、ジハード主義に関する二冊の本を書いたが、彼はアルカイダの最高位の指導委員会のメンバーだった。ファドル博士の著書によって、何十万人ものムスリムがイデオロギーをすり込まれ、非ムスリムや、別の考え方をするムスリムを殺すことを正当化した。現在、彼は次のように問いかけている。「敵の建物の一つを破壊し、自分の国の建物を破壊することは何をもたらすか?敵の一人を殺し、自分の国の人を何千人も殺すことは、何をもたらすか?」
サウディ・アラビアの人気のある宗教教師でビン・ラディンのかっての先生であるサルマン・アル・クダーは、昨年、非常に注目された書簡において、次のように問うた。「我が兄弟オサマよ、どれほどの血が流されたか?どれほど多くの罪のない人間や子供や老人や
女達がアルカイダの名によって殺されたか?同じアルカイダが、2004年には、イラクの米軍と戦うこをとを義務づけた呼びかけに署名した。今や、アルカイダは、ムスリムに禍しかもたらさなかったと彼は言う。(以下省略)
[訳者の感想]同じイスラム教徒を遠慮なく殺害するアルカイダのやり方に対して、ムスリムの知識層は批判的になっているようです。
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「ドイツ人の薬品商のところで大手入れ」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年07月12日 | テロリズム
捜査官は、水曜日早朝にやってきた。午前6時半に、ラインラント・プファルツ州警察の麻薬専門家と刑事が、マインツ市の27才の男の住居に入り込んだ。この青年は確かに化学の研究を早い時期に中断していたが、私的に危険な物質に対する関心を持ち続けていた。住居で、警官は、複雑に組み立てられた実験装置を発見した。そこでこの青年は、大きなパレットの上で、薬品を合成した。
捜査の際、捜査官は、マリファナの栽培地と爆弾製造の際に使用される化学薬品を発見した。他の家族はアパートから非難するように命じられた。爆発物処理班が呼ばれ、作戦は深夜まで続けられた。
マインツ市での手入れは、大きな手入れの一部で、それは、ドイツ・オーストリー・スイス国内の600戸の住宅と店舗が捜査された。2千8百人の警察官が投入された。この作戦は数ヶ月前から計画されていた。8人の容疑者が逮捕された。20箇所の実験室が捜索され、数トンの化学薬品が押収された。
確保された物質を使うと、合成麻薬と爆弾が製造できるとバイエルン州警察は述べた。成功した手入れは、「化学的に合成された麻薬に対するドイツ語圏でこれまでの最大の警察行動であると、捜査を指揮したマリオ・フーバー刑事は述べた。
捜査の中心あったのは、二人の薬品商人で、そのうち、一人は、ミュンヒェン郊外のフュルステンフェルトブリュック出身の37才の男で、もう一人は、ニーダーザクセン州ホーデンハーゲン出身の39才の男だが、二人とも逮捕された。州警察によると、二人は、インターネットを通じて、ドイツ・オーストリア・スイス国内の広範な買い手に危険な商品を売りさばいた。マインツ市在住の学生も買い手の一人だった。
大手入れの際、麻薬の押収が前面におかれたが、捜査官は、幾つかの町で、非常に爆発しやすい爆発物を見つけた。捜査官の一人が負傷した。ニーダーザクセン州の商人は、いわゆるザウアーラントグループのテロ容疑者に爆弾の材料を提供した疑いがかけられている。
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「アルカイダ、アル・リビの死体の写ったビデオを公開」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2008年03月04日 | テロリズム
池袋ウエストゲートパーク
石田 衣良
文芸春秋

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放映時間20分のビデオは、アル・リビにかんする内容で始まる。それから、顔を損傷した彼の死体が見られる。この映像の中では、「イスラム諸国民よ、われわれは、イスラムの勇敢な英雄に敬意を払う。・・・彼を失うことは本当の損失だった」と述べられている。
アブ・ライト・アル・リビは、1月末に、アフガンとパキスタンの国境地帯で殺された。反テロの専門家の意見によると、彼は、テロ組織とタリバンの間の重要な連絡役だった。彼はアルカイダの軍事訓練施設を指揮し、インターネットに流されたいくつかのビデオに登場した。
『解放』と題する215ページに及ぶアイマン・ザワヒリの著書は、アルカイダの軍事的レトリックを弁護している。それは、テロネットワークのイデオロギー的指導者と自爆テロと民間人の犠牲のためにその多くが幻滅を感じている戦闘的イスラム教徒との間の知的対決における最近の語り口である。
 特に、獄中にある著名なイスラムの思想家たちの暴力に対する批判が聖戦士たちをたじろがせ、彼らに必要な対決を思いとどまらせることによって、十字軍とシオニストとアラビア人支配者の同盟の利害に奉仕しているのだと、この本は断言している。
