白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(438) 梅田コマ一年生

2023-04-21 16:38:11 | 思い出

梅田コマ一年生

 竹内志朗先生描く昔の梅田コマである この建物の左手には環状線が走っていてそのガード横の通路に楽屋口があった

  • 僕はこの劇場に昭和50年から平成7年までお世話になった いや話はその前年昭和49年からと言っていい(まだトップホットシアターに在籍していた )  中日劇場での「中日喜劇」公演でコマ文芸部のMさんがチーフの仕事に参加した(芦屋雁之助、有島一郎W主役) 翌年(その時はもうトップホットは辞めていた)  Mさんが構成・演出のショウの舞監の話が来た 東宝芸能所属の元宝塚の南原美紗緒を中心とした有名キャバレーを廻る大人向けのショウでコマミュージカルチームのダンサーやヌードさんまでいた   京都、神戸を無事終え東京の赤坂のキャバレーで稽古中、Mさんから電話があり「旅はもういいから明日僕と一緒に打ち合わせに行ってくれ」と云われ旅はもう一人の舞監Tさんに任せて打ち合わせに参加した 行った先は大スター阪妻の旧邸で息子さんの田村高広さんと演出の山本紫朗さんとの梅田コマ6月公演の打ち合わせであった そのまま6月公演に演出部で付いた そして何となくコマの契約社員となった

翌月はまだ短期公演(20日間)だった)北島三郎公演のショウ担当 後に友人となる北島の末弟拓克さんと知り合う

 その頃梅田コマの夏の恒例となっていた渡辺プロとの提携公演(アグネスチャン、天地真理、小柳ルミ子、森進一)を一つも覚えてないのは他の仕事をしていたせいか?

 京阪枚方パークで菊人形をやっていてその期間中コマミュージカルチームのショウをやっていたことがあった そのメンバーの間で公園前の喫茶店「コハク」にかわいい男の子がいると評判になった その道の大家であったMさんと見に行くと なるほどかわいい男の子であった 翌年その子はジャニー喜多川さんに引き抜かれ上京、川崎麻世と名乗りあっと言う間にスターとなる

 Mさんのことをその道の大家といったがMさんは僕には手を出さなかった 名古屋での公演ででも「風俗帰り」の僕を「女臭い! クサイ! クサイ!」とからかったが僕の仕事には一目おいてくれた 同じコマの文芸部のKさんが女子社員へのセクハラで厳重注意されたとき Mチャンはええなあ相手が男だとセクハラにならん(当時) とくやしがった

この年は9月藤田まこと「浪花放浪記」(安達靖人作・竹内伸光演出)、10月美空ひばり「弁天小僧」(まだ哲也さんは出所していない)  11月森繁久彌「にっぽんサーカス物語・道化師の唄」(小幡欣治作・演出)12月Mさん構成演出の「アデュー1975 」12月後半のミュージカル「蟻の街のマリア」は翌年1月公演ミヤコ蝶々「おんな寺」の稽古で不参加

 

 

 

 


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