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「イスラム過激派と核兵器の危険」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2008年01月12日 | テロリズム
ドラゴンクエストIV 導かれし者たち

スクウェア・エニックス

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 内政的状況をどのように評価するにせよ、パキスタンは、疑いもなくあらゆる核保有国のなかで最も不安定な国である。確かに、核爆弾に対して独占的な裁量権をもつパキスタン軍部は、あらゆる武器の中でもっとも危険な武器を守るために莫大な努力を引き受けた。
 パキスタンの核爆弾保有量がどの程度かは、知られていない。専門家は、60発の原爆があると推定している。けれども、パキスタン政府は、核兵器の数をどんどん増やしている。それゆえ、現在、第二の重水炉が建設され、それでプルトニウムの量は二倍になるだろう。パキスタンは、核兵器を運ぶシステムも持っている。戦闘機があり、そのなかには、誘導ロケットを発射できるF-16戦闘機がある。固体燃料で飛ぶ最新のロケットである、シャヒーン2号は、2000キロの射程距離がある。
 パキスタンの核兵器は、完全に組み立てられ、いつでも発射できるようにはなっていない。そのかわり、核弾頭と残りの起爆装置は、べつべつに保管されている。このことによって、複雑な核兵器の盗難に対して守られている。しかし、爆弾の要素や武器として使用される素材が横領される危険があるだろう。
 2001年9月11日以来、ブッシュ政府は、パキスタンに核爆弾貯蔵庫を守るために、総額数百万ドル(数億円)する進入感知装置とコンピューター・システムを提供し、パキスタン人の保安要員をアメリカで訓練した。だが、アメリカ政府は、核兵器の構成部分が蓄えられている六カ所の施設に近寄ることはできなかった。
 合衆国では、権限を持たない人物が核爆弾に点火できないように、電子的な安全装置が施されている。少し前に、ブッシュ政府は、この技術をパキスタンに提供すべきかどうか議論した。最終的にこの計画は、放棄された。(以下略)
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「ブットの夫、暗殺にアルカイダが関与しているという主張を退ける」と題する『ガーディアン』紙の記事。

2008年01月01日 | テロリズム
MICHELIN GUIDE東京 2008 (2008)

日本ミシュランタイヤ

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 ベナジル・ブットの夫であるアシフ・ザルダリは、彼の妻であるブットの暗殺にアルカイダが関与しているというパキスタン政府の主張を退けて、政府当局の隠蔽を非難し、暗殺をジョン・F・ケネディの暗殺にたとえた。「私の考えでは、鶏たちはまもなく卵をかえし、われわれは責任をアルカイダに押しつけるだろう」とザルダリは、ナウデロにある自宅で『ガーディアン』紙に語った。
 ブットの死についての政府の声明についての新たな疑惑が持ち上がった。新たに公開されたビデオの映像では、彼女が銃撃で死んだのであって、政府の言うように、爆風で車の天蓋に頭をぶつけたせいではない。
 「彼らは水を濁らせている」とザルダリは言う。「ケネディの暗殺だってまだ解明されていない。彼らは何をするだろうか。彼らはいつも10のいいわけと非難さるべき10人の人間と絞首刑になるべき1人の人間を持っているのだ。」
 ブットの家族の屋敷に弔問客がひっきりなしに訪れている間、ザルダリは、党の指導者になるために彼らの息子であるビラワルをどのように仕込もうとしているかの概略を述べた。19才でオックスフォード大学在学中のビラワルは、ブットが率いる「パキスタン人民党」の議長に任命された。だが、彼の教育が終わるまで、権力は、彼の父親が委員長をしている代行者委員会が握る。
 「われわれはゆっくり彼を仕込むつもりだ。あの子はまず自分の勉強を終了しなければならない。彼が卒業すれば、彼は党に参加し、党のために働くだろう」とザルダリは言った。
 しかし、選挙運動中の息子の役割については、彼は慎重だった。ただ、「ビラワルは、政治集会で呼びかけをするだろう」と述べるに止まった。安全が主要な関心事となるだろう。実際、玄関の前には防弾装備を施したジープが止まっていた。
 「われわれは、彼を最小限人目に曝すようにしたい」とザルダリは言った。そして、このような経験のない若者をこのように危険な地位に任命する決定を弁護した。「それは党と国家の安定にとって必要不可欠であった」と彼は言う。
 「われわれの党は、非常に攻撃的なやり方をしている。人々は、国家の分裂について、民主主義が忘れられていることについて話している。」
 彼の妹たちと母の墓参りに行ったビラワルは、インタービューには加わらなかった。党の幹部たちは、彼の母が殺されて以来、ジャーナリストの質問から彼を守るように用心している。
 ビラワルは、党指導者に対するブットの遺言を日曜日に読んだ。ザルダリは、彼女が息子を後継者に指名していなかったことを認めた。
 「連続性がなければ、われわれは存在しない。連続性においてのみ、われわれは存在する。彼女がいつか自分の子供たちがより良いパキスタンを継承することを考えていたと私は確信している。」
 ザルダリは、パキスタンでは、評判が良くない。彼は「ミスター10%」と呼ばれているが、それは彼が1990年代に投資のための大臣として彼の気前にいい生活様式が汚職しているという疑いを引き起こしたからである。(10%の賄賂を要求したという意味だと思われる。)後に彼はいろいろな容疑で、8年間、投獄されたが、一度も有罪判決を受けなかった。
 政治アナリストたちは、彼の多彩な過去が選挙民に反感を持たせ、ブットの死の通夜で党の分裂を防ぐ努力の障害となるだろうと言っている。(後略)
[訳者の感想]ブット元首相の夫がどんな人物か知りませんでしたが、かなり野心満々な政治家のようです。

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「ビデオに写った暗殺」と題する『シュピーゲル』誌の記事。

2007年12月31日 | テロリズム
ジュセリーノ未来予知ノート
ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース,山川 栄一
ソフトバンククリエイティブ

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「選挙活動中の暗殺未遂、ブットは無傷だ」と木曜日の最初の報道は述べた。少し後で、「ブットは死んだ。爆弾テロによって殺された」と報道された。その後でもう一つのバージョンでは、彼女は射殺された。爆弾の破片で致命傷を負った。そして、最後は、爆弾の爆風で車の天蓋に頭部を打ち付けた。
今日、ブットの最も親しい顧問の一人であるサフダル・アッバシは、「自分は瀕死の彼女を腕に抱えた。彼女は明らかに銃で撃たれたのだ」と述べた。
二、三日前から、政府と野党の支持者たちはブットがどのようにして死んだかを争っている。
パキスタンのテレビが広めた画像は、少なくとも二人の暗殺者がブット殺害に加わった可能性を示している。写真には、若い男が見える。髭をきれいに剃り、黒いサングラスをかけ、白いシャツとジャケットを着ている。彼はブットが群衆の中を押し分けている車に近づく。彼女は車の屋根から群衆を見ている。その男は、ピストルを彼女に向ける。
ブットの車の近くで爆弾を破裂させた自爆テロリストは、治安警察の陳述では、反対側に立っていた。それによれば、彼はピストルを撃った男とは別人である。暗殺の目撃者たちによると、場合によっては、もっと沢山の暗殺者がいたかもしれないという。人々がブットの車から遠のいて、自爆テロリストが車に近づけるように、ピストルは空中に発射されただけかもしれない。
今日公開されたビデオは、暗殺の経過を示している。群衆の中を車がゆっくりとやってくる。ブットは、落ち着いているように見える。彼女は支持者に目配せをし、ほほえんでいる。すると、三発の銃声がして、人々が泣き叫ぶ、爆発が起こって、せん光が光る。ビデオはそこで切れている。
爆発の少し前に群衆のなかの射撃手の腕が見える。射撃手は、明るい色のシャツを着て、黒っぽい上着を着ている。
アッバシは、『サンデー・テレグラフ』紙の記者に、ブットの最後の数秒間を描写した。
彼女は「ブット、万歳」と言った後で、事切れた。「彼女はそれ以上は何も言わなかった。」
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「ブットが死んだとき、実際には何が起こったのか」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2007年12月30日 | テロリズム
ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(1枚組)

ワーナー・ホーム・ビデオ

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反対党のベナジル・ブットに対する暗殺の後、パキスタンでは、死因についての論争が燃え上がった。ブットを支持する「パキスタン人民党」(PPP)のスポークスマンは、彼女が銃撃によって殺されたという最初の報道とはことなり、頭部の損傷によって致命傷をおったという内務省の報道を退けた。「あれは狙撃手によるねらい定めた殺人だ」とスポークスマンは述べた。PPPは、殺人の背景を国際的な委員会によって調査させるように要求した。
ブットの親密な協力者は、政府が、暗殺の事情を隠そうとしていると非難した。「ブットを埋葬する前に遺体を洗った際に、自分の目でブットの頭部に加えられた銃創を見た」とブットのスポークスマンであるシェリ・レーマンは、AFPの記者に述べた。「私は銃創を見ました。弾丸は後頭部から入って、前頭部から出ていた」とレーマンは述べた。彼女自身の陳述によると、彼女はテロの瞬間、車列にいて、彼女の車でブットは病院へ運ばれたという。
「傷口からはまだ血が流れていたので、本当に洗い流すことはできなかった。彼女は沢山の血を失ったわ」とレーマンは言った。病院はその説明を変えなければならなかった。「正しい死体検案書は、存在しなかった。」パキスタン政府の発表に対しては、彼女は、「本当に起こったことを隠しているから、あれは滑稽なほど危険なナンセンスだわ」と言った。
内務省は、金曜日に、「ブットは、暗殺者が爆弾を爆発させた後で、爆発による爆風で車の屋根に頭部をぶつけた」と述べた。暗殺者の銃弾は、ブットには当たらなかったというのだ。
更にテロ組織「アルカイダ」とその司令官であるバイトラ・メスードが暗殺に対して責任があるという政府の発表を、PPPは、退けた。この話はでっちあげであり、本当ではないとPPPの広報官であるファルハトラー・ババルは述べた。(以下省略)
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「なぜ、大学入学資格(アビツーア)は、テロを防げないのか」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2007年11月06日 | テロリズム
ジョージ・W・ブッシュとオスカー・ラフォンテーヌ(ドイツの左派政治家)、アル・ゴアとゲルハルト・シュレーダー(元ドイツ首相)に共通しているのは何か。彼らはみな、貧困と教育の欠如がテロリズムの原因だと信じている。彼らはみな間違っている。
注意深い観察者は、(1970年代にテロを行った)ドイツ赤軍のメンバーが大学教授や牧師の子弟であったことを考えて、マンションや大学入学資格は、テロリズムの誘惑を防がないということを予感していたかもしれない。
しかし、まさに、米国で、個人の経済的状況とテロリズトになりやすさの間に関係があるという主張が頑固に維持されている。本土安全省のマイケル・チャートフなどは、二年前のロンドン・テロは、ヨーロッパがそのムスリムについて特別の問題を抱えていると述べた。米国では、ムスリムは、一般的にもっとうまく統合されているから、「自家製」のテロリズムは殆ど何の役割も演じていないのだと彼は述べた。
アメリカ人にとって、良い知らせは、米国のムスリムが実際、より良く統合されているということである。当然、米国に住んでいるムスリムの圧倒的多数は、ドイツや、イギリスや、スペインのムスリムと同様に、彼らの子供たちのために、より良い仕事を未来を望んでいる。
だが、彼らにとっての悪いニュースは、マーク・セージマンや、エドウイン・バッカーや、アラン・クリューガーや、ロバート・レイケンが、「イスラム原理主義者のテロリストは、大多数平均以上の教育を受けており、社会の中流階層の出身だ」ということを裏付けたということである。
 そういうわけで、(WTCに旅客機でつっこんだ)モハメド・アタの周辺にいたハンブルクのアルカイダ細胞は、奨学金を給付された大学生から構成されていた。2005年にロンドンの地下鉄テロを実行した4人のテロリストはイギリスの中流階級の出身だった。昨年、漫画でムハンマドを侮辱したことに対する報復として、ドイツの旅行客を殺そうと、列車内にトランク爆弾を仕掛けたテロリストたちは、技術系の学生だった。
昨年6月にロンドンのナイトクラブとグラスゴーの空港で自動車爆弾を爆発させようとした「テロの医師」と呼ばれた医師のグループも、テロリスト下層階級説を反駁している。
米国でも事情は似ている。「ラッカワンナ・グループ」のメンバーは、フットボールをするティーン・エージャーだった。彼らはアルカイダの援助で、テロ訓練キャンプに参加し、終身刑を受けた。2007年5月には、FBIは、6人を逮捕したが、彼らは、できるだけ多くの兵士と警察官を殺すことを目的にしていた。容疑者のうち2人は、ある中流階層の工場の所有者で、他のメンバーは、サービス分野で働いていた。
昨年米国で起こったテロ未遂事件では、ジョン・F・ケネディ空港、ニューヨーク地下鉄、ロサンジェルス国際空港、シカゴのシアーズ・タワーが標的だった。
今年5月に行われた「ピュー研究所」の世論調査によると、アメリカ系のイスラム教徒の36%は、米国でのイスラム急進主義の増大を心配している。他方では、回答者の13%は、イスラム教を守るためには、自爆テロは当然だと答えた。回答者の5%は、アルカイダに対して好意的な意見を持っていた。
アメリカ在住のムスリムの95%が、愛国者だとしても、いくつかの理由でジハードに参加しようと思っているイスラム主義者は十分いる。
個人的な貧困と教育の不足が、テロの原因だとする主張に固執することは、米国の内政
がパキスタン出身のイギリス人の入国制限や、メキシコ国境の守りを固めることに集中するということになってはならない。さもないと、アメリカン・ドリームは、すぐに悪夢になるかもしれない。
[訳者の感想]筆者の意図が、パキスタン出身のイギリス人の入国制限やメキシコからの密入国制限に反対することだとすると、立論の根拠全体がちょっと怪しいのではないかと思います。その前提となっている事実はこれまでにも知られたことです。どうして、教育のあるイスラム教徒がテロリズムに走るのか、この問題に答えるべきでしょう。
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「自爆テロリストの多くは、外国人」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2007年10月14日 | テロリズム
 イラクは、目下、潜在的な自爆テロリストの主要な目標である。少し前に放映されたビデオで、カメラに向かって狂信者のほほえみを浮かべ、その後で、人間爆弾としてできるだけ多くの人間を死の道連れにしたテロリストたちは、世界の22カ国以上の国の出身である。「多くのテロリストたちは、外国人だ」とミズーリ州立大学のモハメド・ハーフェズは、「ヴェルト・オンライン」に述べた。彼の新著『イラクの自殺爆弾テロリスト』において、彼は、戦争が公式に終わった2003年以来の838件の自殺爆弾テロについての記録を調べた。
 彼の結論は、ぞっとさせるものだ。確かに、この国の内戦に類似した混乱は、イラク人によって引き起こされた。しかし、爆弾自殺者とは、イラク人はあまり関係がない。それを証拠立てているのは、現在「イスラム国家イラク」を名乗っているイラクのアルカイダは、テロリストの大部分を、よその国で募集した。長い間、この組織は、外国人だけで構成されていた。その上、自爆テロと関わりのあるイラク人のテロ・グループは殆どいない。
 それを補って、モハメド・ハーフェズは、これらの「殉教者」のうちの139人について、出身と履歴を集めた。彼らのうち、18人がイラクの出身であった。53人はサウディ・アラビアからやってきた。15人はヨーロッパ出身であった。
 22才のアブデルモネム・アル・アムラニは、外国から来たテロリストの例である。このテツアン出身のモロッコ人は、ある日、突然、彼の友人とともに姿を消した。二人はイラクに来て、自爆テロリストとして死んだ。アブデルモネムは、2006年3月6日に、爆弾を積んだフォルクス・ワーゲンでイラクのバクバで葬列につっこんだ。6人が死に、27人が負傷した。モロッコでは、彼は日雇い労働者で、既婚者で、娘が一人いた。彼の家族によると、彼はイラクへ旅立つ前に、信心深くなり、髭を蓄えた。そのほか、彼はいつも常連として、アル・ヤジド・モスクに参詣した。モスクでは、他の「イラク殉教者」や、マドリッドでのテロリストもお祈りをしていたそうだ。
 サウディ・アラビアは、最も多数の自爆テロリストが応募した国で、彼らは後で外国で自殺テロを行った。そういうわけで、過激派サウディ人は、過去にアフガニスタンやボスニアやチェチェンで自爆テロを実行した。
 イラクでは、サウディ・アラビア人は、シーア派に対して戦っている。というわけは、厳格なスンニー派の目には、シーア派は「真のイスラム教」を脅かす異端者だと見える。
 これに対して、ヨーロッパ育ちの自爆テロ志願者は、少し前から存在するようになった。彼らはヨーロッパにある過激派イスラム・ネットワークによって募集された。「1990年代にヨーロッパにテロリスト・ネットワークがなかったら、ヨーロッパ人をイラクのためにリクルートすることは、非常に困難だっただろう」とモハメド・ハーフェズは言う。
学者たちは、ムスリムの兄弟たちの苦悩に衝撃を受けて、彼らを支援しようとした「理想主義者」テロリストと、過激派イスラム運動と結びついた「真の信者」とを区別する。第三のグループは、「改宗した罪人」であって、彼らはもともとは世俗的な生活を送っていたが、罪の許しを願って、自分を爆弾で吹き飛ばすのである。
 ヨルダン出身の24才のアブ・イブラヒムは、初めは信心深くなかった。「僕は楽しみたかっただけだ」と彼は言った。彼は、5人の友人と、ビデオで拷問されたり、死んだムスリムをしばしば見た。このことが、彼らの中に非常な憎悪を生み出し、アブ・ムサブ・アル・ザルカウイを英雄視し、彼を助けようとした。それゆえ、彼らはイラクに密入国した。彼らのうちの4人は、自爆テロで死んだ。「彼らは天国にいるのだから、僕はうれしいよ」とイブラヒムは語った。
 自爆テロリストの出身は非常に様々であるが、一つのことが彼らに共通している。それは、信仰と年齢である。殆ど全員が男性で、30才以下である。
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「反テロ戦争は、大失敗だ」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2007年10月09日 | テロリズム
英国のシンクタンク「オックスフォード・リサーチ・グループ」の研究報告によると、イラクとアフガニスタンにおける米国とその同盟国の軍事介入は、大失敗であったことが分かった。2001年/2002年にかけてのタリバン政権の転覆は、アフガニスタンに治安をもたらさず、反対にオサマ・ビン・ラディンのテロ・ネットワークを台頭させたと、この戦略研究所の報告は述べている。タリバンの民兵は、新たな攻勢に出ている。ヒンヅークシュ山中の土地は、ケシの栽培で、ヘロインの主な供給地である。
 研究グループによると、イラクの占領も「重大な失敗」であった。それはアルカイダの支持者の世代に、1980年代のアフガンにおけるソビエト軍の存在と似たような、培養地を与えた。裁判にかけないでの何千人もの逮捕、広く用いられた拷問、囚人の虐待、容疑者を第三国に輸送したことなどは、過激派の水車に水を送ったようなものだ。アルカイダは、今日、2001年9月11日のテロ攻撃当時よりもより大きな影響力を持っている。西欧諸国は、その原因を分析し、根本的に異なる政策を導入しなければならない。
 このグループは、特にイラクからの撤退とシリアやイランに対しても、外交関係を強化すること、アフガンでは、民間の援助とタリバンとの話し合いを勧めている。けれども、うまくいった場合でも、2001年以来なされた失敗を取り除くには、「少なくともあと十年は必要だ。
 報告書の著者である、ポール・ロジャースは、特にイラン戦争に対して警告している。このような行動は、「直接に過激派の利益に奉仕するだろう。」そして、この地域での暴力行為をさらに煽るだろう。そのような戦争は「絶対に」避けられなければならない。「西欧は、過去六年間にどれほど危険な間違いがなされたかを、また、新たな政策の必要性を認識しなければならない」とイングランド北部のブラッドフォード大学のロジャースは断言した。
 この研究は、イラクにおける彼の政府の従来の、また将来のやり方についてのゴードン・ブラウン首相の報告に先だって公表された。下院でのブラウン首相の演説に対して、観察者は、イラクにおける英国の軍事力を更に削減することについての解明を期待している。
 ブラウンは、先週、バグダッドでのイラク政府との話し合いで、年末までに1千名の兵隊の撤退を予告した。その後、当分、約4500名の英国兵がイラク南部の石油産地であるバスラ郊外の飛行場に駐留を続けるだろう。
[訳者の感想]英国もイラクからの撤退を早めたいようです。
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「人はどのようにして聖戦士になるか」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2007年10月08日 | テロリズム
フリッツとダニエルは、外国人ではなくて、ウルムとノイキルヒェン生まれの若者でありながら、ドイツ国内でテロを実行しようとした。こんなことがどうして起こるのか?ショイブレ内務相は、「ドイツで育った者は誰でも、このような過激化に対して本来免疫がなければならない」と言った。われわれドイツ人は、いくつかの点で良く知られているが、全体主義的イデオロギーに対する特別の免疫性は確かにその中には入っていない。その上、ドイツ人の聖戦士は、既に10年以上前から、聖戦の戦場にひしめいている。
 デトモルトと出身のシュテファン・スミュレクは、1997年にドイツ国内でレバノンのヒズボラにリクルートされ、ベイルートでテロの訓練を受け、テル・アビブ空港で逮捕された。デュースブルク出身のクリスチアン・ガンツァルスキーは、1999年に、妻と四人の子供と一緒に、アフガニスタンにあるアルカイダのキャンプに赴き、チュニジアのジェルバで大多数ドイツ人の観光客に対するテロ攻撃に巻き込まれた。ブラウボイレン出身のフランク・フィッシャーは、チェチェンで聖戦士として死んだ。ベルリン出身の改宗者ソニア・Bは、2006年春に、彼女の二歳の息子アブダラとともに、イラクで自殺攻撃に出撃した。ドイツ人の改宗者だけでなく、ベルギー人、フランス人、オランダ人、ルーマニア人、オーストラリア人、ジャマイカ人そして、アメリカ人もジハードのイデオロギーに対して免疫がない。
 アルカイダやヒズボラやその他のテロ集団は、馬鹿ではない。彼らは、改宗者を治安関係者の「プロファイリング」に対する手段としてわざと利用した。ここでは、数の上ではほんのわずかだが、危険なグループが問題なのだ。
 従来のように、個別の場合に、監視措置を講じなければならない。けれども、大雑把な容疑を扱う者は、「頭巾論争」の統合政策上の双方の損害のみを注意しなければならない。
 「頭巾の下には、過激主義者が隠れている」という考え方に従って、われわれは「すべての改宗者は、治安上のリスクだ」と考えることは止めなければならない。
 それでは、どうして、彼らは聖戦士になるのか?
 聖戦士の成績表を見ると厭になる。イスラム教徒からイスラム原理主義者に、更に、聖戦士へと変貌する者は、改宗者であろうとなかろうと、直ちに自分はエリートだと考えるある集団に属していることが分かる。そこでは、人は、兄弟あるいは姉妹として受け入れられる。聖戦士としては、人は自分よりももっと偉大な何かのために戦うのだ。人は、疑いを持たない人生を送り、唯一の真理しか知らず、誰が友で、誰が敵か分かっている。
イデオロギーに完全に服従することによって、聖戦士は、新たな生活を贈られるのである。
 彼は個人的には、ウイン・ウインの状況にある。つまり、二つのシナリオがある。イスラム教の聖戦士として、不信仰者に勝ち、その際、イラン革命のように、新しいカリフ国を作り出す。それとも、そこへの途上で死に、殉教者となる。そうすれば、彼にはアラーと72人の処女の隣に座ることが保証される。女性の聖戦士を天国では夢の男が待っている。殉教者はエゴイストではない。彼はその死によって、家族と友人のために、40の座席を確保することができる。(中略)
 誰が聖戦士になるのか?
 西欧の聖戦士のプロファイルを扱う研究は、まさに、統一的なプロファイルは存在しないという結論に達した。もっとも、大抵の聖戦士は、社会の中流階級の出身であり、教育も受け、客観的に見ると、多くを約束された未来の展望も持っている。聖戦士のかなり多くの両親は離婚していて、自分にはアイデンティティがないと感じている。家族に死者がおり、研究に問題がある。他の聖戦士は、中近東のモスレムの運命と連帯を感じ、イスラムが西欧によって脅かされていると感じている。しかし、これらすべては、説明の基礎としては不十分である。なぜならば、該当者の99%は、ジハードの中に救いを求めてはいないからである。
[訳者の感想]西欧文化圏出身のジハーディストがどうしてでてくるのか、本当の理由はまだ分かっていないようです。しかし、これを読むとなぜ、高等教育を受けた若者が「オーム教」の信者になって、サリン・テロをやったのかが少し分かるような気がします。
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「聖戦士のイデオロギー」と題する『ヴェルト』紙の論説。

2007年09月27日 | テロリズム
これらの聖戦士は、なぜわれわれを憎むのか。政治的イスラムの代表者であるこれらのイスラム原理主義者は、何を目指しているのか?
 ドイツでは、アメリカの帝国主義的な外交政策にすべての原因があるというおとぎ話が定着した。しかし、すべてのおとぎ話のように、そこには一粒の真理がある。けれども、後は全く虚構である。もっと悪いことには、イラクやアフガニスタンは、説明としては十分ではない。
1.原因と結果の取り違え。
 歴史を振り返ってみよう。1993年:ニューヨークの「世界貿易センター」への第一次攻撃。1998年:東アフリカの二つのアメリカ大使館への爆弾テロ。2000年:イエーメンに停泊中の駆逐艦「コール」へのテロ攻撃。2001年9月11日の航空機の自爆テロ。結果として3,300人が死に、何千人かが負傷した。その上、2000年12月のシュトラスブールの年の市見物人に対するテロ未遂事件。全部、2001年11月のアフガニスタン侵攻と2003年3月のイラク侵攻以前の事件だ。これらの事件が示しているのは、イスラム主義的テロが先ずあって、「テロに対する戦争」は、それに対する反作用である。かなり多くの人たちは、ここで原因と結果を取り違えている。
2.昔に戻る。
スンニー派のサラフィストから、テロ組織アルカイダに至るイスラム原理主義者のグループは、はっきりしたイデオロギーを持っている。彼らはイスラム教がスペインからインドまで世界の広い場所を支配していた過去へ戻りたいと思っているのだ。予言者ムハンマドとその世界を征服した後継者たちの「幸福な時代」へ戻ろうと思っている。今日のイスラム教の状態は、サウディ・アラビアのサラフィストたちにとっては、恥辱である。彼らは、予言者の時代に生きたいのだ。イスラム法を厳格に適用することによって、アラーは再び満足させられるべきだ。その報酬は、古い時代のように、輝きと栄光の復帰であるだろうとイスラム原理主義者たちは確信している。
それは、最近のドイツでのテロ攻撃とどう関係があるのか。西欧、特に米国とドイツは、サラフィストたちの邪魔をしている。彼らの長期的な目標は、カリフ国と呼ばれるイスラム主義的超大国である。一歩一歩、国々はイスラム教徒が多数を占める国々が引き入れられるべきだ、と彼らは考える。
3.イスラム超大国の創造
 「モスレム兄弟団」のように、かなり多くの人たちは、これを宣教によって実現しようとし、アルカイダのような連中は、テロで実現しようとしている。イスラム原理主義者たちから見ると、エジプトやパキスタンやヨルダンやサウディ・アラビアのような「非イスラム教的」国家は、西欧によって援助されている。アメリカ海兵隊やマクドナルドとともに西欧が退却すれば、これらの国々の政府は転覆できる。当然、民主主義や人権の輸出があきらめられれば、これらの国々の政府は転覆できる。イラクやアフガニスタンだけでなく、中近東やアジアの一部でもできる。
聖戦士は、はっきりしたイデオロギーをもっている。リヤド出身のオサマ・ビン・ラディン、カイロ出身のモハメド・アタ、リーズ出身のシディク・カーン、そして、ウルム出身のフリッツ・Gは、無計画な気違いでもなく、アメリカ外交政策の産物でもない。彼らは西欧がしたことのゆえにのみ、西欧を憎悪しているのではない。かれらは、西欧が具現しているもののために、西欧を憎悪してるのだ。このことを理解し、心地よい偏見から自分を解放することが、どうしても必要だ。悪いニュースは、イデオロギーは、効果的に禁じたり、閉じこめたり、爆撃したりできないということである。
けれども、自由民主主義は、過去一世紀、自己防衛ができたというのは、良い知らせである。
[訳者の感想]私はアメリカ政府が、パレスチナ問題を解決しなかったことが、今日のイスラム主義者を増やした原因だと思っています。ムハンマド時代に帰ろうというようなスローガンのために、自爆テロができるでしょうか?
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「ビン・ラディン、新しいビデオで同調者を募る」と題する『シュピーゲル』誌の記事。

2007年09月08日 | テロリズム
ベルリン発:ビン・ラディンの最新のビデオは、約30分の長さがあるとのことである。最初の英訳版は、金曜日遅くから出回り始めた。その翻訳によると、一年来沈黙してきたアルカイダの首領の語りかけには、具体的なテロの脅しは含まれていない。比較的最近職務に就いたフランス大統領サルコジやゴードン・ブラウン英国首相に言及しているから、演説は数週間以内に行われた可能性が高い。このビデオが本物だと仮定すると、彼はまだ生きている。
 演説は、いくつかの理由で普通でない。このことは、一方ではその内容に関わる。これまで、彼は一度も自分を一種のグローバルな反対政治家として演出したことはなかった。語りかけの大部分は、資本主義批判とグローバル化批判に向けられている。「おまえたちが、以前は僧職者・国王・封建領主の奴隷から解放されたように、今度はおまえたちは、資本主義的システムの誤りから解放されるべきだ」とある箇所でアルカイダの首領は述べている。
 他方では、演説の内容が告知された仕方が普通でない。木曜日の夜、アルカイダに近いアル・サハブ社が、首領の演説がまもなく放映されるだろうと予告した。だが、このテロ宣伝社がビデオを公開する前に、米国のメディアがビン・ラディンの話の中核部分を報道した。
 金曜日午後、米国政府が演説の予告編をもっていると報道された。政府がどうやってそのテープを入手したかは明らかではない。二つの経路が考えられる。秘密情報機関がテープを入手したか、テロについて研究している機関が入手したかどちらかである。
 以前の場合とは違って、オリジナルのテープを『シュピーゲル』誌は持っていない。この記事の引用は、米国のABCテレビが放映した英語版に基づいている。
 演説の中で、ビン・ラディンは、「米国の体面は、傷つけられた。われわれの間の戦争を終わらせるには、二つの可能性がある。一つは、聖戦士の戦闘行為を停止することであるが、これは彼らが義務を遂行している限り、実現しない。あるいは、アメリカ人たちが自分たちはイラクで負けたということを認めることだ。しかし、彼らはベトナム戦争での失敗やズガニスタンでのソビエトの失敗を繰り返したているかのよう見える」と述べている。
 もう一つの出口がある。アメリカ人たちは、「もう一つの正しい道を求めるべきだ。それは彼らがイスラム教に改宗することである。」ビン・ラディンは、イエスとマリアに言及しているコーランの箇所を引用する努力をしている。
 2006年に公開されたビデオと違って、今回は、彼はテロ攻撃をするぞと脅していない。その代わり、このテロリストの親玉は、左翼知識人のノアム・チョムスキーの著書について、考えを巡らしている。レバノン戦争やハマスとファタハの抗争や英国とドイツにおけるテロの試みについては一言も言及していない。
 興味のある箇所は、米国がイラクにおけるスンニー派とシーア派の対立を煽っていると述べている箇所である。この点では、彼は、このイラクの内戦を指導していて、2006年に死んだ「イラクにおけるアルカイダ」の指導者アブ・ムサブ・ザルカウイの路線に同調していない。
 この演説の目標は、自己の陣営に属しているが、イスラムの民間人に向けられたテロがあまりに過激であると考えているイスラム教徒である。彼は、聖戦士のモラルを強調して、これらの動揺している同調者を取り戻そうとしている。特に2005年秋にヨルダンでザルカウイの指揮下で起こった50人のモスレム殺害は、アルカイダの名声を大いに傷つけた。
 他方、この演説は、アメリカとグローバル化を批判している人々に向けられている。イスラム教のチェ・ゲヴァラのように、ビン・ラディンは、すべてを飲み込み、コントロール不可能な資本主義の反対モデルとして、政治的イスラム主義を置いている。これは、イスラム主義的過激派と非イスラム的過激派との将来の連盟を作り出そうとする試みである。
彼の演説で、ビン・ラディンは、彼が特にアルカイダのイデオロギー的指導者であるというイメージを固定しようとしている。彼はまるで自分が知識人であって、決して軍事的司令官ではないかのように語っている。(後略)
[訳者の感想]ビン・ラディンの新しいビデオから、彼の人物像や思想傾向に迫る試みだと言えます。筆者は、ヤシン・ムシャルバシュという人です。果たしてこれでイスラム教徒の間でアルカイダの同調者が増えるでしょうか?
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